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log27.遭遇

「わぁ……!」


 車ほどではないが、勢いよく窓の外の景色は後ろへ向かってすっ飛んでゆく。

 現実であれば、もはやどこもかしこもコンクリートジャングルであったが、イノセント・ワールドでは広大な緑に包まれた大地と青い空が、窓の中いっぱいに広がっているのが見える。

 こうした、今ではありえない光景を見ることもできるのもVRの良いところだろう。


「見て、レミちゃん! 向こうのほう!」

「あ! 動物が……あれなんだろう、マコちゃん!」

「さー? 気になるんなら、フォーカスしてみればいいんじゃない?」


 窓の外、だいぶ遠くでのんびりと草を食んでいる草食動物を指差して興奮するレミとコータ。

 子供のようなはしゃぎっぷりの二人のテンションを目の当たりにし、マコは疲れたようにため息をついた。


「さすがにこのテンション維持されるのはきついわね……。リュージィー? 大体、片道何分で向こうにつくのよ?」

「あー? 大体片道五分くらいだよ。この馬車、ランダムイベント判定とロード画面兼ねてっから、そんな長くはかからねぇよ」

「それでも十分長いわよ……?」

「五分か。長からず短からず。良い時間だと思うがな」


 ソフィアは小さく頷きマコをなだめる。

 ロード時間としてみれば長すぎるが、そこにイベントに絡むランダム判定があり、なおかつ風景が変わるというのであれば十全な時間だとソフィアは考える。

 今の時代、日本であればどこに行くにもリニアもどき。スピードが速すぎるせいで風景を楽しむ暇もない。日本の東西の端から端まで日帰りで旅行できるのだから文句を言っては罰が当たるが、それでも風情はないだろう。

 一昔前のローカル旅番組の再放送を見るのが好きなソフィアは、小さく微笑みながらコータたちが見ているのとは反対側の窓を覗き込む。


「リュージが馬車を推すのも分かるな。私も、街の間の移動はこの方が好みだ」

「フフフ、事前下調べなしのこの一致具合! ソフィたんの好みと合致できてぼかぁ、幸せだなぁ……!」

「今すぐ振り落とされろ。ったく……」


 馬車の屋根からこぼれるのろけ声に辛辣に返すマコ。

 まあ彼女も初めての馬車体験に若干浮かれているのだが、それを表に出すのは気恥ずかしい。

 ぶすっとふくれっ面をしながらも、ソフィアと同じ窓を覗き、外に流れる風景を静かに楽しみ始めた。

 そんな素直じゃないマコの様子に、ソフィアは小さな笑みを深めながら、同じように窓の景色を堪能しようとする。

 ――だが、その時であった。


―ギャァァァァアオオオォォォォォォ!!!―

「う、うわわわぁっ!?」

「っ!? なんだ!?」


 突然響く咆哮。御者の悲鳴と同時に聞こえてくる馬たちの嘶き。

 突如急停止しようとする馬車。慣性の法則に従い、中で座っていたソフィアたちの体が前方に向かって投げ出される。


「きゃ!?」

「レミちゃん!」

「うわ、ちょ!?」

「マコ!」


 壁にぶつかりかけるレミをコータが抱きかかえ、あわや頭から座席に突っ込みかけるマコの手をソフィアが間一髪で引く。

 だが、それまでの速度全てを止められてしまった馬車に、それほどの耐久力はない。

 撓んだ車輪は木っ端微塵に砕け、馬車はバランスを崩し横転してしまう。


「「「「うわぁー!?」」」」


 次の瞬間、ソフィアたちを乗せていた馬車は大破。炎上こそしなかったものの、ミッドガルドから出発した時とは比べるべくもないほど、無残な姿と化してしまった。


「く……!? 一体、何が……!?」

「レミちゃん、大丈夫!?」

「う、うん。大丈夫……」

「うらぁ、色ボケナスぅ!! イベント発生時にどうなるか位は言っておきなさいよぉ!!」


 残骸と化した馬車の中から何とか這い出すソフィアたち。

 マコなど拳を振り上げながら馬車を破壊して飛び出す始末だが、外の情景は余談すら許さない状況だった。


「うおぉぉぉぉぉ!!?? ちょっと待ってちょっと待ってみんな出てくるまで待って待って待ってぇぇぇぇぇ!!??」

―ギャオォォォォォォォォ!!!―


 外に出て一番最初に見たのは、全速力で逃げるリュージとそれを追いかける肉食恐竜。

 世界でもトップクラスの知名度を誇る、ティラノレックス。その全身を緑色に染め上げ、全体のディティールを細かく変えた感じの恐竜が、ソフィアたちの目に映った。


「……なんだあれ」

「あわわわ」


 思わず声を失うソフィアの傍に、慌てた様子の御者が近づいてくる。

 腰が抜けたのか、御者はソフィアにすがるようになりながらこう告げてきた。


「ウ、馬たちも殺されてしまい、馬車まで破壊されたとあってはもう私はこの場で生きていかれません! このままミッドガルドまで帰らせていただきますが、良しなにお願いいたしますね!!」

