log18.神速の棍棒
……だが、自らがそれに応じることはなかった。
手にした棍棒で地面を叩き、ソフィアの周囲を蠢いていた弓兵と魔術師たちに指示を飛ばしているようだ。
「さすがにのってはくれんか」
ソフィアも、ホブゴブリンにそこまで期待はしていなかった。
構えていたレイピアを素早く翻し、手近な弓兵へ一撃を叩き込んでゆく。
……この時点で、前哨戦の推移はほぼ決していた。
数は多いが火力が低くコボルトでは回復と魔法の援護を受けられるコータに深手を負わせることは出来ず、火力はあるが数と精度に劣る弓兵と魔術師では身軽なソフィアを捕らえられない。
ホブゴブリンの取り巻きが全員倒されるのは、時間の問題であった。
「……いいの、こんなあっさりで……?」
「いやー。リアルスペックって大事だね!」
次々と倒されてゆくモンスターたちを遠くから眺めるマコ。
自身もMPが回復次第、適宜コータへの援護を行っているが、コボルトの数が半分に減じた辺りでそれも不要となった。
「ヤァァァァ!!」
片手で剣を握り締めたコータの回転斬りが、コボルトたちの体をズバリと輪切りにしてゆく。
コボルトたちはそれに怯み、一歩下がるがそれを追撃するようにコータは地面を蹴って飛び上がる。
「デェェェイィィ!!」
真っ向唐竹ジャンプ割り、とでも言うのだろうか。並んで下がっていたコボルトを二匹、まとめて両断してしまった。
仮にも人型の生き物をコータが真っ二つにするのを見て、マコは恐ろしげな呟きを残す。
「……いくらゲームっつっても、あんな綺麗に生き物が真っ二つになんの……?」
「モンスター限定だけどな。まあ、普通はああはならねぇよ」
クルソルを弄ってステータスを上昇させながら、リュージはマコに説明してやる。
「このゲーム、アバターの能力はステータスによって上がるんだよ。STRが上がれば重いものが持ち上げられるし、DEXを上げれば動きが早くなる。はっきり言えば、レベルが上がれば上がるほど人間離れした動きができるようになるんだぜ?」
ほれ、とリュージが指差す先では。
「ハァァァァァ!!」
残像をそこかしこに残しながら、ソフィアが弓兵と魔術師たちをひたすら刻んでいるところであった。
まるでモンスターたちを嬲るように……と、言うよりは自分の体の具合を試すように。ソフィアは縦横無尽に駆け抜け、己の限界まで加速する。
その速度たるや、魔術師が放った魔法の矢の前を一度横切り、さらにもう一回横切っても余裕で回避できるほどだ。
「……人間の素早さじゃないわね」
「じゃろ? まあ、あれを制御できるかどうかは、プレイヤーのリアルスペック次第になるわけなんだけど……それでも、ああした動きができるからこのゲームを始めたって人も結構いるんだぜ」
こうしたVRMMOにおいて、人間離れをした挙動の出来るゲームというのは実はそこまで多いわけではない。大抵のゲームはシステムの仕様という形で、プレイヤーたちの身体能力を現実的な領域に落ち着けている。
一般的な理由を探すのであれば、現実との乖離を防ぐことでプレイヤーたちの認識をうまくゲームの中に落とし込むことであったり、逆にゲームに現実的な面を組み込むことでゲームへの依存を防ぐためであろう。
もう少し世知辛い理由を探すのであれば、純粋なマシンスペックの差が一つの理由として挙げられる。
石が落ちる、といった単純な物理演算を取ってみても、世界中の人間がサーバーに回線をつないでログインすることによって相応の負荷がかかる。かつて全盛を誇っていたブラウザーゲームは十を越えるようなサーバーを用意することでその負荷に対する対策を容易にしたが、それでもイベント時などにおいてはプレイヤーがログインできないといった不具合が発生することが多々あった。
