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log177.鳴り響く殺意

 ナイト・オブ・フォレストというギルドは、アルフヘイムでもそこそこ知名度の高いギルドの一つである。

 ギルドのシンボルマークに記されたように、槍と弓を基本武装とするギルドであり、アルフヘイムをメインの活動拠点としているだけあって、動物系モンスターの討伐――狩りにおいて並ぶものがないとされるギルドだ。だが、実際にそれだけならアルフヘイムを拠点とするギルドで他にナイト・オブ・フォレストに並ぶギルドはいくつかある。

 ナイト・オブ・フォレストの名を知らしめている理由の一つは、とある弓兵がそのギルドに所属しているからだ。

 彼女が旋律を奏でるたびに、人が、モンスターが一人ずつ倒れる。死の旋律、鳴弦の奏者とも謳われる、純粋技量の持ち主……。


「もし。そこの貴女……」

「ん? あたいかい?」


 ナイト・オブ・フォレストにその人ありと呼ばれることもあるカレンは、不意の来訪者――清姫のほうへと振り返り、軽く首を傾げた。


「なんか用かい? あんたとあたいは初対面だったと思うけど……」

「ええ、初対面です。けれど、貴女に用があるのですよ、鳴弦の方」

「ああ、そういう手合いかい?」


 カレンは自らの二つ名を呼ばわる清姫を見て、納得したように頷いた。

 初対面の人間が己の二つ名を呼ばわるのは、決闘の申し入れとして扱われることが多い。

 二つ名とは、そのプレイヤーの実力を端的に示すもの。会ったこともない他人がそれで己を呼ぶということは、その実力に興味があるということだ。

 清姫はそれを肯定するように笑みを浮かべ、一つ頷いた。


「ええ、そうですわ。噂に名高い鳴弦……それをぜひ、この目で拝見したくて……」

「構わないよ。今はギルドも暇してるしね。団長! ちょいと空けるよ!」

「おーぅ」


 カレンが声をかけると、ギルドの新入りたちの訓練を眺めているナイト・オブ・フォレストの団長が鷹揚な返事をした。

 各々向き合い、スキルや武器の習熟に務めるギルドのメンバーを眺め、清姫は感心したような声を上げた。


「このギルドでは、実地訓練という形でプレイスキルを磨いておられるのですね」

「VRMMOじゃ、単にゲームがうまいだけじゃ強くなれないからね。技術も磨いてこそ、ってのがうちの団長の方針さ」


 カレンはナイト・オブ・フォレストの方針を語りながら、軽く肩をすくめる。


「まあ、そんなスポ根に毛が生えたような方針が合わない、ってやめてく奴も結構多いけれどね」

「あら、嘆かわしい」


 清姫はやや大げさに首を振りながら、呟く。


「ただ偽りの技を磨いたとて、本当の強さなど得られないものを……」

「その辺りは、プレイスタイル次第だろうさ。あたいとしちゃ、今のギルドの方針が性に合ってるけど、そればかりが必ずしも正解じゃないだろ?」


 軽く笑いながら、カレンはアルフヘイムの郊外の方を指差した。


「ここじゃちょっとやりづらいね。場所を移そうか」

「ええ。構いませんわ」


 カレンの言葉に頷き、清姫は彼女の後についてゆく。

 カレンはギルドハウスの敷地を出て、そのままアルフヘイムの雑踏の中を歩いてゆく。

 牧歌的な雰囲気の強いアルフヘイムであるが、雑踏の込み具合はミッドガルドにも負けず劣らずである。

 道を行くプレイヤーやNPCの中に人が少なく、エルフを中心とした亜人や半獣人が多めなのが違いか。

 清姫は脇へと流れてゆく人々を横目で眺めながら、カレンの背中へと問いかける。


「聞けば貴女の一矢は千里すら瞬く間にかけるとか……。それだけの技量を引き出すためには、並大抵では為しえなかったことでしょう?」

「まあね。ただまあ、効率考えてのことじゃないし、好きで身に着けた技だからね。つらいだとか、苦しいだとかは考えなかったよ」


 人の間を掻き分けながらゆっくり進むカレンは、笑いながら清姫へと答えた。


「何より、目指す場所があった。今でもどこまでも遠い場所にいるけど、憧れた人がいたからね。そいつの背中を追ってるうちに、気が付いたらこうなってたのさ」

「ふぅん。憧れた人……ですか」


 清姫の瞳の内に微かな、しかし強い険が宿る。

 だが、清姫は笑顔でそれを奥に押し込める。


「さぞ素敵な方なのでしょうね。貴女のような方が憧れられるのですから」

「ハハハ。一般的に素敵とは言えない奴さ」


