log48.当てられた鞘の行く先は?
洞窟内に鳴弦が鳴り響き、現れたゴーレムの頭が砕け散る。
残心を終えたカレンは、弓を下ろして一息ついた
「……ふぅ」
「現れたゴーレムの全てを、ほぼ一射で仕留めたな……」
「レベル60ともなりゃこのくらいはねぇ。カレンの腕前ならレベル80くらいまでソロでどうにかできるだろうし」
「買いかぶりすぎだよリュウ。アンタじゃないんだから、20レベルは覆せないよ」
リュージの言葉に照れたように返しながら、カレンは困惑したような表情で洞窟の天井を見上げた。
「しっかし、二時間潜って出てきたゴーレムがたった八体とはねぇ。話にゃ聞いてたけど、想像以上の渋さだねここは」
「お、おお……!!」
カレンのその言葉にマコは膝をつき、手の平を組み、天を仰ぎながら歓声を上げる。
「渋いどころじゃない! むしろ天の恵み! なにこれ、あんたは神様の使い!? ハレールヤァー!」
「え。どうしたんだいこの子」
「うーむ。想像以上に心を病んでいたようだな」
「マコ……ゴーレム欠乏症にかかって……うぅ……」
諸手を挙げて喜ぶマコを見て、リュージとソフィアは哀れみの視線を彼女に送る。
コータとレミはさらに涙を拭く仕草をしながらカレンに事情を説明した。
「昨日まではね……二時間潜って四体出ればいいほうだったんだ……」
「二時間で四ん!? え、それはマジで言ってんのかい!?」
「うん、これが嘘じゃないんだよね……。二倍の数が出れば、この喜びようもやむなしだよ……」
「ふーん……」
再びハレルヤと叫ぶマコの背中を見ながら、カレンはポツリと呟いた。
「人数増加によるモンスターの出現率増加って、ここまで露骨なんだねぇ……」
「オルァ経験者ァ!!」
「さっきまでの喜びようはどこへ!?」
カレンの一言を聞きとがめたマコの真空飛び膝蹴りを、リュージは辛うじてかわす。
そのまま地面に着地したマコは、アイスバレットとボルトを装填したクロスボウを取り出しリュージに向けた。
「そういう仕様があんなら先に言いなさいよアンタはぁ!?」
「いやいやいや!? 出現率が増えるっつっても、十人集まって10%増えるかどうかって微妙な感じで、こんな露骨にゃ増えないよ!? それに人数集めるのだって、畑から取れるわけじゃねぇし!?」
「だとしても知ってんなら教えなさいよぉ!! この三日の苦労はなんだったのよ……一人増えただけで二倍じゃないのよぉ……」
最後あたりは涙声になりながら、へなへなとマコが崩れ落ちる。
二時間で四体から八体に増えた喜びは、その衝撃のあまり反動で感情を逆転させるまでに至ったのだろうか。
とはいえ、手元のランプ片手に延々と風景の変わらない鉱山の中を、四体程度しか出現しないモンスターを求めて二時間歩き続けろというのは、字面だけを見ると拷問にしかならない。ひとりでやらされると、発狂待ったなしかもしれない。
「ううう……! この三日で十二体のゴーレムを逃してることになるわけじゃないのよぉ……! そんだけ出たら、もうクエストクリアしてたかもしれないじゃないぃ……!」
「いや、八体出てもゾルフォは出なかったからな? その辺は物欲センサーって奴か……」
「昔っからあるらしいね、この手の確率の偏りって。昔のゲーマーも大変だったろうねぇ……」
ぐったりしているマコを見て、過去のゲームに思いを馳せるリュージたち。
今も昔も、最後の敵は自分とはよく言ったものだ。
「……よし」
カレンは一つ頷くと、リュージの方に向き直った。
「リュウ! 今日はこれからどうするんだい?」
「ん? ひとまず二時間超えたし、今日は上がろうかと思って。一応学生なんでな、俺たちも」
「そうかい……。んじゃ、明日。明日は、もう少し人数連れてくるよ。ドンくらい伸びるかはわからないけど、一人でこんだけ効果あるなら、もっといりゃすぐにアイテム集まるかもしれないだろ?」
カレンの提案にリュージが返事を返す前に、マコが顔を上げて勢い良く叫ぶ。
「ホントに!? ホントに連れてきてくれるの!?」
「ああ。暇してる連中にゃ心当たりもあるしさ」
「っしゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫びながら立ち上がり、ガッツポーズをとるマコ。色々とテンションがおかしくなってしまった彼女を横目に、リュージは申し訳なさそうな表情でカレンを見る。
「悪いな、なんか……。いくら目的達成したとはいえ、イベント中に人数借りるなんざ。K of Fだって人数が多いわけじゃねぇだろ?」
「そりゃ、うちは二十人ちょいの弱小ギルドさ。けど、初心者への幸運ほどじゃなくても困ってる連中を放っておけるほど、あたいは薄情者じゃないのさ」
