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log34.ニダベリル到着

 魔法のじゅうたんによる移動をつつがなく終えた一行は、赤茶けた大地と天を突かんばかりに隆起する岩山が特徴的なヴァル大陸最北端の町、ニダベリルへと到達していた。

 じゅうたんを巻き、そのままインベントリにしまいこむジャッキーの姿を、マコはもの欲しそうな眼差しで見つめている。


「マコちゃん。そんなにじゅうたんが欲しいの?」

「……うん。ああいうふかふかな感じのじゅうたんが……一の実家の牧場がちょうどあんな感じで」

「迂遠過ぎて分かりづれぇよ。お前のピンポイント」


 確かに緑色のじゅうたんではあるが、あれを草原と同一視するのは無理があるだろうとリュージは呟く。ちなみに一とは、たびたび話題に上る三下の本名である。

 ただまあ、人の好き好きなんてそんなものだろう。気を取り直して一行はニダベリルの中へと足を踏み入れていく。

 だが、アラーキーとジャッキーはニダベリルの中に足を踏み入れず、大仰に頷きながらこんなことを言い出した。


「さーて、ニダベリルに到着しましたわけですが! ……そろそろアラーキーさんたちはお暇しようと思います、うん」

「そうだな……これ以上は少々過干渉かもしれんな」

「あ、そうですか?」

「そんなことないわよ? ぜひぜひついて来てくれていいのよ?」


 コータは二人の言葉に素直に頷き、マコはそんな二人を引きとめようとする。

 マコの瞳の中にある怪しい光を見て見ぬ振りしながら、ジャッキーは軽く首を横に振る。


「そういうわけにもいかんよ。我々のギルドにも戒律位はある。初心者の楽しみをむやみに奪うなかれというな」

「イベントの発見やら攻略……それこそ、こういうMMORPGの醍醐味って奴だからな、うん。ぜひぜひイノセント・ワールドを全力で楽しんでくれたまえよ、うん!」

「そうだな……いや、そうですね。ここまでありがとうございました。ジャッキーさん、アラーキーさん」

「んだな。サンキュー、オッサンズ!」

「リュージ君……。お二人とも、ありがとうございました」


 アラーキーの言葉にソフィアが礼をいい、それに皆が続いてゆく。


「……もう少し楽がしたいのに……。まあ、あんがとね」

「お忙しいのに、ありがとうございました」

「いやいや、気にすんなって、うん。気が向いたら、俺たちとも遊ぼうぜ?」

「いずれ、君たちと気軽に狩りが出来る時を楽しみにしているよ」


 ジャッキーとアラーキーはソフィアたちの礼に答えると、手を振りながら歩き去ってゆく。

 鳴り響いたクルソルを確認しながら遠ざかっていく二人から目を離し、改めて一向はニダベリルの中へと入ってゆく。


「さーて……ひとまず今日は武器まで作って終わりますかね。割合いい時間が経過してるし」

「あ……そういえばそうだね」

「ほんとだ……もう。イノセント・ワールドは楽しいけど、時間が立つのが早すぎる気がするよー」

「そうだな……。たまには四時間みっちりプレイしてみるのも悪くないかもしれないなぁ。今度の週末、昼からログインしてみようか」

「それもいいけどさ。あたしとしては少しでも銃入手のイベントを進めたいんだけど……」


 ソフィアからのフルログインという魅力的な提案に心惹かれつつも、マコはニダベリルの街中を眺め回しながらそう口にする。

 道行くNPCは背が低めで筋骨隆々なドワーフが多めに見えるが、手先が器用な友好的コボルトだったり、或いは宝石細工をするエルフなどの姿も見える。どうやら鍛冶錬金ばかりでなく彫金技師の類も数多く生息するようだ。

 マコの提案に一つ頷きつつも、リュージはまっすぐにニダベリルの街の中を歩き出す。


「まあ、マコの言うことも分かるんだけどな。イノセント・ワールドの、そうした特殊なイベントってのは皆隠しイベント扱いになってるんで、発見までも結構時間が掛かるんだよな」

