log36.イン・マジシャン NG
無事に身に着けている武具を“草剣竜シリーズ”へと変えたリュージたちは、エンジの案内どおりにニダベリルのメインストリートから外れてゆく。
「えーっと、こっちのほうでいいんだよね?」
「というか、あの爺“とにかく真ん中から反対に向かって歩け”としか言わなかったじゃない……。リュージ?」
「あいにく俺もあぶれ連中なんてのを知ったのはさっきだからな。ただ、こっちには来たことない」
リュージは複雑な路地を抜け、少し開けた場所に足を踏み入れた。
「……ここが、あぶれ連中とやらがいる外れなんだろうさ」
「ここが……」
ソフィアはリュージの隣に立ちながら、辺りを見回してみる。
ニダベリルを包んでいると思っていた熱気を欠片も感じず、軽く体を撫でる風も奇妙に冷たいように感じる。
辺りに人影はない。だが、あちこちに立てられた家々の中には人の気配を感じる。
金属を叩く音はいやに遠くから聞こえるが、代わりになにかが小さく破裂する音や、電気の流れるような音が聞こえてくる。
閑散としている。しかし、静寂に包まれているわけではない。
ニダベリルであって、ニダベリルでないかのように感じレミが小さく体を震わせた。
「なんだか……さびしい感じがするね」
「そうだな……」
「中心都市のベッドタウンに近い何かを感じるな。エン爺の話なら、ここに変なものを作ってる連中がいるらしいが……」
リュージは目を凝らし、家の出入り口を見て回る。
鍛冶師や彫金師が看板を出していれば一目でわかりそうなものだが、どの家にもほとんどそんな様子がない。まるで、なにをしているのか悟られたくないかのようだ。
「……パッと見ただの家だな。どれが何の役目を果たしているのかわかんねぇぞ」
「……入っちゃう? これもゲームなら、入ってもいいんじゃないかな?」
コータは呟きながら、一軒の家の扉に手をかけようとする。
勇者的行為に走ろうとするコータを、マコがひっぱたいて止めるより早く、鋭い制止の声が彼らの前方からかかった。
「止めときな。このゲームじゃ、押し入り強盗はご法度だぜ」
「っ!? え、えと!?」
聞き知らぬ者の声にコータは心臓を飛び跳ねさせながら手を引き、声のしたほうに顔を向ける。
リュージたちも向けている視線の先には、黒いジャケットを羽織った切れ長の瞳を持った少年が立っている。
顔の半分を奇妙な色の靄で覆われた少年は、コータを睥睨しながらこちらに近づいてくる。
「この世界じゃ、プレイヤーがNPCに手を出すのはアカBANにも匹敵する重篤な違反行為さ。それは命から小さなコップに至るまで、ありとあらゆるものに手を出すことが禁じられている。長くこのゲームを楽しみたいなら、頭の片隅に置いておくんだな」
「は、はぁ……あの、あなたは……?」
コータがその名を問いかけ、彼が答える前に、リュージが少年の名を呼んだ。
「NG、久しぶりだなー」
「テメェもな、リュージ。レベルリセットメールがきたときにゃ、頭が沸いてんのかと思ったが……」
NGと呼ばれた少年は、リュージをねめつける様に頭からつま先まで眺め回し、それから呆れたように肩をすくめた。
「こうして会えて、改めて感じるぜ。お前、バカだろ。その上とびっきりの」
「はっはっはっ。褒めんなよ、てれるぜぃ」
「褒めてねぇよ」
ぴしゃりと遮り、NGはそのあたりの家の壁に背中を預ける。
軽く腕を組み、こちらを睨み付けて来るその様は、チンピラの親玉か、場末のバーの用心棒といった風情だ。
「……で、誰よ? このチンピラは」
「マコちゃん……」
「歯に衣着せねぇ女だな」
正直すぎるマコの一言にNGは、怒るどころか小さく笑って見せた。
「だが、どっかののぼせ上がったバカ騎士女よりゃ好感が持てる」
「ふーん。で?」
「こいつの名前はNG。俺のフレの一人で、錬金学園ってギルドに所属してる、近接魔導師だ」
「イン……? なにそれ」
「文字通り、近接戦闘で魔法を使う、魔法職のことだ。メインに使う魔法の射程が短く、接近する必要があるからそう呼ばれるようになったんだと」
