log191.平和な一日
その後、二人は足早に森林公園を後にした。
火と風のエンチャントスキルの武究である「ブラスター・テンペスト」によって、清姫一党を見えないくらい遠くに弾き飛ばす事に成功したが、システム上清姫がイノセント・ワールドから追い出されたわけではない。半ログアウト状態で伸びているだけのはずだ。
さすがに即座に復活して追いかけてくるわけではないが、それでもできる限り素早く離れたほうがよいのは確かだ。清姫に圧勝こそ出来たが、そうそう何度も相手に出来るようなタマでもない。厄介ごとは避けるに越したことはないのだ。
こうしてソフィアも無事に清姫へのリベンジを果たし、お互いの気持ちも再確認でき大団円、と言いたい所であったが。
「……どしたん、ソフィア? さっきから、なんかむくれてっけど」
「むー……」
ミッドガルドへと戻る道すがら、隣を歩くソフィアにリュージが問いかける。
ソフィアは不満げに頬を膨らませながら、手の中で竜の骨を弄っていた。
「いや、な? 清姫に勝てたのはこの竜の骨・双頭刃のおかげなんだが……。どうせ披露するなら、皆に先に見せたかったなぁ、と」
「あー」
リュージはソフィアの言葉に、納得したように頷いた。
この竜の骨・双頭刃、武器としてのアイデアをヴァルトから得たソフィアが、コータとレミに協力を仰いで造型を完成させた遺物兵装だ。
ソフィアとしては一番最初の御披露目は、仲間たちの前で行いたいという気持ちがあったのだろう。
だが、完成直後はマコが逆切れを起こし、そのまま解散となってしまった。これはマコの落ち度もあるだろうが、ソフィアのほうにも落ち度があった。残念であるが、仕方ないと言えるだろう。
「武装変化じゃなくて、変形武器のアビリティ使ったんだよな」
「ああ。武装変化だと、武器は一つだけと聞いたのでな。ヴァルトから学んだ剣術の型は、レイピアとナイフの二刀流だったから、変形武器の方が、都合がよかったんだ」
「なるほどねー。ちょっと貸して?」
ねだるリュージに、ソフィアは竜の骨・双頭刃を手渡す。
リュージは物珍しげに無骨な形状をした変形レイピアを眺め、護拳に手をかけて、思いっきり横に引く。
小気味良い金属音を響かせながら、二つに分離した竜の骨・双頭刃を眺めながら、リュージは感心したように何度か頷いた。
「こんな感じなんだなぁ。小型の武器は火力が出にくいから、あんまり興味なかったけど、こういうのも面白いもんだ」
「そういえば、ゲーム開始からずっと大型武器ばかりだな? 色々探してた時期は片手剣とかも使っていたが」
「一撃必殺という言葉に憧れる御年頃なのです」
「そういうものか……」
「ソフィアちゃーん!!」
元に戻った竜の骨・双頭刃をリュージから受け取るソフィア。そんな彼女に声をかける者が現れた。
ソフィアがそちらの方に顔を向けてみると、ログアウトするといっていたコータとレミが、マコの手を引っ張りながらこちらに向かって駆け寄ってきているところであった。
「コータ? それに、レミとマコも……」
「おまいら、今日はもう遊ばないんじゃなかったん?」
「いや、そうは言ったけどさ……。やっぱり、気になるよ」
ソフィアの元へ駆け寄ってきたコータは、申し訳なさそうにリュージに言いながら、マコの背中を軽く押す。
「それに、あのままじゃちょっと気まずいしさ……」
「ほら、マコちゃん!」
「………」
さらにレミも両手でマコの背中を押し、ソフィアの前に立たせる。
マコはしばらくばつの悪い表情でソフィアを見つめていたが、やがて頭を下げポツリと呟くように、声を出した。
「……さっきは、言いすぎた。ゴメン、ソフィア……」
「さっき……? あ、ああ」
ソフィアは一瞬何のことだかわからなかったが、すぐにマコが荒れる原因となった口論を思い出し、自分も頭を下げた。
「いや、こっちこそ……。独断専行の結果、清姫にも遭遇してしまった。もっと慎重になるべきだったよ」
「……その言い方だと、清姫のやつがレアエネミーかなんかみてぇだな」
「馬鹿なこというな。いやだぞ、あんなレアエネミー」
「しつこく付きまとう、って意味じゃ、正しいのかもしれないけれど……」
リュージたちの言葉に、コータは思わず顔を引きつらせる。
まあ、悪い冗談だ。清姫はプレイヤーなのだから、対処法は倒す以外にもある。
そう思考を切り替え、コータは頭を振りながらソフィアに問いかける。
「……けど、実際問題だよね。いくらでも、ソフィアさんを狙って来るんだとすると……」
「どこか、警邏系ギルドにお願いして、対処してもらう? そういう揉め事を解決するギルドもあるみたいだし」
「ああ、それなんだが……一先ず、大丈夫だと思う」
「大丈夫? 何がよ?」
「いや、さっき、ソフィア、一人で清姫ぶっ倒したところでな」
「「「……は?」」」
リュージの言葉に、一瞬呆ける三人。
マコが無言のままソフィアを見る。
ソフィアも、無言のまま頷いてリュージの言葉を肯定した。
