log26.馬車で北へ
コハクから必要雑貨を買い付けたリュージたちは、その足でミッドガルドの長距離馬車ターミナルへと向かう。
四方へ伸びる大通りが、四方に点在する新たな拠点と結ばれている馬車ターミナルへ向かいながら、リュージが今後の予定を皆に説明する。
「さて、必要な物資は手に入れたので、これからニダベリルへと向かいます。馬車で」
「馬車なんだ。初めて使うねー」
「現実だと、もう馬車が公道を走ることなどありえないだろうからな……」
「質問。確かあんた、ニダベリルにいったことあるのよね? キャラリセットしてないなら、あんたのクルソルワープでひとっ飛びじゃないの?」
マコの質問に対し、リュージはその通りだがと前置きした上ではっきりと告げる。
「そんな風情のない移動手段、お父さん絶対許しません。特に初めて赴く町にそんなの」
「誰がお父さんよ、誰が」
「ワープ? リュージはワープ使えるの?」
「いや、よくあるだろ? 一度いったことのある街には距離と時間無視で移動できる手段が。あれと同じだよ」
まるで新しいおもちゃを見つけた子供のような表情になるコータに、リュージは軽くツッコミを入れるような表情をしてみせる。
「このゲーム、システム面の機能はほぼクルソルに集約されてるからな。街間の瞬間移動も、クルソルの機能の一つさ」
「へー、そうなんだ……」
「マコちゃん、よく知ってたね?」
「和マンチお舐めでないわよ。システム面の仕様関連は初日に頭の中に叩き込んでるもの」
「マコはホントデータ大好きだもんな……。こっちがGMしてるのか、マコが裏GMなのかたまにわからなくなるよ……」
たまに開催されるオフTRPGの様子を思い出しながら、ソフィアは乾いた笑みを浮かべる。
コータたちのようにシナリオを読み解くのでなく、リュージのように単なる勘に頼るでもなく、ゲームのデータ面から攻略方法を編み出すのは本当に勘弁していただきたいというのがソフィアの本音だ。
閑話休題。
「話が逸れたけど、クルソルワープを使わないのは風情がないからって言うのと、一番の理由は馬車イベントを起こしたいからだな」
「……馬車イベント?」
「そう。馬車イベント」
一行が到着した馬車ターミナルには大小様々な馬車が立ち並び、忙しなく数々の馬車が出入りを繰り返しているが見える。
多くの積荷を載せた貨物馬車や、たくさんの行商や旅人を乗せた旅客馬車。個人の人間が利用しているらしい早足馬車に、ミッドガルドの中を周回する小型馬車の姿もあった。
馬車の行き来が行われるだけあり、広く空間の取られた場所ではたくさんのNPCやプレイヤーも行き来している。
ミッドガルドにやってきた客を相手にするためか露天を広げているものや、これからミッドガルドにやってくる誰かを待っているらしい送迎人に、単に馬車に繋がれた馬を見たいがために椅子まで用意して馬車を眺めて悦に浸っているツワモノまでいる。
ミッドガルドの四方に存在する門と並んで、この街の顔ともいえる馬車ターミナル。その賑わいは、この世界の中心都市たるミッドガルドに相応しいものなのだろう。
その賑わいを遠めに眺めながら、リュージは皆のほうへと振り返る。
「システム的に説明すると、ミッドガルドから四方の町に行く際に利用できる馬車には、特殊なランダムイベントを起こせる乱数が存在するんだ」
「ランダムイベント……」
「通称“馬車イベント”。イノセント・ワールドの中でも数少ない、プレイヤーが狙って引き起こせるランダムイベントの一つでな。序盤にこれ狙うのは割と博打なんだが、今回は積極的に狙っていきたい」
「その理由は? 口ぶりからすると、何度か往復するつもりなのだろう?」
「試行回数が多いほうが、イベント起き易いからね。理由は単純。足りない火力を補うためだよ」
「火力を?」
「補う?」
ソフィアに指を立てて見せるリュージ。
ランダムイベントと火力向上の二つが結びつかない一同に、彼は説明を重ねる。