カレンはそこで、ソフィアの方を見て小さく笑って見せた。
「――それに、リュウのためさ。いつまでも穴蔵に居ないで、早いとこあたいともう一度遊んでおくれよ。レベリングなら、いくらでも付き合うからさ?」
「そりゃありがたいな。カレンが居ると、大型モンスター討伐が楽だからなー」
「む……」
カレンを褒めるようなリュージの言葉。
先の笑みといい、ソフィアはなんとなく面白くない感じがした。
まるで、リュージに必要なのは自分だとでも言うかのようなカレンの様子に。
「――リュージ!」
反射的に、ソフィアはリュージの名前を呼んだ。
その一言の鋭さは、何事かとコータとレミが振り返るほどだ。
自分でも驚くほどに険を含んだその声にハッとなり、ソフィアは思わず口を塞いでしまう。
「はぁい! なんじゃらほいな、ソフィたん?」
しかしリュージはすぐに駆け寄ってくれた。
猫なで声を上げながら寄って来てくれたリュージを見て、ソフィアは内心ほっと胸を撫で下ろした。
「……い、いや。あまりカレンを長く拘束するのも悪いだろう。時間も時間だし、我々はお暇しようじゃないか」
「あたいは別に……」
カレンはソフィアの言葉にむっとしたような表情を作るが、リュージは一つ頷いてソフィアに同意する。
「んだな。んじゃ、カレン。明日だけど、今日連れてった喫茶店に集合ってことでいいか? 俺たち最近、あそこ使ってまんぷくゲージ貯めてるし」
「ん……あたいはそれでいいけど……」
「よしよし。じゃあ、追加の人員期待しておくぜ?」
「そこは、任せておいてよ」
ダンジョンを脱出するための巻物を取り出したリュージを見て、カレンは軽く肩を落としながらも笑顔で彼を見送った。
「じゃあ……あたいはもう少しここにいるよ。てぶらじゃ、帰れないしね」
「ああ、そうか。つくづく悪いな……あ、そうだ。化石武器あるぞ。持って帰るか?」
「化石武器ぃ!? いやいいよそんな! あんたらで使いなって!」
「いや、装備レベルもステも満たしてないから……まあ、いいや。じゃあ、また明日な?」
他のメンバーがまわりに集まったのを確認し、リュージは帰還の巻物を使用する。
きらきらとリュージを中心に、ソフィアたちの周りに光の粒子が軽く舞い、数瞬後には彼らの体はニダベリルへと転送していた。
リュージは伸びをしながら少し嬉しそうな声を上げる。
「んー。しかしカレンが協力してくれるとはなー。鉱山じゃ人数居たほうが効率いいのもわかったし、明日で何とか終わらせたいところだなぁ」
「今日は出なかったけど、あの分なら明日で……! なんとかするわよぉ!」
リュージの言葉に合わせて、マコも咆哮を上げる。
いつもであれば、ここでコータとレミも合いの手を入れる。
だが、二人は何故か黙ったままであった。
「? どした?」
不審を覚えたリュージが振り返ると、コータとレミは慌てた様子で手を振った。
「あ、いや……ごめん。なんでもないよ?」
「うん。少し疲れてるのかな……ごめんね?」
「いや、気にするようなことでもねぇけど。疲れてんなら、このまま解散でいいやな」
リュージは一つ頷くと、クルソルを取り出す。
「じゃあ、俺は今日は上がるわ。また明日ー」
「あたしも上がるわ……」
「うん、お疲れ様。二人とも」
コータは手を振り、ログアウトする二人を見送る。
そしてレミは、そっとソフィアのほうへと視線を向けた。
「……ソフィアちゃん?」
レミが声をかけてもソフィアは返事をすることなく、じっと地面を見つめていた。
その顔に浮かぶのは、自己嫌悪。
「………」
ソフィアはただ黙って地面を見つめている。
先の自分の行いを、恥じるかのように。
「……あたいなにしてんだろ」
スルト火山の鉱山の中で、ちっぽけなランプの明かりに照らされながらカレンはポツリと呟いた。
「あんな、媚びうるみたいに、リュウに近づいて……ソフィアって子に、嫌みったらしく笑ってみせて……」
こつんと鉱山の壁に頭をぶつけながら、カレンは重いため息をつく。
「あたしって、こんないやな女だったっけ……?」
やり取りは、ささいな物だった。交わした言葉とて少なく、ささやかな自慢であったはずだ。
だが、あの瞬間にソフィアは傷ついたような顔を浮かべ、カレンに対抗するようにリュージの名を呼んだ。
するとリュージはあっさり身を翻し、ソフィアのほうへと振り向いた。
結果、想い人の想い人を再認識する嵌めになり、カレンの胸は大きく抉れた。
「はぁ……」
カレンはゆっくりと膝を抱え、ため息をもう一度つく。
すっかり湿った彼女の吐息は、スルト火山の熱気程度では晴れてくれそうにはなかった。
なお、人数によるモンスター出現率の増加は十人で打ち止めの模様。