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log3.下準備

 VRMMO、イノセント・ワールド内に存在するギルドの一つに、CNカンパニーというものがある。

 CNカンパニーはいわゆる大ギルドの一つであり、それなりに長い歴史を持つイノセント・ワールドにおいて最も古い商業系と呼ばれるギルドでもある。

 イノセント・ワールドにも、他のVRMMOと同じように物々交換やゲーム内通貨によるトレード機能が存在する。往々にしてそうしたトレード機能を持つゲームでは、プレイヤー間における物価のレートが高騰する傾向にある。物価をコントロールする機能を持つ組織が存在しないため、物価の高騰に歯止めがかからないのだ。

 だがイノセント・ワールドにおいては、CNカンパニーがその役目を担う。種々様々なアイテムを、現実的な価格に設定し、それらを枯渇することなく販売することによって物価の不要な高騰を防いでいるのだ。

 所属人数一千人を超える大ギルドであるCNカンパニーだからこそ為しえる荒業と言うべきだろう。CNカンパニーがコントロールするのは物資だけにあらず、鍛冶職人や錬金薬物、果ては傭兵の業務斡旋にまで及ぶ。イノセント・ワールドの流通は完全にCNカンパニーが握っているといって差し支えない。

 そんなCNカンパニーのギルドハウス、トレード部門の営業室に辰之宮隆司が扮するキャラであるリュージの姿があった。


「えー、ドラゴンボーンシリーズ一式、エリクサーがカンスト……」


 広めの営業室の机の上には大量のアイテムが並べられ、リュージの対面に立つ金髪の狐人(フォックステイル)の少女がそろばん片手に目の前に並べられたアイテムの価格を勘定してゆく。


