log46.スカウト・レンジャーのカレン
「っつーわけで、こいつが俺のフレの一人で、ギルド“ナイト・オブ・フォレスト”のメンバーの一人、スカウト・レンジャーのカレンだ」
「ど、ドーモ……カレン、です……」
リュージに連れられるままに引きずられ、あっと気が付いたときには銀髪少女……ソフィアの目の前に立たされていたカレン。
紹介されたのに挨拶せぬのもまずいと、何とか間接を総動員してカレンは頭を下げた。
ギシギシと体に錆でも沸いたのかと問いただしたくなるような、固い動きで頭を下げるカレンの様子に気付いてか気付ずか。ソフィアは柔らかな笑みを浮かべながらカレンに手を差し伸べる。
「はじめまして。リュージとパーティを組んでいるソフィアだ。今日は会えて嬉しいよ、カレン」
「お、おう……よろしく……」
カレンは差し伸べられた手に戸惑いながらも、ソフィアと握手を交わす。
軽く握った手を振り、それから笑顔を浮かべるソフィアの様子を観察し、カレンは胸の内に湧き上がる嫉妬に似た感情を噛み潰す作業に入る。
(うー……社交辞令をそれと感じさせない所作に表情……。人馴れしてるだけじゃなくて、こいつ自身がいい人タイプか……)
「で、後の三人は伸びてるから適当に……端からコータ、マコ、レミだ」
「あ、お、おう……雑多に纏めたね……。えーっと、よろしくな?」
「「「………」」」
リュージに雑な紹介をされ、カレンもそれに応じて声をかけるが肝心のコータたちからの返事はない。
辛うじて、コータが軽く手を振っているがなんというか脊髄反射的な動きにしか見えなかった。
「……大丈夫なのかい、こんな状態で。これはちょっと酷い落ち込みようだけど……」
「いやまあ、色々すまねぇ。今、とっかかってるクエストがいまいちうまくいかなくってな」
カレンに席を勧めながら、リュージは簡単に今の状況の説明を始める。
自分は追加で軽食を注文し、彼は軽く肩をすくめた。
「ここ三日ばかり、鉱山エリアに出現するゾルフォってゴーレムを探してんだが、一匹も出てこないんだ……。確率にゃ偏りがあるもんだが、今回は酷いなーって話」
「ゾルフォ……? っていうか、鉱山エリアで狩りなんざ、流行る流行らない以上に無理ゲー過ぎないかい?」
「その通りではあるんだが、ゾルフォが落とすアイテムがクエストクリアの条件なのでね。どうしても挑まざるをえないんだ」
陰鬱な表情をして、ため息を吐くソフィア。
カレンは努めて彼女のことを意識しないようにしながら、首を傾げる。
「……クエスト? 一体、何を集めてるんだい?」
「黄金硫黄。クエスト専用アイテムらしく、市場にも流通してねぇアイテムだよ」
ほれ、とリュージはテーブルの上に黄金硫黄を載せてみせる。
パッと実は通常の硫黄と変わらないように見えるが、太陽の光を反射して時折黄金のようにキラリと光る。
なかなか綺麗な素材だ。加工して置物に出来れば、そこそこの値が付きそうに見える。クエストにしか使えないアイテムでなければ、集めて見るのも悪くないだろう。
「へぇー、こいつが……。クエストアイテムってのがもったいないねぇ」
「俺もそう思う。ただまあ、集めるのはオススメできない。さっきも言ったが、肝心のモンスターがここ三日ばかりまったく出てきてないからな」
「ゾルフォ、だっけ? 鉱山エリアにしか出てこないのかい?」
「掲示板とかを当たってみたが、ゾルフォのゾの字も出てこないんだ。恐らく、一般的に知られているモンスターではないんだと思う」
「鉱山エリアに出没するモンスターなんざ、普通は詳しく調べねぇだろうしな。そういうの専門のギルドでもあたりゃ情報は出てくるんだろうが、さすがに金がねぇからなぁ」
「ふーん。で、こいつを集めて何が手に入るのさ」
「銃」
「銃ぅ?」
端的過ぎるリュージの一言に、カレンは素っ頓狂な声をあげ、眉根をひそめた。
「何だってギア取得前の大事な時期に銃なんだい? そんなの後でいいじゃないか」
「銃でカテゴリを取りたい奴がいるんだよ。そうとなりゃ、こんな時期でも取りに来るしかないだろ?」
「銃のカテゴリねぇ……。なんかメリットあったかい? あたいはサブでしか銃使わないんだけど」
「むしろお前さんが銃を使うのに驚きだよ。俺も詳しくは知らんが、取りたいっつーんだから取らなきゃだろうよ」
「それはわかるけどさぁ」
そのまま軽く銃談義に入り始めるカレンとリュージ。
ギアにスキル。銃の使用効率に整備性。果ては使用する素材から、どんな銃が扱い易いかまで。
専門的な会話に、単語。ゲームの経験者ならではの会話を前に、ソフィアは口を閉ざすことしか出来ないでいる。
「オリハルコンあたりと相性いいんだっけ? バフよりもデバフ向きとは聞いてるけどさ――」
「その辺は弓とかクロスボウっぽいけど、火力は銃のほうが高めだろ? 後は特殊弾が多い――」
「……んぅ」
なんとなく、居心地の悪さを感じてしまう。
会話に混ざることが出来ないのも理由の一つかもしれないが……それ以上に、リュージが見たことのない表情をしているのが気になって仕方がない。
なんというべきか……普段の彼は絶対にしないような表情。