技術発展によって、そうした問題なども力技などで対処できるようになったこの時代においても、あまり非現実的な物理演算をゲーム内で実現しようとすると、途端に過負荷が上昇しゲームが成立しなくなるという問題は往々にして存在する。特に、下請け企業が開発したタイプのVRMMOではこの問題が顕著だ。この辺りは、共用メットのスペックに限界があるというのがプレイヤーたちの共通認識である。
そうした問題を解決したいのであれば、イノセント・ワールドのように専用のVRメットを開発・販売すればよいのだが……なかなかその判断に踏み切れる会社は現れないようであった。
「この辺もお値段通りってとこかね。少なくとも、俺の人生の中で後悔のない買い物の一つだぜ? このイノセント・ワールドは」
「ふーん……まあ、その辺はおいおい体験していくとしましょうか」
ソフィアと違い、体を動かすことにさほど興味のないマコは、つつがなく残っていたコボルトの集団を吹き飛ばす。
そのマコの一撃を持って、ホブゴブリンの部下であった雑魚モンスターたちの一団は完全に消滅した。
「よし、倒しきった!」
「あとは……!」
コータとソフィアは武器を握り締め、ホブゴブリンのほうへと向き直る。
レミは緊張した面持ちで杖を握り直し、マコは冷静にクロスボウにボルトを装填し直す。
「……で、あんたはいつまでレベルアップしてるつもりよ」
「いや、思いのほか経験値たまってて……こりゃ、5Lvくらいはいくかな?」
そういいながらのんきにクルソルを弄るリュージを置き去りにしたまま、ボス戦は次の段階へと移行する。
「ビギィー!!」
明らかに憤慨した様子で、ホブゴブリンが足を踏み鳴らす。
高らかに鼻を鳴らしながら、自分の手下を倒してしまったコータとレミをにらみつけるとぶんぶんと巨大な棍棒を振り回しながら二人に近づき始める。
「コータ!」
「うん!」
近寄るホブゴブリンを前に、コータとソフィアは二手に別れ、ホブゴブリンを前後に挟むように移動する。
「ギッ!?」
二手に分かれたコータたちを見て、ホブゴブリンは焦るように自身の前後に視線を巡らせる。
そして迷った挙句に手にした棍棒を自分の周りを薙ぎ払うように振り回すが、短い手では投げる範囲も対して広くはならない。
目の前を通り過ぎる棍棒をそのままやり過ごした二人は、そのまま同時に駆け出した。
「「ハッ!」」
「イギィッ!?」
そしてすり抜けざまに一撃。
ホブゴブリンの両脇腹を斬り抜け、そのまま棍棒の射程範囲から逃れる二人。
斬られた痛みに身を捩るホブゴブリンは、苦痛から涙を瞳に浮かべながら、手にした棍棒をむちゃくちゃに振り回し始めた。
「確かに余裕そうねぇ」
「二人とも頑張れー!」
「うーむ。CONとDEXの割合、少し変えるかなぁ」
動きの遅いホブゴブリンに対し、ヒットアンドウェイを試みる二人の戦士。
初心者から見ても、圧倒的に有利な状況だ。敵の攻撃に対して、二人は完璧に対応して見せている。
すっかり余裕なムードを察し、マコはクロスボウを抱えるように腕を組み、レミは杖を振って二人を応援。我関せずなリュージはまだステータスの割り振りに悩んでいた。
「この調子なら、リュージ抜きでも……!」
「油断するなよ! 当たれば終わるぞ!」
リュージの言うとおり、ホブゴブリン一匹であれば容易い。
それを感じたコータは少し笑みを浮かべるが、ソフィアは油断なく彼に檄を飛ばす。
外野にしてみれば、ソフィアの危機感はいささか過剰に感じる。二人に対して、ホブゴブリン一匹では為すすべもない。この盗賊の隠れ家のボスは数の暴力であったのだ。
事実、二人を同時に攻撃しようと、棍棒を振り回すホブゴブリンの姿は滑稽ともいえた。
――だが。
「分かってるよ、ソフィアさ――」
「ギ、ギィ!!」
結果として、ソフィアの檄は功を奏したといえる。