しばし唖然としていたマコであったが、次の瞬間表情を怒らせ怒鳴り声をあげようとする。
「あん―――!!??」
だが、拳を振り上げたあたりで声をつまらせ、しばし拳を振り回し、何かを思いなおしたようにそろそろとゆっくり拳を下ろした。
「―――った、は、ねぇ……! 良く、一人で勝てたわね……」
「竜の骨・双頭刃のおかげでな。向こうも、色々あって冷静さを欠いていたしな」
「ふぅん……」
マコはしばらく恨めしげにソフィアを見つめていたが、大きなため息を一つ吐くと気を取り直すように大きく伸びをした。
「まあ、それならしばらくは大丈夫そうよねー……。多少学んでるとはいえ、ド素人のソフィアに負けたんだから」
「そうだねぇ。あの無様さは、しばらく立ち直れなくなるんじゃないかね?」
「だと思うよ? ソフィアの戦い方も見事だったけど、得意分野の敗北っていうのは、結構心に来るからねぇ」
「………」
うんうん、と頷きながら現れたのは、カレンとアマテルの二人。何故か森林公園の方から現れた二人を見て、ソフィアは能面のような表情になった。
キリキリと油の切れた人形のような動きで首を動かしながら、ソフィアはリュージを睨みつけた。
「……リュージ?」
「待ったソフィア。俺知らない。俺じゃないから」
「そーだよソフィア。あたいたちは、リュージとあんたの後をつけただけなんだから。人気のない場所にいってなんばしよるか!?なんて思ってもないからね?」
「そうそう。君も清姫に狙われていると思っていたからね。君のことを心配してたんだよ? 決して君とリュージを二人きりにしてなるもんか、なんて考えてないからね?」
カレンとアマテルは肩を組み、にやりと意地の悪い笑みを浮かべながらソフィアの前に回りこむ。
「色々見せ付けてもらっちゃったけれど、そうそうあたいたちが諦めると思うんじゃないよ!?」
「その通りだとも。我々の諦めの悪さはしぶといぞ!? 観念して、リュージをうちのギルドに譲るのだ!」
「いや、ぜひうちのギルドに譲るんだ! あんたたちも高待遇で迎えるよ!?」
「―――――」
見せ付ける。その一言で、大体察したソフィア。
能面のようだったその表情は氷解し、彼女は穏やかな微笑みを浮かべた。
その表情のままソフィアは竜の骨を手に持ち、力強く二振りの刃へと分解する。
それと同時に無言のままに発動するソニックボディを見て、カレンとアマテルは回れ右して森林公園に向かってダッシュで逃げ出した。
「てったい!!」
「戦術的後退!!」
「逃すかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
羞恥に顔を染めながら、ソフィアはデバガメ二人を成敗すべく、全力で駆け出した。
コータは驚きに目を丸くしながらも、苦笑しているリュージへと問いかけた。
「……そういえば、呼び方変えてるよね?」
「んー? まあ、な」
リュージは照れたように頬を搔きながら、その胸中を語る。
「今までだってふざけてたつもりはねぇんだけど……ソフィアも、俺ときちんと向き合ってくれるんなら、愛称ばっかで呼ぶのはねぇよな」
「「おぉー」」
リュージの真面目な返答に、思わずといった様子で拍手を始めるコータとレミ。
マコもなんとなく事情を察し、何度か頷いてみせた。
「なるほど? つまり、あたしらの努力も無駄じゃなかったと?」
「そうなんじゃね? 多分な」
愉快な追いかけっこに興じるソフィアを眺めながら、リュージは楽しそうに笑った。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!? ちょ、ソフィア!? 真面目にガチ過ぎるだろ!?」
「く!? これでも私だって速さに自信はぁぁぁぁ!?」
「詠唱の暇など与えるかぁぁぁぁぁぁ!!! そのまま切り刻んでくれるわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
必死の形相で逃げるカレンとアマテルの二人を、竜の骨・双頭刃を振り回しながら追い回すソフィア。
それを見て、穏やかに笑う異界探検隊のメンバー。
ゆっくりと宵闇へと変わりゆくイノセント・ワールド。
自身に一つの決着を終えた少女を迎えた世界は、今日も平和な様子であったという。
遺物兵装・竜の骨・双頭刃
異界探検隊に所属するプレイヤー、ソフィアの所有する遺物兵装。
まだまだ作りたての遺物兵装であり、レアな能力や来歴を持っていないが、変形武器というスキルを保有する。武装変化と異なり、遺物兵装の形はおおよそそのままに別の武器の特色を発生させるというスキルであり、最も有名なのは一本の剣を二本に分解すると言う機構。
変形武器はスキルの特性上、遺物兵装の形状をスキルに合わせて構築する必要はあるが、武装変化と異なり武器を二つ使用できるため、使い方次第では大幅に戦術が広がる可能性を持っているスキルである。