log30.反撃の一打
「―――で、これは本当にうまくいくんでしょうね……?」
「オジサン、ウソツカナイ。大丈夫いけるいける! もしいけなかったら、俺が責任もって同じ方法で挑戦するから!」
必勝法を授けると嘯いたアラーキー。彼の進言を受け、装備を整えなおしたリュージたちは、改めてミッドガルド平原へとやって来ていた。
一度遭遇したレアエネミーは、対応するエリアに侵入すると自動でプレイヤーの元へとやってくる。そのレアエネミーを倒せるだけの実力がない場合は、対応エリアへの侵入を避ければよいのだがディノレックスはミッドガルドエリア……つまり、ミッドガルドを中心とした平原すべてが対応エリアとなる。ワープを使わなければ必ず追いかけられることとなるわけだ。
リュージがワープを使わないと宣言した以上、ディノレックスの討伐は避けては通れない。
さらに、ギアシステム開放も目前だ。なるべく時間を掛けたくないマコは、確実な策でディノレックスを討伐したいのだが……どうにもアラーキーの授けてくれた策に信を置けないでいた。
「本当に、本当に大丈夫なの、これ……?」
「疑り深いなー。信じなさい! 信じるものは救われる!」
「いや、信じたいけど、あんたこれ……」
しつこく疑ってくるマコに向かってしつこく信じてくれと繰り返すアラーキーであるが、マコの顔色は晴れない。
ただまあ、マコの気持ちも分からないでもない。何しろ、アラーキーが授けた策というのが。
「ただ単に武器を鈍器に持ち替えただけじゃない……素材も劣鋼のままだし……」
そう。ただ単に武器を変えただけなのだ。素材をワンランク上のものに変えるといった工夫はなく、イチモク装具店で販売している劣鋼素材のままで。
STR特化型のリュージはグレートハンマー。大戦槌と和訳すれば聞こえはいいが、見た目は巨大な鉱石を形だけ棍棒に整えただけといった風情の武器だ。持ち手部分に申し訳程度に巻いてある滑り止めのさらしがチャームポイントだろうか。
そして平均型のコータはウォーハンマー。DEX強化型のソフィアは小ぶりなメイスを二本。以上が、イチモク装具店で買い揃えたディノレックス対策となる。お値段も五千G程度と非常にリーズナブル。もし本当にこれが対策として正しいならば、これ以上ないのであるが……。
「武器を変えただけで、本当にディノレックスに勝てるのだろうか……」
「さすがにこれだけで……どうなの、リュージ……?」
「いや俺に聞かれても。他に方法もないし、信じてもいいんじゃね?」
「うーん……」
マコだけでなく、リュージたちもアラーキーの口にした対策に対して懐疑的であった。
それも当然と言えるだろう。武器の種類を変えただけで対策だなどと、言ってみれば鉛筆からシャーペンに変えたからテストで万点取れるというようなものだ。これだけでアラーキーを信じろというのも無理はない。
リュージたちのようにアラーキーの策に懐疑的なジャッキーも、胡乱げな眼差しで彼を見つめる。
「アラーキー……どこまで本気なんだお前は」
「どこまでも本気だよ。っていうか、なんだ、うん? ジャッキー、お前知らんのか?」
「知らんって、なにをだ」
「俺がこの武器を選んだ理由。いやまあ、先に言わないから知らんとは思うんだけど」
アラーキーはそういって何度か頷き、それから平原の向こうの方を見る。
「まあ、見てろって。それより、お客さんが来たぜ」
「む……そうか」
ジャッキーは腰のサーベルに軽く手をかける。
アラーキーが言うとおり、平原の向こう側からディノレックスが駆けて来ているのが見える。
十メートルを越す巨体の恐竜が瞬く間に現れるさまは、圧倒的な威圧感を伴っていた。
だが、リュージたちはその姿に臆することなく、手にした武器を肩に担ぐ。
「うーっし、やるかね」
「来ちゃった以上は、戦うしかないよね……!」
「こうなれば、やってやろうじゃないか……!」
先の戦いで一ミリもHPを減らせなかった雪辱を晴らすべく、戦士たちは武器を握る手に力を込める。
後ろに座す魔術師たちも、己の手にある触媒や武器に力を込めた。
「ダメージ負ったら、私が回復するね……!」
「あたしの魔法は……対策の効き次第かしらね……」
現状、確実にダメージが入るマコの魔法は切り札だろう。先の戦いの敗因は、マコにヘイトが集中したことだ。リュージたちにダメージを与える手段がない以上、下手な連打は避けるべきだ。
眼前まで迫ってくるディノレックス。まったく勢いの落ちない恐竜に向かって、まずリュージが駆け出した。
「いっくぜおおらぁぁぁぁぁぁ!!」
肩に担いだ無骨なグレートハンマーを振り上げ、目の前につきたてられる柱のような巨大な後ろ足に向かって勢いよく振り下ろす。
足を踏み下ろした瞬間を狙った一撃は、人間で言うところのすね部分に叩きつけられる。
だが、劣鋼では満足にダメージを与えられまいと考えたリュージは振り下ろした勢いを利用し、そのままディノレックスの進路から逃れる。
