log31.わがままの代償
「これならば、無粋な真似をせずに済みそうだ」
「を? 介錯しちゃう? そういうの、オジサンは感心しませんぞ?」
「分かっているとも。ただ、選択肢の一つとしてはありだろう」
アラーキーに向かって、ジャッキーは小さく頷いてみせる。
介錯とはこの場合、初心者が倒せないモンスターを上級者が倒すハイエナ行為を指す初心者への幸運独自の隠語だ。
初心者の支援を旨とする初心者への幸運のメンバーにとっては極めて悪質な違反行為の一つであり、発覚すれば即刻ブラックリスト入りすらしかねないとされている。
……とはいえ、今回のジャッキーのように、自らが出会った初心者に肩入れするあまり、他のメンバーがいない場所で介錯に及んでしまう初心者への幸運のメンバーは結構多かったりする。
ジャッキーの注意をした当のアラーキーも割りと頻繁に介錯に及んでおり、ジャッキーの言い分も分かると一つ頷いてみせる。
「まあ、マジモンでダメージが通らないんじゃそれもありだろうけどな。俺もディノレックス以外だったら、介錯してたかもしれん」
「いや、いっそそれでもいいのよあたしらは? 正直に言えば今からでも手を出して欲しいくらいだし」
じりじりと、本当にじりじりとしか減っていかないディノレックスのHPがもどかしいのか、焦りのにじむ顔でマコが初心者への幸運の二人へと振り返る。
脂汗一つ流しそうな表情のまま、マコはジャッキーたちとリュージたちを見比べながら、先を続ける。
「あの減り方じゃ、下手に魔法使えばあたしにヘイト集まるだろうし……介錯OKよ? もう諸手を挙げて拝み倒したいくらいに」
「マコちゃん、マコちゃん。嫌がる人に介錯を強要するのはどうかと思うよ……?」
隣でマコの発言を聞いていたレミが、若干蔑む様な表情でマコの方を見やる。
彼女はマコほど焦っているようには見えない。少なくとも致死に至るダメージがリュージたちに入っていないのが理由か。だいぶ余裕がある様子だ。
そんなレミの視線に耐えられないのか、全てから目を逸らしながら、マコは小さく呟いた。
「いや……ほら……あたしら、もうすぐログアウトしなきゃだし……」
「まだ一応時間あるよね?」
「まあまあ、落ち着きなさいな、うん」
「二人が言い争うことはないさ。私は何もしないし、リュージたちであればディノレックスに勝利できるさ」
やや剣呑になり始めたレミをなだめるようにアラーキーとジャッキーは声をかける。
「少なくともダメージが通り、そしてこちらがダメージを受けないのであれば何の問題もないよ。ディノレックスも広範囲攻撃と呼べるような技はほとんど持ち合わせていない。時間はかかるだろうが、このまま放っておいても問題はないさ」
「……そうかしら」
「そうさ。だから――」
「ジャッキー殿! 手出しは無用に願おうか!?」
ジャッキーの弁明を切り裂くように、ソフィアが大きく声を張り上げる。
ディノレックスの噛み付きを飛び退いてかわしながら、ソフィアはジャッキーを睨みつけた。
「その二人がなにを言い出したかは聞こえなかったが、今はまだ我々の戦いだ! それを横合いから殴りつけられるのは不愉快!」
「心配しないでくれ、ソフィア君! 私はそのような無粋をしたくてここにいるのではないよ!」
興奮のあまり、どこか時代掛かった口調で叫ぶソフィアに、ジャッキーは安心させるように大きな声で返す。
「そのまま君は君の戦いに専念してくれたまえ! アラーキーも、私が抑えておこう」
「その言葉、信じるぞ! ハァァァッ!!」
ソフィアは振り下ろされたディノレックスの爪を払うように、メイスを振るう。
甲高い音を立てて弾き返されたディノレックスの爪は砕け、その勢いで血が噴出し始める。
―ガギャァァ!?―
