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log190.絶対勝利

「――元来、獣の姿動きを真似る形象行為は、剣術拳技を問わず世界中で行われていた」


 ジリッ、と摺り足で清姫との間合いを計りながらソフィアは清姫の絶叫に答える。


「私がヴァルトから学んだこのウォルフ・タンツもそうしたものの一つというだけだ。特別、珍しい話でもない」


 かすかに清姫との間合いを縮めながら、ソフィアは軽く笑う。

 小さく花開くつぼみのように。その笑みは戦いの中にあって、まるで可憐な乙女の浮かべるそれであった。


「だが……リュージと同じか。言われてみれば、確かにそうか。うん、悪くない……な」

「シィアァァァァァァァ!!!!」


 絶叫と共に、清姫が駆け出す。

 だが今までと違い、二本の足で立ち、がむしゃらにこちらに向かって駆けて来る。這って動き回るよりも動きが遅いあたり、恐ろしいものを感じるが今のソフィアには然したる脅威ではない。

 大きく払うように両腕を広げ、ソフィアも正対するように駆け出した。


「ハァッ!」

「シャァァァァァ!!」


 二人の体が交差する瞬間、ソフィアと清姫は御互いの獲物を振るう。

 袈裟懸けに振るわれた一刀を、ソフィアの双剣は挟み込むような斬撃で受ける。

 鋭い金属音と共にお互いの剣は弾かれ、その衝撃に一瞬体が仰け反る。

 だが両者一歩も譲らぬと言わんばかりに歯を食いしばり、再び刃を敵に向かって突き立てんとする。


「シィィィィ!!」

「ソニックボディ!!」


 裂帛の気合を放つ清姫。

 己の信頼するスキルを発動するソフィア。

 両者は手にした武器を存分に振るい、激突する。

 嵐のような斬撃と、礫を放ったかのごとき剣戟音が木霊する。

 互いに一歩も譲らぬ乱撃の放ち合い。双剣に対して一刀のみで拮抗しうる清姫の技量はさすがと言えるであろう。


「―――ク。ハハハハ!! なんだ、所詮は畜生の剣技! 私の一刀すら押し返せない程度ではないか!!」


 その事実を自覚した清姫は、すぐに意気を取り戻し、凄絶な笑みを浮かべてソフィアを嘲笑った。


「さあ、どうしたのです!? 貴女のご自慢の剣技はあの方のようなのでしょう!? ならばこの程度の嵐、押し切ってみなさいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「―――」


 清姫に向かって、ソフィアはただ黙って竜の骨ドラッケン・クノッヘン双頭刃(ドッペルクリング)を振るう。

 清姫の言うとおり、今のソフィアにこの乱撃を押し切るだけの力も技もなかった。

 この拮抗状態とて、ソニックボディの効果で辛うじて維持しているだけだ。スキルの効果が切れれば、そのまま清姫に乱撃で押し切られるのは目に見えていた。


「ほらほらほらほらほらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 狂乱の笑みを浮かべ、全力で刀を振るう清姫。彼女の全身からは、熱い蒸気が噴出し始め、その周囲も徐々に熱気を帯び始めていた。

