log47.鳴弦の奏者
その後、カレンの話題が尽きソフィアの我慢が限界に達した辺りでマコは顔を起こしてやることとした。
あまり長いことラブコメやられていても、周りからの視線も痛々しくなってしまう。
コータとレミも目を覚まし、食事の会計を済ませた一同は、そのままスルト火山地下鉱山へと向かった。ついでとばかりにカレンも一緒に。
「……あんたは何で着いてきたのかしら?」
「へ、へへへ……まあ、いいじゃない? あたいも、今日は暇だしさ」
スルト火山の気温も下げそうなほどに冷淡なまなざしを向けるマコに、カレンは引きつった愛想笑いを浮かべてみせる。
慣れてない、というよりはマコの表情に怯えているようにも見える。
「こう見えてレベルは60近いからさ。それなりに役には立つよ?」
「レベルは問題じゃないわよ。……まあ、いいわ。適当なところで帰んなさい」
マコはそういうと、さっさと鉱山の奥へと向かって歩き始める。
「……っはぁー。おっかない女だねぇ……」
「狩りもうまくいってねぇからなぁ。まあ、自分の縄張りに他人が入ると借りてきた猫みたいになる奴だし。勘弁してやってくれよな」
詰めていた息を吐き出すカレンに向かって、リュージは軽く頭を下げる。
申し訳なさそうに眉尻を下げながら、彼も不思議そうに首をかしげた。
「けど、ホントにいいのか? マンスリイベだって、そろそろ佳境だろ? 稼ぐんなら、勢いのある今のうちだろ」
「リュージだって知ってんだろ? うちの団長は、そこそこ稼げりゃ満足しちまうんだよ。ひとまずの目標は達成できてるから、今は新人のレベリング中だよ」
暗闇に消えていくマコの背中を追いかけながら、カレンは何てことないように頷いてみせる。
「あたいはそういうの向きじゃないしさ。まあ、副団長はいい顔しなかったけど……団長はいいって言ったからね!」
「相変わらずお前んところは良くも悪くも緩やかだよな。この手のイベっていや、稼ぎ時だろうに」
「そうだけどさ。都合の合わない奴だってたくさんいるだろ? うちのギルドは結構社会人とか多いみたいだし。ヴァルトのオッサンだって――」
「――ところで、ギルドとはどのような場所か聞いても良いだろうか?」
「っ!?」
機先を制すような、鋭い声色。僅かに殺気さえ込められているように感じる。
それが己に向けられたものだとカレンは理解し、素早く声の主のほうへと振り返る。
「前から興味はあったのだが、リュージはソロプレイヤーということだったのでな。聞く機会がなかったんだ。良ければ、教えてもらえないだろうか」
「………あ、ああ」
カレンへと問いかけているソフィアの顔は、穏やかな微笑を浮かべている。
出鼻をくじかれたような感覚を覚えながら、カレンは一つ頷きソフィアの質問に答える。
「ギルドってのは……まあ、よくある寄り合いみたいなもんさ。ゲーム内で気の合った連中同士で作るチームの総称。その辺は、一般的なMMORPGのそれと変わらないさね」
「大枠はやはり同じか。では、このゲームならではといえそうなシステムなどはあるのだろうか?」
「あー、どうだろうねぇ? あたいはギルドの運営とかにはあんまり……ああ、ギルドシステムの委譲・承認、って奴がそうかもね」
「っていうと?」
隣で聞いていたコータが首を突っ込んでくる。
カレンは一つ頷きながら彼のほうも向きながら応えた。
「ギルドを作ると、ギルドシステムっていうギルドの能力みたいなもんを団長……要するにギルドマスターは使えるようになるわけだけどさ。基本的にそいつが使えるのはギルドマスターだけなんだ。ギルド金庫とかギルド倉庫の管理とか、団員の管理運営……後は、ギルドスキルって言う、ギルドのメンバーが恩恵を受けられる特殊な能力とかね」
「あ、そうなんだ? でも一人で全部管理するのは大変なんじゃないの?」
「そりゃあね。だから、ギルドマスターは入ってきた団員に適宜ギルドシステムを振り分けられるようになってるのさ。一個のギルドシステムに対して、複数名の団員の使用権限を承認できたりするから、どれだけの権限を持っているかとかで副団長だったり突撃隊長だったりって言う役割を任せたりするためにね」
「ふぅむ? それは他のゲームでも見られるシステムじゃないのか? 一定権限の権能を与える感じなのだろう?」
「んにゃ、微妙に違うのよソフィたん。他のゲームだと上下関係があらかじめ決まってるだろ? このゲームの場合、そういうのはプレイヤーが決めんのよ」
横から合いの手を入れるリュージに頷きながら、カレンが後を引き継ぐ。
「リュウの言うとおり。ギルドによっちゃ、ソフィアの言うとおりな感じで偉い順に使えるシステムが増えるってとこもあるけど、別のギルドじゃ入ったばかりのメンバーが、全てのギルドシステムを使えたりする」
「全ての……? 金庫や倉庫の中身も、全て見られるということか」
「そういうことさね。普通のギルドじゃ、まずそこまで解禁されちゃいないけどね。そういうことも出来るのが、イノセント・ワールドのギルドって感じかな?」
「ふむ……思っていた以上に、複雑そうだな」
「? どういうこと?」
ソフィアの呟きを聞いたレミが、不思議そうに首をかしげた。
「カレンちゃんの言うとおりなら、そんなに難しくないよね? 誰が何を使えるのかって、はっきりと役職を決めればいいわけだし……」
「ああ、いや……。私が言いたいのはシステム面の話じゃなくてな。人間関係の話だ」
