log41.鉱山入り口を目指して
ぼこぼこと煮え滾る溶岩を眼下に捉え、幅三十センチ程度の足場を頼りにスルト火山の地下鉱山を目指してしばし。
「ぐぅあぁ~……!!」
女子にあるまじきうめき声を上げながら、マコは先頭を歩くリュージへ呼びかける。
「ちょっとぉ~……! まだつかないのぉ~……!?」
「いや、まだって……十分そこらしか歩いてねぇぞ?」
全身汗だくな雰囲気のマコと異なり、涼しげな表情で振り返るリュージ。
彼の言葉を聞いて、マコは顎を落としかねない勢いで驚く。
「たった!? いや、この溶岩にあぶられながらの綱渡りで十分は行き過ぎじゃないかしら!?」
「いい感じに湯だってきてんな……」
溶岩の熱気で頭をやられてきているらしいマコを見て、リュージは小さなため息をつく。
リュージの言うとおり、スルト火山の地下鉱山を目指し始めて十分少々が経っていた。
しかしこの状況に慣れないマコは、狭い足場に下から浴びせられる熱気によって体力を削られるかのごとき消耗を強いられたようだ。
「もう……三十分くらい……歩いてる……気がするよ……?」
「…………ぁぅ」
それは、マコの後ろを少し離れて歩いているコータとレミも同じようだ。
しゃべる余裕のあるコータはまだましのようだが、レミのほうはもうノックアウト寸前のように見える。軽く頭が前後に揺れており、ヘタをするとそのまま溶岩の中に飛び込みかねない雰囲気だ。
そんなマコたちの様子を見て、ソフィアはリュージに向き直る。
「……さすがにあれを放置するのはまずいんじゃないか? 冗談抜きに、鉱山に着く前に誰かが死にかねないぞ?」
「この暑さって擬似的なもんだから、無視しようとすれば無視できると思うんだけどなぁ」
言いながら、リュージは軽く自分の顔を手で仰ぐ。
下から吹き上げる熱気は、文字通り茹で上がりそうなほどに感じるがリュージの体からは汗一つ噴出していない。
まあVRなのだからこれは当然だが、肌に感じる熱気を完全に無視しきれるかというと普通はそうもいかない。大抵の人間は、マコたちのように暑さで気持ちの方が参ってしまう。これも一種のVR酔いと言えるだろう。
平気そうに見えて割りと我慢しているソフィアは、ギブアップを表に出さないように堪えながらリュージを急かそうとする。
「そんなのお前にしか出来ないだろう。落ちた後助ける手段がないんだ。せめてどの程度の時間がかかるかくらいは明示してくれ」
「ふむん。もう少し持つかと思ったけど、無理だったかー」
少々残念そうに呟きながら、リュージはおもむろにしゃがみこむ。
「お、おい、リュージ?」
いきなりしゃがみだしたリュージを見て、ソフィアは慌ててしまう。ただでさえ不安定な足場にしゃがみこみ、さらに下のほうまで覗き込み始めたリュージの体は今にも落ちそうで怖い。
しかしヘタに触れるとそのまま落下しそうで支えるに支えられず、ソフィアはしばらくの間おろおろと彼を見守ることしか出来ないでいたが――。
「――お。あったあった」
リュージは一つ呟くと、顔を上げて皆の方を見やる。
「お前ら喜べー。目的地かはわかんねぇけど、ひとまず鉱山入り口は見えたぞー」
「「「わぁい……」」」
リュージの言葉に力なく返事を返す三人。
だが、彼の言うことに引っ掛かりを覚えたソフィアは眉をひそめる。
「なに? もう着いて……というか、入り口ってどこだ?」
「下のほう。見てみ?」
リュージは言いながら、下を指差す。
ソフィアは慎重にしゃがみ込みながら、足場から下の方を覗き込む。
すると、足場から五メートル程度の場所にぽっかりと洞窟が開いているのが見える。三人程度であれば立っていられそうなサイズの足場も見えるので、単なる景観というわけではなさそうだ。
「……あれが鉱山か? こんなところにあるなら、もっと早く言えばいいだろう」
「いんや、ここにあるのは始めて見るなぁ」
「なに? お前、何度も来た事あるんだろう? 何で知らないんだ」
「なんでもなにも、この火山の地下鉱山は自動生成なんよ。その日その日によって、鉱山の出入り口の場所が変わるの」