「さあ、まだだぞディノレックス! 貴様に被せられた屈辱、この程度では済ませられん……!」
「冷血なソフィたん……! そんな君も大好きだぁー!!」
「折れないなぁ、リュージは……」
にやりと凄絶な笑みを浮かべてみせるソフィア。ディノレックスに対するフラストレーションが溜まっていたのだろうか。殺気すら感じかねない。
そんな凄みのあるソフィアを見ても、リュージは変わらずハートを飛ばし、コータはいつもどおりの友人を見て軽くため息をついている。
まだまだ引く気配のない三人を見て沈黙するマコの背中を眺めながら、ジャッキーは軽く肩をすくめる。
「……責任は負うものであるが、被るものではないよ」
「………そういうもんなのかしら」
やや落ち込んだような声で呟くマコ。
やはり、自分のわがままにリュージたちをつき合わせているというのが彼女にとって強い負担になっているのだろう。
ジャッキーの一言でそれをなんとなく察したレミは、先ほどまでの剣呑な雰囲気を収め、優しくマコに語りかけ始める。
「……マコちゃんは、相変わらず気にしぃだよね」
「……あんたは気にしなさすぎなのよ」
マコの反論に、レミは小さく微笑んだ。
「だって……出来ないことを人に手伝ってもらうのは、悪い事じゃないもの。私は皆を頼りにしたいし……皆に頼られたいよ?」
「………」
マコは少しだけ沈黙し、それから小さく肩を落とす。
「……なんか、あたしがバカみたいじゃん」
「そうかもね?」
「まっすぐ来るわね」
「うん? こういうときでないと、マコちゃんのこと、バカにできないもんね」
そう言ってくすくす笑うレミだが、その表情に口で言うほどの嫌味は見えない。
むしろ友人の意外な姿を見れた喜びのほうが強いのだろうか。
マコもそれを察してか、恥じ入るように俯いてしまう。
「あー……くそ。わがままなんていうもんじゃないわね、ホント……」
「違いない。弱みを見せれば、それだけ隙になる」
「あ、お上手ですね、ジャッキーさん! 確かに、弱みを見れれば、好きになりますね♪」
「え、そういう意図だったんジャッキーさん? その髭面には似合わない乙女心の発揮とか吐き気がするんで止めていただけます?」
「シュツルムヴィントー」
「とうっ」
ジャッキー必殺の竜巻攻撃を、アラーキーは身を捩って回避する。
そのまま割りとしゃれにならない戦いを繰り広げ始める上級者二人を脇に置いたまま、レミはマコの手を軽く握る。
「マコちゃんのそういうところ、私はもっと見たいな。小学校からの付き合いだけど、マコちゃんのツンとした顔しか思い出せないもん」
「そりゃ、外じゃ弱みを見せないようにしてるしね……」
マコはそのまま脱力するように上を向き、ため息をつく。
「あーあ……クールで続けてきたあたしのキャラもここまでかぁー」
「別にそのままでもいいと思うよ? 無理に崩す必要もないよー」
「まあ、そうねぇ。はぁ……」
もう一つため息をつくと、マコは静かにファイアボールのチャージを始める。
「……じゃあ、もう色々気にしないで魔法ぶっぱでいいわよね? 向こうも余裕そうだし」
「いいんじゃないかなー? もう少しでHPも半分になりそうだし」
しばし待つ間に、マコの手の平の中にあったファイアボールが倍くらいの大きさに膨れ上がってゆく。
そしてチャージの完了を示す輝きが灯ったのを見てから、マコはファイアボールを大きく振りかぶり。
「そぉ……れっ!」
勢いよくディノレックスに向かって投げつけた。
大きな放物線を描いたチャージファイアボールは、足元の敵に攻撃が当たらないことに苛立ったディノレックスの、咆哮を上げようとした口の中に見事ジャストミート。
「「「「「―――あ」」」」」
ディノレックスが上げようとした咆哮の代わりに、巨大な炸裂音を響かせてファイアボールが炸裂する。