「え? 隠しイベントなんだ? てっきり、どこかに銃関係のNPCがいるもんだと思ってたよ」


 リュージの言葉に、コータが目を丸くする。

 こうしたMMORPGの場合、特殊な装備を手に入れることが出来るクエストというのは何らかの形で明確な表示があるものだ。

 装備が可能なレベルになると、メインクエストと並ぶように“~入手のために~”といった感じで必要イベントが表示されるのをよく見たことがある。

 コータの言葉に一つ頷きながら、リュージはクルソルを提示してみせる。


「まあ、普通のゲームならそうなんだけどな。イノセント・ワールドの場合、クルソルに自動で表示されんのはメインクエストだけになる」

「……そういえばそうだな」


 リュージの言うとおり、試しにソフィアがクルソルメニューのクエスト欄を確認すると、メインクエストとなる“魔王討伐”なるクエストだけが現在表示されていた。

 だが、ソフィアの記憶の限りでは、この一週間の間、細かなサブクエストが表示されては消えを繰り返していたような気がする。

 そのときは確か、街の中にいる人たちからの依頼をこなしていたはずだが……。


「だがリュージ。ミッドガルドでは町人たちが結構な頻度で依頼を出してくれていただろう? 銃の入手もあんな形でクエスト受領できるのではないのか?」

「んにゃ、そんな単純じゃなかったはずなんだよな。というより、一応ミッドガルドの依頼受領も一応隠しイベントなのですよ?」

「……どういうことだ?」


 リュージの言っていることを理解できないソフィアは、小首をかしげる。


「隠しも何も、堂々と町人たちは依頼を出していたではないか。あれは明示されたクエストだろう?」

「いんや。じゃあ一つ聞くけどソフィたん。あの依頼だのなんだの、紹介したの誰だっけ?」

「誰も何もお前だろう。お前が私たちを依頼人のところまで――」


 そこまで言って、ソフィアははたと気が付く。

 そういえば、このゲーム……というより、イノセント・ワールドにおける依頼仕事は基本的にフェンリルを介する様な形のはず。フェンリルに巨大な掲示板がいくつかあって、その中の一つが依頼掲示板となっているのを覚えている。期間限定のマンスリーイベントやなにかのクエスト受領もそこで行う形のはずだ。

 だが、リュージが紹介した依頼は、依頼人に直接会う形だった。フェンリルを介していない。

 その事実に気が付いたソフィアは、口の中で数回言葉を咀嚼しながら慎重に答える。


「……フェンリル、というより運営が用意した窓口を介さないイベントは全て隠しイベント扱いなのか?」

「その通り! “運営”って分かりやすいヒントがない、イノセント・ワールド中に散らばる大小様々な依頼仕事は、全部隠しイベント扱いなのさ。NPCたちから直接口利きしてもらうような依頼仕事に関して、運営からのサポートは基本的にないからな。別に隠しイベントだって明確に言われちゃいないが、まるで隠されてるみたいにも見えるから慣例的に隠しイベントって言ってるわけ」

「はー、そうなんだ……」


 コータが感心したように頷き、それから首をかしげる。


「……ということは、銃の入手に関しては、運営からのサポートがないんだ?」

「銃だけじゃねぇぞ。イノセント・ワールドに散らばっているありとあらゆるアイテムを入手するために用意されたイベントは、皆、運営からのサポートはなしだ」

「じゃあ……どうやってそういうイベントを見つけるの? 隠されてるんじゃ、探すの大変だよね?」

「それはもちろん、人に聞いてさ」


 続くレミの質問にこともなげに答え、リュージはニダベリルの街中を示してみせる。


「確かにニダベリルみたいな街は広いが、それでも無限じゃない。端から潰す覚悟で片っ端からNPCやプレイヤーに話しかけりゃ、銃の入手イベントに関する情報くらい手に入るさ」

「まさかの虱潰しとか……ドンだけ時間掛けるつもりだ、あんたは」


 マコは思わずクルソルでニダベリルの広さを確認してしまう。

 イノセント・ワールド自体の広大さに比べれば小さなものだが、それでも一般的なMMORPGの街と比較するとかなり広く感じる。NPCの生活の場として機能しているためだろうか。普通のゲームならば必要なさそうな商店街の類も見受けられる。