リュージの説明に補足を入れるNG。
「うちのギルドは魔導師が腐るほどいるせいで、前衛がほとんどいねぇ。だから近接が得意な俺が肩代わりしてんだが、リュージみたいな近接型の傭兵を雇うこともあるな」
「ああ、リュージの現役時代のお客さんの一人?」
「その縁でフレにもなったけどな。NG、最近の景気はどうよ?」
「そこそこだな。特に今日の俺は機嫌がいい。ヤンデレバカップルは今日一日リアルで乳繰り合うらしいし、あのバカ女がインしてねぇからな」
NGはそう言いながら、また笑う。
「やっぱり、静かに一人で歩くのは気分がいいな……フフフ」
「相変わらずロンリーウルフ気取ってんのか、お前。いい加減諦めろって、頼られてんのは事実なんだから」
「痛々しいキャラね。中二病は早期療養が傷に残りにくいらしいわよ?」
「ほっとけ、これが素だよ」
リュージとマコの二人にかわるがわる叩かれ、さすがのNGも憮然とする。
良かった気分も霧散したのか、仏頂面でリュージたちを睨み付けた。
「まったく……で? レベルリセットしてこんなところでなにしてるんだ? まだギアも取得してねぇじゃねぇか。足踏みが趣味か?」
「青竹健康法とか大昔にあったらしいな。俺たちは武器の入手だよ。武器の」
「武器?」
「ええ。ぶっちゃけ、拳銃の入手ね」
マコの一言を聞き、NGは納得したように小さく頷いた。
「なるほど、銃か」
「ええ。あなたはなにか知ってるかしら?」
「知らないわけじゃないがな」
「じゃあ、教えてくれませんか? 正直、なしのつぶてで……」
コータが一つ頭を下げると、NGは視線を逸らしてすっとぼけるように呟く。
「……だが、ただじゃぁなぁ」
「え」
「今日の俺は気分が良かったが、その気分も急降下だ。だってのに、ただで情報を売り渡すってのは気分悪いなぁ」
わざとらしいNGの発言に、コータはじろりとリュージたちを睨み付ける。
「……どうするのさ、リュージ。せっかくなにか知ってそうな人に出会えたのに……」
「いやぁ、どっちにしろなにかせびられたと思うぞ? こいつはそういう男だし」
「わかってるじゃないか」
リュージの言葉にNGは頷く。
「世の中ギブアンドテイクって奴だ。お前たちは情報を。俺は懐の暖まるものを。悪い取引じゃ、ないはずだが」
「……といわれてもな……。正直あなたの興味を引きそうなものは……」
困惑したように呟くソフィア。近接とはいえ魔術師の彼に渡せるような貴重品の持ち合わせは、今の自分たちにはない。
……と、思っていたがマコが一つのアイテムをNGに差し出した。
「これでは不足かしら?」
「なに?」
NGは目の前に差し出された者を見て、軽く目を見開く。
「……草剣竜の硬鱗か。そのレベルでよく手に入ったな」
「うちには幸運の招き猫が二匹いてね。こういうのには事欠かないのよ」
「なるほど。そいつはうらやましいな」
NGはトレード画面を呼び出し、マコから草剣竜の硬鱗を受け取る。
ソフィアはあっさり草剣竜の硬鱗を譲り渡したマコを見て、少し戸惑ったように問いかける。
「いいのか、マコ? それは売り払う予定のアイテムだったろう?」
「別にいいじゃない。必要な時に必要なものを使う。それがこういう世界を賢く生きるコツよ?」
あっさり言ってのけるマコ。さばさばとしているところは彼女らしいというかなんというか。
インベントリに草剣竜の硬鱗を収めたNGは、壁に背中を預けなおしながらリュージたちに知っていることを話し始めた。
「さて、銃の入手経路だったか。俺が知ってるルートはいくつかあるが、紹介できそうなクエストは一つだけだ」
「一つだけ? 知ってるのはいくつかあるのに、ですか?」
不思議そうに首をかしげるレミに、NGは小さく頷いてみせる。
「ああ。このニダベリルの外れに散らばって存在してるあぶれ連中と呼ばれる技術者たちは、基本的に一見の客を相手にしない。誰かの紹介があって始めて商品の売買や、クエストの受領が出来るようになる」
「……ということは、まずどこかにいる紹介人に会う必要があるのだろうか?」
