log188.蛇と竜
ミッドガルド内、特殊区画、世界樹の広がる森林公園内。
普段は静謐に包まれているはずのその場所に、甲高い剣戟音が幾度となく響き渡る。
「シィィィィィィィィ!!!」
「―――ッ!!」
鋭い呼気の中に多大な狂気を含みながら刀を振るう清姫。
ソフィアはその斬撃を、大きく動きながら捌いてゆく。
体ごとぶつかるようにクノッヘンを振るい、清姫の一刀一刀を確実に受け止めて、捌く。
「雑魚がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
思うように己の斬撃が当たらぬせいか、狂気の中に苛立ちを含ませながら、両手で刀を構えた清姫は小世界樹ごとソフィアを切り裂かんとする。
清姫が刀を構えた瞬間、ソフィアは大きく真上に飛ぶ。
響く斬撃音を背中で聞きながら、ソフィアは小世界樹を蹴って清姫の背後に回る。
それを気配で追いかけた清姫は、這うようにソフィアの着地地点に先回りし、その体を貫こうと下から勢い良く刀を突き上げた。
「キィィィィィィ!!!」
「ストームバインド!!」
突き上げられた刀を眼前にしながらも、ソフィアは冷静にスキルを発動しながら手で刀を掴もうとする。
すると、掌を基点に発動した風の縄は、清姫の刀を捕らえ、その動きを食い止めてしまう。
「キィッ!?」
「……案外うまくいく物だな?」
よほどの膂力と技量がなければ掴めないはずの、刀の一閃。ソフィアは不可避の一撃を、拘束魔法と組み合わせることで凌いでみせたのだ。
思わず奇声をあげる清姫に、ソフィアは得意満面といた様子で笑ってみせる。
ソフィアはそのまま風の縄を支点に体を捻り、清姫から少し離れた位置に着地する。
ソフィアが飛び退くと同時に拘束の解けた己の刀を慌てて振るいながら、清姫は怒りに顔を歪め唾を吐き捨てる。
「チッ!? 小ざかしい豚が……! 小手先の技ばかり誇って、何が楽しい!?」
「少なくとも、お前をおちょくるのは楽しいなぁ。こんな物は手品のような物だからな。相手の意表を突いてナンボだろう?」
「キィィィィ!!!」
嘲るように己を見るソフィアに対し、清姫はまた錯乱したように髪を振り乱す。
先ほどのソフィアとリュージの姿を見た時ですら、かなり限界にきていたように見えるのに、未だに清姫の怒りのボルテージは上がっているようだ。天井知らずというのであれば、その到達点にはとても興味が沸いてくるソフィアだ。
とはいえ、あまりにぶちぎれられてもその行動の予測がつけづらくなる。挑発行為も程ほどにして、ソフィアは次の攻撃準備に移った。
「ソニックボディ!」
風系強化スキルの基本形。渦巻く風を身に纏い、自身の速度を一定時間強化できるスキル。
具体的にはDEXに一定の倍率補正をかけることで、ステータスそのものを強化する魔法だ。効果だけ見ると非常に単純なスキルだが、実のところその真価は別のところにあった。
「バカの一つ覚えのように……!」
清姫は顔をゆがめながらも口元だけで笑い、嘲るように鼻を鳴らしながら再び這うように体勢を低くした。
「物覚えの悪さは認めましょう! 同じ技が、神宮派に通じると思わないことです!!」
「技術の結晶たる剣術奥義であればそうだろう。だが、これは単なるスキル。汎用性に富んだ、ゲーム内における選択肢の一つだ」
纏った風をマントかなにかのように操りながら、ソフィアはクノッヘンを上に掲げて構える。
その様子は、さながら闘牛士のようであった。
「さあ、来るがいい!」
「シィィィィィ!!」
ソフィアが構えると同時に仕掛ける清姫。
でこぼこした地面を這いながら、高速で接近した清姫は、鋭く刀を斬りつける。
ソフィアはそれを横にかわしながら、体に纏った風を大きく振るうように伸ばし、清姫の体にぶつける。
瞬間、清姫の体に僅かに纏わりつく風。
ソニックボディが生み出す風のエフェクトは、実体を持つのだ。
「っ!?」
通常であれば気にするほどでもない風の勢いであったが、清姫は僅かに硬直してしまう。
異物によって自身の体を拘束される感覚。現実を超えた感覚と技量を持つが故に捉えてしまう、その僅かな差異。
それが決定的な隙を生み出した。
「ソードピアス!!」
「ギィィィィ!!??」
ソフィアが最も多用する、ソードギアスキル、ソードピアス。
パワースラッシュのように単純に威力倍とまでいかないものの、刀身に纏う衝撃波が間合いを伸ばし当たり判定を増やす、非常に使いやすいスキルだ。
辛うじて直撃こそ免れたものの、クノッヘンの纏った衝撃波に巻かれ、清姫は容赦なく転がってゆく。
ソフィアは血振りの動作を行いながら、顔をしかめて呟く。
「浅いか」
地面に伏せながら体を震わせている清姫のHPは、いまだ半分も減っていない。
このゲームは鎧衣服などの装甲を無視してプレイヤーの地肌にダメージを与えられれば、HPをごっそり持っていけるのだが、逆にプレイヤーにしっかりと命中させなければどのようなスキルをもってしても致命傷を与えられない。
