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log35.組合とあぶれ

 リュージが入っていった鍛冶工房は、素人目に見ても大きなものとは言いがたかった。

 そう広いわけでもない工房の中に、筋骨隆々とした体格のドワーフが二人、窮屈そうに身を縮めながら金槌を振るっている。

 リュージたちが入っても顔を上げることなく仕事をしていたドワーフたちだが、リュージが入り口の傍の小さな鐘を素手で叩いて鳴らすと、うち片方のドワーフが音に気がついて顔を上げた。

 ひげもじゃが特徴のドワーフの中でも、恐らく相応に老境にいるであろう老ドワーフ―――表示されたNPC名によれば、エンジといい名前らしい―――は、リュージの顔を見るなり髭に埋もれたその顔を嬉しそうに歪めて見せた。


「――んお? おお、リュージじゃないか。ずいぶん久しぶりだな!」

「そうだな、エン爺。最近はここの世話になることもなくなっちまったからなぁ」

「わっはっはっはっ! 言うじゃないか、一端の若造の癖に! 今日はどうしたんだ?」

「ちょいと武器を作って欲しくてね」


 がらりと入り口傍のカウンターの上に、草剣竜の素材を転がす。

 エンジはゆっくりとした動作でカウンターに近づき、その上の素材を吟味し始めるが、なにかに気がついたように顔を上げてリュージに問いかけてきた。


「……そういや、リュージ。お前さん、ギアはどうした?」

「色々あって、やり直すことになってね。今は修行中の身の上さ」

「そうか、お前さんがなぁ。……素材があるから武器は作ってやれるが、鍛えてはやれん。すまんが、上からのお達しは守らにゃならんからな。勘弁してくれ」

「わかってるって。エン爺にゃ昔っから世話になってからな」

「……すまねぇなぁ」


 申し訳なさそうに謝るエンジに、リュージは小さく頷きながら気にしていないと言ってみせる。

 まさに馴染み同士の鍛冶屋と戦士といった様子の二人を見て、ソフィアたちはこそこそと呟き合う。


「……あれ、NPCよね?」

「うん。そう、表示されてたし……」

「中に人がいるとしか思えん反応だ……」

「不思議だよね、このゲーム……」


 どう考えても中身のある対応を返してくるエンジ。用意された台本を読むだけのAIとは思えないNPCだ。

 リュージがギアを持っているかどうかを見抜いたのは、システムを介してプレイヤーの状態を参照できる運営側の存在らしい対応であったが、その後のリュージの返しを聞いて謝罪を返すというのはAIらしからぬ反応とも見える。明らかにリュージの気遣いを受け止め、その上で申し訳ないといっているのだ。プレイヤーがどのような反応を返すか分からないのに、このような会話返答パターンを用意するのはゲーム容量を考えても非効率的だろう。

 まあ、イノセント・ワールドというゲームが非効率を貫いて、それこそ星の数ほどの会話パターンを用意している可能性はあるが。

 と、二人で何かを話していたエンジが、不意にソフィアたちの方を向いて注文を聞き始めた。


「――で? ほかの連中は何が欲しいんだ?」

「え。へぇ!?」

「なに変な悲鳴上げてんだよ? ほれ。材料はあるから、何が欲しいか言ってみな?」


 泡食った悲鳴を上げるソフィアを不思議そうに見やりながら、エンジはリュージ以外の注文を取り始める。


「わ、私はレイピアを……」

「僕はロングソードで……リュージは?」

「俺はバスタードソード!」

「あ、私はいいです……私は僧侶なので……」

「そうかい? 坊さんでもメイスくらい持ってたほうがいいと思うが……そっちの穣ちゃんは?」


 エンジがマコに向かって問いかけるとマコはしばし沈黙した後、はっきりとこういった。


「……銃を一丁。作れるかしら?」

「銃ぅ? あいにく、うちの工房じゃ扱ってねぇなぁ」


 エンジは素っ頓狂な声を上げながらも、ごわごわのあごひげを撫でてマコに問いかける。


「穣ちゃん、銃が欲しいのかい?」

「ええ。その為に、この町まで来たの」

「へぇ……」


 マコの硬い返事に、少し興味深そうに頷きながらも、エンジは材料を持って金床まで戻る。

 黙々と金槌を振るっていた相方にも材料を渡し、リュージたちの注文を伝えて武器を作り始めながら、マコの注文に関しての言及を始めた。


「さて、銃ねぇ……。あいにく、わしが知っとる工房でも取り扱いがないからのぅ」

「おろ? 鍛冶師組合の中にゃ、ガンスミスがいるなんて噂が聞いたことあるけど?」

「わしも聞いたことがある。組合も、結構広いからの。わしが知っとる部分なんぞ、上辺も上辺じゃよ」


 カーンカーンという甲高い金属の音に混じりながら、エンジの深い声色が工房の中に響き渡る。


「組合にゃ、わしのように武器一筋だったり、防具一筋だったりする者は当然おるし、変わったところじゃ彫金装飾、生活に必要は金属製品、さらにゴーレムのパーツやら攻城兵器なんちゅーもんを作っとる連中もおるよ」

