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log19.ゴブリンオーガ登場

 そういってリュージはホブゴブリンのほうへと移動を始める。

 なにをする気なのか……移動方向から大体察したマコは、一つ頷き自分も移動を始める。

 移動しながら、マコは手にしたクロスボウをホブゴブリンの顔面に向かって解き放つ。

 まっすぐ飛んだボルトは、狙い違わずホブゴブリンの眉間に突き刺さった。


「ピギィー!?」


 ソフィアへの攻撃を中断し、思わず仰け反るホブゴブリン。

 小気味良い快音は確かクリティカル音という奴だろうか。

 急所の概念とクリティカルの関係を思い出しながら、マコはクロスボウの再装填を行う。


「これであたしにもヘイトが来ると思うんだけど……」

「ギ、ギィー!!」


 ホブゴブリンは怒り心頭といった様子でマコの方を睨み付ける。これでマコもホブゴブリンのターゲット候補の中に上がったはずだ。

 慌てず騒がず、マコはレミの背後に回りながらソフィアに声をかける。


「ソフィア! さがって」

「なに!?」

「リュージがなにかやらかすらしいから!」

「なにするつもりだアイツ……」


 リュージの一言に怪訝そうな表情になりながらも、マコは素直にバックステップする。

 ホブゴブリンは下がったソフィアと、自分の額にボルトを叩き込んだマコを見て荒々しく鼻息を吐き出す。


「ギ、ギ、ギィ!!」


 大きな棍棒を肩に構え、ホブゴブリンは鼻を鳴らす。

 生かして返さない。ホブゴブリンの顔にはそう書いてあるような気がする。

 回復が終わったコータも立ち上がり、ソフィアと並んで剣を構える。


「うう、ごめん……」

「気にするな、コータ。機械の反応速度に人間は叶わんさ」

「後、予測も不可能だしね……」

「うん! それに、HPが0じゃなければ私が治すから!」


 ファイアボールを待機させるマコとレミも、彼を励ますように声を上げる。


「ピ、ギィー!」


 そんな四人の姿を前に、怒りが収まらんとでも言うようにホブゴブリンは一声吼え、棍棒を振り上げる。


「秘儀……」


 瞬間、聞こえてきたのはリュージの声。


「千・年・殺・しッ!!!」

「――――ッ!!??!!??」


 そして聞こえてくる、クリティカルの快音。

 ちょうど、ホブゴブリンの下半身……その後ろ側辺りからその音が響き渡った瞬間、ホブゴブリンの顔が激痛に歪む。

 それは言いようのない苦痛。本来入りえない場所に、無理やり異物を突っ込まれ、己の体の中をかき回されてしまった、激痛。

 想像もしていなかった苦悶を感じ、受けてしまった絶望を甘受するしか出来ない。

 もはや終わってしまった事象に対し、もしもはない。そのことこそが、ホブゴブリンの絶望をさらに深くする。

 ……脳内にそんなわけのわからないナレーションがよぎったマコは、ポツリと呟いた。


「エンガチョ」

「あいにく俺のバッソはまだまだあるぞ! たくさん買っておいたからな!!」


 その呟きが聞こえたらしいリュージが、新しいバスタードソードを片手にホブゴブリンの背中から顔を出す。


「しかしバスタードソード一本犠牲にしただけのことはあるぜ! もう直ぐホブゴブリンのHPは五割を切るぞ!」

「いや、切るは切るでしょうけど……そんなとこまでクリティカルポイントなの……?」

「え、そんなとこ? そんなとこって、一体どこなの?」

「あー……そうねー……」


 確かにHPが大幅に減少しているホブゴブリンの油断なく警戒しながら、レミはマコに問いかける。

 マコはリュージが先ほど攻撃した部位をどう説明すべきかしばし思案する。

 バカ正直に告げても良いが、いちいち口にするのも馬鹿馬鹿しい気分だ。

 だが、そうしてマコが迷っている間に、ホブゴブリンの方が行動に出る。


「ギ、ピィギー!!」


 大粒の涙を瞳に浮かべたホブゴブリンは、キッと自身の背後に居座るリュージの方をにらみつけると、足を曲げて大きく屈み込む。