 まるで汗ばみそうなほどの熱気を感じながら、ソフィアは清姫に問いかけた。


「スキルを否定する割には、属性を取得しているのだな」

「こんなものぉ! あの方と同じ境地に立つためでなければ、取得もしませんわ!」

「そうか。貴様の属性は火で、副属性は蒸気か」


 副属性まで取得を進めておいて、いりもしないとはなかなかの大法螺吹きだ。

 ――だが、彼女の言うとおり。清姫は、属性を取得するべきではなかっただろう。


「貴様が使わんのであれば、私は存分に使わせてもらうとしよう」


 ソフィアはクノッヘンに一つのスキルを宿し、清姫に向かって叩きつける。


「フロスト・テンペストっ!!」

「ヒィィィィハァァァァァァァァ!!」


 ノリの乗った清姫は気炎を上げながら、ソフィアの放ったクノッヘンを真っ向からへし折ろうと刃を振るう。

 クノッヘンに宿った冷たい北風の渦は、清姫の刀とぶつかり、その力を存分に解放する。清姫の、熱く熱せられた体に向かって。

 次の瞬間、清姫を中心に局地的な風の嵐が舞い起こった。


「っ!?」

「極端な寒暖の差は、強い風を生み出す。この世界でもそれに例外はない……いささか、デフォルメされているがな」


 まるで風の檻に閉じ込められたように見える清姫。

 己の体に起こった出来事を理解できない彼女を見ながら、ソフィアはさらにスキルを発動する。


「ジェット・エンジン!」


 ソニックボディの派生スキル、ジェット・エンジン。

 特定の条件下においてのみ発動が可能なスキルであり、身体の加速のみならず、パワーの増加すら行える強力なバフスキルだ。

 その効果は、局地的な風嵐が発生している付近に立っているということ。


「風よ、我に力を……!」


 外気を取り入れ、噴流を生み出すように。清姫の周辺の風嵐を飲み込み、ソフィアは赤熱化したかのようなエフェクトを身に纏う。

 両手に握った竜の骨ドラッケン・クノッヘン双頭刃(ドッペルクリング)を構え、ソフィアは清姫に向かって叫ぶ。


「現実であれば叶わぬ相手も、ゲームであれば打ち倒せる……! これで終わらせるぞっ!!」

「ぐ、くぅ!?」


 ソフィアが生んだ強風を何とか振り払い、清姫は素早く前に刀を振るう。

 大きく腕を前に突き出しながら、いささか特殊な動きを行う清姫。


「蛇間撃ィィィィィ!!」


 叫ぶと同時に、腕の関節を外し、一瞬だけ刀の突きを加速させる。

 蛇道の隠し技、関節の自在操作による、相手の虚を突く一撃。

 ゴキリと嫌な音が響いた瞬間、ソフィアは顔をしかめた。

 しかし、顔面を貫く刀の一閃を回避し、ソフィアは一気に清姫へと迫る。


「っ!」

「シッ!!」


 クノッヘンを振るい、清姫の体を斬り裂く。

 腕が伸びきった体勢でその一撃を受けた清姫は、苦悶に顔をゆがめながらグラリと体を傾ぐ。

 傾きかけた体を、ソフィアは反対側から斬りかかることで元の位置に戻してやった。


「ハァッ!」

「ぎゃっ!?」


 ついに悲鳴をあげてしまう清姫。

 弱音を吐いた自身を一瞬恥じたが、そんな思考も長くは持たない。

 右、左、前、後ろ。

 東、西、南、北。

 三百六十度、上下の区別もなく、あらゆる角度、方向からソフィアの斬撃が清姫を襲い始めたのだ。


「ぎぎぎぃぃぃぃぃ!!??」

「吹けよ嵐! 斬り裂け、刃! その身で受けよ、我が千刃の乱撃を!!」


 清姫をバラバラに斬り刻む勢いでクノッヘンを振るい、ドッペルで足がかりを作る。

 さながら、無数の狼が一人の人間を襲うかのような惨劇を演じるソフィア。

 ジェット・エンジンの効果が切れる寸前、残った時間で竜の骨ドラッケン・クノッヘン双頭刃(ドッペルクリング)を組み合わせ、その刀身に竜巻の刃を纏わせる。

 両手で握った竜の骨ドラッケン・クノッヘンを振り上げ、ソフィアは最後の加速を行う。


「これぞ奥義!! 風牙狼陣閃だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 そして、止めとばかりに竜巻の刃を清姫の背中に叩きつけ、一気に斬り裂き、駆け抜けるソフィア。

 炸裂した竜巻の刃に巻かれ、清姫は容赦なく上空へと巻かれていく。

 轟音と共に吹き飛んだ清姫の気配を背中で感じながら、ソフィアは血振るいの動作で残った風を振り払う。

 同時に全身を覆っていた赤熱化のエフェクトが切れ、全身を一気に虚脱感が襲ってきた。


「っと……。別に、悪い効果があるスキルではないはずなんだがな……」


 慣れない動きに、体はついていっても心は翻弄されていたということだろうか。

 思わず苦笑してしまうソフィアの背後に、清姫が落着した。


「あああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「……声をあげる元気があるとはな。天晴れな頑強さだ」


 地面を砕く音と共に落下した清姫のほうへと振り返り、ソフィアは思わず呆れたように呟いた。

 清姫のHPを見れば、まだ辛うじてHPが残っているのが窺える。

 自身の思いついた奥義で止めだと思っていただけに、ソフィアは目に見えて落胆する。


「はぁ……せっかくの奥義だったのに、威力不足とは……。何が駄目だったんだろうか。速度? いや、STRのほうか? ジェット・エンジンの補正をきちんと調べなおしておかないと駄目だろうか……」

