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Next log.ある二人の、ラブコメストーリー

 私立雨上大付属高等学校に所属する高校生、辰之宮隆司は今日もご機嫌であった。

 鼻歌交じりに帰り支度をしている彼を見て、友人の一人が呆れたように呟いた。


「相変わらず、人生楽しそうだな、お前」

「今まさに、人生の最高潮なんでなー」


 隆司は軽く返すと、指を顎に当ててなでながらドヤ顔を決める。


「さらに俺の幸福感は鰻上り……。留まるところを知らんのだよ。ンフフフ……」

「意味わからん。まあ、言いたいことはわかるけど」


 ドヤ顔を決める隆司を苛立たしげに睨みつけながらも、友人は苦笑して片手をひらひらと振る。


「じゃあさっさと帰れ帰れ。俺にはリア充に裂いてやる時間などないのだ」

「そっちから振っといて言い草じゃねぇか。まあ帰るけど。また明日なー」

「おーう」


 友人に別れを告げ、隆司はご機嫌のまま席を立ち、帰ろうとする。

 だがその前に、と彼はソフィアの座っている方の席に顔を向けた。


「ソフィアー。校門までだけど一緒に帰ろうぜ?」

「………」


 ソフィアは隆司が声をかけると、難しい顔をしながら首を横に振る。

 それから立ち上がると、申し訳なさそうな顔で隆司のほうへと振り返った。


「すまない、隆司。生徒会長から呼び出しだ。火急に話をしたいことがあるとかで……」

「おろ、そうなん? 相変わらず忙しいねぇ、生徒会は」


 隆司はやや残念そうではあるが、ソフィアの言葉に納得したように頷く。

 雨大付属高校の生徒会は、学校の行事運営のほとんどを取り仕切ることが出来る立場にある。

 これは「学生たちのまとめ役をやる」という意味ではなく「行事そのものの運営進行を行うことが出来る」という意味だ。

 雨大付属にはソフィアを始めとした、いわゆる上流階級の子どもたちが多く所属している。将来は親の会社を継いだり、文字通り日本の未来を背負ったりする子どもたちの成長を願い、こうした企画物の運営進行を任されているのだ。

 当然、修学旅行のような学外での行動は学校側が取り仕切るが、それ以外の学内で運営できる行事は全て、生徒会が取り仕切っているため、必然的にそこに所属しているソフィアたちの生徒会の活動も増えてしまうわけだ。

 隆司はそのまま光太たちの方を見て、軽く首を傾げた。


「つーことは、しばらく俺一人か? 大体どのくらいで終わりそうなん?」

「え、なにが?」


 隆司たちに近づいてきた光太が、彼の言葉を聞いて不思議そうに首を傾げた。

 隆司も首を傾げながら、もう一度光太に問いかける。


「いや、生徒会の活動だよ。ソフィアが呼ばれてんなら、お前らもじゃねぇの?」

「いや、僕のところには……」

「私も。真子ちゃんは?」

「……あたしんところにも来てないわ」


 隆司の問いかけに、ソフィアと同じく生徒会役員である光太たち三人は首を横に振った。

 つまり、ソフィアだけ火急的速やかに呼び出さなければならない用事があるということだろうか?

 隆司とソフィアは首を傾げていたが、すぐに思い当たる節があったため手を一つ叩いた。


「……ああ、そういえば。そろそろ夏休みじゃん」

「言われればそうだが……?」

「確かその後じゃないっけ? 次期生徒会長選挙。その話し合いかなんかあるんじゃね?」

「あ、ああ……言われてみれば、そうだったか」


 隆司が口にしたイベントの名を聞き、ソフィアは思い出したように一つ頷いた。

 雨大付属の生徒会長は、先に述べたように生徒会が学校行事を取り仕切る関係から、学内における権力が非常に強い。そのため、次期の生徒会長を決める選挙ともなれば、学校を挙げた一大イベントとなるのだ。

 ちょうど、社会に出た後でもそのときの経験が生きるイベントであるため、学校も特に力を入れて生徒会を支援するイベントでもあるため、その準備は実際の選挙期間の三ヶ月前から取り掛かるという念の入れようだ。

 隆司たちはまだ一年生であるため無縁であると思われていたが、どうやらそれは甘い考えであったらしい。


「さすが、未来の生徒会長。現生徒会長の覚えも強いおかげか、一年のうちからこんな大イベントの手伝いを任されるとは……」

「いや……。私としては、いささか以上に困惑しているんだけれどな」


 うんうんと、まるで自分のことであるかのように自慢げに頷く隆司を見て、ソフィアは軽く頬を搔く。どちらかといえば、迷惑に思う気持ちの方が強い。まだ夏休みにすら入っていないのに、こんな時期から呼びつけなくともよいではないかと思っている。

