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log184.恋の投資戦略

「ぶえーっくしょい! っうーん? 誰ぞ噂しておるんかの?」

「………」


 盛大なくしゃみをかまし鼻を啜るノクターン。彼女は冗談めかしたようにそう言いながらソフィアの方を窺う。

 ソフィアはノクターンに手を引かれたまま、俯いている。

 その顔には暗い影が落ちており、誰が見ても気落ちしていることが窺える。

 ノクターンはそんな彼女の顔を痛ましげに見つめていたが、やがて気を取り直すように笑いながらしゃがみこみ、俯いているソフィアに目線を合わせた。


「さってと! 改めて、はじめましてじゃ! 我が名は、ノクターン・ヴィヴィ! お主の名前はなんというのじゃ?」

「……ソフィアです」

「ほうほう! ソフィアちゃんか! かわいい名前じゃの! クフフ」


 ノクターンは屈託のない笑みで笑いながら、ゆっくりとソフィアをすぐ傍の霧葉樹に腰掛けさせる。

 そうして自分も隣に腰掛けながら、彼女はゆっくりと自己紹介を始めた。


「スキルビルドは射撃魔術師(シュートマギク)じゃ。一般的な魔法使いスタイルの一つじゃの。とにかく火力を追求すればよいわけじゃし。まあ、射撃魔術師(シュートマギク)にも色々あるんじゃがな?」

「……色々、ですか?」

「うむ、そうじゃ!」


 ソフィアが自分の世間話に乗ってくれた事に気を良くし、ノクターンは指を教鞭のように振りながら、自身のスタイルについて説明を始めた。


「一発に全てをかける火力超傾倒型とか、ねちっこくトラップやらなんやらばら撒きながら逃げ回る罠師型、いろんな状況に対応すべくあらゆる魔術習得に全力を注ぐ魔導辞典型とかの。そういう分類で言うなら、我は良妻型とでも言うべきかの!」

「りょ、良妻型ですか……?」

「うむ! 我のスキルビルドは全て、レイをサポートするためだけに組み上げた! レイの得意とする戦術を、戦場を、戦況を! あらゆる全てを構築するためだけに、我はスキルを使うのじゃ!」


 力強く熱弁をふるいながら、ノクターンは自分の体を抱きしめ、くねくねと変な動きを見せ始める。


「クフ、クフフフゥ♪ それもこれも、全てレイの隣に立つため……♪ 孤高とも呼ばれるレイ・ノーフェリアの、唯一にして最高のパートナーとして君臨するために……♪ 他者を蹴落とすなど手ぬるい手ぬるい! そんなことしておる暇があるんなら、自分を磨きまくって、他の連中のケツまくって、ぶっちぎって、追いてったらええんじゃぁーい! クフハハハハ!!」

「……隣に……」


 なにやらヒートアップして変なことを叫び始めるノクターン。このテンションに終始つき合わされるのだとしたら、レイもたまったものではないだろう。

 だが、ソフィアはノクターンの一言に反応し、光のない瞳で彼女を見上げる。

 それに気付いたノクターンは、高笑いをやめ、怪訝そうな顔でソフィアを見下ろした。


「なんじゃ? どうしたんじゃ?」

「……すごいですね、ノクターンさんは……」


 ソフィアは力なく笑うと、俯いてぼそぼそと呟き始める。


「そういえば、カレンもアマテルもそうだ……。清姫ですらそうなのに、私は何もしていないじゃないか……。ハハ、これで、リュージの隣に立つなんて……」

「なんじゃなんじゃ。急に独り言をブツブツと。何ぞ気がかりがあるんなら、御姉さんに話してみんさい。ん?」


 ノクターンは、ブツブツと呟くソフィアの傍にグイッと近づき、耳を近づける。

 ソフィアは俯いたまま、呟きを続ける。


「リュージの……隣に立つ、努力をしていません……」

「は?」

「私だけ、なんです……。何もせず、あいつの隣に、立っている……。カレンも、アマテルも、そこを目指して必死に頑張ってるはずなのに……私だけ、のほほんと、何もせず……」


 空ろな笑みを浮かべるソフィア。

 彼女は、リュージに選ばれた。何もせずとも、その隣が約束された。

 だから、何もしなくて良かった。何もしなくとも、リュージは笑顔を向けていてくれた。

 ――だから、清姫に負けた。一方的に叩き伏せられた。

 あっけなく地面に倒され、足蹴にされた。無様で、弱弱しく、止めを刺されかけた。レイたちが駆けつけてくれなければ、きっと今頃はムスペルヘイムの大地に埋められるくらいされたかもしれない。