そのままソフィアとコータが気を引くようにディノレックスの前に出ようとする。
だが、その前にディノレックスに変化が訪れる。正確には、リュージが攻撃した、次の瞬間だ。
―ギギャ!?―
ディノレックスは、リュージにすねをぶったたかれた瞬間、小さな悲鳴を上げて足を止めたのだ。
そのまま突進が続くと考えていたソフィアとコータは、思わず前のめりにつんのめってしまう。
「ん、ぬぁ!?」
「と、止まった!?」
思わぬ事態に足が絡まり、足止めに使おうとした余力がこぼれてしまった形だ。
慌てて二人がディノレックスの頭上を見上げると、そのHPバーが僅かに減少しているのが見えた。
「今……マコ! 攻撃は!?」
「あたしは何もしていないわよ……リュージの一撃じゃないの?」
目の前のディノレックスの様子を見ても、まだ懐疑的なマコ。
攻撃した箇所がすねというだけあって、クリティカルが発生したのではないかと考えているようだ。
だが、リュージの一撃はクリティカル独特の快音を響かせていない。
「怯んだのであれば二撃目じゃドーン!!」
そして追撃の振り回しがディノレックスの向こう脛に決まり、今度こそはっきりとそのHPが減るのが見えた。僅かではあるが、はっきりと。
「今の……!」
「今度は見えたぞ! 確かに攻撃が通ってる!」
「なんでよ……どういう理屈よ……」
「フッフッフッ。オジサンの言うことは素直に聞いておいて損はないだろう?」
唖然とした表情になるマコに向かい、勝ち誇ったように笑うアラーキー。
悔しそうに振り返る彼女に向かって、したり顔で解説を始める。
「ふふん。それじゃあ、種明かしといこうか。実は武器は攻撃属性によって半貫通属性を得ることがあるのだよ」
「半……貫通属性?」
「なんだそれは。私もはじめて聞いたんだが」
「実は俺もこの間聞いた。例えば、ハンマーを初めとした鈍器は打撃属性なわけだけど、こいつは薄めの装甲……例えば鱗とか金属製の鎧に対して与えるダメージの半分から三分の一程度を貫通するらしいんだよ」
「らしい、んですか?」
「おうさ。どうもイノセント・ワールドに数多く存在するマスクデータの一つらしいんで、いまひとつ確証は得られてないんだが……ジャッキーは聞いたことないか? ディノレックスに素手で挑むアホがたまにいる話」
「ああ、聞いたことがあるな。ディノレックスに素手で挑むことをボクシングとかいって楽しむ狂人がいる話……てっきり途中で武器を持ち替えているのだと思っていたが、まさか?」
「そのまさかでな。素手は打撃属性。もちろんダメージは死ぬほど低いんだが、それでもダメージは蓄積する。そのことに気付いたアホがいて、試しにってんで仲間を集められるだけ集めてディノレックスを袋叩きにしてみたのが、この半貫通属性検証の始まりなんだと」
じわりじわりと減ってゆくディノレックスのHP。
自らにダメージを与えているものの存在がわずらわしいのか、ディノレックスは咆哮と共に足を踏み鳴らす。
―ギギャァー!!―
「右に向かってローリング!」
「っと! ……思ってた以上に回避しやすいな、ローリング」
「うわっと!? しょ、衝撃波は苦手だなぁ」
足踏みと同時に発生した衝撃波に少し巻き込まれながらも、コータは果敢にウォーハンマーを振り上げてディノレックスの足に叩きつける。
ソフィアは両手のメイスを太鼓の撥のように振るい、ディノレックスの足で高らかに打撃音を鳴らしていた。
「シッ! ……こうして使ってみると、メイスも悪くないな……」
「本格的に進むんなら、STRにもテコ入れいると思うけどねー。そぉい!!」
リュージはソフィアに説明しながら、ソフィアの頭上に振り下ろされそうになったディノレックスの鋭い前足に向かって鉄塊を叩きつける。
バキリと酷い音を立てながらディノレックスの爪が粉砕される。
-イギャァ!?-
「フハハハ! 嫁の頭を狙おうなどと笑止千万! 二度と直らぬ深爪を作ってやろう!」
「いたっ!? 想像しただけで背筋が凍るから止めて、リュージ!」
割とリアルなことを言うリュージに、体を振るわせるコータ。
気が付けば、前衛組にだいぶ余裕が生まれているようだ。やはり、ダメージを与えられるのとそうでないのとでは心の中に生まれるものもだいぶ違うのだろうか。
敵にダメージを与え、攻撃をかわし、あまつさえ談笑まで始める三人を見て、マコはポツリと呟いた。
「……そろそろ撃っていいわよね? チャージファイアボール」
「ディノレックスにだよね、マコちゃん?」
「その確認は必要なのか?」
打てば響くようなマコとレミの会話に、ジャッキーはツッコミを入れる。
やや剣呑なマコの表情から、フレンドリファイアしかねないと危惧を覚えるのも仕方ないが。
ともあれ、アラーキーのおかげでディノレックスの討伐もうまくいきそうだ。
ジャッキーはほっと一つため息をつきつつ、サーベルの柄から手を離した。
なお、マッシブギアもないような完全無欠の素手に関しては、全ての敵に対して微貫通属性があることは確認されている模様。