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log5.始まりは牢の中から

 ジャッキーの案内により、プレイヤーの拠点とされるものでもっとも大きな建物の一つである、フェンリルと呼ばれる建造物へやってきたソフィアは、中の見学もそこそこに地下の牢獄へと案内された。

 薄暗くジメジメとした階段を下りて、割とすぐの場所。狭く小さな個人用の牢獄の中にリュージが膝を抱えて座り込んでいるのが見えた。

 リュージはソフィアがやってきたのを察すると、そのままの体勢で顔を挙げむやみやたらに楽しそうな笑い声を上げた。


「フハハー! ようこそ! イノセント・ワールドへ! 歓迎するぜ(ソフィア)!!」

「檻の中に入って歓迎も何もないわバカもん」


 冷徹な眼差しでリュージを見下ろすソフィア。イノセント・ワールドへの初ログインの感動を台無しにされた恨みはなかなかに深い。

 だがそんなソフィアの様子も露知らずといった雰囲気で、リュージは楽しそうな表情のままうんうんと頷いた。


「ああ、これだよこれ……! 楽しいイノセント・ワールドでの生活で唯一枯渇していたもの……! それは俺の心を満たすソフィアの声だったんだよ……!」

「なんとなく物足りなさそうな雰囲気は感じていたが、それを埋めるために少女の太ももにタックルするのは、現行犯として抑えられても文句はいえんぞ……?」


 一般人には理解し得ないリュージの発言を前に、ジャッキーは頭痛を抑える。


「別に声だけなら普通にプレイすればよかろうよ。何で太ももにタックルなんだ」

「それを語るにはまず天地開闢にさかのぼり――」

「長くなるようならばっさりカットだ。ログイン回数に制限がないとは言え、一プレイは四時間しかないのでな」

「そんなー」


 ジャッキーが遮ると、リュージは残念そうな表情でしょんぼりと肩を落とす。

 とはいえ、長々語られても困るのは事実。ジャッキーは嘆息つきながら、リュージの牢の扉を開く。

 開くといっても、特に鍵を開けるような真似はしない。ただ扉に手をかけ、そのまま引くだけだ。

 たったそれだけの動作で牢の扉は開き、リュージは自由になってしまった。

 それをみて、ソフィアはポツリと呟いた。


「……そんなに簡単に開いていいものなのか? 牢だろう、これ……」

「牢といってもゲームだ。中にいる人間にはどう頑張っても空けられない仕様さ」

「変わりに外にいる人間ならあっさり開けられんのよ。こうして運営にとっつかまるのも一時的処理だしね。自由万歳!」

「ちなみに誰も開けに来なかった場合は?」

「ログアウトまでこのままだな。制限されるのは牢からの出入りだけなので、知り合いに助けを求めれば良いだけだが」


 リュージが自分以外が原因でつかまった場合は絶対に助けることはすまい、と伸びをするリュージを眺めつつ決意するソフィア。

 縮こまった体の筋を伸ばすように肩を揉み解すリュージは、首を回しながらソフィアの背後に視線を送る。


「……ところで。いつこっちに来たのおまいら?」

「いつっていうか、さっきだよリュージ……」


 返事を返したのは、牢に押し込められていたリュージを呆れたような表情で見つめる光太扮するコータだ。

 その隣には困ったような笑みを浮かべる礼美が中に入っているレミと、真子が中の人である覚めた表情のマコが立っていた。

 リュージがここにいる経緯を道中にジャッキーから聞かされていたコータは、怒り交じりのため息をつきながらリュージに説教を始める。


「リュージがソフィアさんのことが好きなのは知ってるし、わかってるし、祝福もしたいよ? でも、学校ならともかく、こういう不特定多数の人間が出入りするゲームでそういう行為に及んじゃ駄目だよ。ソフィアさんはリュージにそういうことされるの人に見られて恥ずかしいし、嫌なんだよ? リュージだって、ソフィアさんのあられもない姿を他人に見られるのはいやでしょう?」

「返す言葉もありません」

「ちょっと待て。学校でも嫌だ。訂正を求めるぞ」


 コータの言葉に素直に地面に正座して頭を垂れるリュージ。

 コータの説教の内容にソフィアが抗議の声を上げるがそれはつつがなく無視され、顔を上げたリュージは素直に疑問を口にした。


「まあ、それはそれとして。おまいらもこのゲーム始めるのか?」

「……ああ、そうだ。私が誘ってな」


 自分の意見を無視されて憮然としているソフィアだが、リュージの質問に返答を返しにやりと笑った。


「お前と二人じゃ色々と不安だし、何よりお前が、わざわざ、誘ってくれるほど、面白い、ゲームなんだろ? だったら、二人だけじゃなく、皆と一緒にプレイするのが一番良いだろう?」


 わざわざ、やら、面白い、やらを強調するソフィア。三人をソフィアが誘った理由付けなのだろうが、やたら露骨で鼻につく感じだ。

 それを聞いて、マコがポツリと呟いた。


「リュージの鼻を明かしてやるとか言ってたのは誰かしらね」

「マコちゃんシー」


 マコの小言を聞きとがめたレミが慌てたようにその口を閉じさせる。

 ……つまり、色々期待させられた乙女心を傷つけられた、その意趣返しといったところか。

 リュージとしてはソフィアと二人きりでのイノセント・ワールドプレイを想定していたはず。そこにいつものメンバーとしてお邪魔虫を三人ほど投入してやればその気をかなり削ぐだろう。

 ソフィアにしてみれば、先の太もも突撃を初めとしたセクハラ攻撃に対する牽制にもなってくれると一挙両得に近い状況を生み出せる。その為であればイノセント・ワールド用のVRメットの購入代金など安いものだ。