「強化素材用の錬金薬が大雑把にたくさん、レア鉱石がぼちぼち……」


 大量のアイテムを適当に勘定しつつ、少女は手に持つそろばんを凄まじい勢いではじいてゆく。


「魔法の触媒に使う宝石類がもろもろに、遺物兵装(アーティファクト)コアがちょびっと……」


 机の上に所狭しと並べられたアイテムたち、その中でも一際大きな、緋色の大剣を一瞥し少女の指の動きが止まる。


「……最後に、遺物兵装(アーティファクト)・焔王カグツチノタチ……と」


 少女はカグツチノタチから目を離すと、勘定を終えたそろばんを確認し、リュージに結果を告げた。


「しめて売却総価格一千万Gとなりますが、よろしいのですか?」

「もちろん。悪いな、コハク。急に呼び出したりして」

「いえ、別にそれはよいのですが」


 コハクと呼ばれた狐人(フォックステイル)の少女はゆらりと尻尾を揺らしながら、小首をかしげる。


「これだけの量でありましたら、軽く倍か三倍の値はつくのですが。どう頑張ってもおつりが来るってレベルじゃないですよ、兄様」


 彼女はそう言いながら、改めて机の上に並んでいるアイテムに視線を向ける。

 竜の骨というレアアイテムを使って作成された強靭な防具一式に、完全回復可能な回復薬がインベントリーに一杯分……。

 強化用の薬品類にレア素材、遺物兵装(アーティファクト)と呼ばれるレアアイテムの素材に成長済みの遺物兵装(アーティファクト)……。

 実際に市場に流れれば、コハクの言うとおりに二倍や三倍、或いはもっと稼げるかもしれない量と質のアイテムだ。

 だがリュージは肩をすくめながら首を横に振った。


「いや、そんな大量に金が余ってもなぁ。どっちかっつーと、在庫処分の意味合いが強いし」

「在庫にしたところで資産価値がオーバーフロー気味なのですが。その辺りはきちんとご理解なさってるんですか?」


 リュージの言葉に嘆息しつつも、コハクは一つ頷いてどこからともなくGと書かれた金貨袋を取り出した。


「まあ、そうおっしゃるならお受け取りください。お求めの一千万Gになります」

「ああ、サンキューな」


 コハクから金貨袋を受け取り、自分のインベントリへと仕舞い込むリュージ。

 コハクは自分とリュージの分のコーヒーを用意し始める。


「いよいよソフィアさんと一緒にプレイですか」

「おう。何とか一緒にプレイする約束は取り付けられたよ」


 コハクの用意したコーヒーに口をつけながら、リュージは感慨深げにため息をついた。


「いよいよだよ、ホント……これで、もっとソフィアと一緒にいられるわけだ」

「念願叶って、って奴ですね兄様。おめでとうございます」


 コハクはリュージに祝いの言葉を述べながら、自分もコーヒーに口をつける。


「当面は、ソフィアさんのLvアップに協力するような形ですかね?」

「んにゃ。俺もLvを1に戻して一緒にプレイする予定」


 リュージは言いながら、懐から一本の薬ビンを取り出す。

 イノセント・ワールドに存在する数少ない課金アイテムの一つ、キャラリセット薬だ。

 これはキャラに蓄積された経験値を0に戻し、キャラのLvを強制的に1に戻すというもの。

 キャラの再育成に使用するためのもの……と思われがちだが、このゲームは取得した経験値をステータスに振り分けることでキャラを育成するタイプのゲームであり、ステータスの再振り分けをするためのアイテムはゲーム内で普通に手に入ったりする。その為、課金しないと手に入らないアイテムなのに、課金する必要性がないという用途が一切不明のアイテムとなっている。

 あえて使用するというのであれば、リュージのように始めてゲームをプレイする初心者に合わせてゲームをプレイするために使用するくらいだろうか。


「俺はソフィアと一緒にゲームがしたいんだ。ソフィアの前じゃなくて、隣を歩いてな」

「その為の課金薬ですか。さすがですね、兄様」


 リュージの言葉に、コハクは微かに微笑を浮かべる。

 その笑みに浮かぶのは、リュージの想いに対する同意と羨望の念だった。


「私にはそれができませんでした……。同じ時間を、同じだけ歩むこと……。それはどれだけ幸せなことなんでしょうね……」

「まあ、お前の場合はギルドの都合もある。ままならんことってのはどうしても出てくるだろうさ」


 リュージはコーヒーを啜り、それから何度か頷いてみせる。


「それに、高Lvの状態で低Lvのキャラを導くのって、なんか新手のおねショタっぽいかんじがしね?」

「はっ。それは確かに……盲点でした」


 コハクは眠たげだった目をほんの僅かに見開き、リュージの言葉に感服したように頷いてみせる。


「昔の漫画に、高校生にしか見えない小学生に恋をする物語があったと聞きます……そう考えれば、高Lvの私が低Lvのダーリンを導くのはおねショタ……! 何故こんな単純なことに気が付かなかったのか……! 今すぐ戻りたい! 幼いダーリンを導く役に今すぐ戻りたいです! だれか! 誰か私にタイムマシーンを授けてくださいぃぃぃぃぃ!!」

