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log181.心折

「よっしゃぁー! 今日はログインできた! さあ今日はどこ行くよ!? 山!? 海!? それとも草原!?」

「無駄にテンション高いわねー……」

「そりゃお前、結局昨日は午後九時まで延々ボール蹴りにつき合わされたんだぞ!? 晩飯はすっかり冷えるし、帰ってイノセント・ワールドにログインしても皆いねぇし、散々だったわ!!」


 カレンと清姫が戦った次の日。ログインして早々雄たけびを上げるリュージを見て、マコはうるさそうに顔をしかめる。


「それは同情しないでもないけど、あんた、割と毎日ログインしてるじゃない。一日ログインしなかった程度で、そんなキレるこたぁないでしょうが」

「わかってねぇなぁ! 今やイノセント・ワールドはソフィたんも一緒にログインしている、パーフェクトワールド!! たった一日でもログインできないと、ソフィアリンの摂取量が不足しすぎて中毒症状がでるレベル!」

「慢性中毒ってか。一回デトックスしたら?」

「そんなことしたら死んでしまうではないか」


 真顔でマコの言葉に返事を返しながらリュージは、不思議そうな表情でギルドハウス内を見回した。


「まあ、それはそれとして……。ソフィたんは? 今日は先にログインしてると思ったんだけど」

「……ソフィアなら、ちょっとフレンドに呼び出されたっつって出てったわよ。ちなみにサンシター以外は若干遅れてログイン予定、サンシターは、今日はログインできないわ」

「そっかー。じゃあ、仕方ねぇな」


 リュージの問いに淡々と答えるマコ。

 リュージは納得したように一つ頷くが、マコは不満を押し隠すように奥歯を軽くかみ締めた。


(昨日の今日で単独行動とか……なに考えてんのよ、あのバカ。自分の立場がわかってんの?)


 清姫の目的を考えると、恐らく遠くない未来にソフィアを狙って動くだろう。

 VRMMOである以上、そこまで真剣に構える必要はないかもしれないが、それでも不必要に痛めつけられるのは気分的にもよろしくない。

 もちろん、ソフィアの単独行動を推奨したのはマコだ。だが、今は状況が変わってしまったのだ。


(あいつだって、自分が変わろうって気があるんなら、無理に動く必要もないでしょ……。「作戦継続したほうが、効果は見込めるだろう?」って、どういうつもりなのよ、まったく)


 ギルドハウスを出て行くときに笑ってそういわれたとき、マコは反論が思いつかなかった。

 実際、その通りなのだ。ソフィアがすぐにリュージに素直になれない以上、リュージ側を刺激する意味ではソフィアの単独行動をやめる理由はない。清姫が昨日の今日でソフィアを襲う確証もない。「危ない」という言葉も、VRの中ではいまいち説得力に欠けてしまう。

 どうソフィアを止めたものかと迷っている内に、彼女はギルドハウスを出てしまっていた。

 マコは自身のふがいなさに対するイライラをため息に込めながら、リュージを睨みつける。


「……それより。昨日のメール、ちゃんと読んだわね?」

「ああ。俺の許婚っぽいのが、アマテルやらカレンやらを襲ったって話か?」

「そうよ。二人との会話の中で、まだあんたに執着してるのはわかってる。次、狙われるとしたらソフィアよ」

「だなー。さって、どうしたもんかね」


 リュージはクルソルを弄りながら腰掛け、軽い様子で首を傾げる。

 あまり事態を深刻に受け止めていないのが、その態度からアリアリと窺える。

 ソフィアが危険にさらされるかもしれない、という割には緊張感のないことだ。


「……あんた状況わかってる? ソフィアが、無為に痛めつけられるわよ? それでもいいの?」

「よかぁないな、もちろん。ソフィたん、今はムスペルヘイムにいるのね」


 クルソルでソフィアの現在位置を確認し終えたリュージは一つ頷き、顔を上げてマコを見つめる。


「原因が俺にあるってのも、承知だよ。ただ、だからってソフィたんをがちがちに保護するのは、解決には程遠いんだよ。むしろ、無駄に問題が長引くだけで、意味がない」

「どういうことよ?」


 眉を潜めるマコ。リュージの言い方だと、むしろ清姫とソフィアの遭遇が早く起こって欲しいと願っているようにすら感じられる。


「清姫ってのがカレンとアマテルを襲ったとき、周りに仲間はいなかったんだろ? つまり、向こうはソフィたんが一人の時を狙うはずだ。どの程度執念深いかは知らないが、それでも四六時中ソフィたんを集中警護し続けるのは難しいだろ? そんなに長く緊張感が持つわけでもなし、逆にそうして気が緩んだ瞬間を狙われるほうがやばい。違うか?」


