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log189.ソフィアの爪牙

 イノセント・ワールドのプレイヤーの一人、ソフィアには一つ悩みがあった。

 …………いや、リュージとの関係のことではない。それも悩みの一つには違いないが、彼女の悩みは他にもあったのだ。

 それは、自身の戦闘スタイルについて。

 リュージは恵まれた肉体と才気をフル活用した、純粋技量特化型。コータは、類稀なる想像力と同年代でも図抜けた知慧をフル回転させた、魔法戦士型。

 レミはリュージを始めとした前衛たちを援護するための、支援特化型。マコは、趣味で取得した銃器を活かすための錬金術タイプ。サンシターは完全なる後方支援型。

 他の仲間たちは、己の得意な分野を活かすべく、すでにそれぞれの戦いの形を見定めている。

 だが、ソフィアだけは自らの戦い方という物を見定められずにいた。

 現実でフェンシングをしていたから、レイピアをメイン武装にした。素早さが高いほうが有利だと考えたから、風属性を取った。それらの延長線上として、遺物兵装(アーティファクト)の形状はレイピアと決めていた。

 全ての選択はソフィアにとっては当然の結果と言えるが、どうにも突き抜けたものを感じられないでいた。

 他の仲間たちのように強烈な、突き抜けた個性という物をソフィアは欲した。

 個性というものは必ずしも必要ではないが、他の仲間たちと並んだときの見栄えが気になったのだ。

 強烈な個性を放つ仲間たちの中で、ごく平凡にレイピアを構える自分の姿を想像した時、ソフィアはむやみに死にたくなったものだ。

 かようなことを、遺物兵装(アーティファクト)作成の際にヴァルトに相談したところ、一つの妙案を授けられた。

 かつて、彼が教えた剣術の型、それをこの世界で形にしてみてはどうか?と―――。






「………愚かな………!」


 両手に剣を持つ、いわゆる二刀流と呼ばれる型。

 ソフィアがとったその戦法を見て、清姫は忌々しそうに唾棄した。


「素人の考え付きそうなこと……! 剣が増えれば攻撃力が二倍とでも? まともな剣筋も持たぬ者が、二振り刃を携えた程度で、強くなれるわけがないっ!!」

「そちらこそ、物を知らぬと見える。生来、西洋剣術において、レイピアとダガーのようなナイフを併せて持つことは、当たり前に行われていた。決闘の際の防具として、西洋の貴族たちに愛用されていたんだよ。過度な防具や盾は、礼服には合わないからな」


 ソフィアは嘲るように清姫に言いながら、逆手に握った双頭刃(ドッペルクリング)を顔の前に持ってくる。

 元は護拳であるコの字の形をした特殊な柄、その背中に当たる部分を握りながら、ソフィアはかすかに微笑んでみせる。


「……最も、これから見せるのは、華やかな貴族の世界に存在した決闘の作法ではない。西洋の歴史の闇。貴族たちを守るべく、その守護者たちが磨いた剣技……時に、主たる貴族を闇に葬るためにも用いられた、暗殺剣術の一端だ」

「―――ッ!?」


 清姫の顔が酷く歪み。

 ソフィアの、暗殺剣術という言葉によって。

 それは、まるで。


「私も全てを理解しているわけではないが……貴様の使う剣も、暗殺剣だったか? 東西の暗殺剣術、そのどちらがより優れているのか……試してみようじゃないか?」

「咆えるな雑魚がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 大仰な方向と共に、清姫が駆け出す。

 地面に生えた木々を壁のように伝い、瞬く間に神速に近い速度を叩き出す、特殊歩法。

 瞬きの間に間合いを詰めた清姫は、一瞬でソフィアの背後に回りこむ。


「きえぇぇぇぇぇぇっ!!!」

「シッ!!」


 放たれた一刀を、ソフィアはドッペル(小剣)で受け止める。

 そのまま素早く、細い針のような姿となったクノッヘン(針剣)で突くが、その切っ先は清姫に掠りもしない。


「貴様の使う矮小な剣術がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 清姫は一度ソフィアから離れると、小世界樹の幹を這い上がりながら、大きくUターンを行う。


