log24.脇道に逸れてゆく
「……でも、初心者が銃を手に入れる方法は絶無じゃないんでしょ?」
言外にではあるが、はっきりと諦めろといってきたリュージに、マコは食い下がるように声を絞り出す。
顔を挙げ、リュージを見つめるその瞳の中には不退転の輝きが宿っている。
「ミッドガルドから北方。岩石ばかりの山々が聳え立つ鉱山街、ニダベリル。多くの鍛冶屋が集い、ありとあらゆる武具が生まれるあの街に、銃を研究するNPCがいるらしいじゃない?」
「そこまで調べてあるのか」
リュージはマコの言葉を肯定するように頷く。
だが、彼女の言いたいことを否定するように次の瞬間には首を振った。
「なら、知ってるよな? 今の俺たちだと割りと茨の道だぜ?」
「そりゃ……そうだけど……」
「……ねえ、リュージ。せっかくマコちゃんがやりたがってるんだから、手伝ってあげるくらい良いじゃないか」
先ほどからマコの願いを無碍にするような発言を繰り返すリュージを見かねてか、コータが口を挟んでくる。
「マコちゃん、普段、僕らにほとんどわがまま言わないじゃないか。いつも迷惑かけてばっかりだし、今回はマコちゃんに協力してあげても……」
「お前ならそうだろうな。ただまあ、容易にうんとは頷けねぇな今回は」
コータの仲裁に対しても、リュージはすげなく首を振る。
いやに頑ななリュージの様子に、ソフィアも首をかしげ始める。
「いやに頑固じゃないか。一体銃を入手するのに、どんな不都合があるんだ?」
「銃そのものじゃなくて、過程のほうに問題があってな。今の俺たちだと、色々と厳しい部分が多いのよ」
リュージはソフィアに向かって緩やかに首を振りながら、銃を入手するに至るまでの過程を説明し始める。
「さて、銃を入手するための、イノセント・ワールドのストーリーに沿った方法だが、まずニダベリルに行く必要がある」
「北にある町、だよね? 遠いの?」
「遠いことは遠いけど、馬車を使えばあっという間に到着する。問題はニダベリルに付いてからでな」
「むしろ、鍛冶場があるような街であれば、率先していくべきじゃないか?」
「武器の強化とか考えると、必ず一度は赴くから。けど、今の状態で赴いてもほとんどの鍛冶屋が相手をしてくれない」
「え、なんでさ。僕ら、プレイヤーだよね? 協力してくれないと、色々困るじゃないか」
「他のMMOでもよくあるだろ? レベル制限って奴だよ。ミッドガルドの東西南北にある街に存在する専門店の類は、10Lv以上、もうちっと言うとギアシステムを解禁しておかないと会話は出来ても商品の売買は出来ない」
この世界におけるプレイヤーは探索者と呼ばれるが、そのシーカーである証として、ギアシステムが機能しているのだとリュージは説明する。
「今俺たちが持っているスキル……いわゆる基本スキルは前にも説明したとおりに一般市民でも使える。ギアシステムを解禁して、初めて探索者として認められるってわけさ」
「まだ私たち、一般市民の扱いなんだ……」
「ゲーム的にゃ初心者で、世界観的には見習い扱いさ。ただ、単に商店における売買が不可能というだけで実はクエストの受領は不可能じゃない」
「え、そうなの? だったら特に問題ないんじゃ……」
「クエスト受領に関しても、一癖二癖あるがな。そこはマコなら問題ねぇだろ。問題になるのはそっから先で、クエストを攻略するために踏破するダンジョンがギアシステムの取得を前提としているってことだ」
リュージは腕を組み、小さくため息をつく。
「ギアシステムを取得することで強力な攻撃スキルが解禁されるのはもちろん、ギアの種類によってはダンジョンなんかで新しい行動が取れるようになるものがある」
「え? 例えば?」
「例えばナイフギアで鍵開けってのがあるんだが、これは自動生成系ダンジョンでたまにある鍵付きの扉を開けることができるようになる。鍵の付いてる扉の先にはそのダンジョンの難易度相当のレアアイテムがあるんで、鍵開けがあるとダンジョン探索が快適になる」
「……それはナイフギアとやらがないとどうにも出来ないのか?」
「んにゃ。ドアの素材に寄っちゃ物理的に破壊することもできるし、鍵開けそのものは魔法や魔法道具なんかで代用できる。取得が最も早いのがナイフギアってだけだ。けど、それ以外にもギアシステムの利点は多いんだよ」
「……つまり、今の私たちはゲームシステムを大きく制限されている状態、ってことなのかな?」
「レミは相変わらず飲み込み早いね。そういうこった。それでなくとも、ニダベリル周辺のモンスターの強さは弱くても15Lv前後。この間急所突きで瞬殺したホブゴブリンを凌ぐ強さのモンスターが平然と闊歩してんだ。火力強化なんか無しに突っ込んでも、時間と労力の無駄ってわけさ」