「人間関係の?」
「ああ。ギルドマスターが全ての権能の委譲や承認を司るのであれば、結局のところギルドの力関係の軸はそこにあるわけだろう?」
ソフィアは腕を組みながら、難しい顔つきになる。
年端もよらぬ少女が見せるとは思えない、思慮深い表情だ。
「ギルドマスターの気分次第で、出来る出来ないが決まるのであれば、ギルドマスターの性質によっては独裁状態に陥るわけだ。そうなると、ギルドマスターに気に入られなければ、ギルド内権限の向上はありえない……」
「……ソフィアの言う通りさ。イノセント・ワールドが始まってから根付いてる問題の一つがそれでね」
ソフィアの指摘に、カレンは無表情になりながら淡々と告げる。
「ギルド内の上下関係ってのが、他のMMOと比べて顕著なところがあるのさ。立ち上げたばかりのギルドであればまだいい。けれど規模が大きくなり、百人からなるメンバーを統括する規模になるとソフィアの言う独裁問題が表面化し始める。ギルドマスターによるギルドの私有化や、ギルドメンバー同士の派閥抗争……。組織がでかくなればなるほど、そうした問題が顕著になるんだ」
昔、ギルド絡みで何かがあったのだろうか。カレンの顔を見ていると、そんな野暮な想像を掻き立てられてしまう。
聞くに聞けず、コータとレミは押し黙ってしまう。カレンの口を突いて出る言葉に、聞き入るように。
「人間てのは、いやな生き物だよねぇ。こんな、電子上の仮想空間の中でさえ欲の皮突っ張っちまってさ……。現実じゃ何の役にも立ちゃしない、張りぼての称号なんざ手に入れてどうするんだっての……」
「どこにでもいるものさ、業の深い人間というものは……。人という生き物は、そうでなければ生きていけないのかもしれないな」
社長令嬢、という立場上、ソフィアも身に覚えのない嫉妬や、望まない賞賛、あるいは彼女の居場所を脅かすような存在と相対したことがあるのかもしれない。
カレンの言葉に共感するように目を伏せるソフィアを、コータとレミはただ見守ることしか出来ない。
「まあ、だからこそこのゲームじゃギルドってそこまで重要じゃねぇんだよな」
そして、目の前の重苦しい空気を無視するようにリュージは一つ頷いた。
「え、重要じゃないって……?」
「入ってなくても問題ねぇってこと」
「え、でも……ギルドシステムの恩恵ってリュージ君言ったよね?」
周りの空気に押されて気落ちしてしまったかのようなコータとレミを見て、リュージはもう一つ頷いた。
「おう。微々たるもんとはいわねぇが、それでも無視できるレベルだな。要するにてっぺん狙わなきゃいいわけだし」
「……ん、え? てっぺん……?」
「おう。別に皆に右倣えしてまっすぐ旗目指さなくてもいいじゃん? 俺ぁ、ソフィたんとゆったりのんびり生活できる、幸せな世界が手に入ったらそれで、それでもう……!」
手の平を組み陶酔し始めるリュージ。
まあ、言ってしまえば彼の言う通りではあるのだが。だとしてもあまりにも暴論過ぎはしないだろうか。
そんな思いを表情にするコータとレミであるが、ソフィアとカレンはしばしの沈黙のあと、小さく噴出した。
「……っとに、リュウは変わんないねぇ。周りのことなんざお構いなしで、我が道突き進みすぎじゃないかい?」
「まったくだな。目指している地平が違いすぎる。お前のいう生活は、一般的な平穏や平凡とは程遠いだろうな?」
「いやいやそんな、まさかまさか」
ソフィアの言葉に、リュージは何かを誤魔化すように首を横に振る。
別に誤魔化すような内容が先の発言に含まれていたわけではないはずなのだが、やましい気持ちはあったということか。
それを咎めようとソフィアが腰に手を当てた時。
「何してんだあんたらはぁー!!」
「ん、マコ?」
先に鉱山を進んでいたマコが、恐ろしい形相で戻ってきた。
一体何事かと進行方向に目を向けると、一体のゴーレムがマコの背中を追いかけて走っているのが見えた。
―ンガァー!!―
「あたしは近接駄目なのよぉー! さっさと何とかなさい!!」
「一体目!? 早いな……!」
ソフィアは驚きの声を上げながらレイピアを抜く。
まだ鉱山に入ってから十分も立っていない気がするが、出てきたものは仕方ない。確率の計算上、そういうこともある。
「マコちゃん!?」
「待ってて、今!」
コータとレミも慌てて武器を取り出し、マコを助けるべく走り出そうとする。
だが、それより早く弓の弦が甲高い音を鳴らす。
「っ!?」
その音に反応したソフィアが振り返ると、カレンがいつの間にか弓を取り出し、腕を振るっていた。
「――鋭矢・二鳴」
鳴弦は、二度。
狙い違わず二本の矢は、ゴーレムの目を射抜く。
武器に腕をかけていないリュージが、カレンの早業に口笛を鳴らす。
「相変わらず、見事なお手前で」
「このくらいは朝飯前さ」
カレンはフッと小さく微笑む。
ガラガラと音を立てて崩れ落ちるゴーレムから視線を外し、リュージを見やった。
「スキルを使わない、純粋技量の見せ所……ってのはアンタの十八番だろ? リュウ」
「今はレベル9なんで、よくわからんなぁ」
「吹くねぇ、まったく」
微笑を苦笑に変え、カレンは弓を腰に戻す。
あまりの早業に唖然となる一同を前に、彼女は軽くウィンクして見せた。
「さあ、まだまだこれからだろう? 目的のモンスターは出てきちゃいないんだ。どんどん進むよ!」
なお、純粋技量とは、スキルに頼らないプレイヤー本人の技量による技のことをさす模様。