log37.キーワードを探せ
「……にしても、近接魔術師かぁ……。なんかかっこいいね」
「コータ君は、そういう風に呼ばれたりしたいの?」
「うん。二つ名って、なんかかっこよくない?」
「やめとけやめとけ。二つ名なんざ、語るも語られるのも傷しかのこらねぇもんだから……」
「妙に実感の篭った台詞ね?」
「……まさか体験済みなのか、リュージ?」
「聞かんといて、ソフィたん……まあ、それはそれとして」
マコが進むとおりに路地を歩き、リュージたちは一軒の家の前に到着した。
あぶれ連中が暮らすニダベリルの外れの中でも、一等外れた場所にある……さながらあばら家のような廃屋だ。人が暮らしているのかも怪しむレベルであるが、中から生活音のようなものが聞こえてくるあたり、誰かがいるのは間違いないようだ
マコが手にしているNGからの紹介状によれば、ここが銃を入手できるクエストの受領が可能な技術者が暮らしているはずだが……。
「ここが目的地か?」
「ポインターはここにある。ここで間違いないはずよ」
「それはいいけど……何か酷いにおいがしない?」
そういいながら、コータは鼻をつまんだ。
「なんていうか……卵が腐ったような、そんな匂いが……」
「うん……。部屋の中から匂ってくるよね」
レミも同じように顔をしかめながら鼻をつまむ。
バーチャルで匂いがわかることに感心しているソフィアは、ふと何かが引っかかるように首を傾げた。
「確かにくさい事はくさいが……どこかで嗅いだことがあるような気がするのは何故だ?」
「技術者っても、色々あるでしょ。なんかの薬品使って実験するタイプの技術者なんじゃないの?」
「それが銃のクエストとは一体……?」
「何だっていいじゃない。とっとと入りましょう」
マコはさっぱりそう言いながら、紹介状を手に廃屋の中にずかずかと足を踏み入れてゆく。
ソフィアは疑問が解消できず困ったような顔でリュージを見るが、リュージは肩をすくめて首を横に振った。
「このままじゃマコにおいてかれるし、先に入らない?」
「それもそうか……」
リュージは促しながら自分も廃屋に入る。
ソフィアもそれに同意しながら入り、コータとレミがその背中を追いかける。
「う~」
「ウ、部屋の中はもっと酷い……」
鼻をつまみながら薄暗い廃屋……いや、ある技術者の家の中へと足を踏み入れる一行。
かすかなランタンの明かりしかなく、窓という窓が板切れでふさがれた部屋の中の様子を窺うのは容易なことではなかった。
「何でこんなに暗いの……?」
「そういう趣味なんじゃねぇの?」
涙目になるレミに適当に言いながら、リュージは慎重に辺りの様子を窺う。
半分腐りかけた木机の上には、薬品を調合するためらしい道具と、鉄製の釜が置かれている。今も使っているのか、調合具の下にある小さなアルコールランプはゆらゆらと火を揺らし、釜は独りでに煮えている。
薄暗い部屋の奥に目をやれば、地下に続く階段と使い古された様子の炭焼き用の鉄窯が置かれているのがわかった。窯は息をしているかのように、隙間から見える炎を明滅させている。
「……ふーん?」
「ここは……なにを研究しているところなんだ?」
「さ、さあ……?」
匂いに鼻をやられ、ふらふらになりかけているコータ。
早く家主の姿を見つけなければ、コータが倒れかねない。
「……マコ、家主はいたか?」
「さあ。部屋の奥から出てくるんじゃない?」
いち早くこの家の中に入り込んだマコは、木机の上に置かれたベルの上に手を置いている。
鳴るのは聞こえなかったが、恐らく呼び鈴なのだろう。マコは静かに奥の階段の方を見つめている。
「さっき呼び鈴は押してみたわ。音は聞こえなかったけど、魔法的な道具なんじゃないの?」