口蓋を粉砕し、牙を吹き飛ばすマコのファイアボール。HPが半分切ったディノレックスは爪も牙も無くした無残な姿となってしまった。
そんなかわいそうなディノレックスを見て、レミがポツリと友の名を呼ぶ。
「マコちゃん」
「あたしは悪くないじゃない」
レミの呟きが放たれた瞬間にマコは即座に返事を返す。
頭にぶつけてやろうとしたファイアボールが口の中にジャストミートし、さらにディノレックスの口を半壊させてしまった。何も悪いことをしていないはずなのに感じるこの言い知れない罪悪感はなんなのだろうか。
一瞬何が起こったかわからなかった前衛組であったが、すぐにマコのファイアボールと気が付き、しょんぼりと肩を落とす。
「なんだ……ディノレックスが火を噴くかと思ったのに……」
「マコに持っていかれてしまったな……」
「マコも色々溜まってんだろ……。それより、構えろよ」
リュージはグレートハンマーを握り締め、肩に担ぎなおす。
「HP半分が、レアエネミーの発狂ラインだ。こっから確実に攻撃が激しくなるぜ」
「そうか」
「ここからだね」
リュージの言葉に、ソフィアとコータも武器を担ぎ直す。
ボスクラスのモンスターと戦う場合、基本的に発狂してからが本番となる。隠していた攻撃モーションやスキルを解禁し、一気に攻めが激しくなるからだ。
アラーキーの策のおかげでダメージこそ通るが、それでもマコのチャージ魔法ほどではない。当然魔法を当て続ければヘイトもマコに向くだろう。出来れば、それは避けておきたい。
ぶすぶすと黒こげた煙を吐き続けるディノレックスの様子をじっと窺うリュージたち。
しばし待つと、ディノレックスの瞳が怪しく輝き始める。
動きの無かったその体が少しずつ痙攣をはじめ、明らかに異常と取れる様子がその体から窺える。
「よし、きたぞ!」
「さあ、ここから――」
そして、次の瞬間には失った爪と牙が勢いよく傷跡から生えてくる。
しかも生えてくるだけでは飽き足らず、最初に現れた時よりも遥かにでかく、禍々しく、強靭な爪と牙が生えてくる。
勢い余って自らも傷つけそうな爪牙だけではなく、鱗まで捲れ上がり、刺々しい有様へと変貌してゆく。
―IGIAAAAAAA!!!!―
先ほどまでとは完全に姿かたちも変わってしまったディノレックスが、天に向かって咆哮を上げる。
その有様の変わりように硬直していたソフィアが、リュージにポツリと問いかける。
「……ディノレックスの発狂って、こうなのか?」
「いや、さすがにこれは……レアエネミーが進化するなんて聞いてねぇぞ? ボスだって、ほとんど進化しねぇのに……」
序盤にでてくる、後からザコとして登場するホブゴブリンのようなモンスターならともかく、レアエネミークラスのボスモンスターが進化するなどリュージも聞いたことが無い。
進化とは、どの世界でもそうであるように上位の存在へと成り代わる事である。進化することで全ての生命……人間も含めた一切合切の命は、より強く、より大きな存在へと生まれ変わる……のがこの世界だ。
ただでさえ凶悪なレアエネミーが、そのような進化を遂げてしまうと最悪、つんでしまう。そうでないとするのであれば……。
「……あれかね? ひょっとしたら……」
「ひょっとしたら?」
―GIIAAAAAA!!!!―
襲い掛かってきたディノレックスの、剣のような牙をかわしながら、リュージは強い笑みを浮かべた。
「――条件ドロップが確定したかもしれんな、これは!」
「今日こそ決着をつけようか、アラーキー……!」
「ハッハー! 髭面乙女男爵に負けるほど、アラーキーさんは柔じゃありませーん!」
「抜かせ弱卒が! 今すぐバラバラに引き裂いてやろう!!」
その頃、初心者への幸運の二名はもう何度目になるか分からない決闘に突入していた。