「……それは面倒な」
リュージの説明に、ソフィアは顔をしかめる。
いかな理屈か、常に鉱山の出入り口が移動するらしい。今回のように、比較的近場に出入り口が出ればいいが、ほぼ溶岩の真上に入り口が生成されることもありそうだ。
リュージはインベントリから鉤爪付きロープを取り出すと、鉱山入り口の真上に引っ掛ける。
鉤爪は足場をがっちり掴むと、そのままロープが固定される。長さもちょうど鉱山の入り口に引っかかるくらいで落ち着いてくれた。
熱気を受けてゆらゆら揺れるロープを見つめながら、ソフィアはふと気になったことを呟いた。
「……燃えたりしないか、これ?」
「一応自然発火はなかったはずだから平気じゃね? ひとまずソフィたん、位置関係からお先にどうぞ」
「ああ、すまない」
ソフィアは一つ頷くと、リュージの言うとおりに鉤爪ロープを掴んで降り始める。
足場が狭すぎるので、順番に降りていかねば後の人間が降りられない。
ソフィアは両手と太ももにロープを挟み、ゆっくりと鉱山入り口へと降り立った。
「……っと」
ソフィアは足場に立ち、鉱山の奥を覗き込んでみる。薄暗い鉱山の奥の方は暗闇に覆われ様子を窺うことはできないが、モンスターの気配はしない。恐らく、しばらくは安全だろう。
ソフィアは頭上を見上げ、こちらを覗き込んでいるリュージに向かって叫んだ。
「よし。……リュージ! とりあえずは大丈夫そうだぞ!」
「オッケー! 先にマコたち降ろすんで、ソフィたんサポよろしくー!」
「ああ!」
リュージの返答を聞き、ソフィアはロープの端が足場にかかるようにしっかり握って支える。
しばらくすると、なぜか首根っこを引っつかまれた姿勢のマコがロープへとゆっくり降ろされるのが見えた。
「止めろ首根っこ掴むな自分でいくっつってんでしょうがぁー!?」
「そう言ってじっと鉤爪の先見つめてるだけじゃ話が進まねんだよおらー」
「なにやってるんだリュージ……」
どうやら、いざ鉱山に降りる段となったマコが、鉤爪一つで支えられるロープに怯えていたようだ。
首根っこを掴んで足場から降ろしたのはリュージなりの優しさだろうか。やられているマコは死ぬほど怖いだろうが。
マコは大慌てでロープを握り締めると、そのまま一気に足場に向かって滑り落ちてくる。
「いぎゃぁー!?」
「おっと!」
ソフィアは自分の足元にロープを手繰り寄せ、マコの体を危なげなく受け止める。
「よーし! もう大丈夫だぞ。偉いぞ、マコ!」
「うぐぐ……! あのバカ後でコロス……!」
涙目になりながらも、マコは抜けた腰を引きずるように、這って鉱山入り口の影の中に移動する。
すると、多少は暑さがマシになったのかマコはほっとしたような表情になった。
ソフィアはそれを見て一つ頷くと、リュージへと合図を送る。
「もういいぞリュージ!」
「あいよー! じゃ、次コータで」
「自分で行くから首根っこはやめてね……?」
疲れたように言いながら、コータがロープを握って鉱山入り口に向かって降りてくる。
疲れた表情ではあるが、ロープを握る手はしっかりしている。手助けはいらなさそうだ。
しばらくすると、コータが足場へと降り立つ。
「……っはぁー」
降り切るまで止めていたらしい息を、コータは思いっきり吐き出す。緊張も激しかったのか、そのまま膝から崩れ落ちてしまう。
ソフィアはそんなコータを労いつつ、その場から移動させる。
「よしよし。よく頑張ったな、コータ」
「ああ、ありがとうソフィアさん……」
「ソフィたーん? 次レミだけど、ちと降りんの厳しそうだから、こっちで降ろすねー?」
「ん? 降ろす?」
リュージの言いたいことが一瞬わからず、ソフィアは首を傾げる。
だが、なにをしたいのかはすぐにわかった。降りていたロープが上へと上がったのだ。
恐らく、レミの腰にロープを巻きつけて直接降ろすつもりなのだろう。
しばらく待てば、ロープに括られたレミがゆっくりとリュージの手で鉱山の足場に向かって降ろされてきた。
ソフィアは両手を挙げ、レミの体を待ち構えながら声を上げる。
