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log185.ソフィアの帰還

「「「…………」」」


 リュージがログインしてから、二時間ほど経っただろうか。

 コータとレミも合流した異界探検隊のギルドハウス内は、恐ろしいほどの静寂に包まれていた。

 ちゃぶ台を囲う四人の間に会話はなく、ただジッと腰掛けて何かを待っていた。

 それはソフィアの帰還なのか。それとも、リュージの行動なのか。

 あとからやって来たコータたちにはわからないが、いずれであれ、早くこの状況から解放して欲しいと願うしかなかった。


(……マコちゃん、すごい怒ってるよね、これ……)

(うん……。ソフィアさんにも、リュージにも……)


 プライベートチャットでこそこそと話し合うコータたち。

 彼らがログインし、マコとリュージが揉めているのを見たのがちょうど一時間前。

 内容は、一人で出かけたソフィアを追いかけるか否かだった。

 激昂しながらもソフィアの追跡を叫ぶマコに対し、リュージは冷淡なほどにそれをやめさせようとしていたのだ。

 リュージの行動に意外なものを感じながらも、コータとレミはマコを止めに回った。放っておいたら、今にもリュージを噛み殺しそうな勢いだったからだ。

 だが迂闊な仲裁が逆にマコの怒りに油を注いだ。コータたちもリュージに賛成していると感じたマコが、怒髪天を突く勢いでこう叫んだ。


「いいわよ! わかったわよ! あたしが間違ってんなら、ソフィアが無事に戻ってくるって証明してみなさいよ!! あんたもここから動かずにねぇ!!」

「ああ、わかったよ」


 明らかに、無茶苦茶なことを言い出すマコであったが、リュージは静かに頷き、ちゃぶ台の傍に腰掛けた。

 マコもそれに正対するように荒々しく座り込み、コータたちを睨みつけ、二人も座るように促した。

 リュージとマコの争いに二人が付き合う義理はなかったが、今のままのマコを放置して逃げ出すのも憚られた。やむなく二人はちゃぶ台の傍に座り込み――そのまま一時間が経過したわけだ。

 一度のログイン時間のうち、四分の一が経過したわけだが、その間に会話は一切なく、重苦しい沈黙だけが場を支配していた。


(昨日の今日で外へ飛び出すソフィアさんもソフィアさんだけど、マコちゃんだってこんなに怒らなくてもいいのに……)

(……多分、責任感じちゃってるんだと思う。ソフィアちゃんが外に出る理由を作ったの、マコちゃんだし……)


 荒れる親友の胸中を心配し、レミは静かにため息を吐いた。


(清姫さんのことさえなければ、作戦自体は継続してたと思うし……)

(自分が原因でソフィアさんが襲われるかもしれないんじゃ、確かにこうもなるかな……)