「ん?」

「っ! リュージ、下がれ!」


 ホブゴブリンの行動の先が読めたソフィアが、素早く彼に檄を飛ばす。

 リュージがそれに反応する数瞬前、ホブゴブリンはその短い両足で、巨大な自身の体躯を大きく上へと跳ね上げた。

 人間の十倍には比するであろう、巨大な肥満体が宙を舞う。想像以上に恐ろしい光景だ。

 踏み鳴らした地面は砕け、大きなひび割れを生んでいる。跳躍に要したエネルギーはそのままホブゴブリンの重力落下に伴う破壊力へと変換されるだろう。

 真後ろにいるリュージに向けた、渾身のヒップアタック。短い両足を精一杯に抱え、その肥え太った尻を後ろにいる彼に叩き付けんとするホブゴブリン。


「「「――あ」」」


 三人は見てしまった。そのホブゴブリンの、尻に。

 リュージの手にあるのと同じ形の、バスタードソードが突き刺さっているのを。


「ほい」


 リュージはあっさり横に動いてホブゴブリンの攻撃圏外に逃れる。

 もう、誰もいない場所に、バスタードソードの突き刺さったホブゴブリンの尻が激突。


「――――――――ッ!!??!!??ッ!!??!!??ッ!!??!!??」


 再び、クリティカルの快音。全身で仰け反る、ホブゴブリン。

 より深く、己の体の中に突き刺さったバスタードソードの感触に白目をむき、ホブゴブリンは全身を痙攣させ始めた。

 そんなホブゴブリンを見上げ、リュージは手を合わせて黙祷を始めた。


「南無……」

「……いや、今のは……」

「あまりにも……その……」


 リュージがなにをやらかしたのか察したソフィアとコータが、言葉にならない思いをリュージに伝えようとするがうまくいかない。

 レミなど、目にした光景が信じられないのか絶句していた。

 唯一マコだけが、呆れたような表情をしながら軽く肩をすくめた。


「まあ……別に良いんじゃない? 敵に余計な情けをかけて殺されるよりは。えげつなさじゃ、今世紀でも指折りな気がするけれど」

「世紀単位で語るんじゃねぇよ。これが一番効率が良いんだからしかたねぇだろ」


 軽い黙祷を終えたリュージは憮然とした表情でパーティメンバーの元へと戻る。


「でかくてとろい奴の後ろを取って、そのケツに獲物をぶち込むなんざ、傭兵業界じゃ軽い挨拶みたいなもんなんだぞ」

「殺伐としてるわね傭兵業界」


 リュージの言葉にマコはため息をつきつつ、待機状態のファイアボールを一端解除する。


「でもまあ、要らない手間を省けたのはいいことよね。ホブゴブリンも、まさか二度も千年殺しを喰らって立ち上がれるわけないでしょ――」

「ギ・ギ……」


 マコの呟きに、呼応したわけではないのだろうが。

 完全に死んでいたはずのホブゴブリンの瞳に光が蘇る。


「ギ、ギギ……プギィィィィィィィ!!!」

「……え。あたし? 今、あたしがフラグ立てた?」

「見事なフラグ構築っぷりだったな、マコ……」


 リュージが一筋脂汗を流しながら、ホブゴブリンの頭上を見上げる。

 先ほどの自爆ヒップドロップで0になっていたと思っていたHPのバーは、まだ僅かに色づいているのが確認できた。


「あー、やば……。発狂モード入りますかー」

「リュージ!? その発狂ってなに!?」


 どう見ても尋常ではない様子のホブゴブリンに怯えながらも剣を構えるコータ。

 彼の見ている前で、ホブゴブリンは全身をがくがくと震わせながら、その姿を変えてゆく。


「発狂ってのは、ボスモンスターに設定されているトリガーのことで、HPが一定の割合をした回ると大体のボスモンスターが強化されるんだ」

「強化……!? 具体的には!」

「モンスターによるねぇ。ホブゴブリンの場合は、確か――」


 ビキビキと音を立てながら全身の血管を浮かび上がらせていたホブゴブリンの皮膚が、また変化を始める。

 その色は浅黒く変色し、さながら岩肌のようなウロコを纏い始め、頭にはまるで鬼のような角が生え始める。


「――ゴブリンオーガに進化するんだったか?」

