log33.レアアイテムの入手
「―――相変わらず常識はずれね、あんたは」
「なにをぅ。あの程度、80レベル越えの近接タイプなら普通に出来るようになるのがこのゲームなんだぞぅ」
「超人育成ゲーム化なにかか」
「まあ、システム的に出来んわけではないのだろう。ないのだろうが……」
ディノレックス討伐後、リュージたちはひとまずドロップアイテムを拾い、適当な場所で簡単な休憩をとることにした。
ディノレックスとの連戦のおかげですっからかんになったまんぷくゲージを、質素なサンドイッチ(干し肉・入り卵・レタス)で満たしながら、ソフィアは小さく肩を落としながら呟いた。
「だが、私もまだまだだ……。ディノレックスの止めに追従できなんだ。後一押しが出来ればなぁ」
「あんなん、このバカにしかできないでしょう。空中で回し蹴りとか」
「いや、別に飛ばなくても、足元にはレイピアが刺さっていただろう。あれを押し込むだけでもダメージが入っていただろうし……」
ディノレックスの死体が消えた場所から回収したレイピアを撫でつつ、ソフィアが悔しそうにため息をつく。
「普通であれば、刺さった武器がダメージを与えられるということはないからなぁ。想像力が不足していたか……」
「いや、あれは仕様知らなきゃ思いつかないでしょ。誰がゲーム内で使用不可能になった武器を押し込んでダメージ与えるとか思いつくのよ」
「まあまあマコちゃん落ち着こうよ。何であれ、リュージのおかげで早めに決着がついたんだからさ」
サンドイッチを口の中に放り込みつつ、コータが笑顔を見せる。
そして五人で円陣を組んだ真ん中に置かれた十二個のアイテムを見つめる。
「しかもこんなにたくさん素材アイテムが手に入るなんて……! レアエネミーって、すごいねリュージ!」
「レアエネミーっていうだけあってなー。ザコで1~2個、ボスでも3~4個のところが、レアエネミーだとボスの倍は確定するんだからな」
「それに、いくつかはレアアイテムが確定するんだよね? さっきマコちゃんがすごい興奮してたけど……」
ドロップしたアイテムを確認した時のマコの咆哮を思い出し、レミが軽く首をかしげる。
思わず素っ頓狂な悲鳴を上げてしまったマコは恥を噛み潰すようにサンドイッチを噛み千切り、勢いのまま飲み込む。
「ん、むぐっ。……だってまさか、いきなりアンレアクラスの素材を見ることになるとは思わなかったんだもの……」
「アンレア……この素材だな」
ソフィアが呟き、二つの素材を取り上げる。
彼女が手にしたのは、恐らくディノレックスの犬歯に当たる素材で、緩やかな曲線を描いた三角錐状の牙だ。鋸状になっているその牙はそのまま振り回しても武器として通用しそうなほどに鋭く、ソフィアの手では持て余しそうなほどに大きい。
その素材の名は“草剣竜の剣牙”。見たままの名前だ。
マコのいうとおり、ソフィアが手にしている素材のレア等級は星8つ。アンレアとして流通している素材であることを示している。
「確かにマコのいうとおり、レアエネミーを討伐したとはいえいきなりアンレアをお目にかかるとは思わなかったな。しかも二つも」
「レアエネミーばっかり狩ってると、そう珍しくはねぇんだけどな。しかも条件ドロップを確定させてたわけだし」
「でもリュージ……。他の素材も星6つが最低なんだけど……」
そう言ってコータが持ち上げるのは、巨大な大腿骨。名前は“草剣竜の大骨”で、星6つの素材アイテムだ。
ちょっとした柱ほどの大きさもあるような素材を見て、リュージは軽く首をかしげた。
「嬉しいことだけど、ちょっと運が良すぎないかな? 他にも星7つの“草剣竜の硬鱗”とかあるし」
「言われて見りゃおかしいか? 確かレアエネミーでも最低保障は星4つだった気がするんだが……まあいいや。レア度が高いのはいいことだ」
リュージは己を納得させるように何度か頷く。
マコとソフィアは静かにコータとレミの方を見やるが、肝心の二人は特に気にした様子もなく、残ったサンドイッチを食べている。