 笑って返しながら、カレンは不意に横道へとそれ始める。


「脇へ行くよ」

「ええ」


 清姫がそれを追って、カレンと共に路地裏へと入り込む。


「………!」


 すると、先ほどまで雑踏で包まれていた喧騒が嘘のように静まり返り、あたりを静謐が包み込んだ。

 そう多くはない、アルフヘイムの一戸建てが立ち並ぶ路地裏を見回し、清姫は驚いたような声を上げる。


「これは……どういうことでしょう……?」

「驚いたかい? 他の町でも言えることだけど、こういう路地裏として設定されている場所はエリアそのものが違う判定になってるのか、周りの音が聞こえなくなるのさ」


 先を行くカレン。清姫はそれを追い、彼女の背中に話しかける。


「判定が違う、とは?」

「あたいもよくは知らないさ。まあ、こういう路地裏ってのは人の喧騒とかそういうのとは無縁じゃないか。それを再現したんじゃないのかい?」


 カレンは呟きながら、ゆっくりと振り返る。


「――ちょうど、こういうことをするの向きだしさ」


 静かな呟きと共に、彼女が手にした短弓が、一度鳴いた。


「ッ!」


 清姫は反射的に刀を上に跳ね上げ、自身の眉間を狙って放たれた一矢を弾き飛ばす。

 そして気が付く。自らの周囲に決闘場(バトルドーム)が展開されている事に。


「……不意打ちとは。味な真似をなさいますわね」

「そういうのは、殺気を上手に隠せてから言うんだね。笑顔なんて取り繕っても、嫌になるほど駄々漏れだったよ」


 カレンは先ほどまでの朗らかな様子とは打って変わって、ひどく殺伐とした表情をしていた。

 感情のない眼差しで清姫を眺め、彼女を嘲るように舌を出した。


「それに、不意打ちは御互い様だろう? 周りにゃ気を付けないとねぇ」

「………フ、フフ。違いありませんね」


 清姫は不気味な笑みを浮かべながら、ゆっくりと抜刀する。

 カレンも手に矢を構え直した。


「――切り刻んでやりましょう」


 清姫の宣言と共に、彼女も決闘場(バトルドーム)の中に入り込む。

 同時に二人の姿はアルフヘイムの路地裏へと溶け込み、瞬く間に鳴弦が辺りを支配する。

 無数の矢は一瞬で清姫のもとに殺到するが、清姫はそれを刀でことごとく打ち払ってゆく。

 絶えず矢を放ちながらも、カレンは忌々しそうに舌打ちする。


「余裕があるねぇ。人の攻撃全部打ち払うとは」

「そちらも余裕がありそうですねぇ? なけなしの矢束が消えうせますわよ?」


 降り注ぐ矢雨を払いながらも、清姫の表情は少しずつ焦れ始める。

 狭い路地裏であることも相まって、矢雨の中を進む方策が思い浮かばないのだ。

 矢を放つカレン。それを全て払う清姫。決闘の拮抗はしばしの間続いた。

 それを先に崩したのは、カレンのほうであった。


「――鋭矢」


 無数の矢を放つ手を、カレンは一瞬止める。

 弦を握る手にかけた矢は、二つ。


「――二鳴ッ!!」


 鳴り響く二度の鳴弦。力強いその響きと共に、矢は鋭い風切り音を奏でながら、清姫のもとへと突き進んだ。――先に放たれていた矢雨すら突き破りながら。


「っ!」


 二鳴の矢を見て、清姫はその場から身を翻す。その身にいくつかの矢を突き立てることすらいとわず。

 カレンはその際に生じた隙を逃さない。


「鋭矢・一閃!!」


 続く鳴弦は一度。清姫の回避地点を狙った一撃は、彼女がその場に移動した瞬間にはすでに彼女の体を貫いている。

 だが清姫の体は一閃では貫けない。盾に構えた刀の刃に矢が突き刺さり、そのまま真っ二つとなったのだ。

 矢が裂けた瞬間、清姫の体に衝撃波が輪の形となってぶつかる。

 清姫がその衝撃波に耐える間に、カレンは矢束のストックを回復させるためにインベントリから矢束を取り出す。

 それを矢筒に放り込んでいる間に、清姫は刀を逆手に構える。

 己の体で刃を隠すようにしながら、ゆっくりと体勢を低くし始めた。


「……やるねぇ」

「……あなたこそ」


 己の必殺を真っ向から受け止めた者を。

 己の動きを封殺してみせた者を。

 互いに賞賛し合いながらも、二人は殺気をより強くしてゆく。

 カレンは再び鳴弦を鳴らし、清姫は一気に前へと進み始めた。




鳴弦の奏者の名は、ある傭兵が戯れにそう呼んだのがきっかけの模様。

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