 だが、呼ばれた以上は応じねばなるまい。期待されているのは事実だし、それに応えるのもやぶさかではない。


「まあ、そういうわけだ。皆、先にログインしておくれ。私も、後から追いかけるよ」

「オッケー。じゃあ、いつもの時間に入ってるわ。それでいいよな?」

「うん、僕はいいよ」

「私も!」

「右に同じ」


 他の仲間たちの同意もあり、ソフィアは一つ頷きながら教室を出て行った。

 その背中を追いかけるように眺めながら、すぐ傍で隆司たちの話を聞いていた女生徒が、いやらしい感じで声をかけてきた。


「ねえ、知ってる隆司君? 今度生徒会戦に出る、生徒会の副会長いるじゃない? そいつって、ソフィアさんの大ファンらしいんだよー?」

「へー。まあ、ソフィアは人気あるからな! 誰だって惹かれるじゃん?」

「そうそう! だからさー? こういう時にソフィアさんだけ呼び出すのってー、彼女の気を惹くためなんだってー!」


 いかにも女子が好みそうな噂話だ。

 隆司はそれを軽く笑い飛ばした。


「はっはっは、まさかー。もしそうだとしたら職権乱用じゃーん?」

「でしょでしょ!? もし本当だったら、どうするー? 愛しのソフィアちゃん、寝取られちゃうんじゃない!?」

「ないないー。けどもし本当にそうなら―――」


 隆司はそこで声のトーンを落とす。

 顔は笑ったままだったが、底冷えのするような声色でこう宣言した。


「全身の皮はがして、内蔵から何から全部逆さまにしようかな。さすがの俺もNTRはノーセンキューだわ」

「……うん、ごめん」


 声をかけた女生徒は、隆司の声の真剣さに思わず謝罪を口にしてしまう。

 そして、彼の宣言を聞いていた全ての者は、心の中でソフィアに気のある副会長に向かい念仏を唱えた。


(((((南無。もしもの時は成仏しなさい……)))))


 噂の副会長の、ソフィアだけ呼び出す率はあまりにも露骨であった。

 時折、光太たちもセットで呼び出すことはあったが、それでもソフィアだけ呼ばれる確率の方が高かった。

 ソフィアの優秀さは周知の事実だが、それでも彼女に対する色目は隠せていない。恐らく、次期生徒会長に当選した暁には、副会長に指名するつもりだろう。そしてその関係を口実に、さらにソフィアに近づく算段なのだろう。

 エロゲなどの設定ならば、ソフィアはこのまま副会長の手篭めにされてしまう展開だ。隆司には全力で副会長の皮を剥がしてもらわねばならない。

 ……だが、光太たちはそこまでの不安は感じていなかった。


「んじゃ、いくかね」

「ん。わかったよ」


 隆司の音頭を聞き、光太たちは級友たちに挨拶しながら教室の外に出る。

 先頭を行く隆司は軽く頭の後ろで手を組みながら、軽く欠伸を搔いた。


「しっかし、もう夏休みなんだよなー。楽しい時間はあっという間だぜ……」

「だねー。リアルでもゲームでも、色々あったよねー」

「今でも現在進行形じゃない。シャドーマン事件、あれ、セードーが主犯格みたいな言われようじゃない?」

「いくらなんでもそれはないと思うけど……」

「ハハ。仮にその噂がマジなら、セードー変わりすぎだろ。一体何があったというのか」


 皆で歩きながら、雑談に花を咲かせる。

 軽く笑いながら皆に答える隆司を見て、光太はおかしそうに笑った。


「――でも一番変わったのは隆司だよね? ソフィアさんと恋人になってから、おとなしくなりすぎてない?」

「え、そうか? いつもどおりに接してるつもりなんだけど?」

「一日一飛込みがなくなっただけでもたいした進歩だと思うわ、あたし」

「ああ、そうだよね……。一日一回、ソフィアちゃんの太ももにダイブしてたよね」

「え、そうだった? やべぇ、全然意識してなかったわ……」

「それがマジなら、ほんとにやばいよ隆司……」


 ソフィアが清姫に勝利したあの日以来、隆司のソフィアに対する態度は大いに変化した。

 太ももに対する飛び込みは当然として、ソフィアを嫁、と呼んだりソフィたんと愛称で呼ぶ回数が明らかに減ったのだ。

 変わりに、軽いボディタッチや、挨拶代わりのハグのようなものは増えた。セクシャルに訴えるものではなく、あくまで欧米などでも見られるような、挨拶代わりのようなものだ。