「我が神宮派形象剣術と並び立つなどぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「フッ!」


 清姫はソフィアの頭上を一瞬で取り、一気に急降下して襲い掛かる。

 ソフィアは即座にそれに反応し、クノッヘンで迎撃を試みる。

 針剣はかすかに清姫の薄衣を裂くが、ソフィアの身に刀の刃が迫る。


「ぜぇぇぇぇぇぇいぃぃぃぃぃぃ!!!」

「っ!」


 辛うじて小剣を盾にして凌ぐソフィア。清姫は着地と同時に地面を這い、ソフィアの死角へと回りこんでゆく。


「わかるかっ!? 私の放つ重みが!! これは、神宮派の持つ、歴史の重みっ!!」


 逆手に持った刀で、蛇のように飛び掛る清姫。

 ソフィアはドッペルでそれを弾き返し、一歩飛び退く。


「それに比べ、貴様はどうだ!? その貴様の持つ剣に、どのような重さがある!?」


 地面を這い、木々を伝い上り、世界樹の間を縦横無尽に這い回る。

 さながら、森林の中で獲物を狩る大蛇のように、その場の空間を支配し始める清姫。


「積んできた鍛錬が違う!! 歴史が違う!! 才能が違う!! 想いが違う!!」


 腕を交差するように、竜の骨ドラッケン・クノッヘン双頭刃(ドッペルクリング)を構えるソフィア。

 清姫は彼女を牽制するように、あるいはその身を脅かすように、彼女の周辺を切り刻み始める。


「貴様のような尻軽女が、到達できぬ果てに、私は立っている!! そして、あのお方はそのはるか先を見据え、頂点に到達されている!!」


 姿が霞むほど高速で動き、辺りを破壊しまくる清姫。

 根が飛び散り、土が抉れ、さながら粉塵のように草木が舞い散る。

 ソフィアは目の中に飛び込んできた木屑によって、反射的に片目を瞑ってしまう。

 瞬間、清姫は一気に全身を捻った。


「この私に反論すら出来ぬ、軽い貴様の脳髄の底に、我が真技を叩き込むがいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


  蛇のように自由自在に動かせる、全身の間接を総動員し、筋肉を捻り挙げた清姫は、捻った勢いを解放しながら刀をまっすぐにソフィアへ向けて突撃する。


「蛇絞乱巻撃ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


 その様は、さながら竜巻。

 空間を抉るような凄まじい回転音を響かせながら、清姫はソフィアに向かって突き進む。

 このまま全身を抉って、止めを刺す。清姫の心算は、そんなところであった。

 だが、ソフィアは彼女の意のままにはならない。片目を閉じたまま、清姫の攻撃音を頼りにソフィアは反射的に飛び上がった。


「――なっ!?」


 自身に突き進む、清姫に向かって。

 大きく跳躍したソフィアは、クノッヘンも逆手に握り、清姫に向かって勢い良く両手の刃を突き立てた。


「ハァッ!!」

「くっ!?」


 牙かなにかのように振り下ろされた刃を、清姫は回転しながら弾き返す。

 清姫の真技は勢いを削がれ、その体は無様に地面に転がってゆく。

 逆にソフィアは弾かれた勢いを利用し、さらに高く飛び上がり、付近の小世界樹に張り付くようにドッペルを突き立てた。


「チィッ! 小ざかしい真似を……!!」

「ハッ!!」


 清姫が体勢を立て直そうとした瞬間、ソフィアが小世界樹から勢い良く飛び立つ。

 ソニックボディを身に纏った彼女は、木の幹を蹴り勢い良く清姫へと斬りかかる。


「ちょこざいなっ!」


 清姫は体を捻り、ソフィアの一撃を回避する。そのまま刀を振るい、ソフィアの背中を斬りつけようとしたが、それは叶わなかった。

 清姫を斬りつけたソフィアはそのまま地面へと突撃し――ドッペルを地面に突きたて、勢いを殺さずに方向転換していたからだ。


「なっ!?」

「おおぉぉぉぉ!!!」


 先の突撃の勢いそのままに清姫に向かって飛び掛る。

 まるで獣の爪のような鋭いその一撃を、辛うじて受ける清姫。

 クノッヘンの軽さが幸いし、清姫は体勢を崩すことなくその一撃を凌ぐ。

 しかし、ソフィアの攻勢は収まらない。勢いのまま小世界樹の付近に跳んだソフィアは、ドッペルを木の幹に突き立て、それを足がかりにしながらもう一度上へと跳んだ。


「たぁっ!!」

「っ!?」


 その動きに既視感を覚える清姫。

 だが、それを口にするより速く、ソフィアが再び真上から強襲してきた。


「おおおぉぉぉぉ!!」

「ちぃぃぃぃっ!?」


 一刀で、ソフィアの双剣を受け止める清姫。

 拮抗は一瞬……。ソフィアの双剣は、容易く清姫のガードを食い破り、その身に刃を突きたてた。


「ぁ、あぁぁぁぁぁぁ!!??」

「っだぁ!!」


 ソフィア、初めてのクリーンヒット。

 清姫の肩口に突き立てた竜の骨ドラッケン・クノッヘン双頭刃(ドッペルクリング)をさらに押し込むように突き立て、ソフィアはその勢いで清姫から距離を取る。

 清姫は、肩を食い破られた手負いの獣のようによろよろと後ずさりをしながら、ソフィアを睨みつけた。


「なん、だ……その動き……!」


 油断なく構え、己を見据えるソフィアに、動揺に揺れる清姫は精一杯の怒声を浴びせかけた。


「貴様、その動き、は……!!」


 低く、腕を交差するように竜の骨ドラッケン・クノッヘン双頭刃(ドッペルクリング)を構えるソフィア。

 その姿は、とある動物の姿を想起させる。鋭い爪と牙を備える、ある生き物を。


「その動きは、まるで……!!」


 清姫の顔が一層歪む。羨望と嫉妬。神宮派形象剣術の真道とされる、蛇道を修めてなお、ついに届かなかったある道を、ソフィアの剣技の中に見て。


「まるで……! あのお方の、狼道のようではないかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」


 清姫の絶叫。どれだけ求めても、届かなかった理想の果てに、それでも手を伸ばそうとする女の渇望。

 悲哀すら感じるそれは、虚しく小世界樹の間へと響き渡っていった。




神宮派における三真道は、同時習得が許される三外道(猿熊鼠)と異なり、どれか一道しか習得することを許されず、元来であれば真道の者同士の交流もご法度である。

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