 このようなざまで、どうして胸を張ってリュージの隣に立っていられるのだろうか? そんな疑問が、ソフィアの胸の中いっぱいに広がり、彼女を押し潰そうとしている。

 そんなソフィアを見て、ノクターンは呆れたようにため息をついた。


「あの清姫に負けて悔しいのはわかるがのぅ。だからといって自己否定はいかんじゃろう。努力せんかったのは、その必要がなかったからじゃろう? 我なんぞ、真後ろあたりにライバルが団子になっておるから、人一倍それを要するが、ソフィアちゃんはそうせんでも不自由を感じんかったのじゃろ? 羨ましくはあるが、それが悪いわけでもなかろうに」

「けどそれじゃあ……! リュージの……竜斬兵(アサルトストライカー)と呼ばれたあいつの、隣に立つなんて……! それにふさわしいなんて、到底……!」


 思いつめたように叫ぶソフィア。

 ノクターンは少しいらだった様子で柳眉を吊り上げながら、彼女の額にでこピンをかました。


「ったっ!?」

「落ち着かんか、ばかもん。誰かの隣に立つのに、名声も力もいらんわい」


 ソフィアの目を覗き込みながら、ノクターンははっきりと告げる。


「誰かの隣に立つのにはな、その人を愛しておるかが重要なんじゃ」

「愛して……?」

「うむ、そうじゃ。お主は、リュージのことをどう思っておるのじゃ?」

「えっ? え、ええっと……」


 突然の詰問に、ソフィアは戸惑ってしまう。

 知人の知り合いとはいえ、さっき会ったばかりの女性に、いきなり胸の内を明かすのは躊躇われる。というか、普通はそんな踏み込んだ会話をいきなりしたりはしない。

 だが、ノクターンはそんなの一切お構いなしに、ぐいぐいソフィアに近づき、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべる。


「大丈夫じゃ、大丈夫! こう見えて、口の堅さに自信があるんじゃ! レイも遠くにおるし、我以外に誰もおらん! ほら、ほら! 言ってしまえば楽になるぞ! ほらっ!」

「え、えと……!? う、うぅ~……!」


 ぐいぐい押し切られ、霧葉樹に背中を押し付けられるソフィア。思っていたより豊満なノクターンの体に挟み込まれ、進退窮まり、彼女はポロッと胸のうちを吐露してしまう。


「す……………………すき、だと………………………おもい、ます……………………」

「ふむ。なら、何の問題もなかろう」


 ソフィアの蚊の鳴くような返事を聞くと、あっさり引き下がってノクターンは満足げに何度か頷いた。


「リュージ……竜斬兵(アサルトストライカー)は、お主にお熱と聞く。好きになってもらうのには努力も必要じゃろうが、好き合っているならそんなもの不要。思う存分、愛し合えばよいのじゃ!」

「今ここで、この告白する意味あったんですか……………?」


 思わず顔を両手で覆いながらぼそりと呟くソフィアに、ノクターンは素晴らしい笑みで返答した。


「ない! 強いて言うなら、我が聞きたかったからじゃな!」

「……………………」


 俯いたまま、ゆっくりとクノッヘンを抜き払うソフィア。

 そんな彼女を見て笑いながら、ノクターンはサラッと問いかける。


「じゃが、なんぼか楽にはなったじゃろう? ん?」

「……………そんなの、わかりませんよ」


 俯いたままぼそりと返すソフィアであるが、確かにノクターンのいうとおり、胸のつかえは若干取れた気がする。

 それが彼女への怒りによって霧散したのか、あるいはリュージへの気持ちを認識したからなのかはわからないが。

 だが、根本的な問題が解決したわけではない。ソフィアはため息をつきながら、霧の掛った空を見上げる。


「けど、私がリュージに相応しくないのは事実でしょう……。このゲームじゃ、ただの初心者。あいつの隣に並んで戦うなんて……」

「戦うばかりが全てではないと思うがのぅ。我とかその典型じゃし」

「……多分、私が納得できないんです。リュージとは対等でいたいと、どこかで願っているんだと思うんです」


 清姫との決闘の敗北。ノクターンの言葉。そして、リュージへの想いの吐露。

 それらを重ね、少し晴れたソフィアの頭は、どうして素直になれなかったのかをなんとなく理解した。

 心のどこかで、彼の想いと釣り合いが取れないと感じていたのだ。現実でも、こちらの世界でも。

 隆司は、現実では何の忌憚もなくソフィアと接する。彼女が間藤家の令嬢だろうと、学園でも指折りの才女だろうとも、彼は一切気にしない。自らの持つ物とソフィアが持つ物を比べ、卑屈になることなく、さりとて自身の優位を鼻にかけるでもない。ただ一心に、恋する少女にアプローチする、一人の少年であり続けている。

 それは、イノセント・ワールドにおいても同じだ。竜斬兵(アサルトストライカー)と呼ばれるだけの名声。一人であらゆる全てをこなしうる経験。他者が羨む類稀なる人脈。イノセント・ワールドをプレイしていれば、誰もが欲すであろうそれらを一切歯牙にかけず、ソフィアとプレイすることを純粋に楽しんでいる。彼にとって、ソフィアこそが全てであり、行動原理なのだろう。