適切なたとえを思いつくことが出来ないが……ちょうど仕事に赴く前の父の表情に似ているかもしれない。
どこまでも真剣にまっすぐに。目の前にある問題と目的に向かい、一心に前進を続けようとする……男の顔、とでも言うのだろうか。
そんな顔を、リュージはしている。ソフィアの方を向かず、カレンと向き合いながら。
「………」
ソフィアはジュースを飲みながらリュージの方を窺ってみるが、彼はこちらに気付かずカレンとの会話に集中している。
彼にしては、極めて、珍しいことであった。ここ数日の停滞感に、彼も参っていたのだろうか。
「ああ、だからさ――」
「んー、だったら、あれは――」
銃談義にもだいぶ熱が入ってきたようだ。身振り手振りも交えながら、二人の会話はヒートアップしてゆく。
そして高まる会話熱に引っ張られるように、リュージの頬も少しずつ釣り上がっているのがわかる。
「……ムゥ」
真剣な表情に浮かぶ、軽い笑み。見たことのないリュージの表情。
それを向けられている、カレンという少女の存在。
何故だかそれが、ソフィアの胸にちくりと刺さる。
「………」
ちらりとカレンの方を見やる。
活発というか、快活な印象の少女だ。
髪と瞳の色は茶系で、髪の毛は短めに切られている。くるくるとよく動く彼女の表情と動きは、何故だかリスを連想させる。なんというか、愛嬌があるのだ。ちらりと覗く八重歯も、彼女の愛嬌に一役買っているのだろうか。
足元に目をやれば、健康的で張りの良い太ももを惜しげもなくショートパンツで露出している。膝下丈のブーツを履いてはいるが、これはなかなか目のやり場に困るのではないだろうかとソフィアは案じてみる。
カレンは世間一般で美少女などと持て囃されるタイプではないかもしれないが……親しみ易く、愛らしい少女だとソフィアは感じた。とっつき易いというのだろうか。互いの性をあまり意識させずに仲良くなれそうな少女だ。
(これが……リュージのフレの一人、か)
おそらくは、かなり親しい部類のフレなのだろう。こうしてわざわざ呼んできたり、会話に熱が入ったりするのはきっとその証拠だ。
だから、どうだというわけではない。はず。なの、だが。
そのことを意識すると、どうしようもなく胸が締め付けられる感じがしてならない。
はっきりとそう、だというわけではないのだ。きっと気のせいだと談じることが出来る程度の感覚なのだ。
だが、どうしても違和感が拭えない。胸の中のもやもやは、ジュースを飲んだ程度では晴れてはくれない。
「……むー」
リュージは先にこのゲームを始めたのだ。
であれば、学校以外の友人がいるのは当然のことだ。ボッチだなどと彼は嘯いていたが、このゲームはMMOなのだ。
人がいて、協力できて、繋がりが出来て。その最中に親しい交友があることなど当然ではないか。
だから、仲のいい女の子が一人二人程度いても当たり前なのだ。リュージにだって、親しい友人の一人くらい……。
(……私は何を考えてるんだろうか)
まるで自分に言い聞かせるかのように。自分を納得させるかのように。
わざわざ言う必要のない事を、心の中で呟いてどうするというのか。
ソフィアはジュースを飲み干し、一息つく。
リュージだって、久しぶりにフレと出会って旧交を温めたいということはあるはずだ。であれば、例え自分が招かれた身であろうともまずは耐えるのが礼儀というもの。
「……すみません。ジュースもう一杯」
ソフィアは通りがかりのウェイトレスに注文をして、新しいジュースが来るのを静かに待つことにした。
……なるべく、リュージたちの姿を視界に入れないようにしながら。
「……何してんのかしらこいつらは」
ふとマコが気付いたときには、視線を一方に固定してじっとしているソフィアと、リュージをソフィアのほうに振り向かせないように盛んに話題を振り回す茶髪の少女……カレンと、両者の間に挟まれながらのほほんとカレンとの話に興じるリュージという、何とも形容しがたい光景が眼前に広がっていた。
ソフィアは表情がまったく動いておらずに能面かなにかが乗り移ったように見える。視界の端にリュージを入れないようにしているのが丸わかりだ。
そんなソフィアの様子を窺いながら、ひたすらマシンガントークを繰り広げるカレンは、話題も尽き始めているのか口の端が引きつり始めている。話題の方向転換もだいぶ蛇行気味だ。
どちらもリュージと、お互いの存在を強く意識しているようだが肝心のリュージはどちらにも意識を向けていないように見える。いや、好きとか嫌いの段階の話ではなく、二人がどんな様子でも対して気にしていないというべきか。
カレンとの話を楽しんでいるのは、久しぶりのフレとの会話と、ここ数日の実らぬ鉱山探索の気分転換もあるのだろう。
バリバリに相手を意識している少女たちに挟まれる男という、なんというか……絵に描いたようなラブコメの風景だった。
あまりに愉快すぎて失笑すら浮かばない。マコはしばらく目の前の光景を眺めていたが、すぐに見飽きて顔を伏せる。
犬に噛まれるのも馬に蹴られるのも、彼女の本意ではないのだ。
なお、カレンとリュージの会話は目を覚ましたレミによって中断された模様。