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log187.再びの邂逅

 その時だ。

 焔王がリュージの盾になるように顕現し、飛来した衝撃波を防いだのは。

 甲高い金属音が鳴り響き、飛散した衝撃波がリュージとソフィアの髪を軽く揺らす。

 突然の轟音に思わずリュージの胸板に顔を押し付けながら、ソフィアは問いかけた。


「な、なんだ!?」

「――さあ。知らない連中だな」


 ソフィアとの逢瀬を邪魔されてか、真剣に頭にきているらしいリュージは静かに答えながら、衝撃波が飛んできた方向に目を向けた。

 焔王を退け、リュージが肩に担ぐと、塞がれていたソフィアの視界に清姫とそのお付きの二人の姿が現れる。

 清姫はうっすらと笑みを浮かべていたが、身に纏っている気配は鬼気を超えて狂気の領域に踏み込んでおり、彼女の周りだけいやに空気が黒く濁っているようにさえ感じる。

 清姫は笑いながら、一歩踏み込み、地の底から響くような低音を口から発した。


「今すぐ離れなさい、泥棒猫………」


 清姫の口から放たれた言葉はほとんど呪詛であった。

 辺りの木々が恐れおののくようにざわめき、風も清姫を避けるように荒れ始める。

 ソフィアはリュージの体に抱きつきながら……より強く、彼の体に擦り寄った。清姫に見せ付けるように。

 清姫がソフィアの行動を見て、顔を引きつらせる。


「なんの、つもり、かしら……?」


 清姫が問いかけるが、ソフィアはそれを無視するように、ぐりぐりとリュージの胸板に頭をこすり付ける。その様子は、マーキングを繰り返す猫のようだ。

 ますます顔を引きつらせる清姫。リュージは彼女の動向は完全に無視して、愛しい少女の頭を軽く撫でてやる。

 リュージの行動を目の当たりにし、いよいよ堪忍袋の尾が切れそうになったらしい清姫は、すぐ傍の小世界樹を力任せに斬り付けつつ、ソフィアに向かって怒鳴り声をあげた。


「何をしている!! 答えろぉぉぉぉぉ!!!」

「―――」


 圧力すら伴う清姫の絶叫。それを受けて、ようやくソフィアは顔を上げた。

 至極つまらなさそうな表情で清姫を一瞥すると、ポツリと呟いた。


「……なんだ、お前。まだいたのか」

「―――」

「見てのとおり、今の私はリュージに甘えるのに忙しいんだ。発声練習かなにかなら、余所へ言ってやってくれ」


 そういうと、ソフィアは再びリュージの胸板に顔を押し付ける。

 清姫が気付いたかどうかはわからないが、その行動は先ほどの言葉に照れた様子を誤魔化しているようにも見えた。

 だが、煽るようなソフィアの言葉にぶち切れた清姫は、再び絶叫する。


「この泥棒猫がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! いまだ身のほ、身の程を弁えぬかぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!! 己の実力を、美を、才能をっ!! その全てを勘違いするような愚か者がぁ!! そのような行為に及ぶことこそが罪業であると知れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 エキサイトするあまり、周囲に熱気のようなものすら吹き上がり始める。清姫の選択属性は、熱に関わる物だろうか? だが、火属性にしては視認性が低い。水か、あるいは風か。いずれかの副属性だろう。

