log183.無限刃
―――だが、その切っ先は永遠にソフィアの顔面を貫くことはなかった。
「その凶刃を、遮るッ!!!」
「なにっ!? ぐ、ぎゃぁぁぁ!!??」
鋭い雄たけび……決闘宣言と同時に閃いた、雷撃。
明滅する斬撃が清姫の体を強かに打ちすえ、容赦なく吹き飛ばしたからだ。
清姫の手から解放され、ソフィアの体が力なく地面に落下する。
「う、げほ、げほっ……! だ、誰が……?」
力なくソフィアが声のしたほうに顔を向けると、そこにはツヴァイハンダーを構えた一人の傭兵と、その傍に立っている魔女の姿があった。
長いローブを羽織り、とんがり帽子を被ったいかにもな魔女は、呆れた様子で隣に立っている傭兵――レイ・ノーフェリアに声をかけた。
「なんじゃ、いきなり? 決闘の横入りなぞ関心せんぞぉ、レイ?」
「これが正規の決闘なら、そうだろうさ」
レイは魔女の言葉に淡々と返しながら、ツヴァイハンダーを肩に担ぐ。
鋭く周囲を睥睨しながらソフィアに向かって歩き、静かに魔女へ返した。
「……だが、どう見たところで一方的な暴行。決闘のマナーに反する行為だ。やられている相手も、俺の知り合い。助ける理由としては十分だろう」
「……じゃな。主が助太刀するんなら、ワシも手伝おうかのぅ」
静かに闘志を滾らせるレイの背後に付き従いながら、魔女も決闘宣言を行う。
「ノクターン・ヴィヴィ。横槍を入れに入るとするぞぉ!」
「チッ……! 何も知らないクズが……!」
レイの一撃を喰らって吹き飛んだ清姫は、削られたHPの量に焦りながらも、気丈にレイとノクターンの方を睨み付ける。
「邪魔をするな!! これは聖戦だ……! 至高の方の、隣にのうのうと立つ……!」
「パワーアシスト! ソニックボディ! ストーンスキン!」
清姫の叫びを無視し、レイは一気に多数のスキルを解放してゆく。
その名を叫ぶだけでなく、動作にも仕込まれた数多のバフスキルが次々と光り輝き、レイの体を幾重にも覆ってゆく。
「ラピッドブレード! チョバムアーマー! スチームエンジン!」
「キュアっ……と。大丈夫かのぅ? かわいいお嬢さん?」
「あ、貴女は……?」
「レイのことが好きで、彼を追っかけとるファンの一人じゃよ。クレイドルカーテン!」
ソフィアを回復し、さらに彼女を守る結界魔法も発動したノクターンは、にっこりと笑いながら腕を組んでレイの背中を見つめる。
「お主の姿を見ていきなり駆け出したのは驚いたが……竜斬兵の縁者なら納得じゃな」
「……リュージ、の」
「ともあれ、見ておれ。レイ・ノーフェリアの決闘なぞ、レアな光景じゃぞぅ。クフフ」
ノクターンが嬉しそうに笑う間にも、バフスキルを重ねてゆくレイ。
やがて効果発動の際のエフェクトで、その顔すら見えなくなった頃、彼は一際大きな声で叫ぶ。
「――数多、重ねられた戦士の記憶よ! 今、ここに、極限となれ! 無窮の刃をここに!!」
その呼び声に答えるように、レイの体を覆っていたバフスキルのエフェクトが彼の体を離れ、その手にしたツヴァイハンダーの元へと集い始める。
バフスキルのエフェクトを纏ったツヴァイハンダーは七色に……極虹に輝き、新たな刃と化した。
「スキル・無限刃……。クフフ。レイも大人げないのぅ。よほど頭にきておるのか?」
「あれ、は……?」
「複数のスキルを束ねることで、まったく新しい効果のスキルを発動させる、武究と呼ばれておるシステムじゃよ。竜斬兵のパワークロス……あれの、スキル版のようなものじゃ」
バフスキルの多重発動により、遺物兵装でない武器に“属性拡大”にも似た効果を載せたレイは、無限刃を手に、一歩清姫へと近づいた。
「っ!」
「我が友の愛する人を傷つけた代償を払ってもらおうか……!」
手にした刃の効果が知れず、そしてレイの実力も図りきれずに一歩下がる清姫。
だが、後退を許すつもりのないレイは、そのまま神速により清姫の背後へと回り込む。
「っ!?」
「ハァァァァァ!!」
驚き、慄く清姫の体に向かい、極虹の刃を振り下ろすレイ。
だが、それをすんでのところで受け止める者が現れる。
仮面を被った、巌のような男が、レイと清姫の間に割り込み、その体で無限刃を受け止めたのだ。
「っ!」
「師範代っ!!」
