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log28.ディノレックス登場

 レアエネミー・ディノレックス。

 本書の栄えある一ページ目を飾るのに、これほど適任といえるレアエネミーはイノセント・ワールドに存在しないだろう。

 スタンダード・オブ・レアエネミー。レアエネミー先生。私の考えるレアエネミー第一位。

 これ以外にも、様々な二つ名を持つ、愛されるレアエネミーだ。かく言う筆者も、レアエネミー処女はディノレックスに捧げている。イノセント・ワールドに舞い降りたシーカーたちが、最も最初に遭遇する確率が高いであろうレアエネミー。それこそが、ディノレックスなのだ。

 出没地点はミッドガルド周辺。比較的亜人系・動物系が多いミッドガルド周辺に、突如として出没するこの大型エネミーの存在は、多くの初心者の度肝を抜き、そして少なくない初心者たちの心をおってきたことだろう。

 レアエネミー実装当時においては、目玉モンスターの一体として数えられ、当時のイノセント・ワールドホームページのセンターを飾る最古のレアエネミーの一種だけあり、その能力はオーソドックス。後に実装され続けているレアエネミーたちが持つような、特殊な能力を一切持ち合わせていないのが最大の特徴だ。

 巨大な体躯。強靭な足と顎。鋭い前足の爪。それら全てが必殺のための武器であり、ディノレックスはそれ以外を一切持ち合わせていない。まさに己の体が武器。シンプルイズベストを体現したようなモンスター。攻撃方法も、見た目の肉食恐竜然とした見た目どおり、巨大な口による噛み付きが基本となる。口の中からブレスを吐くといった、特殊なスキルは備えていない。

 特に対策が必要なわけでもなく、突然の遭遇に際しても心構え一つあれば遭遇と同時に撃破も難しくはない。少しゲームに慣れてきた中級者であれば、レアエネミーとしては脅威とはいえなくなるだろう。

 しかしこのシンプルさは、ゲームが進めば進むほど希少な属性となり、イノセント・ワールドでも上級者と呼ばれるようなプレイヤーたちは時折ミッドガルドを徘徊し、このディノレックスと戦いたがるものもいるという。中には武器を持たず素手で立ち向かい、少しでも長くディノレックスとの逢瀬を楽しもうという変態、もとい超上級者プレイヤーも存在する。

 いずれにせよ、相応に長い歴史を持つイノセント・ワールドにおいて、長く愛されているモンスターであることには違いない。

 条件ドロップを初めとする、イノセント・ワールドのモンスタードロップに関する特殊システムも一通り備えている。本書を手に取った読者の方々も、一度はこのディノレックスとの戯れを、大切にしてみてはいかがであろうか?(出典:Lv1から歩ける、イノセント・ワールドレアエネミーの旅「著:オーディール、発行:CNカンパニー出版部」)