クールに、いっそ冷淡にマコの望みを切って捨てるリュージ。
マコは僅かにうつむいてしまう。
しばし、パーティの間に痛々しい沈黙が流れる。
だが、しばし名目していたソフィアが目を開き、リュージに問いかける。
「……それだけか?」
「ん? 何が?」
「問題点は、それだけなのかと聞いている」
静かな表情でリュージを見据えるソフィアは、淡々とした口調で問いを重ねる。
「問題がもしそれだけであるならば……それは障害となりえるのか?」
「ふむ?」
「……そうだよリュージ」
ソフィアの問いを追いかけるように、コータも口を開いた。
「確かにシステム上で制限がかかるのは仕方ないけれど、それでも欲しいものを手に入れる手段があるなら、できる限り追いかけるべきだよ!」
「ほう」
「私も……そう思うな」
さらにレミも、二人の追い風を受けるように頷き、そしてマコの肩を叩きながらリュージの方を向く。
「それに、せっかくマコちゃんがわがまま言ってくれてるんだもの。私は、それに答えてあげたいよ」
「レミ……」
マコはレミの言葉に押されるように俯きかけた顔を挙げ、リュージに向かって頭を下げた。
「リュージ……この通りよ」
「………」
「わがままなのは百も千も承知してる……。この借りは必ず返す。だから、あたしに、銃を頂戴……!」
「……へえ」
普段はめったに見られない、頭を下げるマコの姿。
それを見て、リュージは微かに笑い、それから瞑目しながら何度か頷いて見せた。
「……誰かの通る通りじゃなく、自身が思いついたとおりの道を通ってみろ……だな」
「リュージ?」
「確かに平凡どおりの道筋辿ってるだけじゃ、つまらねぇもんな。ここらでいっちょ、わき道にずれてみるべきかもしんねぇな」
リュージは笑みを浮かべながら目を開き、マコに向かって大きく頷いて見せた。
「よし。そんじゃ、いくか。ニダベリル」
「! 本当にいいの!?」
「満場一致だからなー。一番の問題点はそこだったのよ。場合によっちゃ、しばらくこのクエスト関連で足踏みする必要があるからな」
リュージは仲間たちを見回しながら、その強い決意を抱く表情を見ながら、マコにもう一度頷いてみせる。
「何しろ、俺たちはパーティだ。個人の意思だけで動くんじゃ、それはパーティ足りえない。そうだろ?」
「……ええ、そうよね。ごめん、皆。あたしのわがままにつき合わせるような形になっちゃって……」
「いや、いいさ。気にするなマコ」
申し訳なさそうに皆に向かって頭を下げるマコの肩を、今度はソフィアが軽く叩く。
「元々、この手のゲームには目的が無く自由気ままにプレイするのが基本になる。だが、何の指標も無くただぶらぶらするだけではゲーム足りえないだろう? 何か欲しいものがあり、それを手に入れたいというのであればそれは君だけの目的じゃないだろう?」
「そうだよマコちゃん! たまには私たちを頼ってくれていいんだよ?」
レミもまた、マコの両手を握り、嬉しそうにそれを振り回す。
マコは優しい二人の言葉に一瞬顔をゆがめるが、直ぐにそれを押さえ込み笑顔で二人に答えた。
「ありがとね、二人とも……」
「うんうん。友情ってのはいいものだよな……」
「散々マコちゃんのお願い無碍にしてきたリュージの言っていい台詞かな、それ……」
少し離れた位置から三人の姿を見つめ、感慨深そうに頷くリュージを見てコータは一つため息をつく。
リュージの説明から、現時点で銃を入手するのはかなり非効率的なのは理解したが、それでも全てを突っぱねるような彼の言動にはさすがのコータも冷や汗ものだった。
「まあ、言いたいことは分かるけどね。……実際問題、入手は現実的なの?」
「手が届く限りは現実的だな。このゲームで不可能なことはチートくらいなもんだ」
リュージはコータにそういいながら、クルソルを弄ってどこかに連絡を取り始める。
「さて、今後の行動が決定したところでさっそく準備を始めますかね」
「準備?」
「おう。今はとにかく色々足りない状態だからな。可能な限り、補える部分は物資とかで補っちまう」
リュージがメールを送ると、その相手は直ぐに返信を返してくる。
返事を確認し、リュージは一つ頷いた。
「うし。ログインしてたな」
「相手は誰?」
「コハク」
リュージは自身の妹から返ってきたメールをコータに見せる。
「このゲームで、俺が一番信頼する商人だ。まずは、こいつから必要そうなものをありったけ買い付けちまおう」
ちょうどアラシとイチャイチャ(一方的)していたコハクは、若干ご機嫌斜めの模様。