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log4.インしてガッとしてヒャー

 ソフィアにとっては悪夢に等しい結果と終わった学年上がりの復習テストから一週間ほど。

 隆司はあれから不気味なほどおとなしく……おとなしいといっても動きというか行動がの話であり、言動自体はいつも通りだったが。

 ともあれ、隆司との約束どおりイノセント・ワールドをプレイする日がやってきた。

 時刻は夜七時。ここから、とりあえず二時間プレイしてみようという話になった。

 ソフィアは共用メットと比較するとかなり大きな、イノセント・ワールド専用のVRメットを持ち上げてしみじみと呟いた。


「……しかし、VRMMOを遊ぶためにプレイすることになるとはなぁ」


 一応ソフィアもVRMMO全盛時代の子。こうしたゲームに触れたことが一切ないというわけではない。

 コンサルタント事業を持つ父のためと、テストプレイヤーや或いは製品宣伝のためのモデルとしてこうしたゲームをプレイしたことは、多少はある。

 だが、結局のところは父の仕事のためにという思いがあったため、どのゲームもそれ以上続くことはなく、大抵の場合はそれっきりで終わってしまった。

 根が仕事人間なのか、或いは単純に性に合わなかったのか。それはわからないものの、今日までプレイが続いたゲームはひとつとしてなかった。自分から始めようと思ったVRMMOというのもまったくなかった。

 だが、今日、ソフィアは隆司に誘われて、初めてイノセント・ワールドに触れる。

 初めて、人に誘われて。父の仕事に付き合ってではなく、普通の子として、ゲームに触れる。

 ――心なし、気持ちが高ぶっていることにソフィアは気が付いた。ただ単にゲームで遊ぶだけだというのに。


「……癪だが、あいつには感謝すべきかもな」


 少しだけ、しかめっ面になりながらも、ソフィアは小さく微笑んだ。

 そして自分を、このゲームに誘ってくれたあのバカ(隆司)に感謝しながら、VRメットをかぶって体をベッドに横たえた。

 暗転は数瞬で終わる。真っ白な地平線をあっという間に乗り越え、ソフィアの精神……イノセント・ワールドにおけるアバターは、一瞬でイノセント・ワールドの大地を踏みしめた。


「ん……」


 夜七時であるというのに、イノセント・ワールド内ではまだ日が高かった。調べた限りでは、日照時間は毎日ランダムで定められているらしいが、今日は日が出るのが長いのか遅いのか。

 ともあれ、遊ぶ分には明るいほうが楽しい気がする。その点は喜ぶべきだろう。

 周りを軽く見回すと、現実の市場にも決して劣らぬ活気で街道は満ち溢れていた。


「さー、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!! 産地直送! エルフヘイム産のお野菜がやすいよぉー!」