「残りの素材は、星6の“草剣竜の骨”が三本、“草剣竜の鱗”が四枚……。これだけあれば、ニダベリルでも通用する武具が作れるのかな?」
「十分すぎるくらいだなぁ。余ったらコハクんところにでも持ち込んで金にすればいいし」
「余るのか? 素材に使うのであれば、複数必要だったりすると思うのだが」
「まあ、もしものはなしだよ。レア以上の単一素材を複数必要にする武器ってほとんどなかったはずだし。ともあれ、必要なものは揃ったわけだけど……」
リュージは代表して手に入った素材をインベントリの中にしまいながら、皆を見回して尋ねる。
「……この後、どうする? ニダベリルにいくにしても、こっからだと徒歩だから時間掛かるんだよな」
「あ、そうだよね……」
リュージの言葉に、レミが目を丸くしながら眉尻を下げた。
「元々は、ニダベリルに行こうとしてたんだよね。ディノレックスと戦うのは、ついでだったはずだし」
「一応はね。メインは素材集めなわけだけど……徒歩での問題は?」
「ミッドガルドからで実時間で四時間掛かることかね。まあ、その間に結構なモンスターと出会えたり、たまに行商やら小さな村落を見つけたりできるんで、結構退屈はしないと思うんだけど……」
リュージの言葉に、マコが目を飛び出させる。
「そんなかかんの!? 馬車で五分の道のりが!?」
「五分って言っても一応設定上は半日かけての移動だからなぁ。馬車の全力疾走に人の徒歩が勝てる訳ないだろ」
「単純な効率で言えば50倍くらいの差だろうか。いずれにせよ、徒歩は論外か……途上のイベントとやらに期待しない限りは」
ため息をつくソフィアの言葉に、コータは小さく頷いてみせる。
「ゲームとかだと省略される過程が体験できるんだね……」
「オープンワールドってのも考えもんだよな」
ちなみにこれだけ時間が掛かるのは、ニダベリルへの道中が単純に道ではなく、街の間に横たわる広大なランダムダンジョンとして機能するためらしい。
かつて一世を風靡したこともある“不思議のダンジョン”と呼ばれる、階層型ダンジョンゲームを、横に広げた感じなんだとか。
そのため、街の間を徒歩で移動する場合はログアウトや街への帰還並びに帰還ポイントへの瞬間移動など、入念な準備が必要となる。
だが、時間が掛かるだけあって手に入る経験値やアイテムの量などは普通にダンジョンを潜るよりも多いらしく、場合によっては未発見のダンジョンを発見することが出来るなど利点も多いらしい。
そうした街の間の移動を専門に行い、それでゲーム内の生計を立てる者もいるとのことだ。
閑話休題。
「……ミッドガルドに戻って馬車は?」
「使えないわけじゃないけど、また明日だなぁ。保険が降りるまでは馬車が利用できない。実時間で24時間後じゃないと駄目なんだよ」
やはり、損害額を全額負担してくれるだけあって全ての融通が利くわけではないらしい。
リュージの説明を聞き、めんどくさそうにマコは頭を掻いた。
「まだるっこしい……。とはいえ、歩いていくのも……なんかいやよねぇ」
あれだけの激闘を繰り広げた後に、さらに四時間も歩かされるのは精神的にごめんこうむりたい。
だが、馬車が使えないとなると後はワープになるわけで……。
「じゃあ、それこそワープすれば……」
「絶対にNO!」
「そこをなんとか! ほら、ソフィアちゃんも!」
「え? うーん……」
肝心のワープ可能なリュージが首を縦に振らず、さらに頼みの綱のソフィアも難しい顔をしている。彼女も旅は満喫したいタイプなのだ。
眼前のバカ夫婦に向かって重苦しいため息を突きつつ、まあ明日まで待てばいいのならと諦めの境地に達しかけるソフィアに、声をかけるものがあった。
「ハイハイ! ならばオッサン達にいい考えがあります!!」
「……なにかしら? 人が激闘繰り広げている間にのほほんと決闘していた初心者への幸運のお二人?」
「手厳しいな……。いや、本当にすまないとは思っている」