 リュージの言葉に、少しだけ考えるマコ。

 現実的に考えて、こうした緊張感が持続するのは……一週間ほどだろうか? いや、個人差もあるし、事の程度もあるだろうが、これがVRMMOであることを考えると、リュージの言うとおり長い間、清姫の襲撃に備える緊張感を維持し続けるのは無理だろう。

 気の緩んだ瞬間に襲われたときが一番ダメージが大きいのも理解できる。


「……言わんとするこたぁわかるけど、だからって無策もおかしいでしょ?」


 だが、それと何も考えないのは意味が違うだろう。

 泰然自若として構えているといえば聞こえがいいが、そうして黙っていても事態の解決には程遠いのは、一緒のはずだ。

 リュージも、マコの言葉に同意するように頷いた。


「もちろん。だが、問題はこっちだけにあるわけじゃない。むしろ根っこは向こう側だろ? なら、まずはそこを理解しないといけない」

「だから、それは……」

「いや、動機の問題じゃねぇんだ。要は、どうやって、相手の心を折るか(・・・・・・・・)、って話なんだ。親父の受け売りになるが、対人関係の問題を解決する場合、手段や方法を奪うのではなく、相手の心をどうやってへし折るかに腐心しないと、最終的な問題解決にはならねぇんだと」

「ええ……?」

「人間ってのはずるがしこいし、しぶといからな。手足を奪った程度じゃ、喉笛を噛み千切られてお終いなんだとさ」


 リュージはそう言い、小さく苦笑した。


「俺がガキの頃誘拐された話はしたっけか? 件の神宮派に」

「えーっと……? いや、聞いてないわね。っていうか、それなに?」

「まあ、詳しい話は今度話してやるが、その誘拐ってのも、親父が手を貸してる部分もあるんだと」

「……は?」

「いや、その当時から神宮派がしつこかったらしくて。心を折る目的で、法的手段に訴えるためのきっかけにしたかったんだと」


 まあ、あとで御袋にばれてしこたましばかれてたけど、とリュージは当時を振り返って懐かしそうに笑う。

 リュージの父親の、あまりにも破天荒なやり方を聞いて、マコは呆れたようにため息をついた。


「あんたの親父も大概おかしいわよね……」

「ナハハハ、よく言われるわ、それ。まあ、それはやりすぎにしても、相手が手を出せなくなる理由を探るには、相手に接触するしかねぇのさ。向こうもゲームに守られてる以上は、な」

「そういうもん、か……って、まさか!」


 そこまで言って、マコは目を見開きながら立ち上がる。

 ソフィアの、らしくない単独行動。

 その裏に、リュージの言うような、そんな意味が込められているならば。


「あのバカ……! 一人で清姫んところ行ったんじゃないでしょうね!? 向こうは複数でリンチするのも厭わない連中ってのは、昨日あれだけ……!」

「まあまあ、落ち着けよマコ」


 ギルドハウスを飛び出そうとするマコを抱え上げ、リュージはそのままおとなしく座らせてしまう。


「ちょっとリュージ!?」

「もし本当にソフィたんが、一人で清姫に会いに行ったんだとしたら、さすがに無策はないだろうさ。コータやレミじゃあるまいし、相手の言葉を頭っから信じるほど無防備じゃないだろ?」

「だとしても! 一人で相手の懐に飛び込むなんざ……!」

「それが最善と信じてだろうさ。俺たちは、一先ず待とうぜ? ……ソフィア自身が、俺たちに助けを請わない限りは、な……」


 最後の言葉はマコに聞こえないように呟きながら、リュージは横目にクルソルを見やる。

 ソフィアの現在位置をムスペルヘイム、と表示したままの画面は、黙したまま語らない。

 クルソルを壊さないように握りしめながら、リュージはポツリと呟く。


「……素面を取り繕うのも、限界があるんだな……」


 胸の奥底から湧き上がる焦燥感を握りつぶすように、ギシリと手元のクルソルが悲鳴をあげた。




なお、リュージの父は一応、誘拐実行直前まで、神宮派に手を引かせることができないか色々画策はしていた模様。

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