「ランダムイベントは大抵、モンスターあたりの襲撃イベントになるわけだけど、そのモンスターから採取できる素材が欲しいんだよ。モンスター素材の武器はどっちかといえば杖なんかの魔法職向きの素材なんだけど、近接武器の素材としても十分優秀だし」
「ああ、なるほど……これから赴く街は鍛冶の街なのだから、素材さえあれば武器は作ってもらえるのか」
「武器の作製はありなん? 商品の売買は出来ないんでしょ?」
「うむ。例外的に武器の作成はやってもらえる。ニダベリルでギアシステム獲得以前に出来ないのは、商品の売買と武器の育成強化だな」
「へぇ……クエストの受領とかできるだけあって、思ってたより制限はされないんだね?」
「まあ、ニダベリルで最も盛んに行われる武器の育成強化が出来ない時点で、あの街に行く理由は半減するんだけどな」
リュージの狙いが判明したところで、一向はプレイヤー専用と銘打たれた貸し馬車窓口へと向かう。
「えーっと、僕たちは五人だから、六人乗りの四頭馬車になるのかな?」
「んにゃ、それだと無駄が大きすぎる。ここは四人乗りの二頭馬車を借りるのだ! 下手すると残金が底を付くくらい往復するつもりだからな!」
「四人乗りって……残り一人はどうするんだ、お前」
「もちろん屋根の上。貨物スペースにも人は乗れるのだよ!」
「恥ずかしいから屋根の上のあんたは簀巻きにして転がしておくわね」
「俺が屋根の上確定!? いや、そのつもりではあったけど、そこから簀巻きなのは何故!?」
「マコちゃんマコちゃん。それは人身売買組織かなにかと勘違いされそうだから止めておこうよ」
「言われてみればそうか」
などと冗談を言いつつ、値段表に目を通してみると、確かに四人乗りと六人乗りとでは値段が倍近く違うことに気が付く。
どうも値段設定が借り受ける馬の数によって設定されるらしく、どうしてもパワーが必要になる大型馬車に関しては四頭立て以降から急激に価格が上昇する傾向があるらしかった。
「……これは、リュージの言うとおりに、四人乗りにしておこうか」
「ちなみに六人までなら四人乗りで十分だぜ。屋根の上に二人までいけるからな」
「……あたしらの予定人数なら四人乗りで十分ね」
「そうだね……」
先ほどまでとは一転、リュージの案を全面的に指示する方向となった一同はさっそく四人乗りの馬車を借り受ける。
「というわけでおっちゃん。四人乗り、二頭立て一台よろしく」
「あいよー。馬車保険には入ってるかい?」
「あれ、レベルリセットしたけど活きてたっけか……? 確認できる?」
「ちょいと待ってな」
窓口担当がリュージの名前を聞いて何らかの台帳をめくっている間、コータがリュージの袖を引いて小声で問いかけてくる。
「リュージ。馬車保険、って何?」
「そのものズバリ。借り物の馬車が壊れたときに、損害額を肩代わりしてくれるんだよ。ランダムイベントを狙うとき、これがないと色々泣かされるんだよな……」
「ちなみに、保険に入ってないと当然……」
「全額プレイヤーが負担することになる。しかも、借金返すまで専用のクエスト以外が受けられなくなるから色々泣かされるんだよな……」
「それは怖いね……」
リュージが簡単な説明を終えると同時に窓口担当が顔を挙げ、リュージの馬車保険の有無を答えてくれる。
「――プレイヤー・リュージ。馬車保険の残り回数は三回だねぇ」
「お。結構残ってる。ありがと、注文はさっきの通りで」
「あいよー」
「回数制なのね」
「その分値段張るけどな」
ちなみにこうした保険は馬車のみならず、武器や防具、或いはギルドハウスといった様々な物品にかけることができるらしく、それぞれの消耗度合いや破損率によって回数制と継続課金制に別れるらしいということを、馬車がやってくる間にリュージは語った。
「馬車やギルドハウスはともかく、武器や防具は消耗品じゃないのか……?」
「まあ基本その通りなんだし、こまめに修繕すりゃいいだけの話なんだけどね。イノセント・ワールドにもたまーに、一撃で武器を破壊するようなモンスターやらプレイヤーは居るからね。レア素材や高級素材で作った武器には一応保険をかける、って人は結構居るんだわさ」