「……じゃあ、銃を作ってるやつらは?」

「当然おるし、話もたまに聞くんじゃが……あいにく組合は基本的に広く浅くの付き合いでの。わしの知り合いには武具を作っとる連中しかおらんのじゃ」

「エン爺は武器一筋だもんな」

「………」


 エンジの返答を聞き、マコは表情を険しくする。

 銃入手のためのイベントの足がかりが、雲をつかむような話だというのを改めて認識したのだろうか。

 鍛冶師組合という組織があるのであれば、それを頼るのがベストだろうか。そう考え、マコはエンジへと問いかける。


「その……鍛冶師組合に、銃器製作に関わってる連中のこと、問い合わせることは出来るのかしら?」

「どうじゃろうなぁ。組合とは言うたが、実際は寄合に近いしのぅ。会合とかも特にないし、そもそもこの街におる鍛冶師全部を組合が把握しとるのかもいまいちわからんし」

「……その。ぶしつけで申し訳ないが、それは組織としてどうなのだろうか……?」


 一企業の社長令嬢という立場を持つソフィアが、エンジに胡乱げな眼差しを向ける。


「己の全容を把握し切れていないと、何が起こってもおかしくないぞ……? よくそれで、この街は体裁を保てていますな……」

「わっはっはっ! 別嬪さんの言うとおりだなぁ! いつ壊れてもおかしかないな、この町は!」


 ソフィアの意見を聞いて、エンジは豪快に笑い出す。


「いや、笑い事じゃ……」

「はっはっはっ! まあ、心配せんでもええよ! 今まではなんとかなっとるからな! これからもなんとかなるじゃろ! はっはっはっ!」

「いや、あの……もういいです、はい」


 あまりにも豪快で大雑把……いや、これはもう適当と言い切っていいだろう。適当すぎるエンジの返答に、ソフィアは鍛冶師組合という組織への指摘を諦める。

 本人が気にしていないのだから、指摘しても仕方あるまい。言うだけ無駄、というものである。

 マコも、ソフィアとエンジのやり取りを見てガンスミスの情報をエンジから引き出そうとするのを諦めたようだ。エンジの気質がそのまま鍛冶師組合の性質だと考えると、正確な情報を引き出そうとするのも一苦労になりそうだ。

 そんな二人の隣から身を乗り出し、瞳を輝かせたコータがエンジへと質問を始めた


「あ、あの! ゴーレムってあれですか? 機械の巨人みたいな!」

「お? おお、そうだのぅ。前見たときは、全身鎧(フルプレート)の中になんかよく分からんもんがつまってる感じじゃったな」

全身鎧(フルプレート)に……その、動いたんですか!?」

「そんときゃ動いたのぅ。そういえば、坊主の言うように、もっとでかくするのが目標といっておったか」

「そうなんだ……! 見てみたいなぁ……!」


 どうやらゴーレムという言葉に男心が反応したらしい。ロボットのようなものを想像しているのだろうか、コータは眩い瞳でまだ見ぬゴーレムに覆いを馳せる。

 エンジは笑いながら草剣竜の素材を加工したレイピアを掲げ上げ、出来を見ている。


「はっはっはっ! そのへんは、わしにゃよく分からんからのぅ! 外れにおる、あぶれ連中なら、そういうのに詳しいかもしれんぞ?」

「ん? あぶれ? エン爺、なんだそりゃ。初耳だな」

「おう? 言うたことなかったかいのぅ? 組合に所属せん連中のことじゃよ。このニダベリルの端っこに住んでおるから、あぶれ連中と呼ばれておる」


 出来上がったレイピアをリュージに手渡すエンジ。

 そのままロングソードの製作に取り掛かりながら、先を続けた。


「この街の中心辺りにある工房は組合のもんじゃからのぅ。組合に所属せんと、自然と外のほうに住み着くようになる。何で、あぶれ連中と呼ばれておるんじゃ」

「あぶれ、ねぇ。組合ってのは、なんか所属する条件があるのか?」

「一応、組合が設けたテストに合格できるかどうかが基準じゃな。わしん時は、剣を一本打って、それが十分な性能かどうかとか言われとったか」

「へぇ」


 リュージはエンジの言葉に一つ頷き、それからマコの方を見やる。

 マコもリュージの言いたいことがわかったのか、一つ頷きエンジに問いかけた。


「そのあぶれ連中、普通に会えたりするのかしら?」

「問題ないんじゃないかのー。街の外れまで行くのは億劫じゃからわしは会ったことないが、悪い噂は聞かんからのぅ」

「そう……」


 マコは頷き、それから口元に手を当てて考え始める。


「あぶれ……組合が鍛冶師のものなら、そっちを当たった方がガンスミスに会える可能性があるのかしら」

「ガンスミスは、組合に所属していない、と?」

「可能性は高いんじゃないかしら……鍛冶師組合に所属するメリットがこういった工房なら、銃を作るには不釣合いだし」


 マコはエンジが持っている工房を見回す。

 鉄を溶かす巨大な炉に、金属を叩く金床と熱を冷やすための水。

 工房内の熱気がたまらないように天井のほうはほぼ開放されており、青空も見えている。

 まさに古い時代の、金属を精錬するための工場といった感じだ。


「別にここまで大掛かりである必要はないわ。拳銃の素材も純金属である必要もないし……場合によっては狭いほうが利便性は高まるんじゃないかしら」

「銃の製造工程がどのようなものかわからないから何とも言えんが、イベントが多いのはあぶれのほうかもしれんか……」


 エンジの助手が完成させたバスタードソードを受け取るリュージを見、ロングソードも完成間近なのを確認してソフィアは頷く。


「では、まずはあぶれの方を当たってみようか。リュージも、同じ事を考えているだろう」

「ええ」


 短く頷き、マコはロングソードの完成を待つ。

 手がかり、とは言えないが……指針は得た。

 まずは行動することとしよう。




 竜斬兵アサルト・ストライカーは長い間、このエンジ工房の世話になっていたとのこと。

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