 淡々と相手側のスキルビルドを考察しながら、リュージは胸元のソフィアに問いかけた。


「わざとだろ、ソフィア?」

「……当たり前だろう」


 ふてくされたように言いながら、ソフィアは顔を上げる。


「そうでなければ、あんな言い方はせん。特に、あいつ相手にはな」

「だよな。でも、なんでまた?」


 普段であれば、ソフィアは相手の神経を逆撫でにするような言葉遣いはしない。

 親愛には情を持って。鼻持ちならぬ相手には、相手の及ばぬ敬意と悪意を持って。

 そう接するのが、彼女の普段のやり方だ。慇懃無礼に正論を叩きつけられ、その高慢ちきな鼻っ柱を折られた者は数知れない。

 だが、さっきのソフィアの言葉はストレートな挑発だ。清姫の今までの言動や行動を考えれば、逆上するに決まっている。

 ゆっくりとリュージの体から離れながら、ソフィアは恥ずかしそうに呟いた。


「先の決闘では言われ放題だったからな……。少しは一矢報いたかったんだ」

「なるほど。ま、いいんじゃないの? そのくらいでいい塩梅だろうさ」


 リュージは軽く笑って言いながら、焔王を担ぎながら清姫の方を見やる。


「キィィィィィィィィアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」


 もはや人のものとも思えぬ絶叫を放ちながら、清姫は狂ったように髪を振り乱している。

 ほとんど錯乱状態だ。正常な判断力が備わっているとは思えない。

 だが、傍についているお付きの者たちは、仮面を被っているのを差し引いてもほとんど動きがない。

 まさかとは思うが、清姫のこの痴態は普段からなのだろうか?

 あまりにも平静を保っている……あるいは装っているお付きの者を見て、リュージは呆れたようにため息を吐いた。


「やれやれ……。狂った主を諌めるのも、従者の誉れだろうに」

「まったくだ。まあ、我が家の場合は下手をするとハリセンか何かで窘められるんだがな」


 ソフィアは苦笑しながら立ち上がり、クノッヘンを抜き払う。

 ゆっくりと前に進むソフィアの背中を見ながら、リュージは問う。


「手は?」

「いらん」

「そっか」


 短くやり取りを終えた二人は、それぞれの敵を見定める。


「清姫は私一人で相手をする」

「じゃあ、俺はお付きの者かね」

「頼む、リュージ」


 一つ頷き、ソフィアは清姫を睨み付ける。

 狂ったように髪を振り乱していた清姫は、クノッヘンを抜き払ったソフィアを睨みつけ、狂乱したまま叫んだ。


「もう一度ぉぉぉぉぉ!!! 教育してやるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

「出来ることならばやってみろ。こう見えて、三日坊主のソフィアとして、家庭教師たちに恐れられた私だぞ!!」

「ほざけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 おどけたように咆えるソフィアを前に、清姫は一気に這うような低い体勢を取る。