 他者に対して淡白で、軽薄なところも多々あるマコであるが、友人が危機に曝される原因が己にあるとなれば、さすがに平然とはしていられないというわけか。

 どうやってこの場を治めるか、必死に考えるコータとレミ。

 だが、一時間経過した中で妙案が浮かばなかったのだ。今更、天啓のように二人がこの場を治める方便を思いつくわけもなかった。

 だが、二人の不安も長くは続かなかった。


「ただいまー」

「「「っ!!」」」


 向こうの方から、この場を納めてくれる存在が帰ってきてくれたのだ。

 気の抜けた様子のソフィアがギルドハウスの扉を開け、中に入ってくる。

 そして、己に注視するマコたちと、その場を支配する異様なほどに重苦しい雰囲気を感じて不審げに眉を潜めた。


「……なんだ、この空気? 一体、何があったんだ?」

「おかえり! ソフィたん」


 ソフィアの帰還に硬直するマコたちに代わり、リュージが立ち上がり、帰ってきたソフィアを出迎える。

 柔らかく微笑みながら、彼はキッチンに向かいつつソフィアへと問いかけた。


「とりあえず、なんか飲む? サンシターいないから、よく冷えた水しかないんだけどさ」

「あ、ああ。一先ず貰おうかな。まんぷくゲージも空になってるし」

「おkおk。すぐ用意するから、待っててねー」

「リュージ……?」


 そのまま御冷の用意を始めるリュージを見て、不審を覚えるコータ。

 普段の彼なら、ソフィアの体に飛びつく位するかと思ったのだが。

 しかし、コータの疑問も長続きはしなかった。

 マコがちゃぶ台を叩きながら、ソフィアを呼ばわったからだ。


「ソフィアッ!!」

「む? マコ?」

「そこに正座ッ!!」

「あ、ああ……?」


 激昂した様子のマコの気迫に気圧されながらも、首を傾げつつ彼女の前に座るソフィア。

 マコは柳眉を逆立てながら、彼女へ険しい表情を向けながら詰問を始めた。


「あんた、昨日言ったわよね!? あんたを狙って、頭のおかしいプレイヤーが現れるかもしれないって!!」

「あ、ああ。聞いたとも」

「じゃあ、何で一人で行動しようとすんのよ!? 行かせたあたしも悪いけど、自分が襲われる可能性があるって、自覚はあんの!?」

「いや、一人じゃないぞ? きちんとでる時言ったじゃないか。フレに呼び出されたと」

「なおさらよっ!! そいつが清姫とグルじゃない証拠は!? 軽々しく応じられるほど、親しい相手なの、そいつは!?」

「ま、まあ……会ってそんなに日の長い相手じゃないけど……。ノクターン・ヴィヴィというプレイヤーだよ。知らないか?」

「知るかそんな名前ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」


 ソフィアの問いに逆切れを起こすマコ。

 どうやって止めるべきか判断に困ってるコータたちの代わりにマコの狂乱を止めたのは、リュージの一言だった。


「ノクターン・ヴィヴィ? ソフィたん、どこで知り合ったのよ?」

「え? リュージ、知ってる人なの?」

「おう。有名っちゃ有名だよ。自称、レイ・ノーフェリアの良妻賢母。レイが唯一同行を許してる女プレイヤーだよ。まあ、許してるっつーか、諦めてるっつーのが正しいんだろうけどな、ありゃ」


 ほとんどストーカーまがいの行動力でレイに付きまとう、ノクターンの姿を思い出しながらリュージはソフィアの前に御冷を置いた。


「あ、すまない、リュージ」

「いやいや。それより、ソフィたん? ノクターンとはどこで知り合ったんだよ?」

「スノー経由だ。お前なら、知ってるだろう?」

「……スノーの?」


 ソフィアが告げた名前に一瞬怪訝そうな表情になるが、すぐに納得したような表情になり、リュージは何度か頷いた。


「……そっか。あいつの紹介なら納得だ。顔の広い奴だし」

「そうだろう? 射撃魔術師(シュートマギク)だから、戦闘スタイルは噛み合わないが、その生き様というか……生き方には、学ぶべきところが多いと感じて、な。まあ、今回は別件で呼ばれたんだけれど……」


 気まずそうに視線を逸らすソフィア。

 だが、今の説明でマコの気が収まるはずもない。彼女は大口を開けて叫び声をあげる。


「だからどうしたぁぁぁぁぁぁ!? そのノクターンとやらが清姫と一緒に行動していないなんて、誰がわかるってのよぉぉぉぉぉぉ!?」

「……何故マコはこんなにもエキサイティングしているんだ……?」

「まあ、色々気を揉まされたからじゃね?」

「はぁ、そうなのか?」


 あまりにも荒れっぱなしのマコを前に、ソフィアは思わず申し訳なさそうな表情になる。

 自分の勝手な行動が、彼女の今の状態の原因の一端であれば、謝るべきだろう。


「いや、すまないな、マコ。自分勝手が過ぎたのは確かだ」

「今更っ! 謝られてもっ! 困るっつーのよぉぉぉぉ!!」


 ガシガシ頭を掻き毟ったマコは、その後何度かちゃぶ台をひっぱたき、さらにはひっくり返したかと思うと、甲高い声で叫んだ。


「帰るッ!! もう今日はやめ! さよなら、解散っ!!」

「おう、お疲れー」


 そのまま宣言どおりにログアウトするマコを見送り、手を振るリュージ。

 ソフィアは嵐のように過ぎ去った彼女のいた場所を見つめ、しょんぼりと肩を落とした。


「まさかあんなに怒るとは……。確かに、勝手が過ぎたな」

「まあ、半分以上自爆じゃねぇの? あの様子だと。なんか、ソフィたんがらみで企みしてたんじゃねぇの?」

(相変わらず、するどい)


