log43.エンカウント
地下鉱山を歩き始めて、そろそろ三十分ほどだろうか。
新たに入手した鋼の素なる鉱石をインベントリにしまいこみつつ、リュージは満杯になってしまったインベントリを眺めて一つため息を突いた。
「やっぱ一杯になるよなぁ。まあ、街に戻らずにひたすら進んでるわけだからしかたねぇけど」
「っていうか、掘ったばっかりの鉱石ってスタックできないんだね……」
「全部別アイテム扱いだからなぁ」
自分のインベントリも侵食し始めている鉱石を見て呟くコータ。
掘りたての鉱石はいわゆる抽選アイテムの類に相当するわけだが、内部処理の問題なのか今まで掘ってきた鉱石は全て待ったく別のアイテムとして分類され、ひたすらインベントリを圧迫するばかりとなってきた。
重ならない銅鉱石を恨めしげに眺め、コータはインベントリを閉じる。
「銅鉱石とか結構多いだけに、インベントリの圧迫がつらいね……。採掘ポイントから一回に五個出てくるってのも、これ結構罠な感じがしてきたよ」
「俺らの目的は鉱石だけってわけじゃないだけになおさらなぁ。薬に使えそうな特殊な石も掘れるだけに諦めきれねぇんだよなぁ」
「この蛍石とかだよね」
きらきらと輝く小さな石を持ったレミが呟く。
きらきら輝くこの石には微量の魔力が含まれており、細かく砕くことで粉末系魔法薬の下地に利用できるとのことだ。光るのを利用して、こうした暗い洞窟の目印に使われることもある。
こうした蛍石以外にも、鉱石以外の石アイテムもドロップするため、黄金硫黄を狙うリュージたちは採掘ポイントをいちいち掘りつくす作業を余儀なくされていた。どこから入手できるかわからない以上、可能性を否定できない場所を無視は出来ない。
リュージが開きっぱなしにしているインベントリを覗き込みながら、ソフィアも難しい表情で唸る。
「ムムム……。今はまだ私たちのインベントリが空いているから手に入った鉱石が無駄になることはないが、もし私たちのインベントリまで満杯になったら、この鉱山に入り直す必要があるということか?」
「まあ、今のペースならそれはないでしょうけど……。四時間みっちり潜るとかになると、そういうこともありえるのよね」
「そうなったら、潜った分の深度もリセット……三十分程度では大して深くまでは潜れていないだろうが、深度によって採れる石のリアリティは変わるのか、リュー、ジぃ!?」
「んー? 一応、鉱山の中の進行具合で変わるっぽいよ? 灰色の採掘ポイントが銀色っぽかったらチャンス到来って感じ?」
「さり気にどこ撫でとるか、きぃさぁまぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「アリガトウゴザイマッス!!」
不意に己の太ももを撫でるリュージを、不埒な腕ごと蹴り抜くソフィア。
何故かお礼を言って吹き飛ぶリュージを睨み付け、ソフィアは荒い呼気を吐き出した。
「はぁーっ、はぁーっ……! 最近、こういうのがなかったから油断した……!」
「そういやなかったわね、セクハラスキンシップ」
「ああ、うん。しばらくの間はソフィアさんといられる時間が増えたことで色々満足してたみたいだったから……」
鉱山の壁に埋まる友人を蔑みながら、コータは軽く首を振る。
「効率的なことを考えると、銀色だけを目指してひたすら降るべきなのかなぁ。黄金って言うくらいだからレア度は高いだろうし」
「でもたまに黄金って言っても最上位コモンってだけのアイテムもあるわよ。黄金草とか」
「あー、ミッドガルド周辺の簡単なお小遣い稼ぎクエストのあれか。言われてみれば、確かに星3だったか」
「やっぱり、黄金硫黄そのものの情報がないと、判断つかないよねー……。時間を掛けて、じっくり調べるべきだったね」
「自業自得とはいえ、無視はなかなか応えますぞ、皆の集……」
壁に埋まった体を何とか引っこ抜くリュージ。当然ではあるが彼に言葉に同意しくれる仲間はいない。
一抹の寂しさを覚えつつ立ち上がったリュージは、ふとなにかの気配を感じ鉱山の奥のほうに目をやった。
「……? なんだ?」
「どうかした変態」
「辛辣すぎると泣くぞコノヤロウ」
目もくれずに適当に声をかけてくるマコに噛み付くように返事をしながら、リュージはバスタードソードを取り出す。
「いや、なんかいる気がして……モンスターがポップしたかもしれん」
「今まで一匹も出なかったのに?」
「逆に今まで一匹も出なかったからなぁ」
リュージが肩にバスタードソードを担ぐと、小さな振動音が鉱山全体に響いて聞こえた。
「……いるっぽいわね」
「だろ?」
「よく気付いたな、お前……」
「リュージホントにそういう部分が鋭いよね」
聞こえてきた音に反応し、ソフィアとコータもレイピアとロングソードを取り出す。
遠くから聞こえてきた振動音は、少しずつ近づいてきており、いまやはっきりと聞き取れるようになった。
「ゴーレムかぁ……ファイアボール効くかしら」
「洞窟の中だから駄目だよマコちゃん……」
レミは物騒なマコに応えつつ、手にしたランプを杖の先にくくり、高く掲げる。
高い位置に上げられた光源は真っ暗であった鉱山の中を明るく照らし、こちらへと近づいてくるモンスターの姿を露にする。
―ゥゥゥゥゥ……―