「あ、武器って壊れたら消滅するんだ……」
「正確には消滅するんじゃなくて破損武器に変わっちまうんだよ。この破損武器を土台に新しい武器を作ることはできるけど、元の武器にはもう戻らないからな。それがいやだって奴は当然多いのさ」
ガラガラと目の前にやってきた馬車に乗った御者が、リュージたちを見て手招きをし始めた。
「ほい、おまちどうさま。行き先はニダベリルでいいんだね?」
「おうさ。んじゃ、皆さっさと乗り込めー」
言うなり馬車の屋根の上にある荷台に乗り込むリュージ。
自分で言い出したことではあるが、何の躊躇もなく荷台に乗り込むリュージを呆れたように見上げるマコ。
「サルかなにかか……」
「まあまあ、マコちゃん。早く乗ってみよ?」
呆れるマコの背中を押して、馬車の中に乗り込むレミ。
それにソフィアとコータも続き、全員が乗り込んだのを確認した御者が、手綱を握った。
「それじゃ、ニダベリルへ向かって出発するよー」
「はーい! お願いしますね!」
馬車の中から聞こえたコータの声に答えるように、リュージたちを乗せた馬車が馬車ターミナルを発進してゆく。
馬車の窓から見える風景が移り変わる様を見て、レミとコータが目を輝かせ始めた。
「わぁー! みてみて、コータ君! 馬車が走り始めたよ!」
「ホントだ! 結構早く動くんだね!」
「子供か。まったく」
「まあ、ゲーム内とはいえ馬車に乗れたんだ。はしゃぐ気持ちも分からなくもないな」
マコとソフィアは興奮する二人を見て、軽く苦笑する。
それからソフィアは軽く屋根を叩き、その上に居座っているリュージの声をかける。
「さて……リュージ? 実際のところ、ランダムイベントとやらはどの程度発生するものなんだ?」
「場合によっちゃ何往復も、って言ってたわよね? 馬車一台貸し切るにも結構な額のお金がかかるんじゃ、方向転換も考えないとじゃないの?」
「んー。その辺りはリアルラック次第だからなぁ。別にレアい素材じゃなくても、大型のモンスターの素材なら確実に使える武器になるだろうし」
リュージは屋根の上に寝そべりながら、ソフィアとマコの疑問に答える。
「ランダムイベント発生率は統計上八割を超えるんだけど、その中に襲撃系イベントが含まれる確率がおおよそ七割。さらに大型に出くわす確率は……三割前後だったかね」
「単純計算で、およそ17%くらいかしら……。まあ、小数点以下に割り込まないだけましと思うことにしましょうか……」
言いだしっぺの責任を感じているのか、マコが暗い顔で呟く。
確率計算上、五回に一回でも遭遇できれば運がいいほうということになる。馬車一台の料金を考えると、試行回数が増えるのはよろしくない。
場合によっては、本当に銃を諦めることも考えなければ……そんなマコの思考を表情から読んだソフィアが声をかける。
「マコ。君が新しい武器を得たいと願うのは、皆の総意だ。たとえ回数が嵩もうとも、途中であきらめるようなことはしないでくれよ?」
「ん……」
ソフィアの言葉にマコは軽く頷き、それから申し訳なさそうな笑みを浮かべる。
「ごめん。ちょっとネガっちゃったわね」
「まあ、仕方ないさ。それより、そろそろミッドガルドを出るようだぞ?」
ソフィアのいうとおり、窓の外から見える景観が代わり始めている。
人の賑わいが消え、代わりに荷物を持った人間の姿が見える。
軽く窓の外へ身を乗り出せば、目前に大きなゲートが聳え立っているのが見える。
この調子なら、あっという間にニダベリルに到着しそうだ。
「いよいよだね……!」
「しばらくのっていればニダベリル……どんな街なのかな!」
「あんたたちー。街に行くのより、イベントに遭遇するのを願いなさいよ……」
「普通は祈らねぇからなぁ、ランダムイベント」
「馬車が壊れると、そこから徒歩だろうしな」
てんでバラバラな思いを胸にした、リュージたち一行を乗せた馬車は瞬く間にゲートを潜り抜ける。
ミッドガルドを抜けた馬車は、広大な大地をひたむきに走り始めた。
なお、ベテランになると騎乗用ペットと自家製馬車の組み合わせが一般的になる模様。