「鳴らなかったって……もう一度、押した方がいいんじゃないか? 音が聞こえてないんじゃ――」
「――誰だい。人の家の中にずうずうしい……」
家主が気が付いていない可能性を考え、再度呼び鈴を鳴らすよう促そうとするソフィアであったが、その懸念は杞憂に終わったようだ。
全身が真っ黒に汚れた男が、階段の奥のほうからのっそりと姿を現した。
髪の毛は伸ばし放題にされており、辛うじて片目だけが露出している。襤褸切れと見紛わんばかりにぼろぼろの衣服を身にまとっているが、元は白衣だったのだろうか? 煤けた様に汚れたその衣服は、地面にすそが突きそうなほどに長い。
手先もささくれた様にぼろぼろになっており、さながら幽鬼のような姿だが、唯一覗く瞳は異様なほどにぎらぎらと輝いている。
後ろにいたコータとレミは、部屋の中から出てきた男の姿を見て小さく息を呑んだ。
「わっ……!」
「……人を見るなり、ずいぶんじゃないか」
「す、すみません! その……」
コータは慌てて男に向かって頭を下げ謝罪しようとするが、男はそれを待たずにマコたちを睥睨する。
「……フン。ギアも持たないような未成熟な連中が、一体僕に何の用なんだ?」
「紹介を受けたのよ。ここなら、私が欲してるものが手に入るってね」
マコが紹介状を差し出すと、男は毟るように奪い取って、舐めるように紹介状の中を読む。
「……フン。NGの紹介か。君たちが、彼のように僕の作品を欲するとは思えないな」
「あのー……えっと。あなたは、ここでなにをしてるんでしょうか……?」
紹介状から目を離さない男に、慎重にレミが問いかける。
銃の入手クエストを受領するには、何らかのキーワードをこの男の前で言う必要がある。銃が入手できるのであれば、男がここで作っている作品とやらがそのキーワードに関わっている可能性が高い。
それを何とか探り出そうと画策するレミであったが、男の返事は冷たいものだった。
「ここで僕は僕の研究をしている」
「あの、その研究って……?」
「ギアも持たない未成熟な連中には過ぎた長物だ」
「あうぅ……」
ギア未取得では商品の売買が出来ない、というのがここに来て響いてしまった。
取り付く島もないといった様子の男からは、その研究内容を窺うことはできそうにない。
リュージはいくつかある実験用らしい器具を見回しながら、男に向かって試しにこう問いかけてみる。
「まあ、ぶっちゃけ銃が欲しいんだけどな」
「ちょ」
「ブッ! リュージ!?」
「NGがここを紹介したってことは、ここには銃があるのか?」
思わず噴出すコータとソフィア。
いきなり核心を切り出すリュージに、肝を冷やしてしまう。キーワードに反応するかどうか試しているのかもしれないが、それにしてもストレートすぎる。
男の所作を見るに、どうも気難しい性質のようだ。迂闊な一言で特定のNPCと話が出来なくなるのは、イノセント・ワールド内でもよくある話なのだ。
今の核心の一言で、この男がへそでも曲げたらどうするのだ。とソフィアたちは焦るが男はリュージの一言にも特に反応を見せずに淡々とこう返す。
「銃。確かにあるよ。もちろん君たちに売るつもりはない。入手ルートも話すつもりはないよ」
「ああ、あるのか。ってことは、ここは銃の販売所も兼ねてんのか?」
ぶつぶつ呟くリュージ。
そんなリュージの頭を叩きながら、ソフィアはその耳元でぼそぼそと怒鳴り声を上げる。
「なにを考えてるんだアホ! 銃の一言でこの男がへそを曲げたらどうするんだ!?」
「まあまあ怒りなさんなソフィたん。銃関係のクエストが受領できる場所で、銃がブロックワードなのは鬼畜過ぎるでしょうがよ」
「そうかもしれんが万が一はあるだろう!?」