 ……いつか、考えたことがある。自分は、リュージにとってその半生を投げ出すだけの価値がある存在なのだろうか、と。たった一人の大切な少年の人生を、歪めてしまうだけの存在なのかと。


「あいつは、私のために平然と全てを投げ打つ……。そんなことをするだけの価値、私には到底……」

「何を言うとるんじゃ、ソフィアちゃん!」


 弱気なことを口走るソフィアを一喝し、ノクターンは大上段から叫ぶ。


「捨てるのであれば与える! 歪めたというのであれば、幸せにする! リュージの一挙手一投足に責任を感じるというのであれば、それを背負うてやればよい!」

「え、え?」

「リュージの行為はいわば投資じゃ! 自分の人生を、ソフィアちゃんに投資しておるのじゃ! 何故かって? そりゃ幸せになるためじゃ! ソフィアちゃんを好いており、愛しておるから、自分が幸せになるために、無償の愛を投資しておるのじゃ!! ソフィアちゃんは、リュージの投資に対して何も返さずただ逃げるだけの、狭量な女なのか!?」

「…………ッ!?」


 投資。ノクターンが投げかけたその一言を聞き、ソフィアの脳髄に稲妻が駆け抜けたような衝撃が走る。

 その瞳に、赤い情熱の炎の種火が生まれ、立ち上がった彼女は拳を握って叫び出す。


「そ……そうか! 言われてみれば、確かに投資! リュージが私に愛を叫ぶ姿は、盛り上がり始めた相場を前に、あっさり大金を駆け込む父様に良く似ている……!」

「そうじゃろう!? そうして信じた投資先は、そなたの父上に何を返した!?」

「返していました……! その投資によって得られた利益の一部を、父様に……!」

「なら、リュージをすいておるお主は、リュージに何をすべきか!?」

「愛を……! リュージが私にかけてくれたのと、同じかそれ以上の愛情を!」

「それでよし! いや、それこそが至上よ!」


 ソフィアとノクターンは、御互いにがっしりと握手をかわす。


「ありがとうございます、ノクターンさん……! 少し、自分が何をすべきか見えてきました……!」

「うむ! 我は未だに投資を重ねておるが、そなたは投資を受けておるのだ! それを否と思わねば、返さねば不義理というものぞ!」

「はいっ!」

「………恋愛を投資で語る輩を始めてみたな」


 大声で叫びあう少女たちの会話の内容に頭痛でも覚えたのか、額を押さえながらレイが二人の傍へとやって来ていた。


「あ、レイさん!」

「ソフィアちゃん。あまり、こいつの言うことは真に受けないほうがいいぞ。その場のノリと勢いで突き進んで、核地雷を踏み抜く女だ」

「あぁん。レイってば酷いんじゃからぁん」


 いっそ冷徹とさえいえるレイの一言を受け、ノクターンはしなを作って倒れ込みながら、しくしくと嘘泣きを始める。


「懸命にお主を思って頑張っておるというのにぃ……。でも、そんなところも好きじゃ!」

「パリィ」

「スキルで告白を弾きおった!? ちくせう!!」

「……まあ、そんな輩の相手でも、多少は気が晴れたようで何よりだよ」

「いえ、そんなことは……。ノクターンさんのおかげで、迷いが晴れました。レイさんも、ありがとうございます」


 ソフィアはレイとノクターンに向かって、ぺこりと頭を下げた。

 ソフィアの真摯なお礼を前に、レイは少しだけ穏やかな笑みを浮かべると、一つ頷いた。


「なら、よかった。それじゃあ、俺はこれで失礼するよ。一応、依頼の最中でね」

「あ、はい」

「あぁん、待つんじゃレイー!」


 そのままノクターンを捨て置いて立ち去るレイ。ノクターンは慌てて立ち上がると、レイの背中を追いかけて駆け出していった。

 二人の背中を見送るソフィア。彼女の胸のうちには新たな決意が芽生えていたが、同時に懸念も生じていた。

 リュージへの想いにけじめをつける決意は固まった。だが、それだけでは駄目だろう。

 清姫は、恐らくリュージのことを諦めていない。彼女を何とかしなければ、延々と付き纏われるだろう。


(清姫はリュージと並ぶだけの強さに矜持を覚えていたように見える。なら、奴をどうにかするには……)


 ソフィアは一つ頷くと、急いでレイたちを追いかけた。


「――すいません! 待ってください!」

「ん?」

「おん? どうかしたのかえ?」


 自分の呼びかけに立ち止まってくれた二人に感謝しながら、ソフィアは二人にもう一度頭を下げた。


「――少し、協力してください! 清姫に勝つために! 私が……リュージの隣を守れるだけの強さを手に入れるために!」




社長令嬢的には、投資という言葉の方が色々しっくりきてしまった模様。

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