レイの一撃を、巌のような男が受け止めた瞬間、影から現れた針金のような長身の男が清姫の腕を引き、体を引っさらう。
巌のような男は次の瞬間には地面にめり込むほどの勢いで叩きつけられてしまうが、その間に清姫は決闘場の縁まで逃げ遂せている。
「逃げるかぁ! 卑怯者ぉ!!」
その背に向かってレイが叫ぶと、清姫は憎悪をその顔に滾らせながら、叫び返した。
「機会を逸したわけじゃないわ!! そこの愚者を、バラバラに引き裂くまで、ほんの少し時間が延びただけ……! 覚えておきなさい、豚がっ! 次に会う時まで、その身の矮小さをしっかりと噛み締めておきなさい!!」
「まだ叫ぶ気力があるか!! 無限刃・解放!! ゼアァァァァァァァァァァァァァ!!!」
清姫の罵詈雑言を聞き柳眉を逆立てたレイは、手にした無限刃を一気に振りぬく。
糸を解くように解放された無限刃は、極虹の奔流となり清姫の元に殺到する。
決闘場の縁付近に叩きつけられた極虹の奔流は一瞬膨らみ、次の瞬間には虹彩の竜巻となり天へと昇ってゆく。
圧倒的な破壊力を解放し、台地を抉り、辺りの霧葉樹を薙ぎ払う極虹の奔流を見上げ、ノクターンは感嘆の声をあげる。
「ひゅー! 相変わらず派手じゃのぉ! これで連中も……」
「……いや」
霧すら払う無限刃の一撃を前にしても、レイの顔は晴れない。
口惜しそうな表情で首を横に振りながら、ツヴァイハンダーを背負った。
「逃げられたみたいだ。そっちで倒したはずの奴も含めて」
「んお?」
気が付けば、先ほど確かにレイが打ち倒したはずの巌のような男の姿が消えている。そして、晴れてゆく極虹の奔流の中には清姫の姿も、針金のような男の姿も見えない。
決闘で倒された場合、体はリスポーンしない。それは、街の外でも変わらないはずだ。
この場にいないのであれば、逃げ遂せたのだろう。ノクターンはつまらなさそうに舌打ちをした。
「んんっ! 逃げ足の速い……」
「まったくだ。伏兵を配する卑怯者らしいといえば、らしい」
レイは鋭い眼差しで清姫の逃げた方向を睨んでいたが、すぐに気を取り直すように首を振るとソフィアに近づいて手を差し伸べた。
「……危ないところだったね、ソフィアちゃん。立てるかい?」
「………はい」
ソフィアはしばし俯いていたが、レイの伸ばしてくれた手をとり、ゆっくりと立ち上がった。
ソフィアを立たせたレイは俯いたままのソフィアを見てしばし思案していたようだが、彼が声をかけるより先にノクターンが動いた。
「のぅ、レイ? しばらくこの子と話がしてみたいのじゃ。ちくっと待ってくれんかのぅ?」
ソフィアの背中から両肩に手を置き、彼女の頭に顎を乗せながら可愛らしくお願いしてくるノクターンを、冷めた眼差しで見ながらレイは一つ頷いた。
「……勝手に俺の後を着いてきているのはお前のほうだが、ソフィアちゃんをこのままにしておくのもよくはないか。一旦任せるぞ」
「クフフ、愛しておるぞレイ♪ じゃあ、ちくっと一緒に御話しよか? ソフィアちゃん」
「あ……」
ノクターンはソフィアの手を引き、レイの傍から離れてゆく。
ソフィアは一瞬抵抗しようとする気配を見せるが、結局ノクターンの手に引かれるがまま連れて行かれてしまった。
レイはしばらく彼女たちの背中を眺めていたが、一つため息をつくと、傍の霧葉樹に背中を預ける。
先ほどの下手人どもが戻ってこないよう、周囲に目を光らせつつ、二人の様子を窺ってみると、ノクターンたちはレイの眼の届く場所で話を始めていた。
「……普段は姦しいだけだが、こういうときは役に立つ」
盛大にくしゃみのような物をかましているノクターンの背中を見つつ、レイはそう呟いた。
武究・無限刃
無限刃は特にレイ・ノーフェリアが愛用することで知られる武究であり、極虹の刃を剣に纏わせるスキル。効果は属性拡大と確殺攻撃。極虹の刃による通常攻撃が属性拡大であり、刃を解放した虹の奔流が確殺攻撃となる。
使用条件は、異なる名前のバフスキルを30以上重ねて発動するという物。効果の重複はOKだが、名前の重複が許されない上、バフスキルの平均消費MPが10前後であるため、MP軽減及びMP回復増大系のスキルで装備を固めておかないと、発動の前条件すら満たせないロマンスキルの一つである。