 ソフィアはそれを前に、毅然とした態度を崩さずクノッヘンを構え――。

 次の瞬間には、風が爆ぜるような音とともに二人の少女が姿を消した。

 リュージとお付きの者二人が静かに立っていると、その間を駆け抜けるように剣撃音が響き、それはそのまま遠のいてゆく。

 リュージは遠くへと過ぎ去ってゆく剣撃音を目で追いながら、動かない従者たちへと問いかけた。


「――で? お前らはついていかねぇのか?」

「必要性を感じんな」


 従者の一人……岩のような肉体をした男が、笑ったように体を揺らす。


「たった数時間で多少は動けるようになったようだが、それでも師範代の勝利は揺らぐまい。今度は、あの傭兵崩れも現れん。勝負ありといったところだ」

「ほう? そっちのあんたの意見は?」


 岩のような男の言葉に感心したように頷きながら、リュージは長身の男にも水を向ける。

 細長い針金のような印象を受ける男は静かにリュージの言葉を受け止め、そのまま静かに答えた。


「――勝算の低い勝負に変わりはない。師範代と、あの少女では、技量差は歴然だろう」

「ふぅん。まあ、そう見るわな」


 リュージは男の言葉を聞き、納得したように頷く。

 清姫と付き合いの長い二人であれば、そして彼女を師範代と仰ぐのであれば、この分析は当然の帰結だろう。実際、先ほどの決闘で敗北を喫したのはソフィアだ。

 二人の邂逅から、半日も立たぬうちにどれだけ変われるというのか。正しいのは、二人の方だ。

 だが。その上でリュージは告げる。


「じゃあ、俺はソフィアが勝つ方に賭けよう」

「はぁ?」

「………」


 リュージの言葉に、岩の男は呆れ、針金の男は黙して語らない。

 リュージはニヤリと不遜に笑いながら、担いだ焔王を軽く上下させる。


「今回の勝負は、ソフィアの勝利だ。これは揺るがない」

「おかしなことを。あの少女のどこに、勝てる要素があるというのか?」


 自身を嘲る岩のような男に、リュージは大上段から言い放つ。


「俺が惚れた女だ。あの程度のアバズレに負ける要素がねぇな」

「アバっ!? 口に気をつけろよ、若造っ!!」


 リュージに向かって、噛み付くように咆える岩のような男。


「あのお方のお気に入りだからとて、そのような不遜な口の聞き方を許した覚えはないぞ!!」

「許しを請う必要性を感じないねぇ。なんだ? 年功序列を大事にするタイプか?」

「神宮派は実力主義だ!! 我らの頂点に立つ師範代を、アバズレなどと呼ぶなど……!!」

「実力主義ねぇ」


 リュージは呆れたようにため息を吐き、二人を小ばかにするように肩をすくめた。


「じゃあ、お前ら俺より下じゃねぇか。下の下もいいところだ。あのアバズレも含めてな」

「き、さ、ま……! 調子に乗るなよっ!!!」


 岩のような男は怒りに震えながら刀を引き抜く。

 それは、隣で黙って二人の会話を聞いていた針金のような男も同じであった。


「……多少、ゲームで名が通っていることは認めよう。だが、神宮派を修めた我々に勝てるなどという思い上がりは、強制せねばなるまい」

「ふぅん? どうやって?」


 リュージが片目を眇めながら問いかける。

 男たちは、ゆらりと刀を構えた。


「それは――」

「――こうやってだっ!!!」


 言うが早いか、二人の姿は霞のように掻き消え、次の瞬間にはリュージの体を手にした刀で貫いていた。


「っ!!」

「我は神宮派形象剣術、熊道の使い手!!」

「我は神宮派形象剣術、猿道の使い手」

「師範代に及ばずとも、我らが剣技、貴様ごときが見切れるわけが―――!!」


 得意げに語っていた男の口は、その場に轟いた斬撃音によって塞がれる。


「っ!!??」

「布切れ一枚に穴を開けて、得意満面か? 童貞小僧じゃあるまいし、はしゃぐなよ」


 上から聞こえてきた声に慌てて顔を上げると、いつの間にか身に着けていたマントを脱いだリュージが、小世界樹の枝に腰掛けていた。

 岩の男が視線を下ろすと、己の刀が貫いていたリュージのマントが力なくぶら下がっている。


「なんだとっ!?」

「実力主義を声高に叫ぶのはかまわねぇけど、それは力が伴ってこそだ。ブランクありの経産婦一人に滅ぼされかける剣術でどこまでやれるのかねぇ?」

「ほざけっ!! 逃げるのがうまいだけの、若造――!!」

「待て」


 挑発を続けるリュージに向かって、激昂した岩の男は飛び上がろうとする。

 だが、針金の男はその肩を掴んで引き戻してしまった。


「なにをする!? 奴に、身の程をっ!!」

「足元を、見ろ」

「なに!? あしぃ!?」


 針金の男に促され、岩の男は足元を見る。

 そして、絶句した。

 先ほど自分たちが立っていた場所。そこを囲うように、三本の斬撃跡が刻まれていたのだ。

 世界樹が地面に張り巡らせた木の根を容易く両断したその跡は、地面を深く抉り、傷つけている。

 先ほど聞こえてきた音は、確か一つだけだったはずだ。


「っ―――!?」


 彼我の実力さ、という物を今更に把握してしまった男は、唖然とした表情で上を見上げる。

 薄ら笑いを浮かべながらそちらの方を見下ろしているリュージは、笑ったままこう告げる。


「さっきの賭けの掛け金だがな……ベットは互いの勝敗。二人のつける決着の通り、白星黒星を頂くとしようや」

「そんっ……!?」


 抗議の声を、岩の男があげるより早く。

 リュージは小世界樹の枝から舞い降りる。焔王を掲げたまま。

 戦いの火蓋は、切って下ろされたのだ。




ちなみに、世界樹の景観は基本的にダンジョンなどと同じなので、斬ってもしばらくしたら元通りになる模様。

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