log2.イノセント・ワールド
「イノセント・ワールド、っと……」
隆司の別の意味で衝撃な告白の後に行なわれたリンチ大会はソフィアのワンパンKOにて終了と相成りそのまま時間は流れて放課後。
隆司とソフィア、そして真子と光太と礼美の五人は学校の図書館にやってきていた。
今は真子が備え付けのPCに座り、イノセント・ワールドに関して調べているところだ。
普通であれば学校のPCでVRMMOに関して調べるなどご法度であろうが、幸い雨大付属高校の図書館は大学に併設されているものであるため割と何でも調べることができる。
真子が調べている間、頭に大きなたんこぶをこさえた隆司に、呆れの混じった視線を光太が向ける。
「あれだけ色々頑張っておいて、どうして初めてのお願いが一緒にゲームしようなんだよ隆司」
「一体何の不満があるというのかおまいら」
ソフィアに貰ったたんこぶ以外に傷らしい傷のない隆司はふくれっ面をする。
「嫁と少しでも多く楽しい遊びを共有したいという、このほのかな少年心を何故誰も理解してくれんというのか。俺は悲しい!」
「悲しいって言うか、ソフィアちゃんがかわいそうって言うか……」
呟きつつ、礼美は隣に立つソフィアの様子を窺う。
無言で腕を組みつつ隆司の後ろ辺りに立っているソフィアは無言であった。
「………」
何一つしゃべることなく、無言で隆司の後頭部を睨みつけている。
真顔……というより無表情でじっと隆司を睨みつけているソフィアの姿は異様な不気味さと、有無を言わさぬ圧力を放っている。おかげで、隣に立っている礼美は終始怯えっぱなしである。
まあ、隆司の願いが乙女心に掠りもしない、色気もへったくれもないような話であったせいだろう。これは隆司の自業自得としか言いようがない。
ソフィアの放つ無言の圧力は隆司も感じているのか、愛しのソフィアが後ろに立っているというのにそちらのほうには決して振り返らないようにしている。
さながら地蔵のようなソフィアに怯えつつ、礼美は隆司への質問を続けた。
「でも、何でいのせんと・わーるど?って言うゲームなの? ゲームなら、色々たくさんあるよね?」
「まあ、昨今のVRMMO事情ときたらそれこそ粗製乱造、戦国乱世、跳梁跋扈の世界だからなぁ」
わかるようなわからないようなことを呟きつつ、隆司は指折りVRMMOの名前を挙げてゆく。
「ガンズバレット、オーシャン・ドーム、マジカルケミカル……上げてったらキリがないわな」
「あ、ガンズバレットは僕もやったことがある。でも最近インしてないなぁ」
知ったゲームの名前を聞いて光太が声をあげ、それから小さく唸り始める。
「はじめは結構楽しかったんだけどねー。でもPvPに着いていききれなくなっちゃったんだよねー」
「ガンズバレットは特に対人激しいからなぁ。しかもガチ勢が本気でガチ過ぎて、息を付く暇もないし。あれは息抜きにやるんじゃなくて、マジで極めるためにやるゲームだわ」
ちなみにガンズバレットはFPSタイプのMMOで、荒廃した世界の中で銃を頼りに生き抜くサバイバルゲームとされている。が、隆司の言うとおりに対人がメインであり、ゲームの根っこにPKが存在するため初心者狩りが横行。ゲーム内の治安は世紀末とまでいわれる始末であったりする。
閑話休題。
「……で、あんたが選んだイノセント・ワールドってこれのことよね?」
「ん? おう、それそれ」
真子が検索を終えたイノセント・ワールドのホームページを見て、隆司は何度か頷いた。
PCの画面には中世ファンタジーを意識したらしいイノセント・ワールドのロゴが映し出され、ゲームの細かい仕様や説明書などのリンクが張られていた。
礼美がイノセント・ワールドを配信している会社の名前を読み上げる。
「セイクリッド社……ここが、いのせんと・わーるどの開発会社さん、なんだ?」
「おう。世にも珍しい、イノセント・ワールドを運営するためだけに立ち上げられた会社なんだと」
「……噂には聞いてたけど、それ本当なの? 割とよく聞く冗談だけどさ……」