 しっかりマコの怒りの核心を突くリュージを前に、コータは舌を巻く。ソフィアが絡んだ途端、脳内CPUの精度も向上するようだ。


「あいつが理不尽に逆切れすんのって、大体自爆を誤魔化すためだし。前のサンシターの誕生日プレゼントをこっそり用意してたのがばれたときが、個人的に一番酷かったなー」

「いやまあ、アレは色々とタイミングが悪かったとしか……」

「あ、あー……。マコちゃんの自爆はともかくとして! ソフィアさん、本当に大丈夫だったの?」


 懐かしい話題が挙がるが、一先ずそれはおいておきたい。何よりもまず、ソフィアの安全だけ確認しなければ。

 コータはそう考え、できる限り軽い感じで、何も気にしていないアピールをしながらソフィアに問いかけた。


「清姫ってプレイヤーが早々現れるとも思えないけど……襲われるかもっていうのは、怖いじゃない? だから、どうだったのかなーって」

「ああ、清姫か? 会ったぞ、向こうで」

「「えっ」」


 あまりにも軽すぎる告白。

 ソフィアの爆弾発現に硬直するコータとレミだが、ソフィアはそれを気にせず清姫のことを話し続ける。


「ノクターンとの待ち合わせ場所の近くでな。まさかいきなり来るとは思わなかったが……ノクターンとレイさんのおかげで何とかなったんだ」

「レイも一緒だったのか?」

「ああ。というより、レイさんにくっつきながら行動しているところに呼び出された形かな」

「ふぅん」


 どうやら腕利きの傭兵であるレイが近くにいたため、事なきを得たらしい。

 それを呆然とした頭で理解しているコータたちを余所に、ソフィアは楽しそうに今日あったことを話す。


「まあ、それはともかく……ノクターンの用事も簡潔に済ませ、ついでということでレイさんの依頼にも同行させてもらった。モンスターのレベルがかなり高く、難易度も相当だったが、おかげでクノッヘンのレベルを上げられたんだ! これでようやく、思い描いていた戦い方ができるようになるぞ!」

「……そ、そう。良かったね、ソフィアさん……」


 コータは頭痛を覚えながら、額を押さえる。マコが逆切れしたのも、少しわかる気がしてきた。

 アレだけ重苦しい空気に包まれながらもその安否を気遣っていた相手が、こんな風にあっけらかんと自身の危機を語っているのだ。自分の心配を返せと叫びたいし、あの地獄のような沈黙を耐えたのはなんだったのかという気分になる。

 ともあれ、ソフィアは無事だった。それだけでも、今日はよしとするべきだろう。


「……じゃあ、僕も上がっちゃおうかなぁ。マコちゃんがログアウトしちゃったし」

「私も……マコちゃんが気になるから、上がっちゃうね」

「おう。俺はもう少しいるわ。良夫たるもの、妻よりあとにログアウトせねば」

「何様だ貴様は。ともあれ、二人とも、すまなかったな」

「いや、いいよ」

「じゃあ、また明日ね。ソフィアちゃん」


 疲れた笑みを浮かべながらログアウトしてゆくコータとレミ。

 それを笑顔で見送ったリュージは、同じく笑顔で二人のいた場所を見ているソフィアに、静かに問いかけた。


「――で? さっきの話はどこまでが嘘なんよ?」

「―――」


 リュージの指摘に、ソフィアは真剣な表情になる。

 彼を見上げ、ソフィアは問いを返した。


「……どこで確信を得たんだ?」

「ノクターンの紹介先がスノーってトコ。スノーは……レイ・ノーフェリアはノクターン・ヴィヴィをあんまり良く思ってねぇからな。公私共に、あの女との関わりをなるたけ避けたがる。当然、レイの隠れ蓑であるスノーでもな」

「……そうか」

「さらに、ノクターンもそれは承知している。だから、レイがスノーになっているときは絶対に彼に近づかないし、関わりを持とうとしない。“ノクターン・ヴィヴィ”が憧れているのは、“レイ・ノーフェリア”だからな」

「二人に了承は得たんだがな……それが仇となったか」


 ソフィアは苦笑しながら、リュージには真実を話した。


「……今日、外に出たのは清姫に会いにいったからなんだ」

「一人で?」

「ああ。奴から招待されてな。おろかにも、一人で向かった」


 ソフィアは天井を見上げる。まるで、泣いているのを隠そうとするかのように。


「結果は当然、ぼろ負け。レイさんたちが助けてくれなければ、今頃は顔に穴が開いていただろうな」

「そっか」


 いつになく、そっけない態度のリュージ。

 ソフィアはリュージの顔を見ないようにしたまま、呟いた。


「……すまない」

「いや。好き勝手で言えば、俺の方が酷い自覚はあるし」

「そうか。直してくれ」

「断ります」

「そうか……」


 短く言葉を交わす二人。

 しばし、二人の間に沈黙が舞い降りる。


「……リュージ」


 先に沈黙に耐えられなくなったのは、ソフィアであった。


「詫び……にもならないが、このあと少し付き合ってもらえないか?」

「もちろん」


 リュージの声色に、安堵と微笑が戻ったのを感じ、安心しながらソフィアは彼の顔を見る。

 かすかな微笑を浮かべる彼を見て、申し訳なさを覚えながら彼女は告げる。


「レイさんたちに助けられたあと、クノッヘンを鍛えたのは本当だし、清姫との邂逅も決して無駄ではなかった。だから……」

「だから?」


 ソフィアは、一拍おいて、はっきりと告げる。


「それを、証明したい。自分自身に」


 リュージを見上げる瞳の中には、強い決意の色が浮かび上がっていた。




なお、ノクターンの存在は、半分くらいは黙認されており、傭兵ギルド的には依頼料を渡さずにこき使える人員と思われている様子。

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