「いやでも確認は大事よ? 今ので、こいつはガンスミスじゃないのが確定したし」
「なに?」
「入手ルートっつったろ? NPCの場合、ブラフはない。少なくとも、こいつはよそから銃を手に入れてるんだ」
「……なるほど」
家の中の様子や外見だけでは判断が難しいこともあるが、NPCは基本的に嘘は言わない。事実を捻じ曲げて言うことや、本当のことを言わないことはあるが、判断材料としては周囲の状況よりも正確だと考えていい。
「けど、キーワードの手がかりはないなぁ」
「そこがネックだな……今日はひとまず顔見せということで、情報収集して出直すのが無難か……」
こそこそリュージとソフィアが話し合っている間に、男はマコたちに背中を向けて階段の方へと向かい始める。
「……ともあれ、次にくる時はギアを取得しておくことだ。未成熟な連中にかまけるほど暇ではないんでね」
「あ!? ちょっと待ってください!」
「もう少し、もう少しだけお話を!?」
「―――ふむ」
立ち去ろうとする男に追いすがろうとするコータとレミ。
だが、マコは落ち着いた様子で地面の土を撫で、鼻を一つ鳴らし、部屋の奥にある鉄窯に目をやる。
そして何かを確信したように頷くと、立ち上がり口を開いた。
「――あなたの研究っていうのは、ひょっとして黒色火薬のことかしら?」
「……なに?」
マコのその一言に、男は足を止めて振り返る。
マコは指先についた白い欠片を軽く舐め、その味に顔をしかめる。
「……乾燥地帯の地表で取れる硝石。これは火薬の酸化剤として使われるものね。ニダベリルは気候的には冬で、岩山も近く、環境も砂漠か何かに近い感じがするし」
「………」
「その鉄窯で木炭を精錬しているのかしら。部屋の中の木机とかに比べると、古いけれどもよく手入れされてる。まさか研究者面してて、炭焼きで生計立ててるってのもないでしょ?」
マコの言葉に男は目を細めるだけで何も答えない。
男が黙ったままなのをいいことに、マコは階段の奥を指差した。
「さらに階段の奥からでも匂う、強烈な卵の腐敗臭……この匂いの大元は硫黄でしょう? もう少し詳しく言えば、硫化水素の匂い……人工的に、硫黄を生産しているのかしら? いくら火山が近いといえど、この家だけ匂うのは少しおかしいしね」
「硫黄……ああ! この匂い、硫黄温泉で嗅いだことがあるのか!」
「さすがソフィたん。天然の硫黄温泉なんか、もう誰も行けねぇのに」
マコの言葉に、ソフィアが匂いの心当たりにたどり着く。
天然自然という言葉が風化しかけている現代において、硫黄温泉はもう成分だけのものと化し、この家のように匂いを体験できる場所は限られてしまっている。
「硝石。硫黄。木炭。この三つを使って生成される、人類の三大発明の一つ、黒色火薬。それがあなたの研究材料であり、そしてあなたのメイン販売品……違うかしら?」
「………」
男は、マコの指摘にしばし沈黙で返し。
「―――その通りだよ」
にやりと笑い、ぼろぼろの白衣の片面をはだけてみせる。
薄汚れた白衣の裏面に、縫い付けるようにぶら下がっている試験管の中にはびっしりと黒い粉が……黒色火薬が詰められており、男はそのうちの一本を愛おしげに抜き出してみせる。
「パッと広がる赤い華のような火薬の姿と匂いがたまらなく好きでねぇ……気が付いたときには、ここで黒色火薬のことばかり考えるようになっていたよ」
「そう。あなたの名前を聞いても?」
「今はブラック・スミスと呼ばれているよ。ようこそ、パウダーファクトリーへ。改めて、歓迎するよ」
先ほどまでの冷淡さが嘘のように霧散し、ブラック・スミスは親しげな笑みでマコを見つめた。
なお、天然の硫黄温泉はもはや天然記念物扱いで、ブルジョワな人間しか入れない模様。