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log21.狩人の憂鬱

 竜斬兵アサルト・ストライカー。ほんの二週間前に、突如姿を消した、とあるソロプレイヤーの二つ名である。

 この二つ名は、単独で火属性のドラゴンの中でも最上位に位置するレアエネミー、焔王竜を遭遇戦にて討伐したことに由来する。眉唾とされる由来ではあるが、それを為せてもおかしくないと知己の者たちに言われるほどに腕の立つプレイヤーであったことは間違いない。

 プレイスタイルは傭兵型。他のプレイヤーから依頼を受け、それを達成することでゲーム内の生計を立てるプレイスタイルである。

 しかし竜斬兵アサルト・ストライカーは奇妙なことに、どこのギルドにも属さず、フリーランスの傭兵として活動していた。彼に依頼をする場合は、彼のフレンドを介して依頼を行う必要がある。特定のギルドに所属していなかったため、彼に積極的に依頼をかけることは難しかったという。

 だが、彼がイベントの際にいずこかの勢力に組すれば、その度にイベントの勢力図が一変することとなった。依頼の達成総数が少ないノンギルドソロプレイヤーに物々しい二つ名がついたのも、このような異分子(イレギュラー)と呼ぶしかない彼の実力によるものだろう。

 故に、彼が姿を消した時、諸手を挙げて喜ぶものこそ少なかったが、安堵に胸を撫で下ろした者は多かったという。

 ああ、これでイベントの勢力乱数に大きな変動が起こることはないだろう、と。






 そんな、彼がいなくなってから初めて訪れたマンスリーイベントの中で、カレンは難しい表情をしながら手元のクルソルを弄っていた。


「………」


 彼女が確認しているのは、今回のイベントのギルドごとのランキング図だ。

 今月のマンスリーイベントは“キングの王冠を奪い取れ!”というもの。イノセント・ワールド中にキングタイプのモンスターが所狭しと現れ、そいつらから王冠のドロップアイテムを集めるというものだ。

 イベント期間中にギルドハウス内に現れる王冠ボックスに王冠を納め、その総数を競い合うイベントなのだが、そのランキング図は概ね開始直前の予想通りとなっていた。

 下位のギルドが上位に食い込むことも、上位ギルドの順位が大荒れに荒れることもない。

 いたって平和な、イベントランキングとなっている。そう、竜斬兵アサルト・ストライカーが参加していない時のような。


「……はぁ。やっぱ、リュウはイベントに参加していない、か……」


 微かな期待もあっさり砕けてしまったカレンは、悲しみをため息に乗せる。

 リュージからレベルリセットすると聞いて以来、彼には会っていなかった。

 彼の口ぶりから、リアルの友人とゲームを始めるのは分かっていた。少なくとも、初心者たちがしっかりゲームに馴染むまでの間は余計な横槍を入れるのは無粋だろうというのは、カレンにもわかっていた。

 しかし、いつかはもう一度彼と一緒に遊びたいという想いが彼女の胸の中にはあった。

 気さくなリュージのことだ。普通に会いに行けば、普通に受け入れてくれるだろうし、手が空いていれば一緒に狩りにいくこともできるだろう。

 問題は彼のパーティ、ないしはギルドメンバーのほうだ。

 向こうにしてみれば、カレンは部外者。気軽に会いにいってリュージを連れて行かれれば、いい気はしないだろう。

 それに、リュージが最後に口にしていた言葉も引っかかる。


「嫁、かぁ……」


 リュージが嫁などと呼ぶ存在。カレンの胸の中に、魚の骨のように引っかかっているのがそれだ。

 少なくとも対外的にそう口にするくらいに仲がよいのは間違いないだろう。その話を聞いたときに同席していた大男は、リュージが一方的に言っていると言っていたが、常識的に考えて一方通行の片思いをしている人間が相手を嫁などと称したりはするまい。できるできないではなく、礼節的に。

 であれば当然、相手もリュージのことを憎からず思っているはず。いや、嫁呼ばわりを許可している以上、内縁の妻と呼んでも差し支えないほどの関係なのではないだろうか?

 リュージの見た目と身長から、カレンと同程度の年齢だと思っている。ならば、相手も同い年くらいだろうか? 或いは年上という可能性もある。大学生くらいもありえるだろう。年下の場合は……嫁と称するだろうか。どっちかといえば、普通に恋人と称すべきだろう。というか、カレンと同い年だった場合、年下は色々とまずかろう。人として、男として。

 では仮にリュージの嫁がカレンと同い年であった場合、カレンはどう動くべきか?

 VR全盛のこの時代、VR婚なんてごく当たり前にある。カレンも、リュージと出会ってその事実を強く意識するようになったが、果たしてVRはリアルに勝ち得るのか?