「いや。どういう判定なのかはわからないが、プレイヤーの紹介でも問題ない。今すぐに俺が紹介できる技術者は一人だけだがな」
ソフィアの発言に首を横に振るNG。彼の言葉の意味を理解したコータは一つ頷いた。
「ああ、そういうことなんですか……。じゃあ、会ってクエストをクリアできれば、銃が手に入るんですね?」
「ああ。ただし、会うだけじゃクエストは発生しない。会って、特定のキーワードをそいつの前で言う必要がある」
「キーワード……?」
「ああ」
「じゃあ、そのキーワードって……」
ついに銃入手クエストの核心に触れられると感じ、コータとレミは固唾を呑んでNGを見つめる。
だが、NGはそこで口を噤むと、瞳を閉じて肩をすくめて見せた。
「……さっきのアイテムでの情報はここまでだ。紹介状は発行してやるが、キーワードは自分で考えるんだな」
「え、そんな!」
「星7アイテムですよ? もう少しおまけしてくれても」
突き放すかのようなNGに、コータとレミは慌てたようにすがりつく。
だがNGはすげなく二人の手を振り払うと、あざ笑うかのように鼻を鳴らした。
「おまけ? 馬鹿を言え。確かに星7だが、レアエネミーアイテムとして見りゃ星3程度。本来はNPCを探さなきゃならない紹介状をくれてやるんだ。ここいらが妥当な線だろうが」
「むぅ……」
草剣竜の硬鱗が、本当に彼が言うような価値のアイテムなのか量りかねるソフィアは、小さく唸り声を上げる。彼の言葉を嘘と断じるのは簡単だが、そういったところで彼がキーワードをしゃべってくれるわけじゃない。
どうしたものかと思い悩むソフィアであったが、マコはNGの言葉を聞いて、一つ頷く。
「なるほど。それで、紹介してくれる技術者ってどこの誰かしら?」
「こいつが紹介状だ。そいつを持ってりゃ、視界の中にポインターが出る。そいつに向かって歩いていきゃ、たどり着けるよ」
「そう。ありがとうね」
マコは礼を言ってNGから紹介状を受け取ると、そのまま踵を返してニダベリルのはずれをさっさと歩き始める。
「そんじゃいくわよー。少なくとも今日中にクエストの受領までたどり着くわよー」
「え、ちょっとマコちゃん!?」
「それでいいの!? あ、待ってってば!」
コータとレミは大慌てでマコの背中を追いかけてゆく。
ソフィアはどうするか一瞬迷うが、リュージが足を止めているのでひとまず彼の傍にいることにした。
リュージはマコの背中を見つめながら、小さく笑う。
「あっさりしてんなぁ。あそこはコータたちみたいに食い下がるところだろうに」
「あの女もわかってんだろうさ。このゲームの肝に」
「肝?」
ソフィアの呟きに、NGは静かに答えた。
「試行錯誤。自分で考え、そうして答えを導き出すこと。その行為そのものに楽しみを見出すか、結果を楽しみにするかは人によるだろうがな」
「………なるほど」
「答えを知ってちゃ面白くないって奴さ。マコの場合はどっちかねぇ?」
リュージは笑いながら、自分もマコを追いかけるように歩き始める。
「じゃあなNG、助かったよ。今日中にはクエスト受領できそうだ」
「そいつはどーも。出来りゃ、また狩りの時にでも力を貸してほしいんだがな」
「あいにく傭兵家業は引退したのだ。ギルド単位でよけりゃ、力になるよ」
「そーかい。楽しみにしとくぜ」
NGは肩をすくめ、リュージたちとは反対方向に歩き始める。
ソフィアはリュージの背中を追いかけ、そして肩越しに彼に問いかける。
「……リュージ。本当に今日中にクエスト受領までいけると思うか? キーワードのヒントもないぞ?」
「まあ、そこはマコの手腕でしょうよ。肝心のあいつがもう情報はいらないって言ってんだ」
リュージは笑いながら、マコの背中に視線を向ける。
「信じてやりましょうや。マコのことをさ」
コータとレミにすがりつかれながら歩くマコは、いささかふらついているものの足取りは迷うことなくまっすぐに目的地を目指していた。
なお、近接魔導師と近接職が魔法を使うのとでは意味が決定的に異なる模様。