「進化ぁ!?」


 驚きに悲鳴じみた声を上げるソフィア。

 彼女が叫んでいる間に、ホブゴブリンの変異……否、発狂進化が完了する。

 全身を甲殻のようなウロコに覆われたホブゴブリン改めゴブリンオーガは、強い怒りをにじませた咆哮を上げながら、地面に拳を突き立てる。

 なにをするのかと様子を窺っていると、次の瞬間には地面の中からゴブリンオーガ自身の身の丈ほどもある大斧を引き抜いた。


「武器まで変わったぞ!? おい、リュージ! このゴブリンオーガとやら……!」

「ホブゴブリンとは比較にならんほど強いぞー。ホブゴブリンのざっと十倍。HPはミリ単位だけど、今の武器で装甲抜けたっけかな」


 劣鋼のバスタードソードを握り締めながら、リュージは不安そうに眉根を下げる。


「きっちりHP確認しときゃよかったかね。まあ、今更すぎるっちゃ過ぎるけど……」

「ど、どうする!?」

「まあ、やれるだけはやりますかね。ホブゴブリンと違って動きが早いから、ひとまずそれに注意して――」


 リュージもソフィアたちと並んで剣を構える。

 ゴブリンオーガは大斧を構え、リュージたちを睨み付ける。

 そうして、両者が対峙を終えた瞬間だった。


「ファイアボール」

「ッ!?」


 紅蓮の爆火がゴブリンオーガの顔面で爆ぜる。

 悲鳴を上げるまでもなく、HPが0となるゴブリンオーガ。

 その巨躯はぐらりと揺れた次の瞬間、地面へと触れる前に虚空へと消滅していった。

 展開についてゆけずにそのままの姿勢で固まる前衛三人組の背中に、マコが声を投げかけた。


「……試してみるもんね。チャージファイアボール。きちんと通じてよかったわ」

「……んだな。良く考えたらマコの魔法で一発か」


 いち早く硬直から脱したリュージが肩をすくめながらバスタードソードをしまいこむ。

 その隣では、ソフィアとコータががっくり膝を突いて項垂れてしまっていた。


「……せっかく強化されたボスとの戦闘が……」

「いいのか、これで……! いいのか、これで……!」

「ケツ掘りで〆るよかましでしょうが」

「ま、マコちゃん……」


 レミも、ボス撃破までのあまりといえばあまりの流れに抗議しようとするが、やっぱり言葉が浮かんでこない。

 こう……パワーアップを果たしたボスなのであるから、少しは苦戦するとか、戦いを繰り広げてあげるのが礼儀というべきではないのだろうか。

 そんなことを顔に浮かべるレミを見ても、マコはなんてことなさそうに肩をすくめるばかりであった。


「だったらイベントでもはさむなり何なりで、無敵時間を作るべきでしょ? 立ち上がりの瞬間からダメージが通るほうが悪いわよ」

「……そうかなぁ」

「まあ、そういうもんだわな」


 悪びれないマコの言葉にレミは疑問符を浮かべるが、こういうことも経験しているリュージはさっさとボス部屋の奥にある宝部屋のほうへ向かってしまう。


「終わったことより、これからの話をしようぜ? お宝を物色タイムだー」

「お宝……ボスの戦利品だよね、この場合」

「フ、フフ……感慨も一入という奴か、これが……」


 さっきまで項垂れていた二人も、お宝と聞いて少しだけ立ち直ったようだ。

 もちろんこの結末に納得いっているわけではないようだが、それでも宝部屋に向かって歩き始めた。

 そんな二人を追うようにマコもレミの手を引いて進み始める。


「さあ、あたしらも行くわよ。あいつらに先を越されて、良いの逃したんじゃ泣くに泣けないわよ」

「良いのかなぁ、本当に……」


 マコに手を引かれるレミも、二人のように首を傾げるばかり。

 だが、彼女の疑問に答えるものはなく、ボス部屋にはリュージがホブゴブリンに突き立てたバスタードソードだけがポツリと残されるのであった。




なお、こうした立ち上がりの際の不意打ちは一度だけであると暗黙の了解で決められているらしい。

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