「おおぉりゃぁぁぁ!!」


 リュージは咆哮と共にバスタードソードを一閃する。

 劣鋼の鉛色が鋭い弧を描いた瞬間、その切っ先に存在した緑色の鱗足が一歩飛びのく。

 十メートルに迫る巨体が一瞬でバックステップす田のを見て、ソフィアは慄いた。


「俊敏な……!? あの巨体で、そう動くのか!?」

「レアエネミーは色々おかしい連中ばっかりよ! そん中じゃ、こいつは割りとましなほうだけどね!」


 手の平からファイアボールを放ちながら、マコは油断なくディノレックスを睨み付ける。

 マコの放ったファイアボールはディノレックスの胴体に直撃したが、大して聞いた様子もなくディレックスは軽く身震いするだけだ。


「ちっくしょう! 変温動物の分際で!」

「それ関係あるかな!?」

「どうだろう……。それはそれとして、こっちの武器がほとんど通用してない気がするんだけど、気のせいかな!?」


 焦って叫ぶのはコータだ。手にしたロングソードは、すでに刃が欠け、ぼろぼろになってしまっている。

 特別、ディノレックスから攻撃を受けたわけではない。ただ、その足に向かって刃を振るっただけだ。

 同様に、刃がゆがみ始めているレイピアを握り締めながら、ソフィアが悔しそうに叫ぶ。


「気のせいではないな……! リュージ! これはどういうことだ!?」

「どうもこうも、ディノレックスの鱗に阻まれてるせいだろうな、これ。オルァ!!」


 リュージは再び吼えながら、今度こそディノレックスの強靭な後ろ足にバスタードソードを叩きつける。

 瞬間、辺りに響くのは鋼を叩いたときのような異様な音。ディノレックスの鱗の上を滑る、バスタードソードの刃が灯す火花は、その装甲の分厚さを雄弁に物語っている。

 一歩下がったリュージは、刃が欠け始めたバスタードソードを見下ろし、口惜しそうに呟いた。


「チッ。劣鋼じゃ、武器そのものの耐久力も低いのか。何本か持ってきちゃいるが、武器が足りねぇぞこれじゃ」

「じゃあ、マコの魔法が主力になるか?」

「さっきの様子じゃそれもきついわよ? 大して効いてる様子がないし……」


 チャージすれば話は別かも、とマコは呟くがディノレックスが勢いよくマコに向かって駆け出すのを見て、慌ててその突進を避ける。


「チャージしようとしても、この様子じゃねぇー!?」

「きゃー!?」

「レミちゃん! マコちゃん!」

「ダメージが稼げないから、こちらにヘイトが向かないのか……!」

「うーん、ジリ貧。どうしたもんかね」


 リュージは欠けたバスタードソードを肩に担ぎながら、危うくひき殺されたマコたちのカバーのために、ディノレックスの進路上に立つ。

 その隣に立ちながら、ソフィアはリュージに問いかけた。


「リュージ! ディノレックスの攻略方法はなんだ!? このままじゃ、早晩追い詰められるぞ!」

「うーん。ディノレックスはレアエネミーの中じゃ、モンスターとして割と正統派で、特殊な攻略法がないんだよなぁ。こっちのレベル相応に各ステータスが強化されるんで、種々様々な特殊モンスターと戦った後に遭遇すると心が大変癒されるんだけど……」


 跳躍と共にこちらに噛みつかんとするディノレックスを飛んで回避しながら、リュージが叫ぶ。


「低レベルで装備が整ってないと、こうも苦労するのかね!? こりゃ知らんかった!」

「言ってる場合か! せめて装甲が薄い場所とかないのか!?」

「いつも足元ひたすら切ってたからよう知らないの。足は見ての通りの筋肉だし、上半身は装甲薄いのかね」

「上半身って……」


 さらに尻尾を振り回し追撃を仕掛けてくるディノレックスの一撃を回避しながら、ソフィアは絶望的な悲鳴を上げる。


「あの高さまで飛ぶのか!?」

「ステ的には問題ないと思うよ?」

「問題なくても喰われて終わりだろうが! なんならお前が試せ!」

「勝算が薄かろうとも嫁に言われればスタコラサッs――」

「ヤァー!!」


 リュージがいって飛ぶより早く、コータがディノレックスの頭上に向かって飛び上がる。


「って、コータが行った!?」

「ちょ、待つんだコータ!? さっきのは冗談―――!!」


 叫んだ張本人が慌てるほどの行動力で、ロングソードを振り上げるコータ。

 狙うはディノレックスの頭部。あらゆる生命体にとって、生命活動を掌握する脳が納められているであろう頭部は共通の弱点となりうる。

 当然、刃が通るのであればこれ以上ないほど有効な攻撃部位になるわけだが。


「いくぞ、ディノレ――!!」

―ギャシャァ!!―


 ディノレックスの場合、最も強力な攻撃は噛み付きである。

 勇ましく飛んだはいいが、次の瞬間には振り向いたディノレックスに一口で食べられてしまった。


「コータくーん!?」

「うわぁ」


 一瞬でディノレックスの口の中に納まってしまったコータを見上げて悲鳴を上げるレミ。

 マコが唖然と見上げる中で、何度か口の中のものを咀嚼したディノレックスは、不愉快そうに顔をゆがめ、ベッと勢いよく吐き出した。

 タンかなにかのように吐き出されたコータは勢いよく地面に叩きつけられ、何度かバウンドしてそのまま気絶する。涎でべたべたにされたコータの情けない姿を見て、レミは慌てて彼の傍に駆け寄った。