 二人きりでなくて残念だったなぁ、と露骨に顔に書いてあるソフィアの言葉にリュージはといえば。


「あ、マジで? いやぁ、助かったー……」

「……は?」


 何故か安堵の息を突いていた。

 さすがのソフィアもリュージの行動の意味がわからず目が点になる。

 代わりにコータがリュージに問いかけた。


「いや、リュージ? そこで助かったはおかしくない? なにが助かったのさ」

「いやなに。……さっきので確信したんだが、俺はもう駄目だ」

「はじめっから割りと駄目だと思うんだけど、なにが駄目なの?」

「お前も毒舌だね。……さっき初めてソフィアの姿を見たとき、理性が完全に飛んだ。っていうか、スカートに鎧とハイソックスとかマジやばだったわ……」


 良いながらソフィアの姿を見上げるリュージ。

 今の彼女は、イノセント・ワールドをプレイする戦士の代表的な初期装備である、プレートメイルシリーズを装備していた。

 体の重要な部分を重点的に守る鎧であり、体の動きを阻害しない程度に鉄の板をつけたといった感じの面持ちの鎧だ。パッと見の防御力で言えば、剣道に使用する防具のほうが防御力が高そうなくらいである。

 だが体系のよいソフィアが身にまとうと、豊満なバストが金属鎧によって強調され、篭手もあいまって防御力の高い上半身と比べ、下半身はスカートに分厚い皮のブーツのみという防御の薄さ。

 何ともアンバランスな感じがして、えもいわれぬ風情が醸し出されている……かもしれない。


「日常と非日常を行き来するかのような、一昔前にあったマジックナイトのような可憐な姿……! これだけでご飯十杯はいけるような、そんな姿を前に理性を抑えるなどという冒涜的な行為は俺の本能が許さないのだ!!」

「冒涜的て」

「正気度チェック、いる?」

「マコちゃん。多分、ダイス振らないでもアイデアまで成功して、自動で発狂しそうだよ?」

「相変わらず辛辣ねお前ら」


 容赦ない友人たちの物言いにリュージは半目になりつつも、ググッと力強く拳を握って力説する。


「故に俺には必要なんだよ……! 時にお前らのような、暴力的かつ信頼の置けるツッコミ役ってやつがさ……!」

「マコちゃん、頑張ってね」

「は? コータの仕事でしょう。それ」

「二人がさじを投げちゃ駄目だよー」

「……君ら仲がいいな、本当に……」


 リュージたちのやり取りを黙って見続けていたジャッキーは、心からの感想を零す。

 打てば響くようなリュージと愉快な仲間たちのやり取りは、傍から聞いているとただのコントだ。

 恐らく、リュージの発言に打ちひしがれてがっくりと両手を突いているソフィアの姿までセットで、いつもの五人の姿なのだろう。

 完全に一人相撲に終わったソフィアの策略の失敗を慰めてやる代わりに、ジャッキーはその場にいる全員に上に上がるように示す。いつまでもこんなところで会話を続ける必要もあるまい。


「君たちの関係はなんとなくわかった。だが、ひとまず上に上がらないかね? ここでは狭いだろう? このゲームの案内も、できれば手伝いたいのでな」

「おっしゃ、今日はよろしくな、ジャッキーさん」

「うう……こいつ、少しも堪えてない……」

「むしろ感謝されたわね。まあ、あたしらはただでゲームできるから良いけど」

「……ありがとうね、ソフィアさん。VRメット、大切にするよ」

「元気出して、ソフィアちゃん……良いことはきっとあるからね」

「うう……!!」


 半泣きになるソフィアをつれて、一向は地下牢から地上へと上がる。

 ジメジメした階段を上がりきれば、辺りの雰囲気はあっという間に代わり、暖かい日の光に包まれたフェンリルの内装がリュージたちを出迎える。

 彼らが出てきたのは、建物内で言えば裏手のほうになるが、それでもメインエントランスの活気は十分に伝わってくる。

 ゲーム内におけるメインクエストやシステム開放系クエストの受領窓口、或いはギルドを介さないゲーム内トレードに必要なNPC商人たち、そして自らが所属できるギルドを探すための大型掲示板……。それらに群がり、談笑したり交渉を繰り返したりしているプレイヤーたち。

 一番最初に降り立った街道に比べればまだ静かな方だが、それでも賑わうフェンリルのメインエントランスを見て、マコが小さくため息をついた。


「……ゲームのはずだってのに、現実と変わんないわね。大体窓口って言えば、あんな感じで混むもんよね。学食とか」

「昼は戦場とも称される学食と比べんのはいかがなもんかと思うけど、俺は」


 マコの感想を受け、リュージがポツリと突っ込みを入れつつ、一堂の前に一歩出る。


「……さてと。んじゃ改めまして……ようこそ、イノセント・ワールドへ! 歓迎するぜ!」

「このゲームのプレイヤーが一人でも多く増えるのは、私にとっても喜ばしいことだ。必要なことがあれば、遠慮なく申し出てくれ。出来うる範囲でお手伝いさせていただこうじゃないか」


 リュージの隣に立ち、笑みを浮かべるジャッキー。

 二名の経験者を前に、初心者たちは顔を見合わせ、それから一斉に問いかける。


「「「「……じゃあ、まず初めに何をしたらいいのか教えてください」」」」

「OK。ならば、初心者への幸運(ビギナーズラック)のジャッキーが、少しずつこのゲームのレクチャーをしようじゃないか。それで良いな、リュージ」

「もちろん。よろしくだぜ、ジャッキーさん」


 ジャッキーの言葉に、リュージはそういってにっこりと微笑んだ。




なお、ソフィアが購入したVRメットは、自分の分も含めて五台とのこと。

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