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log25.商人・コハク

「まったく。いくら兄様といえど、ダーリンとのハニータイムを邪魔するなど許しませんよ?」

「悪かったって。埋め合わせはするさ、当然な」


 表情の薄いコハクにしては珍しく、誰が見ても怒っているのがわかる。どうやらリュージがメールを送ったタイミングがいささかまずかったらしい。

 プリプリと頬を膨らませて怒りを露にする妹に、申し訳なさそうに頭を下げる兄。現実でも割とよく見る光景だ。妹のほうに狐耳と尻尾が生えていなければ、であるが。


「……人種の選択って、出来ないのではなかったのか?」

「ゲームスタート時は無理ですけど、Lvを上げると別種族に転生ができるんです。僕もほら、熊耳が生えてますでしょう……?」

「ああ、やっぱり熊なのね、それ。アンタも付き合わされて大変ね、アラシ」

「いえ……もう慣れましたから」


 ハハハと乾いた笑みを浮かべるアラシを、同情の入り混じる視線で見やるマコたち。

 リュージたちは満腹ゲージの回収を終えた後、そのまままっすぐにミッドガルドの一等地に存在するCNカンパニーのギルドハウスへと向かった。

 ひとまずマコのために銃を入手することになったわけで、その為の準備にコハクから必要物資を買い付けるためだ。

 現在、リュージたちが持っている資金の額は、全員が稼いだ全額で五万G。これは、ギルドを立ち上げた際に購入する予定のギルドハウスのための資金を除いた金額になる。初心者が持っている金額としては、そこそこ多いほうか。

 リュージの手元にある金貨袋を見つめながら、ソフィアはポツリと問いかける。


「……買うのは武器か? 火力が問題になるんだよな?」

「んにゃ。武器は買わない。というか、五万じゃ買えても一人分の武器しか買えない」

「義姉様。序盤のうちに威力の高い武器を買うのは非効率的なのです。序盤はレベルアップが非常に簡単ですからね。持てる素材の重さもがんがん上がりますので、武器の回転率が非常に早いため、威力ばかりを求めると割りと散財しがちなのです。なので、レベルの上昇がひとまず落ち着く頃合……大体30Lvから40Lvくらいまでは、こうしたプレイヤー商店で武器を買うのは控えたほうがよろしいのですよ」

「……言いたいことは理解したが、一つだけ。私は、君の、姉ではないぞ」

「分かっています。でも、尊敬する女性を義姉と慕うのは間違いでしょうか?」

「いや、よく聞く話だが、君の場合一文字多くないか……?」

「きっと気のせいです、義姉様」


 発音だけでは非常に分かりづらい微妙な差を見抜くソフィア。

 だが、コハクは彼女の指摘をさっくりと避け、そのまま袖の下から色々なアイテムを取り出し始める。


「ですので、兄様が求められていますのは雑貨類ですね。鍵爪付きロープですとか、つるはしですとか、色々です」

「……回復アイテムとかは、いらないのか? 戦闘に入る可能性もあるんだろう?」

「あるっちゃあるけど、必須じゃないかなぁ。うちのパーティ、回復特化のレミがいるし」


 リュージが振り返った先では、コータとなにか話をしているレミの姿。


「コータ君も、やっぱり銃とかに興味あるの?」

「うん。大きなリボルバーとか、憧れるかなー」

「今んとこ、レミがMP回復特化型のステ振りしてくれてるおかげで、回復アイテムは言うほど必要じゃないのがありがたいね。便利な道具って、割と値が張るから」

「ふぅむ。そういうものなのか」


 ごちゃごちゃといろんな道具を並べ始めるコハクを見ながら、ソフィアは興味深そうに頷いてみせる。

 コハクが取り出したのは、ロープにスコップ、つるはしに小さなハンマー、さらには包丁や鉄製の鍋まで取り出し始める。


「……おい、リュージ。調理器具は必須なのか……?」

「まんぷくゲージ減少対策よ? 料理スキルもってるのいないから、気休めにしかならないのが痛いけど」

「経験値が稼げないのは、さすがに痛いしね。あたしにもなに買うのか見せてよ」

「ん、ああ」


 後ろからやってきたマコと立ち位置を代わったソフィアは、そのまま後ろに下がってコータたちと合流する。

 ある程度必要なものは出し終えたらしく、そのまま値段交渉に入り始めるリュージの背中を見つめながら、ソフィアはポツリと呟く。


「……最も不足している攻撃力に関してはどうするつもりなのだろうな、リュージは」

「それは僕も気になるなー。レベルが上のモンスターを相手にするとき、一番気になるのがそれだし」


 コータは劣鋼製のロングソードを取り出し、軽く柄尻を撫でる。


「この武器も、結構手に馴染んできた気がするけど……段々火力不足を感じ始めてるんだよね」

「ああ、コータもか。実は私もなんだ」


 同じ劣鋼製レイピアを撫でながら、ソフィアも小さく頷く。


「この武器に不満はないんだがな……どうにも、敵を倒しきれないときがあるのがもどかしい」

「このゲーム、序盤の武器は本当に回転が速いですからね。劣鋼も鋼だけあって使い続けられれば、悪くない素材なんですけど……皆さん、今のレベルは?」

「今は9Lvだよ」

「だと、青銅鋼くらいは使えそうですね」

「青銅鋼? そういえば、この間すぐに売っちゃった武器の素材がそんな名前だったような……」

「ああ、リュージが即売りした奴か。妙な名前だったが、あれも劣化素材なのか?」

「いえ、こちらは銅系列の上位素材です。ミッドガルドでも手に入る上位素材系で、早いうちから強化の伸びしろが大きいので、ギア取得から属性開放までの間でメインを張れる実力のある素材なんですよ」