「は? いや、それを私に言われても……」


 御者の突然の宣言にソフィアは戸惑ってしまうが、その判断を下せるリュージは追いかけっこの最中だ。

 しかも、こちらの返事を聞かぬまま、御者は懐から何がしかのアイテムを取り出してむにゃむにゃと口の中で何かを唱えたと思ったら、そのまま解けるように姿が消えてしまった。


「あ……あぁ……」

「……まあ、NPC御者がこんなところにいられても困るだけだしねぇ」


 思わず情けない声を漏らすソフィアと、諦めるようにため息をつくマコ。

 コータとレミは急いで馬車の残骸から飛び出すと、逃げ回っているリュージの援護に回るべく各々武器を構えた。


「リュージ!? これがイベントででてくるモンスターなの!?」

「強そうだよ!? やっぱりイベントってすごいんだね……!」

「そんなわけあるかぁぁぁぁぁぁ!!! こんな、いきなり、レアエネミーがピンポイントで引けてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 勢いよく噛み付きに来るティラノモドキの攻撃を回避し、そのままコータたちの足元までヘッドスライディングを決めるリュージ。

 彼らの元まで武器を用意しながら近づくソフィアは、彼が寸前に叫んだ一言に首をかしげた。


「レアエネミー? なんだそれは」

「ぐはぁ!? ペッペッ! ……レアエネミーってのは読んで字のごとく。出現率がめっちゃ低い、レアなモンスターのことよ」


 リュージは勢いで食んでしまった土と草を吐き出しながら、ソフィアの疑問に答える。


「イノセント・ワールドにログインしている間に、極々低確率で出現するモンスターの一種で、レベルは遭遇したプレイヤーたちの中で一番高いものを参照してそこにプラス10される」

「プラス10か……レアい割には、案外楽ね?」

「ところがどっこい。レアエネミーの最大の問題点は、常にプレイヤーのレベルプラス10で現れるってところでな……」

「えっ。レベルの最高基準値、ないんだ!?」

「ない。こっちがレベルカンストしていようとも、必ずプラス10されてくる。そのため、ドンだけレベルを上げてもモンスターによってはまったく安定しない」

「……しかも始末の悪いことに、ステータス自体も同じレベルのモンスターと比較してかなり傑出したものになるんじゃなかったっけ?」

「え!? そうなの!?」

「マコのいうとおり。何で、真正面から遣り合おうとすると、なかなか厄介なんだが……」


 こちらを窺うようにぐるぐると周りを回るティラノモドキを見上げながら、リュージは力強い笑みを浮かべる。


「だが……今回は違う。むしろ大歓迎だ!」

「え? そうなの?」

「その通り! レアエネミーは、確かに討伐難易度はきわめて高いが、その分倒した際の報酬が破格だ! 何しろ、こいつらからしかドロップしない、レアな素材というのが手に入るからなぁ!」

「それって……!」

「ま・さ・に。今、あたしらが最も求めているモンスターなのよねぇ……」


 クロスボウを取り出し、ボルトを装填しながらマコは呟く。


「……でも、ちょっとできすぎじゃない? リュージ、課金とかしてないわよね?」

「ノゥ! 残念ながら、イノセント・ワールドに確率アップ系の課金は一切ありません! というか、課金させる気があるのかと。このゲーム課金要素が微妙すぎるのだと」


 バスタードソードを取り出しながらぶつくさ呟くリュージは、ちらりとコータとレミの方を見やる。


「……正直舐めてたわ、こいつら。レアエネミーのこといってないのに、ピンポイントで引き当てやがった……」

「ああ、お前もそう思うか……? 私も、正直そんな気がしてならない……」

「この二人に関しては筋金入りよ……。アイス喰わせりゃかならず当りで、懸賞出させりゃ必中で……。おっかなくて、宝くじなんか買わせられないわ……」

「「?」」


 自分たちを恐ろしげに見つめてくる三人の視線の意味がわからず、首を傾げるコータとレミ。

 ……まあ、単なる偶然だろう。発生した馬車イベントが、今回のような大型のモンスターである確率は17%である。大型のモンスターが出現すること自体はおかしな話ではない。

 ……その17%の中の、一体何%がレアエネミー出現確率かなのかは、考えてはいけない。


「まあ、それはともかく……気張っていくぞ! でも気負いすぎるなよ! レアエネミーはこっちが死んでも、また同じ個体がこっちを勝手に追いかけてきてくれるからな!」

「え? じゃあ、HPとか引継ぎ?」

「おう! まあ、時間が空きすぎるとさすがに回復するけどな」

「そこも厄介よね。要するにトライ&エラー前提のモンスターなのよね……」

「初見撃破は難しいか?」

「でも……私たちならやれるよ!」


 リュージたちは武器を構え、本格的にレアエネミーと相対する。

 こちらのやる気を感じ取ってか、レアエネミーも足を止め、臨戦態勢を取る。

 身の丈は十メートル以上。見上げるほど大きな肉食恐竜を前に、リュージは勢いよく吼える。


「さぁて、トカゲ狩りだ! いくぜ、ディノレックス!!」

―ギャァァァァアオオオォォォォォォ!!!―


 リュージの咆哮に答えるように、レアエネミー――ディノレックスは天に向かって咆哮を上げた。




なお、トライ&エラーが必要だからといって、必ずしも体力が多いとは限らない模様。

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