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log45.三日かかっての成果

 そして、黄金硫黄の入手方法を発見してから三日。


「でんなー、ゾルフォ。影も形も」

「低確率だろうとは覚悟していたが、これほどとはなぁ……」

「「「…………」」」


 絶望的なゾルフォのポップ率に、早くも心が折れかけてしまったマコたち。三人が三人ともテーブルの上に突っ伏し、自分で注文したはずのジュースにも軽食にも手をつけていない。

 まああの初遭遇を最後に、三日間まったく姿を見ないとなればこうもなるだろう。

 リュージはコーラをストローで吸いつつ、険しい表情になる。


「あれからようやくゾルフォに関する情報を発見したが、アイツ他の鉱山系モンスターと比較して低確率らしいな。黄金硫黄自体は確定ドロらしいんだが」

「モンスターのほうにあえないパターンか……ある意味、レアドロップを狙うほうが気は楽かもしれんな」

「試行回数を増やせてるって気にはなるしな。ダンジョンの性質上、それすら難しいときていやがる」


 スルト火山の地下を始めとした鉱山地帯は、モンスターのポップする確率が異様に低い。大体三十分に一回、一体のゴーレムと遭遇するかどうかだ。

 鉱石を掘るだけであればたいした問題にならないこの仕様は、特定のモンスターを狙って狩るという今の状況にきわめて優しくない。何しろ鉱山地帯にはゾルフォ以外にもモンスターは現れるのだ。

 最低でも五種。ともすれば十種に至るであろうドロップモンスターの抽選から、ゾルフォだけピンポイントで当てるのはそれなりに骨の折れる作業であった。


「一日に平均四回、モンスターと遭遇するとして……今までで十二回か。一応ゾルフォに二回遭遇できる程度には回数こなしているはずなんだがなぁ」

「確率論的にゃまだまだじゃない? 千回こなしてようやく統計取れるかどうかでしょ。それに、それは一種につき10%の確率での計算でしょ? ゾルフォは多分出現確率に偏りがあるから、そういう方向でも回数が足りてないと思われ」

「ああ、そうか……ゾルフォは低確率だもんな」


 ソフィアのその呟きにマコの体がびくりと跳ね上がり、そしてしおしおと萎れていく気配を感じる。

 別に本当に萎れているわけではないはずだが、マコの体が一回り小さく見える気がする。

 ソフィアは眉尻を下げながら、こっそりとリュージへと耳打ちをした。


「……まずくないかこのテンションは。今にもクエストを投げ出してしまいそうなんだが」

「言った以上はやり遂げるだろうけど、しばらくは鉱山に潜るのも嫌がったりして」


 ソフィアに小さく返しながら、どうしたものかとリュージも頭を抱えてしまう。

 低確率ドロップを狙って何度も同じモンスターに挑み続けた経験はリュージのもある。どれだけ同じモンスターを倒しても、狙ったアイテムがまったく出ない時の筆舌に尽くしがたい感覚は、多少は理解しているつもりだ。

 だが、今回のように低出現率のモンスターを狙ってひたすらダンジョンをうろうろするというのは初めての経験だ。しかもダンジョン全体のモンスターのポップ率が低いと来ている。ストレスをぶつける相手がいないのでは、こうなってしまうのも止む形無しなのだろうか。

 ほとんどこんな状況に遭遇したこともないおかげで、リュージにもどのような対処法があるか検討がつかない。ソフィアもそれを察してか、困ったような顔つきになった。


「何か、アイテムはないのか? この際課金してもいいぞ? モンスターの出現率が増加するような、そんな便利なアイテムがあれば……」

「あいにく、そんな便利なアイテムはないなぁ。前にも言ったけど、このゲームの課金は産廃だから。期待しちゃ駄目だから」

「そういわずに、何かないのか? もうホント、何でもいいんだが……」

「うぬぅー……」


 ソフィアの発言に、さらに頭を抱えるリュージ。

 まさかの何でもいい発言を聞いて気分はうなぎのぼりではあるが、目の前に横たわるマコたちの姿で差し引きトントンになってしまった。さすがにここで調子に乗ると明日の朝日が拝めないかもしれない。

 三日潜って出ないとなると、先一週間は姿を現さない可能性もありうる。いや、出てきても一匹ぐらいが限界だろうか。そうなると、その次に出るまでまた一週間鉱山を潜り続ける羽目になりかねない。