「銅の上位素材……本当にこのゲームは素材の数が豊富なんだな」


 聞き慣れぬ素材の存在に、ソフィアは感嘆のため息をつく。

 この二週間の間でも、結構な数の素材の名前を耳にした。

 銅や鉄、鋼といった現実にも存在する素材はもちろん、オリハルコンやヒヒイロカネといった伝説上の素材、超高密度炭素やハイパータングステンなる未来素材の名前まで聞いている。

 一般的なゲームは、武器の種類にこそその性能の重きを置いているわけだが、このゲームはその武器を為す素材にこそ重きを置いているようだ。


「豊富すぎて混乱しそうだ。何故ここまで素材の種類が多いのだろうな?」

「僕が聞いた理由の一つは、種類を多くすることで武器の買い替えの回転率を上げたり、強化の手間を省いたりするためというのがありますね」

「あー、そっか。素材の性能の差が細かくあれば、武器の強化をしなくても武器を強くできるのか」


 コータが納得したように手を打つ。

 もちろん、数が多すぎるせいで装備に関わるシステムが煩雑になってしまっているわけなのだが、強化が手間であるという人間にとって細かい武器の威力が素材の良し悪しで調整できるのはありがたいだろう。

 コータの言葉に一つ頷き、アラシは言葉を重ねる。


「あとは、このゲームでは武器の造型が固定ではないというのもあるかもしれません」

「え? どういうこと?」

「具体的に言いますと、同じロングソードという武器でも、手がけるプレイヤーによってその形が変わってくるんです。ある人は片刃の剣をロングソードとして売り出しますし、別の人は両刃の剣を、さらに別の人は、切っ先が二つに割れているようなものをロングソードとして販売しているというわけです」

「そんなこともできるんだ!? イノセント・ワールドってすごいんだね」

「はい。他のゲームだと、基本的にそうした造型の意匠は固定されているんですけれど、このゲームではそういった括りはありません。ある程度の仕様さえ保っていれば、鍛冶師の数だけ“ロングソード”が存在するんです」


 アラシは一冊の本を取り出し、少し笑みを浮かべながらその背を撫でる。


「だからこそ、いろんなプレイスタイルが存在する。武器の形だけじゃない。人の数だけ、プレイスタイルが存在するゲーム……それが、イノセント・ワールドなんですよ」

「……それもよく聞く言葉だが、ならば君やコハクちゃんはどのようにこのゲームをプレイしているのか、聞いてもいいか?」

「僕、ですか? 僕は、もっぱら本を読んで過ごしています」


 アラシはそういうと、手にした本を掲げてみせる。


「これ、アイテムの形式は魔道書なんですけれど、中身はイノセント・ワールドのプレイヤーが執筆した小説なんです」

「へ? 魔道書が、小説なの?」

「はい。魔術師の職専スキルの中に執筆というのがあるんですが、それを利用して小説を書いている人がいるんです。僕が今所属しているギルド魔道書同盟(ビブリオ・クラブ)は、そうしたゲーム内で執筆された本を集めているギルドなんですよ」

「ゲームの中で本が出せるんだね……本当に何でもできるんだ……」

「アイドルとして活動している人もいますし、これくらいは、まあ」


 唖然となる三人にあっさり言ってのけながら、アラシはコハクの方を見る。


「……そして、僕みたいに趣味を楽しむプレイヤーがいる一方で、コハクのように一つの目的に向かって一直線なプレイヤーもいます」

「……と、いうと? コハクちゃんは、なにを目指しているんだ?」

「本人曰く“ダーリンとの新居”だそうで……CNカンパニーでひたすら稼いで、そのうち土地と家を買うんだそうです。僕と一緒に過ごせる」

「……その辺りは、兄妹か」


 コハクの目的を聞いて、頭痛を覚えるソフィア。そもそもリュージがギルドハウスを買う、と言い出したのもソフィアとの新居を手に入れるためだとか何とか。

 軽く眉間を揉み解すソフィアを見下ろし、アラシは小さく苦笑する。


「……なんですけど、商人としてはいい加減みたいで。知り合いとかには格安で商品を譲る割りに、外に営業に出ることがほとんどないんです」

「……うん? ここは、商業ギルドなんじゃないのか?」

「はい。ですから、他プレイヤーとのアイテムのやり取りで金銭的な儲けを出さないといけないんですけど……」


 リュージから金貨袋を受け取るコハクを、少し呆れたような、優しげな眼差しで見つめながらアラシは呟く。


「“ノルマは達成していますから”といって、大抵僕と一緒に居たがるんです。リュージさんとか、自分の知り合いには赤字すれすれの営業をしながら」

「……」

「たまに、ちゃんとCNカンパニーに貢献できているのか不安になるんですけど、誰もコハクのやり方に文句を言っていないので、どこかで吊り合いを取ってるんでしょうね」

「……そうだろうな」


 アラシの眼差しに、軽い共感を覚えながら、ソフィアは小さくため息をつく。


「あのリュージの妹、なのだからな」




「―――というわけで、これが穴埋め分の写真”おいしそうにパフェを頬張るアラシ君”だ」

「ああ、ダーリンったらこんなにおっきく口開けて……! 兄様、えくせれんとです!」

「……この兄にして、この妹ありねぇ」


 少なくとも、対リュージの商いに関しては十分な補填(本人視点)がある模様。

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