胡乱げに問いかける光太。数多存在するVRMMOの中には、そのゲームを運営するためだけに立ち上げられた会社というのも、実のところ存在する。
だが大抵の場合はどこか大手のゲーム企業に繋がっている子会社であったり、或いは企業側が関与を感づかれないために用意するダミー会社であったりする。
この場合隆司が言っているのは“ゲームを運営するだけの単独企業である”ということだ。つまり背後に大手企業などなく、どこかの会社が立ち上げたダミー企業ではないと言う意味だが。
「……それに関しては事実らしい」
「あん? そうなの?」
ここで今まで黙っていたソフィアが口を開く。
相変わらず仏頂面のままであるが、自分の知っている話をぼそぼそと明かし始めた。
「以前に父様がとある企業の依頼で、セイクリッド社との提携の橋渡しをしようと色々調べていたらしいのだが、セイクリッド社の株は100%自社保有となっていて、完全独立運営しているらしいんだ」
「へぇ、そうなんだ」
ソフィアの言葉に納得したように頷く真子。
企業からの様々な相談事を解決に導くコンサルタント企業。その業種には当然業務提携の締結も含まれている。その関係でソフィアの父が調べたというのであれば、噂の裏づけに十分だろう。
「提携の件も、丁重に断られたといっていた。何でも、個人のこだわりに他の企業を巻き込むわけにはいかないとかなんとか」
「ああ、イノセント・ワールドって運営の趣味全開の世界とか言われてるしな。MMOとしちゃ採算度外視だし」
「採算度外視ってこれで……?」
隆司の言葉に、真子はイノセント・ワールドで使用するVRメットのページを開く。
そのページをみて、他のVRMMOの経験がある光太が噴出した。
「ブッ!? え、ちょ、共用のメットじゃないんだ!?」
「共用のメットって?」
「いや、他のVRMMOだとプレイ料金は基本無料って言うのが多くて、そうしたゲームをプレイするための共用VRメットって言うのがあるんだよ。大体5000円くらいで買える奴。でもイノセント・ワールドは専用メットで値段も15000円って、三倍じゃないか……」
しかもこのメットはイノセント・ワールドをプレイするためにしか使えない。共用メットであれば他のゲームもプレイできて5000円だが、専用メットはゲーム一本に15000円出す必要があるのだ。
それだけの価値があるのか、と疑ってかかる光太に、隆司は同意するように頷きつつも自分の意見を述べ始める。
「まあ普通は値段で敬遠するよな。でも、イノセント・ワールドの場合これ以外の課金要素はほぼゼロなんだぜ? よくあるコス課金やらアイテム課金、後は拡張系の課金とか一切なしだ。全部普通にゲーム内で開放できる」
「え? そうなの?」
「でもその手の要素って、色々めんどくさかったり時間がかかるもんじゃないの?」
「俺がプレイしてみた限りじゃそんなことはなかったぞ? 基本、そういう開放要素はお試しもかねてソロオンリーでやってみたが、全部なんとかなったし。その気になれば、協力者だって募れるし」
「え? 隆司君、ゲームにお友達がいるの?」
「いや、野良で拾えんの。DAU百万だからな。大体暇してる奴が見つかるのよ」
「は? DAU百万!? 嘘でしょ!?」
真子は驚きの声を上げるが、礼美は言葉の意味がわからず軽く首をかしげる。
「真子ちゃん。でぃーえーゆーって?」
「デイリーアクティブユーザー! つまり、一日に何人のプレイヤーがそのゲームをプレイしてるかって数字よ。それが百万って……」
「……それってすごいことなの?」
「そりゃあ、ね。今は掃いて捨てるほどのVRMMOがあるから……普通は十万人くらいがプレイしていれば黒字になるって言われてるんだよ」
自身も驚きに目を見張りながらも、光太は軽く首を横に振る。
今こうしている間にも、イノセント・ワールドを百万人もの人間がプレイしているかもしれないということだ。もちろんDAUは単なる統計上の数字であるため、指標にはなっても今現在の数字を表すものではない。
だが、それでも百万。通常のVRMMOの十倍というだけでイノセント・ワールドがどれだけ化け物級のゲームなのかわかるというものだ。