彼女の一言に構えなおして一歩飛び退ったコータの鼻先を、唐突に振り下ろされたホブゴブリンの棍棒が通り過ぎていったからだ。
「――えっ?」
地面に叩きつけられる棍棒。その際に生まれた衝撃波はコータの全身を打つ。
「う、ぐあぁ!?」
「コータ君!?」
衝撃波に吹き飛ばされて転がるコータ。
一気にHPを削られてしまった彼の姿を見て、慌てて駆け出すレミ。
ホブゴブリンはコータから視線を外し、レミを見て棍棒を持ち上げる。
「レミ、待ちなさい!」
「ちぃ!」
マコはレミに制止を呼びかけるが彼女は答えず、ソフィアは彼女のカバーに入るべく、一歩前に踏み出そうとする。
だが、その視界の端に節くれだった棍棒の姿が入り。
「―――!?」
無我夢中で跳び上がった彼女のつま先を、ホブゴブリンの棍棒が掠めていった。
紙一重でホブゴブリンの棍棒を回避したソフィアは、そのまま洞窟の地面で受身を取り、慌てて態勢を整える。
「なんだ、今のは!?」
ホブゴブリンは、レミを見ていたはずだった。だが、実際に攻撃されたのはソフィアだった。
先のコータを襲った衝撃波とて同じだ。がむしゃらに棍棒を振り回していたかと思ったら、いきなりコータの目の前に棍棒が振り下ろされていた。最悪、そのまま死に戻っていたかもしれない。
どう考えても不可解な動きをするホブゴブリンを見て、血相を変えたマコはリュージの襟首を捻り上げた。
「おいこら経験者ぁ!! ホブゴブリンは楽なボスじゃなかったのかぁー!?」
「え? いや楽なボス楽なボス。ソフィたん一人いたら楽勝レベルよ?」
捻り上げられたリュージはパタパタと手を振ってみせる。
「実際、俺もソロん時は取り巻き倒して、そのまま一人でホブゴブリンをチクリ殺したし」
「意味わからん挙句、コータが瀕死じゃない! どういうことよ!?」
マコが指差す先では、コータに止めを刺そうとするホブゴブリンを、ソフィアが何とかガードしている状況だ。
「ギ、ギ、ギィ!!」
「こっちだ! く、この!?」
大振りに振り回される棍棒を、ソフィアはぎりぎりの距離を維持して回避している。
コータが回復し終わるまでの間、彼に狙いがいかないようにしているのだろう。
そんな光景を見て、リュージは首をかしげた。
「あれ? コータ喰らったんか?」
「喰らったわよ衝撃波! いきなり不意打ち気味に振り下ろされた棍棒でね!」
「不意打ち気味に? 俺ん時はそんな……」
リュージは一瞬不可解そうに眉をひそめたが、すぐに何かを思い出したように手の平を打った。
「――あ、そっか。複数いるから、タゲが移ったんかもしれん」
「……は? タゲが移った?」
「おう。ほれ、コータとソフィアの二人がボスのターゲット候補だろ? 普通は、より多くのヘイト値を稼いだほうに積極的に仕掛けるんだけど、どっちも同じくらいヘイト値稼いでると、たまにボスのタゲが荒ぶって、超反応することがあるんだわ。背中向けてたボスが、いきなり振り返ったりもするから怖いんだよなー」
「…………なるほど」
リュージの言葉に、マコはゲンナリと肩を落とした。
何のことはない。AIのランダム思考がこっちに牙を向いただけだった。
考えてみれば、当たり前か。これはゲームであり、ホブゴブリンに思考が存在するわけではない。あくまで一定のロジックにしたがって、アバターを動かしているだけだ。
だからこそ、こうしたゲームではタンクという役割が存在し、ヘイトを稼いだりすることが重要になるわけだ。
「じゃあ、とっととあのブタのタゲを外さないとね……」
「あ。じゃあ、それは俺がやるわ」
リュージはそういうと、バスタードソードを肩に担いで立ち上がった。
「レベルアップも終わったし、派手にぶちかましてやるじゃん?」
なお。この荒ぶるターゲットは低レベルのダンジョンであればあるほど発生し易い模様。