 さすがに鉱山めぐりを延々続けるのは、ノイローゼになりかねないので止めておきたい。ほとんど変化のない鉱山の中をひたすら歩き続けるのは苦行以外の何物でもないだろう。採掘ポイントで小休止しながらというのもありかもしれないが、そんなことしてる暇があったらモンスターを探せと先日、物理的に噛み付かれた。同じことをしたら、今度は手か足がなくなるかもしれない。

 時既に遅いのかもしれないが、それでもノイローゼはまずかろう。同じ作業を続けすぎたせいで発狂したプレイヤーがいるなんて与太話を聞いたこともある。彼らに同じ状況に陥られるのは、このゲームに誘った身の上としては非常に困る。


(……ここはやっぱり気分転換すべきなんだろうけど、今のこいつらが乗るとも思えない……というかコータとレミまでなんでマコの巻き添え食らってダウンしてんだよ。お前らまで気に病んでるから、俺がこんな考える嵌めになってんだろうが)


 別にコータとレミが気にする必要はないのだが、感受性の高い二人はマコの陰鬱な気分を敏感に読み取って、彼女に同調し、苦楽を共にする道を選んだのだ。そのほうが楽だと、本能的に悟ったのかもしれないが。

 呪詛を吐きたいのはこっちのほうじゃと、愚痴を噛み潰しながらリュージは頭を乱暴に掻き毟る。

 と。その視界の端に、見覚えのある姿が映った。


「……? あれ?」

「? どうしたんだ?」

「いや、今……」


 今、ここにいるわけはないだろうと思っていた姿が。

 リュージは不思議そうに首をかしげながら、席を立つ。

 陰鬱な気分を変えたいという気持ちもあるし、フレの紹介もしておくべきだろう。

 そう自分に言い聞かせながら、リュージはソフィアに向き直る。


「ちょっと、フレの姿が見えたわ。せっかくだし、紹介するんでちょっと待っててくれ」

「ん、ああ。早く戻ってくれよ?」

「わかってるよ」


 リュージは軽く手を振りながら、見覚えのあるスカウトレンジャーの背中を探して喫茶店を出て行った。











 今、リュージがなにをやっているのか気になって仕方がなかったカレンは、団長の許しを得てマンスリーイベントの最中だというのに彼の姿を追いかけてニダベリルまでやって来ていた。

 そして、自分もよく知る喫茶店の一角で、どんよりと暗いオーラを背負った仲間たちを前に険しい表情をしている彼を見つけてしまった。


「なにしてんだ、リュウの奴……」


 見れば、レベルもまだ9のまま。ギアシステムもないのにニダベリルに来てなにをしているのだろうか。まさかレベル上げのために来たわけでもあるまいに。

 いや、そんなことはこの際どうでも良い。それよりも、遥かに重要な問題がある。

 あるというか、リュージの隣にいるというべきか。

 一目見て確信した。あれが……リュージの隣に座る彼女こそが、彼の言っていた嫁、なのだろう。


「………っ」


 物陰から姿を晒さないよう、しかし決してリュージたちからは目を離さないよう、ゲーム内で培ってきたスカウト技術を総動員して二人の様子を窺う。

 極めて、親しげに見える。少なくとも耳元でささやき合う程度には、互いの接近を許しているように見える。リュージと、その隣の少女の仲はそこまで進展しているのだろうか。


「ぐ、ぬ、ぬぬぅ……!」


 思わず、物陰に選んだ柱を力いっぱい握り締めてしまう。

 遠目から見ても、非常に見目麗しい少女であった。パッチリとした目元。まっすぐ通った小さめの鼻。紅を塗ったわけでもないであろう唇は仄かに紅く見え、それを含めた全ての顔のパーツは黄金比で整えられているかのようだ。そして、なにより――。ゲームのアバターとしての姿が、完璧すぎるように見える。

 慣例的に、このゲームでは顔を隠すのがマナーとなっている。道具は眼鏡でも眼帯でもマークか何かでも構わないが、とにかく知り合いが見ても確信が持てない程度に顔を隠すのが礼儀だ。そうすることで身ばれを防げるし、なおかつゲームプレイに対する没入感を高めることが出来る。様々なアクセサリーがキャラクリエイト時に大量開放されているあたり、運営も推奨しているのだろう。もちろん隠さないのも十分ありだ。髪の色、瞳の色、髪型を十分人相は隠せる。カレンも普段の派手すぎる髪や瞳を嫌って、地味めな茶色系で纏めている口だ。