「まあ、全世界全てのプレイヤーあわせての数字らしいから、日本だけで言えば普通のVRMMOとそんなに変わらないんじゃねぇの? セイクリッド社も本社は英国にあるらしいし」
「でも活動拠点は日本になってるわよ? ……やめやめ、ややっこしそうだからそこは無視しましょ」
真子が軽く手を振り、話の軌道を修正する。
「で……課金要素の話だったかしら?」
「だっけか? まあ、ともかくイノセント・ワールドじゃリアルマネーで手に入るものはほとんどねぇな。資本は完全にゲーム内通貨で賄われてるし」
「そういう場合、トレードの価格の高騰とかで結局リアルマネートレードが起こるってよく言うけど?」
「その辺は趣味人がうまいことコントロールしててなぁ。ゲームの中にそういう物流の流れをコントロールする連中がいるのよ。なんで大抵のものが現実的な価格で手に入るんだぜ? 武器とか防具が現実的かって言われるとさすがに違うと思うけどな」
「なにそれ? どういうことよ?」
「そのままの意味。イノセント・ワールドの中にゃもう一つ世界があるって言っても過言じゃなくてな。その気になりゃ、農耕で生計立ててゆっくりスローライフも送れるんだぜ? ゲームだけどな」
だんだん胡散臭くなる隆司の話に、真子の目が胡乱な光を灯し始める。
信じがたいと全力で主張する瞳を見て、隆司は軽く肩をすくめた。
「まあ、そういう連中はほんの一部だけどな? ともあれ、そういう連中のおかげで初期投資費用オンリーで遊べるのがイノセント・ワールドなのさ。おかげで俺も一年位楽しくプレイさせていただきました。ソロで」
「アンタ友達いないの……?」
「野良さんたちはいるっつってんだろうが! あとこう見えて人見知り激しいんで! 一見さんとかマジ無理なんで!」
「初対面の相手に向かって「お付き合いを前提にケッコンしてください!」とのたまった挙句ヘッドスライディングで人の太ももに抱きついた男の台詞とは思えんな……?」
「ほらソフィたんは運命の御相手って奴ですから、はい」
「相変わらず戯言はすべらかだな、まったく」
隆司の言葉に苛立たしげにため息をつくソフィア。
しばし沈黙を保った彼女は、それからおもむろに一つ頷いた。
「……まあ、よかろう。約束は約束だし、お願いはお願いだ。貴様の願い、聞き届けてやろうじゃないか」
「っしゃぁぁぁぁぁ!! したら初プレイの日時をあとで決めよう! 二人の初めての共同作業って奴やね!!」
隆司は歓声を上げた後、そのまま一気に駆け出してゆく。
大柄な図書委員に「走らないでくださいよ!?」と呼びかけられるのも無視して図書館の入り口に手をかけ、それから振り返ってまた叫ぶ。
「したら俺、今日は帰るから!! ソフィたんとプレイするために色々準備してくるよ! また連絡するねアデュー!!」
一方的に言うだけ言って、そのまま図書館を飛び出す隆司。例によって廊下を走るなという教員の怒号が響くが、それすら無視して高笑いと共に彼は家へと帰ってしまった。
後に残された四人は、顔を見合わせると一斉にため息をついた。
「まったく……人の話を聞かない男だ……」
「まあ、隆司は相変わらずってことだよね……」
「ソフィアちゃんにオススメするくらいだから、きっとすごい面白いゲームなんだよ!」
「精一杯のフォローね、それは。まあ、真意は別のところにあるんでしょうけど、あいつの場合」
そういうと真子は大きく伸びをする。
「んー……さてと。あたしらも帰りますかね」
「うん、そうだね! あ、光太君、一緒に帰ろ!」
「うん、いいよ礼美ちゃん」
「――ああ、少し待ってくれないか?」
各々に帰り支度を始める三人を、ソフィアは呼び止めた。
真子が開きっぱなしにしているイノセント・ワールドのホームページを見つめながら、ソフィアは言葉の先を続けた。
「……私から皆にお願いがあるんだが、聞いてくれるか?」
そういって振り返った彼女は、底意地の悪い笑みを浮かべていた。
なお、走っていた隆司はどこかで出会うことになる空手部部員によってつつがなく取り押さえられてしまったらしい。