小さな唸り越えを上げながら現れたのは、今にも鉱山の天井に頭をつっかえてしまいそうなほどに巨大なゴーレムであった。
小さな岩石を積み上げ、無理やり人型に整えたかのような造型をした目の前のゴーレムは、黄色と見える長い腕を突きながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
眼球はなく、小さな暗い穴だけが開いた頭部はリュージたちをはっきりと捕らえいるようだった。
姿を現したゴーレムにフォーカスしてみると、頭上付近に現れたレベルは30となっている。名前は「ゾルフォ」となっている。
「……ふむ。レベル30。ついに現れたというところか?」
「この狭さであのリーチは脅威……かな?」
「むしろつっかえて攻撃できなさそうだな。まあ、接近する時に注意するべ」
リュージたちは武器を握り締め、目の前に現れたゴーレムに狙いを定める。
鉱石掘りばかりで、フラストレーションが溜まっているのだ。この苛立ちは、ゾルフォ君とやらに晴らしてもらうとしよう。
逃走ではなく戦闘を選択した前衛たちの背中を見て、マコは大げさにため息を突く。
「あんたらねぇ……逃げようとか思わないわけ?」
「まあ余興だよ、マコ。せっかく現れたモンスターを前に逃げるなど、製作サイドに失礼だろう?」
ソフィアがにやりと獣のような笑みを浮かべる。獲物を見つけた肉食獣の笑みだ。
コータも同意するようにうんうん頷いているのが見える。リュージの意見は聞くまでもあるまい。
「嫁こそが全一。ソフィたんこそが全て」
「聞いてねぇよ。ったく」
マコはもう一度ため息を突くと、アイス・バレットを用意する。
「……じゃ、適当に援護するから。あんたらも適当にやんなさい」
「ああ。そうさせてもらおうか!」
ソフィアは叫ぶと同時に駆け出し、ゾルフォに一気に接近してゆく。
獲物に動かれたゾルフォは、うめき声を上げながらゆっくりと腕を振り上げようとする。
―ゥゥゥゥ……!―
「遅いぞっ!」
だが、スピードに特化したソフィアにはゾルフォの動きはあまりにも鈍重。腕が上がりきる前にゾルフォの足に近づき、レイピアを一閃する。
石をも引き裂く草剣竜のレイピアはゾルフォにも十分にダメージを与え、その体の一部を抉って見せた。
―ゥゥゥ……ッ―
「ダメージ通ったよ!」
「防御はたいしたことねぇのかね? 結構いったような」
減ったHPバーを見上げて喜ぶコータ。レベル30にも十分な威力を叩き出せる現状装備が素直に嬉しいのだろう。
ゾルフォの減ったHPを見て、経験からその防御力を測ろうとするリュージ。だが、今手にしている装備を過去に装備したことはないのか、考えるのを止める。
「……まあ、ソフィたんのレイピアでいけるなら、俺たちでもいけるだろ」
「さっくり倒して、経験値とアイテムゲットだね!」
コータは叫んで駆け出し、ソフィアと同じようにゾルフォの足を切り裂いた。
「ヤァァァ!」
―ゥゥゥ……ッ!―
ゴーレムにも苦痛はあるのか、ゾルフォはうめき声を強めに上げ、自らの足元を攻撃してくるソフィアとコータを攻撃しようと腕を動かす。
だがそれはさせぬとばかりに、壁を蹴って跳び上がったリュージが動き始めたゾルフォの腕の二の腕辺りを容赦なく一閃する。
「ほっと!」
―ゥゥゥゥ……ッ!?―
予想外の位置に入った攻撃に、驚き戸惑うかのように上体を揺らすゾルフォ。
揺れた上体にあわせるように震えるように動く両腕が、さながら鎖分銅のようにゾルフォの足元にいたコータとソフィアに襲い掛かる。
「うわぁ!?」
「ちょ!?」
「あああ、ソフィたん!? 貴様土くれ、人の嫁になんばしよっとかぁ!!」
「あんたがやったんでしょうが」
怒りに駆られ再び飛び上がるリュージを覚めた眼差しで見つめながら、ソフィアはアイス・バレットを解き放つ。
「アイス・バレット!」
指の先程度の鋭い氷の刃が、無数にゾルフォに向かって解き放たれる。
石で出来たゾルフォの体を削るようにぶつかってゆくアイス・バレットであったが、その内一発が甲高い音と共に破裂し、ゾルフォの肩辺りで氷の塊を作り出す。
アイス・バレットの副次効果である、凍結が発動したのだ。
体の表面に張り付いた氷の塊の冷たさと重さにか、ゾルフォはうめき声をさらに強く上げる。
―ゥゥゥ……ッ!?―
「マコちゃんすごい! アイス・バレットってあんな風になるの!?」
「低確率でね。まあ、こんだけ打ち込んでりゃ一発くらいはああなるでしょう」
口ではそう言いながらも、マコは驚いたように目を見開き、軽く口笛を吹く。
凍結というからには動きが止まるのかと思っていたが、体が大きすぎるせいなのか追加ダメージが発生するような形での発現に留まったようだ。
だが、これは嬉しい誤算だ。足止めできればいい程度の期待で購入した魔法が、存外使えそうなのだ。
「アイス・バレットか……氷系、これ以外も欲しいわね」
「畳み掛けるぞ!」
「アイサー!!」
「うん!」
体に生えた氷に痛みに体を捩るゾルフォ。
その隙を突くように、ソフィアが突き、コータが斬り裂き、リュージが砕く。
ゾルフォのか細いうめき声が上がるたびに、その頭上に浮かんでいるHPバーはみるみるその残量を減らしていった。
なお、今回のセクハラは禁断症状による無自覚なものの模様。