 相手はリュージのリアルの知り合いだ。どう頑張ってもアドバンテージは向こうのほうにある。リュージの嫁は毎日彼に現実で会えるのに、こちらはゲーム内でもたまにしか会えず、現実など出会ったことすらない。

 何度かオフ会に関して提案したこともあったが、その度に丁寧に断られてしまった。付き合いのいいリュージにしてはおかしいと思っていたが、今にして思えば嫁と呼ぶほど仲がよい相手がいたからなのだろう。

 もうこの時点で負け確のような気がしてくる。今から足掻いても、リュージの気を引くことも出来ないかもしれない。

 だが、諦めない。諦めきれない。ようやく出会えた、心から想える相手だというのに、何もしないまま諦めてしまうなど絶対にいやだ。

 しかし今無理にでも彼に会いにいってしまうと、彼が嫁と呼ぶ相手になにをしてしまうか分からない。そんなことをしてリュージに嫌われでもしたら元も子もない。

 今はただ耐え忍ぶしかないのだろうか。いや、しかし―――。


「……また唸ってますね、カレン」

「だな。まあ、放っておいてやれよ」


 ギルド“ナイト・オブ・フォレスト”のギルドハウスの一角でうんうん唸るカレンを見ながら、団長はやれやれといった様子で肩をすくめる。


「リュージの奴がリア友とゲーム始めたのがショックなんだろ。しばらくしたら、向こうからこっちに来るだろうし、今は放置安定」

「来ますかね、彼。義理堅いとは思いますが、本質は意外と淡白だと思いますが」


 楽観的な団長の言葉に、副団長は首をかしげる。


「声をかけなければこちらを見向きもしないのでは? 恐らく、身内以外には手厳しいタイプだと思いますけど」

「だな。俺もそう思うわ」


 手にした槍に修理用の道具をあてがいながら、団長は同意するように頷いてみせる。


「身内以外に手厳しいって言うか、そもそも興味がないんだろうな。ノンギルドソロの傭兵型プレイスタイル貫いてたのも、その辺が理由だろうし」

「ギルドに入らなかったのもソロで活動していたのも、ゲーム内に身内がいなかったから……ということですか?」

「そういうことだな。フレンドになりゃ、一応身内とみなしてくれるっぽいが、それでもリアルの身内とじゃ扱いに差が出るだろうし」


 ついには頭を抱え始めたカレンを、少し哀れみの篭った眼差しで見やる団長。


「かわいそうだが、勝ち目は0だろうな。アイツ、どうもカレンの好意を察して、あえて無視しているような節が見られたし」

「……あれは、カレンのアプローチが遠まわしすぎたのもあると思いますが」


 オフ会に誘おうと健気に声をかけるカレンと、それを笑顔かつばっさりと断るリュージの姿を思い返しながら、副団長は軽く首を横に振る。


「せっかくのVRなんですから、もっとダイレクトにアタックすべきなんですよ。オフ会なんてやってないで、もっと積極的にくっつくとか。声に出してはっきり言うとか」

「それが出来れば苦労しないし……仮に言ったとして、リュージがそれを受けるかね?」

「どうでしょう」


 団長と副団長は顔を見合わせ、想像してみる。

 カレンが告白し、リュージがそれをOKする瞬間を。


「……どうよ、実際?」

「……わかりませんね。彼、意外とそういう部分は表に出してなかったように思いますし」


 しかし、想像力が追いつかず結果が分からなかった二人は、軽く首を横に振る。

 竜斬兵アサルト・ストライカー・リュージ。トッププレイヤーでこそなかったが、その勇名に惹かれ、或いは彼自身に惹かれ、多くの者が彼と友誼を結んでいた。ナイト・オブ・フォレストの団長や副団長もまた、竜斬兵アサルト・ストライカーのフレンドである。

 だが、今にして思えば竜斬兵アサルト・ストライカーは知っていても、リュージというプレイヤーのことは良くわからなかったように思う。その内面というべきか……より深い部分。

 イノセント・ワールドに関わる事柄……どのスキルが好きか、或いは武器はなにを使うか。どんな風にプレイするのがよいかといった討論など、ゲームに関することは結構知っているのだが……彼本人の好みに関わる部分に関する話はほとんどしていない気がする。

 別に、彼も隠していたわけではないはずだ。だが、不思議とそういう話題をしてこなかった。

 ……竜斬兵アサルト・ストライカーの勇名が強すぎたせいだろうか。眩すぎる経歴とその実力は、彼という人間の姿を覆い隠してしまっていたのかもしれない。


「リアルに干渉しないのがMMOのマナーとはいえ……あいつ自身を知らなさ過ぎるよな?」

「言われましたら、そうですね……」


 団長が指摘する事実に不審を覚える副団長であったが、だからといって何が変わるわけでもない。


「……ですが、無理に問いただすのもおかしな話でしょう。そもそも、我々には関係がない話です。聞くのであれば、カレンが聞くべきでしょう?」

「まあ、そうなんだが……」


 団長は、カレンの方を見る。

 色々と思い悩みすぎたせいで頭痛を覚えたのか、ごろりと横になったカレンはうーうーと唸り声を上げている。


「……あれが聞けると思うか?」

「……まあ、期待はしない方向で」


 副団長は小さなため息をつきながら、自身の武器の手入れに戻った。

 結局のところ、なにをするにしてもカレン次第だ。

 想い人との逢瀬をどうするか位は、自分で何とかすべきだろう。




なお、団長と副団長はリアルだと夫婦である模様。

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