「そろそろ新しい武器に変えないとなぁ……。今のレベルだと、なにが持てたっけ?」

「お前の場合、鋼系の上位鉱石までいけるんじゃね?」

「鋼系かぁ。文字通り、堀が苦痛だよなあれ……」

「魔術書の解析がめんどいんですが、必勝の策はありませんか?」

「ないから黙って読め」

「聞いたか!? 何でも竜斬兵(アサルト・ドラグーン)が引退したんだって!!」

「え? 俺はキャラ作り直しとか聞いたけど」

「でも、あいつの装備してたボーンシリーズが競売にかかってたぜ?」

「マジかよ、じゃあ、遺物兵装(アーティファクト)も……!?」


 道行く人は各々の目的を果たすために歩き、立ち止まり、会話を交わし、そして笑ったり泣いたり怒ったり……。

 誰もが皆、ごく当たり前にイノセント・ワールドで過ごしていた。

 ここが虚構の世界などと考えて行動しているものは、誰もいない。当然のように、皆が皆この世界での生活を楽しんでいる。


「……フ、フフ」


 自然と、ソフィアの口から笑みがこぼれた。

 イノセント・ワールドをプレイする前に抱いていた高揚感が、そのままゲームへの期待へと昇華されているのがわかる。

 ソフィアは感じた。このゲームは、今まで事務的にプレイしてきたゲームとは違う。

 決定的に、何かが違う。なにが違うのかはわからないが……。

 きっと、楽しい。それだけは、ソフィアだけでもはっきりと感じることができた。

 このゲームをプレイするのは、きっと楽しいだろう。だから、早くプレイを始めたい。


「フフ……いかんな、どうも気分が高ぶってしまう」


 こぼれる笑みを手で押さえながら、ともあれソフィアは隆司との約束の場所へと向かう。

 事前の取り決めでは、初めてログインした場所から見える、大きな噴水を目印にしようと隆司とh


「ソフィアァァァァァァァァァ!!!!」

「へ?」


 唐突に聞こえてきた嬌声。振返るまもなく、押し倒されるソフィア。

 悲鳴を上げるまもなくソフィアの太ももを何者かががっちりと掴む。


「ソフィア!ソフィア!ソフィア!ソフィぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!

あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!ソフィアソフィアソフィぅううぁわぁああああ!!!

あぁクンカクンk」

「フェンリル憲兵隊だ!! 大人しく縛につけぇい!!!」


 唐突な変態(隆司)の叫び。遠くから響く怒号。あっという間に変態(隆司)はひっ捕らえられ、そのままいずこかへとワープしてしまう。

 呆然とへたり込むソフィアと潮のように引いた群衆が取り残されるまでの間、僅か五秒程度の出来事であった。


「なん……なん………」


 先ほどまで抱いていた高揚感など、あっという間に霧散した。もうなにがなんだかわからない。

 ……と、呆然とへたり込んでいるソフィアの元に、立派なあごひげを持つ、紳士風の男が近づいてきた。


「大丈夫かね、君」

「え……あ……?」

「立てるかね? 手は必要か?」


 腰に細身のサーベルを佩いた男が、スッと手を差し伸べる。

 ソフィアは差し伸べられた手を何とか掴み、何とか立ち上がる。


「う、うう……申し訳ありません……見ず知らずの人にご迷惑を……」

「ああ、いや。気にしないでくれ。今のは止められなかったこちらにも非がある」


 紳士は情けなさそうに呟くと、ぽりぽりと頬を掻いた。


「あのリュージが一緒に来てくれというので何事かと思ったのだが……まさか自分を止めてくれという意味だとは思わなんだ」

「はあ……」


 申し訳なさそうな紳士に曖昧に頷きながら、ソフィアは気になったことを尋ねる。


「あの……ところで、あなたは?」

「あ、ああ。すまない、自己紹介が遅れたな」


 紳士は佇まいを正すと、ピシリと形の良いお辞儀をソフィアに向けた。


「始めまして、お嬢さん。私は初心者への幸運(ビギナーズラック)のジャッキー。リュージのフレンドの一人だよ」

「リュージ……あいつの……」


 事前に聞いていた隆司のキャラ名を聞いて、ソフィアは胡乱げな眼差しでジャッキーと名乗った紳士を見上げる。

 助けてもらっておいてあれだが、隆司のフレンドと聞くだけでだいぶ怪しく見えてしまう。

 あからさまに色眼鏡で自分を見るソフィアを前に、ジャッキーは軽く苦笑する。


「まあ、さっきのあれで信用しろというのは無理だろうが……せめて、リュージに謝罪のチャンスを与えるためのエスコートくらいは任せてもらえないかな?」

「……あの男の頭の中に謝罪という言葉があるか怪しいが……」


 だが、このままではリュージと離れたままイノセント・ワールドをプレイするはめになってしまう。

 さっきの変態行為を考えれば放置も選択肢だが、さすがにログイン初日から放置するのもされるのも厳しいものがある。

 ソフィアは首を振って頭の中を入れ替え、改めてジャッキーに頭を下げる。


「……では、よろしく頼みます。ジャッキーさん」

「ああ、頼まれる。それじゃあ、リュージのところに向かうかね」


 そういってジャッキーは踵を返そうとするが、そんな彼をソフィアは制した。


「……あ、少し待ってもらえないか」

「ん? どうした?」

「いや、少しだけ……」

「おーい」


 ソフィアがジャッキーに事情を説明しようとすると、彼女の背中に声をかけるものが現れた。

 彼女がその声に振返ると、そこには見知った顔が三人立っていた。


「? この子らは……」

「……待ち人だよ、私の、な」


 ソフィアはそう呟くと、意地悪そうににやりと微笑んだ。




なお、ソフィアは数だけなら10本以上のVRMMOをプレイしたことがある模様。

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