「ぐ、ぐ……! おのれぇ………!!」


 清姫は何とか立ち上がろうと、刀を杖にしようとするも、全身に力が入らずそのまま前のめりに倒れ込んでしまう。

 それを見て、ソフィアは哀れむような眼差しを向ける。


「……そうなると、戦うどころではないな。HP回復のアイテムは使えるか?」

「ほざけぇ……! 貴様ごとき、HP回復などせずともぉ……!」


 清姫はなおもソフィアに噛み付くように咆えながら、何とか立ち上がろうとする。

 ぶるぶる震えるからだに叱咤を入れながら何とか刀を杖に立ち上がった次の瞬間。


「―――っ!?」

「む?」


 彼女の傍に、二つほど何か重たいものが着弾した。

 それは、二人のプレイヤー。清姫がいつも連れていた、従者たちであった。


「お、お前たち……!?」

「あ、が、ああ……!?」

「ぐ、く……」


 どちらのHPも、清姫とそん色ないほどに削れ、もう動くことも出来ないようだ。

 熊のような男は巌の体を縮ませ恐怖に震え、針金のような男は全身を襲っているらしい苦悶に打ち震えている。

 ソフィアは二人の様子を確認し終えると、二人が飛んできた方向へと視線を向ける。

 すると、ちょうどリュージが小世界樹の枝の上から降りてきたところであった。


「よう、ソフィア。そっちは?」

「先ほど終わったところだ。お前は?」

「俺も同じくらいだな。いやー、あんまり弱いから素手縛りで戦ってたんだけど、駄目だわ! セードーたちはどうやって戦ってたんかね?」

「彼らの場合は、ギアの賜物だろう」

「りゅ……リュージ様!!」


 和やかにお互いの戦果を語り合うリュージとソフィア。

 清姫は改めて確認できたリュージの強さに瞳を輝かせ、二人の会話を遮るように大声をあげてリュージの名を呼んだ。


「あ、貴方様は、やはり、やはり本物の……!!」

「ん? おいおい、ソフィア。まだ動いてるぞ? きっちり止めはさしてやらないと」

「いや、それはお前もだろう……。手抜きもいいところじゃないか。お前なら瞬殺できる相手なんじゃないのか?」

「まあなー」


 瞳を輝かせながらこちらを見てくる清姫を見て、リュージは軽く目を細めながら問いかける。


「で? なんだよ、さっきから」

「ああ、リュージ様……! 貴方こそ、神宮派を……! 再びこの世界に……!」


 力の入らない体に鞭をうち、必死にリュージに向かって近づこうとする清姫。

 這ってでも進もうとするその姿は、ソフィアに襲い掛かったときとは比べ物にならないほど弱々しい。

 そんな清姫を見てリュージは表情を変えないまま、隣に立っていたソフィアを自分に抱き寄せた。


「あ」

「っ!? リュージ様……!?」

「人の嫁に手を出して、あまつさえ媚び諂おうなんざ、手前勝手が過ぎるんじゃねぇか?」


 淡々と感情を見せないようにしながら、リュージは清姫へと罵倒を叩きつける。


「ソフィアに実力で勝てねぇ程度の存在が、粋がってんじゃねぇよボケ」

「あ……!? ちが、ちがうのです……! わたしは、まけてなど……!!」

「諦めろ。お前は私に負けたんだ」


 ソフィアは清姫にわざと見せ付けるように、リュージにしな垂れかかりながら余裕の笑みを浮かべてみせる。


「先の勝利こそまぐれだったようだな。こうもあっさりとけりがつくなら、恐れる必要もなかったよ」

「お、おのれ……! おのれぇ……!!」


 清姫は怨嗟の声をあげながらソフィアを睨みつけるが、彼らに対する反論が思いつかないのか拳から血が出そうなほどに握りしめ、ぶるぶると全身を振るわせ始める。

 そんな清姫の姿を哀れみの眼差しで見たリュージは、焔王に手をかけた。


「……んじゃ、目が覚めたまんまなのは哀れだし、眠らせてやるかね」

「そうだな。そのほうがよかろう」


 リュージに同意するように、ソフィアも竜の骨ドラッケン・クノッヘンを構える。

 清姫の前で二人は剣の刃にそれぞれの属性を纏わせ、大きく振りかぶる。


「火は風を飲み込み大きく育ち!」

「風は火を運び、全てを焼き尽くす!」

「おのれ………おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 清姫の絶叫を遮るように、二人は刃を重ね、合わせるように振るい、その力を一気に解放した。


「「焼き尽くせ!! ブラスター・テンペストォォォォ!!!」」


 互いの属性を飲み込み、大きく成長した風炎の斬撃は、巨大な炎の竜巻となり、清姫とその従者たちを一気に飲み込む。

 まだ起きていた清姫の悲鳴さえ飲み込み、森林公園の奥へと消えてゆく炎の竜巻。

 二人の初めての合体技が収まった跡には、もう何も残ってはいなかった。




なお、ジェット・エンジンはSTRの補正を受けて効果の上昇するスキルである模様。

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