「何わけのわからないこと叫んでるの、コハク……」


 興奮のままに立ち上がり雄たけび……雌たけび? ともあれ叫び声を上げるコハク。

 部屋に入ってきた魔導師服の大男は、そんな彼女を見て呆れたような呆然としたような表情でポツリと呟いた。

 大男が入ってきたと単にいつものすまし顔に戻ったコハクは、スススと彼に近づきながら甘えるような声を出した。


「もちろんダーリンとの愛ですよ。ところでダーリン、もう一度Lv1からスタートして、私におねショタっぽく導いてもらうプランがあるんですけどご予定はありますか?」

「永遠にないかな。その予定は」


 大男はため息をつきながらそう断り、それからリュージのほうへと向き直る。

 リュージは彼の視線が自分の方を見るのにあわせて、片手を軽く上げて挨拶をした。


「オッス、アラシ君。悪かったね、コハク借りてて」

「いえ、特に気には……というより、僕よりはリュージさんの用事を優先すべきでしょう? リュージさんはお客さんなんですから……」


 アラシはそう口にするが、リュージは何を馬鹿なといわんばかりにため息をついて首を横に振る。


「なに言ってるんだよ、アラシ君。愛しの君の相手をすること以上に優先すべき事はないんだぜ?」

「それはあなたたちの……いや、いいです。そういう人たちですもんね、リュージさんとコハクは」


 アラシは抗弁を試みようとするが、すぐにあきらめてしまう。リュージの目があまりにもまっすぐで、清清しすぎるからだろう。

 一方のコハクはといえば、アラシの首に飛びついてぶらぶらとぶら下がっている。人の話も聞かずに。

 そんな彼らにはなにを言っても無駄だと悟っているのだろう。アラシは元々何故この部屋に入ってきたのか、その目的を果たすことにした。


「それはともかく……リュージさんに、お客さんが来てますよ」

「俺に? 傭兵系?」

「いえ、フレンドって言ってて……カレンさんとおっしゃるそうですが」

「カレン? 今行くわ」


 フレンドの名前を聞き、リュージは首をかしげながら立ち上がる。

 特に約束をした覚えはないんだけどなぁ、などと呟きながら部屋を出ると、ギルドハウスの廊下に一人の少女が立っていた。


「おっ。ヤッホー、リュウ」


 廊下の壁に背中を預けているのは、軽装の狩人姿の少女。ホットパンツから覗く白い太ももが眩しく悩ましい。

 背中にロングボウを背負った少女に、リュージも挨拶を返した。


「オッス、カレン。どうしたんだ、今日は?」

「どうしたもなにも! アンタ、ここ一週間ログインしてなかったじゃんか! たまにそういうことあるけど、テストか何かかい?」

「そんなもんだよ。俺だって勤勉な学生だからな」

「勤勉ねぇ。まあ、そんなことはどうでもいいや! インしたってことは、時間あるんだろ! これから、あたいと一緒に一狩りいかないかい?」


 そういってまばゆい笑みを浮かべるカレン。

 リュージは反射的に頷きかけ、それからさっき懐に収めた一千万Gのことを思い出して頭に手をやった。


「ったー……そうだ。悪いな、カレン。狩りにはついていけねぇや」

「え……どうしてさ。まだ用事は終わってないのかい?」

「いや、用事は終わったんだけど、装備やらアイテム全部金に換えちゃった」

「え……どういうことだい!? まさか、やめるのかい!?」


 思ってもみなかったリュージの言葉に、焦ったように声を上げるカレン。

 リュージは申し訳なさそうに笑いながら、手を振って彼女の言葉を否定する。


「違う違う。今度、俺の嫁が新しくプレイ開始するからその下準備だよ」

「え……嫁……?」


 リュージの誤解を招く一言に、カレンの顔がさあっと青くなる。

 明らかに誤解した表情で、カレンは震える声で問いかけた。


「よ、嫁って……あんた、まさか、既婚者……?」

「リュージさん。その発言は誤解しか招きませんって」


 コハクをぶら下げたまま部屋を出たアラシが、カレンの誤解を解くべく補足の説明を始める。


「嫁というのはあくまでリュージさんの言い分で、リュージさんのリアルの友人の方のことですよ」

「リアル、の?」

「はい。リュージさんが一方的に惚れているだけですから、安心してください」

「一方的なのは否定しないけど、割とズケズケ言うねアラシ君」

「すいません。でもはっきり言わないと、聞いてくれない人がいるのを知りましたから」


 アラシは疲れた表情でコハクの首根っこを掴んで手でぶら下げる。

 コハクは為すがままにされながらも、満足げにむふーと鼻息を吐いている。


「フフフ、慣れてきているじゃないか義弟よ」

「いや、義弟じゃないですって……」

「リアル……」


 アラシの説明を受け、カレンはしばし俯く。

 それから気を取り直すように首を振りながら顔を挙げ、リュージに問いかける。


「……リュージが今までどのギルドにも入らなかったのは、そういうことなのかい?」

「ん? ああ、そうだぜ。こっちの都合で、勝手に抜けるわけにも行かないだろ? まあ、このゲームの下調べも兼ねてたんだけどな」


 ハハハと清清しく笑うリュージを見つめ、それからカレンは微かに微笑む。


「……ん、そっか。そういうことなら、今日はお暇しようかな……」

「ああ、悪かったな。メールとかで、後でフレには知らせるつもりだったんだけど、先に連絡すべきだったな」

「いや、いいさ。元々こっちが勝手に頼りにきたんだから」


 カレンはそう返事をし、それから少しだけ不安そうに尋ねる。


「……装備とかは売っても、フレンドの解消とかは……ないよね?」

「? 当たり前だろ? Lvは1にするけど」

「そっか……そうだよね。よかった……」


 リュージの返事にカレンは安心したように息をつく。


「……うっし! じゃあ、あたいは改めて団長でも拾って狩りに行くよ! それじゃあ、リュウ! また今度、そのリアルのダチを紹介してくれよな!」

「おー。しばらくは忙しいと思うけど、また今度なー」

「ああ! またなー!」


 去ってゆくカレンの背中にリュージは手を振って見送る。

 そんな二人のやり取りを見て、アラシはぼそりと呟く。


「……カレンさんって、ひょっとして……?」

「ええ、まあ。ただ、兄様も気付いて放っておいでですし、言うのも野暮でしょう」


 アラシの言葉の先を察したコハクは小さく頷き、ゆらりと尻尾を揺らす。


「いずれにせよ、本人の気持ち次第です。私たちは、私たちで愛を育みましょうダーリン」

「結局そこに行き着くのね、コハクは……」


 ぶれないコハクに、アラシはまた一つため息をついた。




なお、他の課金要素も課金である必要性はあまりない模様。

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