 ……軽く絶望し膝から崩れ落ちるマコを見て、リュージは慰めるように頷いてみせる。


「……まあ、絶望もしたくなるよな。これでもミッドガルドよりも狭いんだぜ? ニダベリル」

「……そういえばミッドガルドも結構でかい街よね……。それはそれとしてどうすんのよ!? こんな街を端から端まで調べてたら、それこそ金策して普通に買ったほうが早いじゃないのよ!?」

「うん。実際、俺も前のプレイの時は金を貯めてサブウェポンとして購入しました」

「え? ということは、リュージも銃の入手イベント知らないんだ?」

「……それは本気でどうするんだ。何の手がかりもなしということだろう?」

「うん。なので、ひとまずは知り合いのNPC鍛冶師から当たることとしようと思います」

「知り合い……?」

「このゲーム、プレイヤーとどれだけNPCが接触したのかをどっかでカウントしてんのか、それなりの回数同じ店を利用すると、顔なじみになるんだよな。しかも商品の割引みたいなシステム的な面だけじゃなくて、NPCの対応も知り合いに対するそれになるんだよ」

「……ほんと、それ?」


 リュージの言葉に半信半疑といった風情の顔をする皆。

 リュージもそんな反応をすると分かっていたのか、特別コータの言葉に反論することなく、ニダベリルの街の中を歩き始める。


「まあ、いきゃわかるよ。ミッドガルドの依頼仕事回りで、人間関係のリセットはされてねぇのは確認してるから」

「ああ、あの依頼仕事、人間関係の確認の意味もあったんだ」


 コータは一つ頷き、リュージの背中を追いかける。

 他の者たちもそれに続き、ニダベリルの中を歩き始めた。

 ニダベリルの中を漂う、熱気の篭った風に乗って焼けた鉄の匂いがする。

 あちらこちらで金床を叩く甲高い音が響き渡り、焼けた鉄が水の中に浸される蒸発音も聞こえてくる。

 道の端を占領している露天の多くも金属製の武器や鎧を並べており、道行くプレイヤーたちへ熱心に売り口上を叫んでいた。


「さあ、出来立てのクーロン銅製鎖鎌! 安さが売りだよ、買った買った!」

「鋼といえば、エリト鋼! 他の街じゃ手に入らない、一級品だ! この機会を逃す手はないよぉ!」

「ニダベリルじゃ装飾品が手に入らないなんてとんでもない! 雅なアクセもこの通りだよ! ニダエルフ彫金連合をどうかごひいきにー!」

「ミッドガルドと比べると、NPC商人たちの勢いも激しいな」

「でも、私たちじゃお買い物できないんだよね?」

「システム的な問題でね。ギアシステム解放後じゃないと、この街に来る意味は薄いのよねぇ」


 マコが呟きながらあたりのプレイヤーのレベルを確認してみると、当然ではあるが皆10レベルを超えている。軽く見回した限りでも、平均レベルは30前後くらいに見える。

 そんな中でいまだ一桁台の自分たちの身を恥じるように、コータは体を縮めてしまう。


「な、なんか急に恥ずかしくなってきちゃったよ……」

「まあ、気持ちは分かるが、あまり気にする必要もないだろう。堂々としていればいいさ」


 ソフィアはそういいながら、胸を張りながらリュージの背中を追いかける。

 迷うことなく、怯えることなく、いっそ威風堂々と言った様子のソフィアを見て、レミとコータが感心した様子になる。


「さすがソフィアさん……堂々としてるなぁ」

「すごいよね……こういうところでも物怖じしないのは」

「……あれにゃ、若干天然もあると思うけどね……。あれほどと言わず、あの三分の一もあたしにあれば……」


 胸を張ることで自己主張する、ソフィアの体の一部位を恨めしげに見つめながら、マコはぶつぶつと呟く。

 先頭を行くリュージは、背後でそんな話をする仲間たちには気が付かず、路地の少し影になっている一つの鍛冶屋の中へと入っていった。




 なお、街を行く人々の視線の一部はソフィアに釘付けだったとか。

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