 リュージの隣に座る彼女も、きっとそうなのだろう。透き通るような銀髪に、濡れているかのような紅い瞳。普段の己を隠すための意匠として選んだであろうそれは、遠目で見ているカレンが見惚れるほどに似合っていた。

 まるで貴族か王族の姫だ。訓練された所作が、何よりも高貴な雰囲気を際立たせている。


「う、う、うう……」


 しかもその色のチョイスが、隣に座るリュージの姿と見事にマッチしているように見えるのだ。顔に不可思議な文様を刻んだ彼の髪は、光の加減によっては金色にも見える赤毛。そして、瞳の色は晴れ晴れとした空を連想する蒼色。まさか相談して決めたわけでもあるまいに、並んで座っているその姿は好対照であり、抜群の相性を発揮している。

 リュージも、顔立ちは決して悪くない。万人がイケメンと呼ぶような顔立ちではないが、むしろアクション俳優のようなワイルドな整い方だ。傭兵時代には、その豪快な立ち振る舞いから黄色い声が上がることもしばしばだった。

 高貴な姫と、荒くれの傭兵。字面で言えば、決してマッチするような組み合わせではないが……話の組み立てとしては、むしろ王道ではないのか?


「く、くそぉぉ……!!」


 並んでいる二人を見ているだけで意気地が挫けてしまいそうだ。せっかくリュージに会いにきたというのに、その一歩を踏み出すことすら出来ないでいる。

 そろそろ通行人が怪しみ始めるくらいに物陰に隠れているカレンであったが、不意に視線を上げたリュージと目が合ってしまう。


「っ!? や、ば……!」


 リュージの不思議そうな視線とかち合った瞬間、思わずカレンは人ごみの中に隠れるようにその場を離れた。

 別に悪いことをしていたわけではないはずだ。はずなのだが……思わず逃げてしまった。


「……なにしてんだろ、あたい」


 そのまま喫茶店から遠ざかるように歩きながら、カレンは自己嫌悪を始める。

 せっかく団長に無理を言ってまでリュージに会いにきたというのに、目が合っただけで逃げ出すなどとは。これでは団長に顔向けも出来ないではないか。

 だが、それでもあの場に踏み込むのはカレンには無理だった。何故無理なのかなど、理由は言えない。理屈ではない。体が……心が一歩踏み出すのを躊躇した。


「……はぁー」


 意気地なしなことだと、自分でもわかる。それでも、踏み出すのは怖かった。

 あの場に入って……リュージに邪険にされるのが、恐ろしかった。

 遠目から、僅かに。こそこそと耳打ちをし合っているのを見ただけだが、それでも理解できた。

 リュージは、まっすぐに、銀髪の少女に恋をしているのだと。


「……くそぉ」


 自分もそうだからすぐにわかった。細かい所作や、彼の表情で。

 彼の気持ちは、銀髪の少女に向かっているのだ。間違いない。


「……くすん」


 このままどこかへ消えてしまおうかなぁ、などとカレンがニダベリルの大通りをとぼとぼと歩いていると。


「――カレン!」

「えっ!?」


 自らを呼ばわる声に、思わず振り返る。

 視線の先にたっていたのは、数刻前までは銀髪の少女のそばにいたはずのリュージだった。


「やっぱりか! どうしたんだ、こんなところで。マンスリイベは平気なのか?」

「え? いや、その……あれ?」


 目の前にいるリュージの存在が理解できずに、カレンは混乱する。

 まさか、自分を追って来てくれる等とは思ってもいなかった。目が合っても、放置されるものかと……。

 そんなカレンの頭の中を知ってか知らずか。リュージは首をかしげながらも屈託のない笑みで彼女を手招きした。


「まあ、ちょうどいいや。せっかくだから挨拶してってくれよ。俺の仲間たちにさ」

「あ、うん……」


 久しぶりに見たリュージの笑みを前に、カレンはただ頷くことしかできなかった。




なお、仮面まで持ち出して顔を隠すのは稀で、たいていは髪の毛と瞳の色を変える程度に落ち着く模様。

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