漫画などであれば、余波だけで敵を打ち倒す、と言ったシュチュエーションもあるだろうが、このゲームではよほどその方面に特化していなければ余波だけで大ダメージとはいかないのだ。
それでも確実な削りとしては有効なので、嫌がらせ戦法として「余波戦術」なる物が確立されていたりするあたり、このゲームもそこそこ業が深い。
その「余波戦術」で清姫のHPを削りきってもいいのだが、ソフィアとしてはあまり面白くない。
現時点で近接戦闘しかしてこない清姫相手であれば、いくらでも削りを入れられるだろうが、そんな方法では清姫を屈服させられないだろう。
清姫を確実に折るには、やはりソフィア自身の技量で彼女をねじ伏せるしかない。
「ガァァァァァァァ!!! 姑息姑息姑息姑息姑息ゥゥゥゥゥゥゥゥ!!! このような、女々しい女、やはりあのお方に相応しい器ではないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
「女に女々しいとは片腹痛い。女々しくない女など、自己否定ではないか」
「やかましいぃぃぃぃぃぃ!!」
清姫は叫び、再び地面に伏せ構える。
「もはや問答無用!! その名を語られぬといわれた蛇道、その恐怖を貴様の体に刻んでやるっ!!」
「蛇道、ね……。地方によっては神聖視され、神の化身とも称される蛇に似つかわしくない姿だな」
地に伏せ、こちらを睨みつけている清姫を見て、ソフィアは鼻でせせら笑う。
「まるで、こちらに非礼を詫びているようだぞ?」
「それは貴様のほうだ!! 地面に叩き伏せて、詫びを請えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
叫ぶと同時に、刀を握った手以外を全力で跳ねさせ、一気に加速する清姫。
さながら、獲物に飛び掛る蛇のような俊敏さを前に、ソフィアは素早くクノッヘンを振るう。
「シッ!」
「キィヤァァァァァ!!!」
一瞬交差する剣閃。甲高い剣戟音はすぐさま鳴り止む。
だが清姫の攻勢は終わらない。
地面に向かって飛び掛るように着地すると、全身を躍動させて凄まじい勢いで方向転換を図る。
その視線の先には、いまだ振り返れていないソフィアの背中が合った。
「これぞ蛇道!! 関節なき蛇に、獣の道理は通じず!」
「っ!!」
再び飛び掛る清姫の一閃を、辛うじて凌ぐソフィア。
しかし、彼女の剣の切っ先は清姫を捉えられず、清姫が死角に回り込むのを許してしまう。
「本来人の捨てた四肢の駆動を持って、蛇の動きを模倣し!! 人が捨てた大地より、人の命を削り取る!!」
死角より飛び掛る清姫。
ソフィアは聞こえてきた跳躍音を頼りに、体を投げ出すように回避する。
清姫の一刀こそ回避できたが、ごろりごろりと体を転がすソフィアを見て、清姫はほくそ笑む。
「人が岩の真似事か? 滑稽な姿だな、ええっ!?」
何とか体勢を立て直し、立ち上がろうとするソフィアに向かい、清姫は一気に接近する。
「そのような無様な姿は見苦しい! 白無垢を用意してやろうから、着れぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「っ!!」
ソフィアは中腰の体勢で振り返り、両手で握ったクノッヘンを清姫に向かって振るう。
柄と護拳をしっかりと握りしめ、全力で振るったであろう一閃を鼻先でかわし、清姫は嘲るように口が避けるほどに笑う。
「おしい。もう少しでした――」
刀を両手で握り、大きく振りかぶる。
ソフィアが斬り返すには、いささか遅い。
「ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
頭から真っ二つに裂けるソフィアを想像し、愉悦に顔を歪める清姫。
彼女の刀の切っ先、それがあと十センチも降りれば、その想像は現実となったかもしれない。
だが、そうはならなかった。
何かが擦れるような、鋭い金属音が、清姫の一刀を遮った。
「シィッ!!」
「っ!?」
己の喉下に伸びる白刃を、ごく僅かの間に感知した清姫は、反射的に体を捻ってその一撃を回避する。
突然の反撃に混乱した清姫は、慌ててソフィアから距離をとるように飛び退いた。
ソフィアが斬り返すには、まだ時間があったはず。振るいきった筋肉を反対側に同じように振るうには、相当な技量が必要だったはず。だというのに、何故?
混乱しながらも、地面を這いながら体勢を整える清姫。
彼女は見た。ゆっくりと立ち上がりながら、こちらに正対するソフィアの両手に、いつの間にか二振りの白刃が握られているのを。
「なんっ……!?」
「少しは驚いたか? そうでなければ、初めてこの姿を見せた甲斐がない」
右手に細身の刺剣。左手に、柄の歪んだ大振りのナイフ。
それぞれを握りしめ、ソフィアは清姫を睨みつける。
「竜の骨・双頭刃……。これが、私の思い描く理想形だ」
なお、余波戦術は正々堂々とした決闘を好むプレイヤーには嫌われがちであるが、純粋技量に対抗しうる戦法の一環として愛用するプレイヤーも一定数存在する模様。