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log22.ギアシステム

「いっきしッ!」

「うわきたな!? 向こう向きなさい、向こうを!」

「いやわりー。……誰か噂してんのかな?」


 どこかのギルドハウスで少女狩人が懊悩しているその頃。

 ミッドガルドの片隅にあるカフェーで仲間と共にくつろいでいたリュージが唐突にくしゃみをした。


「っていうか、ゲーム内でもくしゃみするんだ……」

「風邪気味とか花粉症とかになってると、発作的にそういうことになるんだと」

「となると風邪か? あまり無理はするなよ?」

「フフフ、心配無用だソフィたん! 何とかは風邪を引かないというじゃないか!」

「自分で言う人はじめてみた……」

「くだらないオチが待ってそうだからその先は言わなくて良いわよ」


 各々注文した料理に舌鼓を打ちながら、いつものように今日はなにをするかを話し合う。

 現在の目標は10Lv。プレイヤーの成長システムの一つ、ギアシステムの開放を目指している。


「……のはいいけど、マンスリーイベントとやらのせいで、いまいち進捗よろしくないのが気になるわね……」


 薮睨みになりながら、マコは氷の浮いたグラスの中身をかき混ぜる。

 現在、イノセント・ワールドで開催されているのは“キングの王冠を奪い取れ!”。イノセント・ワールド全域で出没するキング系モンスターを討伐してポイントを稼ぐというイベントである。

 イノセント・ワールド全域で開催される関係で、どの町に拠点を置いていても気軽に参加できるのは良かったが、リュージたちのような低レベルパーティにはちょっとした地獄のようなイベントとなってしまった。

 何しろ、経験値稼ぎのためにダンジョンに赴こうものなら、野良キングモンスターと遭遇してしまう。まだ10Lvに到達していない彼らにとって、キングモンスターは適正レベルダンジョンのボスモンスターよりも始末が悪い場合が多い。

 基本的に一時間から二時間程度しか一日にログインしていないというのも手伝い、現在の彼らのLvは9Lvで止まっている。

 そのままぶくぶくとグラスの中身に泡を吹くマコを横目で見ながら、コータがイベント開始当日にぶつけた疑問を、もう一度リュージに投げかけてみた。


「リュージ。やっぱり、僕らがイベントに参加するのは駄目かな?」


 イベントに参加すれば、参加賞として消耗品系アイテムが手に入る。さらにランキング500位以内に入れば、レアアイテムが入手できるが、さすがにそれは高望みが過ぎるだろう。

 ただの消耗品アイテムでも、今の自分たちには貴重な品ではないか。そう言外に訴えてくるコータに向かって、リュージは申し訳なさそうに首を振る。


「駄目じゃねぇと思うけど、キングモンスター討伐イベントだからなぁ。一番弱いキングゴブリン討伐でも、一時間越えを覚悟せにゃならんから、効率面で言えば最悪だからなぁ。これでまだモンスター大量発生系だったらいけたんだけど」

「イベントも状況によっては良し悪しが露骨に響くのだな……」


 残念そうにソフィアが呟く。本来であればイベントというのは、プレイヤー全員が平等に参加できることが前提となってくるものだろう。そんなイベントに、自分たちが参加できないというのは悔しいやら申し訳ないやらだ。

 とはいえ、初めて二週間かそこらの新米プレイヤーに、月一開催とはいえイノセント・ワールド全体規模のイベントに参加しろというのも無理な話だろう。例えるなら入社一週間の新人に、会社の会計を任せるようなものだ。

 リュージは一気にグラスの中身をあおり、満足げにげっぷをしながら肩をすくめる。


「まあ、本来はギルド単位で参加するイベントだし。まだギルドに所属すらしてねぇ俺らにゃ関係ない話さ」

「ギルドかー」


 ギルド、という言葉に反応したコータは上を見上げる。

 ギルドとは、MMORPGであればごく一般的に存在するプレイヤーたちの寄合組織である。

 イノセント・ワールドにおいては、プレイヤー間で資金やアイテムを共有することで、ゲームプレイをより楽しくより簡単にできるようにと色々配慮が為されていると聞いている。