 こうした隆司の変化にソフィアも驚いていたが、以前のセクハラまがいのタッチよりもよほどマシと見えるか、数日もしたらごく普通に受け入れるようになっていた。

 唐突過ぎる変わりようであったが、光太たちはしばらく両者を観察していて気づいたことがある。

 以前と比べて、隆司の表情が明らかに穏やかなのだ。ソフィアと接している時、以前の隆司は満面の笑みを浮かべていた。輝かんばかりの、とても嬉しそうな表情を。そして、今の隆司は同じ笑みでも格段に穏やかな笑みを浮かべていた。例えるならば、陽だまりの暖かさを堪能しているかのような。

 それに気づいた光太たちは、すぐに疑問が解決した。要するに、隆司もずっと不安だったのだろう。ソフィアとの関係が。

 ひたすら行動に起こしていなければ、自分で確認しなければならない程度には。ずっと口にしていなければ、気がかりになる程度には。

 ずっと、一方的に言い寄り続けていた、自身の立場が、あやふやだったのだろう。自身で確固たるものにしておかねばならない程度には。


「うーむ。そんな言うほど激しかったのか、前の俺は……?」

「あ、そっちなんだ……」


 隆司の言葉に呆れたように呟きながらも、光太は親友を励ますように軽く背中を叩いた。


「まあ、よかったじゃないさ。ソフィアさんと、想いが通じてさ」

「おう! これからも永遠に愛を育んでいくのさ……!」

「その調子だと、すぐに子どもをこさえそうね」


 呆れのため息を吐き、すぐにでも来そうな未来を予言する真子だが、意外にも隆司ははっきりと首を横に振ってそれを否定した。


「いや、それはねぇよ。焦ってもいいことないしな」

「あら? 意外ね。ソフィアと想いが繋がったー!とか叫んで、即行繋がりそうだと思ってたんだけど」

「真子ちゃんはしたない」


 手で輪を作った指の中に人差し指を出し入れする真子を嗜める礼美。

 隆司は卑猥なアクションをする真子に対して、真剣な表情でこう告げる。


「それは否定しねぇけど、無茶して生まれた子どもが幸せになれるわけねぇじゃん。少なくとも学校を卒業するまでは、子どもは作らねぇつもりだ。ソフィアと愛し合った結果で生まれるんだとしてもな」

「……案外マジな回答ね」


 ソフィアへの想い一辺倒なのかと思いきや、その先のことも真剣に見据えているようだ。


「情けない話だが、ソフィアが間藤さんの跡を継ぐんなら、俺が家に入ったほうがいいだろうしな。俺じゃ、あの人の跡を継ぐのは無理だわ」

「共働きの選択肢は?」

「ソフィアに協力するくらいかねぇ。コンサルタントって、意外と神経使う仕事だろうしな。向きじゃねぇよ、俺は」


 隆司は自嘲するような笑みを浮かべる。まあ実際、企業同士の相談ごとのような、社会の裏面にも接するような仕事を隆司が器用にこなせるかと言われれば……。


「まあ、あんたじゃねぇ」

「おう。というわけで、御婿修行のためにいずれ三下さんのところへ行くぜ。そんときゃよろしく」

「塩撒いとくわ。っていうか来るんじゃねぇよ」

「真子ちゃん辛辣すぎ……」


 険しい表情を作る真子を嗜めながら、礼美は笑みを浮かべて隆司を祝福する。


「……おめでと、隆司君」

「隆司、おめでとう」

「おう」


 何度目かになる仲間たちからの祝福に、照れるように頬を搔きながら、隆司は前を向いて駆け出した。


「んじゃ、ソフィアを待つために、今日もイノセント・ワールド、行くぞぉー!」

「「おぉー!」」


 隆司にあわせ、元気な掛け声をあげる光太と礼美。

 真子はそんな仲間たちの背中を呆れたように眺めながらも、一つため息を吐く。

 突き抜けるような青空の下、四人は異世界へと向かって、駆け出していくのであった。





















                                 ___To be continue? →




なお、次期生徒会長戦において、副会長はとある一年生少女に得票数で大敗を喫す事になる。

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