「オーラーイ。オーラーイ。……で、いいんだったか?」
「ソフィたーん? このまんまでいいのー?」
「あ、いや。そのままだと落ちるからもう少しこっちに寄せてくれ!」
「難しい注文を……」
呟きながらも、リュージはしっかりソフィアのほうへとレミの体を寄せる。
すっかり熱気にやられてしまったレミの体はぐったりしており、ロープを握る手にもほとんど力が入っていない。降ろしてやらねば、恐らくロープで降りている途中で手を滑らせていただろう。
ゆっくりと近づいてきたレミの体を受け止め、ソフィアは彼女に労いの言葉をかけてやる。
「よーし、もう大丈夫だぞレミ。これで少し休めるからな」
「ぅ……ん……」
頬をすっかり赤くしたレミは、熱に浮かされたような表情でソフィアの声に答える。
VR酔いにしても、症状が激しい。レミは思い込みの強いタイプだが、それが原因だろうか。
そんな益体もない事を考えながらレミの体を下ろしてやろうとするソフィアだが、つま先がかすかに触れる程度にしか体が降りてこないことに気が付く。
「む? ……リュージ! ロープの長さが足りんぞ!」
「え、マジ? 今からじゃ延長できないからなー」
「ああ、そういえばそうか……鉤爪を外すわけにもいかんしなぁ」
ソフィアはしばし悩んだが、レミを吊るしっぱなしにするわけにもいかない。
ひとまずこのままロープを外すことにした。
「よ…っと……」
レミの体が途中で落ちないように留意したのか、しっかりかた結びとなったロープの結び目にやや難儀するソフィア。
「く、そ……硬いな……!」
ぎっちり噛みあったロープの結び目を解くのはソフィアのSTR値では厳しかった。さすがSTR特化のリュージが結んだロープだ。
「こんなところにステータスの数値を反映させんでもいいだろうに……」
ぼやきながら、ソフィアはナイフを取り出す。ほどけないなら、ロープを切ってしまったほうがいいだろう。
ロープは短くなるが、後残っているのはリュージだけだ。彼なら、まあ、何とかなるだろう。多分。
「ほっ、と」
軽い掛け声と共に、ソフィアはレミを縛っているロープを断ち切る。
すると、レミの体はすとりと足場の上に着地し。
「…ぁ……」
そのまま、ぐらりと後ろに向かって体が傾く。
気の抜けた声をあげたレミはロープを掴もうと手を伸ばすが、握ったはずの手の中からロープがするりと抜けていってしまう。
「――あ」
ロープが切れて、一瞬気が抜けたソフィアはレミの体が傾くのを黙って見送ってしまう。
しばしの間が流れ、レミの体は煮え滾る溶岩の真上に晒され、真っ逆さまに――。
「レミちゃんっ!!!!」
――落下する寸前。一瞬で近寄ってきたコータが、かすかに伸ばされていたレミの手を握り、一気に自分の体へと抱き寄せる。
がくり、とレミの体は大きく揺れ、そのままコータの体に向かって倒れこむ。
コータはレミの体を受け止めるが、彼女の体を受け止めるだけの気力はなかったのか勢いのままにレミと一緒に洞窟に向かって倒れこんでしまう。
「ったぁ!?」
「ぁぅ……!」
岩で頭でもぶつけたのかコータが悲鳴をあげ、レミが小さなうめき声を上げる。
溶岩の明かりに照らされ、抱き合うように倒れた二人。見ようによっては、コータの体の上にレミがしな垂れかかっているようにも見える。
小さく呻く二人の様子と一連の流れをただ見ているしかなかったソフィアに、リュージが声をかける。
「どったのソフィたん。っていうか、その二人はなにをいちゃついてんの?」
「いや……いちゃついてる訳では……その……」
自身の迂闊な判断で危うくレミを落としかけたと素直に言えず、言いよどむソフィア。
リュージはそんな彼女を見て不思議そうに首を傾げつつ、寸足らずなロープから足場に向かって着地する。
「あいすばれっとー」
「なんばしよっと!?」
そんな彼の隙を突くように放たれたアイス・バレットを、リュージは何とか回避した。
ちなみに、落下した場合はマグマの中に沈み、その中で熱ダメージを食らって死に戻る模様。