 イノセント・ワールドをプレイしていれば、誰かしら何らかのギルドに所属する権利が与えられているわけだが、現在彼らはギルドに所属している身ではない。

 ギルドに関する色々を思い出しながら、コータはマコのほうへと視線を向けた。


「マコちゃん。えーっと、ギルドに加えたい後一人の人って、まだ都合がつかないのかな?」

「……まだつかないわ。何でも、ゼミの集まりが色々忙しいんですって」


 薮睨みになっていたマコの視線がより険しくなる。

 その、あともう一人のことを思い出しているのだろうか。不機嫌を隠そうともせず、マコは鼻を鳴らした。


「まったく、研究だかなんだか知らないけど、少しくらいはあたしのこと構ってくれても良いでしょうに……」

「マコちゃん、仕方ないよ……三下さんだって、そうしたくてマコちゃんのことを無視してるわけじゃないんだから……」


 レミがマコのことを慰めるように背中を撫でてやる。

 不機嫌オーラを纏っているマコから離れるように少しだけ移動しながら、コータはリュージたちと顔を見合わせる。


「……リュージ、リュージ。ギルドの設立自体は、いつでもいけるよね……?」

「もちろん。後からの加入なんざ、ログインした瞬間から出来るさ。まあ、マコが許さんだろうけど」

「マコとしても、三下さんとなるたけ同じイベントを共有したいのだろう……。察してやってくれ、コータ」

「……うん、分かってるよ」


 レミに慰められたマコが落ち着くまでの間、コータたちは静かに注文した料理を片付けてゆく。

 彼らが目指しているギルドは、いわゆる身内ギルドといわれるもの。リアルの知り合いのみで構成されたギルドで、イノセント・ワールドに星の数ほど存在するギルドの中では最小単位に数えられるギルドだろう。

 発起人はリュージであり、身内だけでわいわいやろうという彼の意見に概ね全員が賛成した……までは良かった。

 ギルドの発足はリュージと彼の用意した大量の資金があったため、初ログインの次の日にも可能であったが、それに待ったをかけたのがマコであった。

 もう一人誘いたいメンバーがいるから、そいつがログインしてからギルドを発足したい、と。

 そのもう一人こそが先ほどから話題に上がっている三下であり、リュージたちも彼と面識があったのでそれをOKしたまでは良かった。

 だが、二週間ほど経過した現在、いまだ三下のログインは成功していない。これは単純に、リュージたちと三下の生活サイクルが異なるためであるのだが……。

 それに付随して、提案者のマコが日に日に不機嫌になっているのだ。三下とリアルで親交があるのは彼女なのだが、どうも最近はろくに会話ができていないらしい。


「おかげでこっち来たら、まずはマコちゃんを宥める作業が必要に……」

「まあ、話もできんでイライラするのは分かるしなぁ」

「自分が言い出したことで回りに迷惑をかけているとも考えているのだろう。リアルの事情だけは、どうしようもないからなぁ」


 自身も、この二週間の間で何度か家庭の事情によりログインの出来なかったソフィアがしみじみと呟く。

 仮にも良家のお嬢様であるソフィア。家族に連れられて、パーティやら懇親会やらに参加する機会は結構多い。結果、皆と時間が合わずにログインできないことがあるのだ。

 そういう時は、基本的に皆何もせずにログアウトという流れが出来上がっていた。出来上がったというか、そもそもの先導者であるリュージのやる気ががた落ちになるのでゲームにならないというべきか。


「三下さんには無理をさせられんし……我々も出来る範囲でマコのフォローをしてやらねばな」

「まあ、そうだね……」


 コータも一つ頷き、マコの方を窺う。

 だいぶ気分が落ち着いたようで、レミに小さく頭を下げていた。


「いや、ホントごめん……。今日なんか、本気で後頭部しか見てないもんだから……」

「分かるよ、マコちゃん。コータ君とお話すら出来ない日なんか、私もがっくりしちゃうもん……」

「……なるべく、僕も毎日レミちゃんと会えるようにしないと」

「努力は応援するぞ。がんばれ」


 ひそかに拳を握り締めるコータの肩を叩きながら、リュージは改めて今日の方針を決めるべく口を開く。


「んで、今日だが……どうする? 昨日みたいに、フィールドマップのランダムエンカウントに期待するか?」

「あれ、昨日二時間粘ってようやく十体狩れた程度じゃない……またもう一度同じことやんの?」


 マコはため息と共に呟き、それから少し押し黙る。


「? どうしたの、マコちゃん?」

「……あのさ」


 その様子を不思議そうに見つめていたレミが声をかけるが、マコはそれに返事を返さずリュージを見る。

 真剣な表情で彼女は口を開いた。


「……もう直ぐ開放されるギアシステムってさ、要するに武器のスキルとか開放できるシステムなのよね?」

「ああ」

「じゃあ、あたしがそのギアシステムの恩恵を受けられるとしたら、今は何?」

「何って、お前ゲーム始めて一貫してクロスボウ使ってただろうが」


 リュージは呆れたように眉尻を下げながら、ギアシステムに関して簡単に説明を始める。


「ギアシステムはそれぞれの武器固有のスキルを開放できるようになるシステムで、一番最初のギア……つまりメインになるギアはその時点までで最も使用回数の多い武器の種類によって固定される。俺やコータならソードギア、レミならスタッフギアって感じにな」

「じゃあ、私は?」

「ソフィたんの場合はソードギアかな。レイピアギアはソードギアの発展系。まあ、それはともかく、その法則に従えばお前はボーガンギアになるはずだ。それ以外には、一切浮気してこなかったからな」

「……そうよねぇ」


 マコは無念そうに呟きながら、軽く椅子の背もたれに体を預ける。

 青空を見上げながら黙り込むマコ。だが、しばらくするとポツリと呟いた。


「それを今から変更って、出来る?」

「うん? 今から?」

「うん……今から。その……」


 マコは少しだけ恥ずかしそうにしながら、自身の希望を口にする。


「あたしのメインギアをさ……銃器のギアに、出来ないかな……って」




なお、三下さんは大学3年生とのこと。

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