マコがゆらりと視線を巡らせると、その先には正座させられ、さらに膝の上に石まで抱かされた初心者への幸運の二人の姿があった。
戦いが終わった後、決闘に勝って勝鬨を上げていたアラーキーをマコが見つけ、即座にファイアボールで吹っ飛ばして、現在の姿に至る。
リュージたちを放置してしまったことに対し悪気を感じているのか、素直に石抱き正座を受け入れていた二人であったが、リュージたちがここから先の移動案に苦了しているのを見てか助け舟を出そうとしているらしい。
「ならばこそ、ここで一つお詫びをさせて欲しいのだが……」
「……まあいいわ。聞きましょう。あ、リュージ? 一応このスコップでそこに穴二つ掘ってもらっていい? こいつらの首が出るくらいでいいから」
「埋める気満々かよ。まあいいけど」
無表情にそんなこと言ってのけるマコに逆らわず、穴を掘り始めるリュージ。
他の三人も鬼気迫る様子のマコを前に、黙ってサンドイッチを頬張ることしかできない。
そんな露骨に不機嫌なマコを前にかすかな冷や汗を流しながら、ジャッキーはクルソルから何かを取り出してみせる。
「いや、なに。聞けば賛同してもらえると思う。私が提案するのは、私が持っている移動用の道具を使って街まで行くことだよ」
「道具? って、これ……」
ジャッキーが取り出して見せたのは、一枚の巨大なカーペット。
どことなくアラビアンな風情をかもし出す、金縁の豪奢なカーペットを見てマコは目を丸くした。
「まさか……空飛ぶ魔法のじゅうたん!?」
「いかにも。知っていたのかね?」
「知ってたわよ! っていうか私も欲しいのこれ! 移動用の道具の中で、一番欲しいのよー!」
言うなり魔法のじゅうたんの上に飛び乗り、ごろごろし始めるマコ。
先ほどまでとは打って変わった親友の様子に、レミは驚いた様子でジャッキーに問いかける。
「マコちゃんが興奮してる……そんなにすごいんですか? このじゅうたん」
「うむ。……といっても、見ての通り横には広いが縦には低いので、たくさんの人間が乗るのには適しているが、たくさんの荷物を積むには若干適さない。単一で完結する移動道具として最もお手軽なのが売りなんだがね」
マコの興奮具合を見て首を傾げつつ、ジャッキーは石を地面に置いて立ち上がる。
「きっと、マコ君の心の琴線に触れたのだろう。柄もなかなか見るところがあるしな」
「おお、工芸品としての方が価値のあるじゅうたんじゃんか。相変わらずジャッキーさんは古風な道具が好きやね」
穴に埋める必要はなさそうだと判断したのか、スコップを肩の担いだリュージが魔法のじゅうたんを見て軽く笑う。
「こいつを使えば最大速度で二十分くらいかね? いずれにせよ、ニダベリル入りくらいは出来そうだな」
「結構掛かるな」
「まあ、足の速い道具じゃないしねー。したら、オッサンも抱き石解除でいい?」
「いいんじゃないですか? マコちゃんも、もうその辺どうでもよさそうですし」
ごろごろに飽きたのか、じゅうたんの上に横になってじっとし始めたマコを見て、コータもアラーキーに手を差し伸べる。
アラーキーは横に石を置いて、差し伸べられたコータの手を握って立ち上がった。
「ともあれ……色々ありがとうございます。アラーキーさん」
「なんの。気にしなさんな、うん。人のお手伝いが趣味みたいな集まりなんでね」
コータの礼に、アラーキーは満面の笑みで答える。
「んじゃ、途中まではお付き合いしますかね。ジャッキー、俺も乗せておくれー」
「勝手に乗るだろう、貴様は。まったく……」
ジャッキーはアラーキーに悪態をつきながらじゅうたんへと歩いてゆく。
アラーキーはその背中を追いかけ、リュージたちもそれに続くのであった。
なお、ただ単に街の間を移動するだけならプレイヤーキャラの足でも、全速力の全スルーであれば一時間半ほどで通過することが出来る。
それを利用したタイムアタック競技がイノセント・ワールドに存在するとかしないとか。