「コータ君! しっかりしてぇ!?」

「うーむ、悲惨。こりゃ、飛ぶのはなしだなぁ」

「だな……だが、現状でうまい攻略案があるわけではなし。どうしたものか……」

「ひとまず、時間を稼ぎつつ観察するしかないじゃない。何とか突破口を探すわよ」


 治療中のコータから離れて動くリュージたち。ディノレックスも吐き出した餌(コータ)には興味がわかないのか、リュージたちを追って体の向きを変えてくれる。

 ターゲットをコータから外すことには成功したが、打開策は依然見出せぬまま。状況は極めてまずい。


「しっかし、攻撃したら武器が壊れそうになるって、どんだけ装甲固いのよ……確か、遮断タイプの装甲だとそういう風になるんじゃないの?」

「だな。こっちの攻撃力が、向こうの装甲を抜けないから与えたダメージがそのまま戻ってくる感じなわけなんだが……割合装甲じゃなかったんだな、ディノレックス。新発見だわ」

「割合は……名前の通り、ダメージを割合で軽減するんだったか。そちらであれば、多少勝機があるんだけどなぁ」

―ギギャァァァァァ!!―


 先ほど食んだコータの味がよほどお気に召さなかったのか、ディノレックスは怒りの咆哮を上げながらリュージたちに向かって突進してくる。

 大地を踏み砕きながら猛進してくるディノレックスの進路から飛び退りながら、リュージが唸り声を上げる。


「出ればいいなと思ったし、こっちの武器でダメージも与えられると踏んでたんだけど……コリャ完全に思い違いだったな。選択肢としちゃ最悪の部類だったか」

「リュージ! 現状で、敵にダメージを……いや、装甲が抜ける武器を用意できないか!?」

「なくはないと思うけど、まずはこいつの装甲値を調べにゃなぁ。向こう行っても金は使うだろうから、少ない資金でどうやりくりするか……」

「なら、悩むよりはまず攻撃ね」


 マコは言うなりファイアボールのチャージを始める。

 ディノレックスはだいぶ遠くに行ってから方向転換し、勢いをほぼそのままにマコに向かって突進し始める。

 ディノレックスの位置と、マコのチャージ速度を考えながら、ソフィアはその進路上にマコを守るように立ちはだかる。


「ディノレックスのほうが少し早いか……!?」

「ソフィア、退きなさい! ここであたしを守る必要なし!」

「しかし……!」


 ゲームとはいえ、友人を見捨てることが出来ないソフィア。

 もっと効率よくゲームをプレイしたいマコはそんなソフィアの態度に苛立ちを隠さない。

 だが、そんな二人のやり取りは無視してリュージがディノレックスの横っ面に蹴りを入れた。


「はいドーン!!」

「リュージ!?」

「なにしてんだアイツは!!」


 唐突過ぎるリュージの行動を前に、ソフィアは唖然となり、マコは悪態を付く。

 だが、リュージの蹴りによる一撃はディノレックスの突進を止め、さらに幾度かたたらまで踏ませる。

 地面に着地したリュージはバスタードソードをディノレックスに突きつけながら、居丈高に叫んだ。


「マコだけならいざ知らず嫁まで足蹴にしようとは笑止千万!! おら、あと百万発ぶち込んでやるからかかってこいやぁ!」

「あたしはいいのか」

「リュージ……」


 静かに額に青筋をおったてるマコを見て、ソフィアはがっくりと肩を落とす。

 危機的状況にあるというのに、なんとマイペースなことだろうか。

 だが、マコは先のリュージの行動に気が付くことがあったのか、チャージを続けながら眉根をひそめた。


「……けど、リュージの蹴りで怯んだわね。あれって、ダメージにはなってないの?」

「え? ……言われて見れば」

「チェイサー!!」


 そのままディノレックスと大立ち回りを演じ始めるリュージから視線を外し、ソフィアはディノレックスのHPバーを注視する。

 名前はなく、HPバーのみが存在しているディノレックスの頭部であるが、見る限りでは始めて登場してから一切の変動はない。先ほどのリュージの蹴りも、ダメージにはなっていないようだ。


「ダメージはないようだ。やはり装甲は抜けていないのか」

「けどよろけたのよね? この世界のダメージ計算式とかどうなってんのかしら……」


 普通のゲームとはどこか違うイノセント・ワールドの仕様に困惑しつつ、マコはチャージの完了したファイアボールを振り上げる。


「それはそれとして、チャージ完了したわ。足止めよろしく!」

「まかされた!」


 確実にマコのチャージファイアボールを当てるため、リュージと共にディノレックスの足止めに向かうソフィア。

 また増える敵を前にして、ディノレックスはわずらわしそうな咆哮を上げ、その牙と爪を容赦なく突き立て始めた。




なお、レアエネミーでは比較的出安いディノレックスだが、それでも遭遇できていないプレイヤーも中には存在する模様。

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