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log176.這い寄る悪意

 ソフィアが去った後、マコたちはギルドハウスの中でダラダラと過ごしていた。

 リュージもおらず、ソフィアもいない。つまり異界探検隊における前衛火力の二名が不在の状態なのだ。

 異界探検隊のレベルアベレージも、そろそろ40に突入する。挑むのに良いダンジョンの難易度は、モンスターレベルアベレージが45から50くらいになるが、この頃合からわかりやすいクリティカルによる一撃必殺やスキル火力によるごり押しだけではモンスターを素早く討伐できなくなってくる。そのため味方へのバフや敵へのデバフ、あるいは状態異常による敵の行動制限などなど……いわゆる搦め手と呼ばれるようなスキルや魔法が必須と言われるようになってくるのだ。

 レベルが40に入った段階では、効果の高いバフやデバフはなかなか手が届かないため、NPC商店売りのそこそこな効果の魔法を買い集めることから始めるべきなのだが、リュージはそのセオリーを無視した超火力を叩き出せる。故に彼がいるかいないかで、モンスター討伐の終了時間が大きく変わってくるのだ。

 火力では次席に落ち着いているソフィアも、なかなか侮れない火力をたたき出すことが出来る。その上武器が刺突系の武器であるため、リュージやコータと比べればまだクリティカルを狙いやすい。装甲貫通からの内臓系ダメージは、レベル100帯でも有効な、一撃必殺技である。

 そして火力第三位のコータは、いまだ純粋技量による超火力を叩き出すことは出来ないため、メイン火力がスキルとなる。先の二人と比較した場合、どうしてもモンスターの討伐に手間取ってしまうのだ。回避方面の技量はしっかり掴んできているため、回避タンクとしては優秀なのであるが。

 そして残ったレミの火力はいうまでもなく、魔法職であるはずのマコも火力方面での成長は芳しくない。持ち武器が銃器であるため、錬金術や薬学系のスキルを伸ばしているためだ。おかげで回復アイテムをはじめとした薬品系アイテムには困っていない。火力が足りずにダンジョンに挑めないので、今は困っているわけだが。


「……それにしても、ソフィアちゃんはリュージ君に素直になれるかなぁ?」

「どーかしらねー」


 ポツリと呟いたレミの言葉に、マコはグデッとちゃぶ台に体を預けながら返す。


「ちょっと悩んで、誰かに相談して……それで素直になれるんなら、きっとリュージは超ハッピーよ」

「死なないかな、リュージ」


 ソフィアが素直になり、彼に対して好意を隠さないようになったらどうなるのだろうか。

 コータの想像の中では、ソフィアが「大好き」とリュージに告げた瞬間、彼の体は宇宙へと飛び立ったのだが。

 さすがにそれはないない、と自分で否定しながらコータはサンシターの方を見る。


「それにしても、こういうときはサンシターさんですよね。なんと言うか、説得力がありますよね」

「自分にも苦い思い出の一つ二つはあるでありますからな……。思慕を抱いていた女性に相談され、自分の友人との恋仲を取り持った時など、なかなか愉快なピエロであったでありましょうよ……」

「へぇ……そんなことあったんだ……」

「ま、マコちゃん落ち着いて……!?」


 影を背負いながら告白するサンシターと、彼の思い出に嫉妬するマコ。

 レミが慌ててマコを宥めるが、しばし彼女が放つ嫉妬の波動は収まりそうにない。

 そんなマコの姿に苦笑しながら、サンシターは朗らかな笑みを浮かべて紅茶を啜る。


「……まあ、ともかく。今回の場合はソフィア殿の心の内が問題なのでありましょう。であれば、自分らにできるのは相談に乗ることや、話を聞いてあげること。そうした分野であれば、自分にも多少は心得があるのでありますよ」

「うーん、やっぱりさすがですよね。サンシターさん、学校の先生とか目指さないんですか?」

「人に物を教えられるほど賢くはないでありますよ。……っと?」


 と、その時。サンシターは何かに気が付いたように顔を上げる。

 彼が顔を上げた先では、小さな風鈴のようなアイテムが耳心地の良い音色を立てていた。異界探検隊を尋ねてやってきた誰かが、ギルドハウスの扉を叩いているようだ。

 サンシターは立ち上がると、皆の方を振り返りながら出入り口へと近づいていった。


「誰か、今日、ここに人を呼ぶ用事があったでありますか?」

「いや、僕は別に……。レミちゃん?」

「私も。マコちゃんは?」

「あたしがここに誰か呼ぶとでも?」

「まあ、マコは呼ばんでありますよなぁ……」


 サンシターは不思議そうに首を傾げながら、出入り口付近に取り付けられた伝声管を開き、扉の向こう側に声をかけた。


「どちら様でありますかー?」

『――RGSのアマテルだよ。今、リュージはいるかい?』

「アマテルさん?」


 聞こえてきた声と名前を聞き、レミが驚いたように首を傾げる。

 この間、ソフィアがパーティーの外に出ていたときにカレンを呼んだので、次の機会にはアマテルを呼ぶつもりであったが、今日この日に呼ぶ予定はなかったはずだ。


「どうしたんですか? あ、サンシターさん、開けてあげてください」

「了解であります。アマテル殿、中へどうぞであります」

『ありがとう』


 レミの言葉に頷いたサンシターが、伝声管を通じてアマテルを中へと招く。

 一言礼を言ったアマテルは、次の瞬間には異界探検隊のギルドハウスの扉を開けて中へと入ってきた。

 険しい表情をした彼女は部屋へ一歩入り込みながら中を見回し、リュージの不在を確かめると安堵とも残念とも取れるため息を一つ吐いた。


「リュージは……いないんだね」

「なによ? いて欲しかったんじゃないの?」

「どうかな……。会って話をしたかったけれど、今はいなくてほっとしてる」


 アマテルはマコの言葉に軽く首を振りながら、ちゃぶ台のそばに近づき、ゆっくりと腰掛ける。

 サンシターはそのままキッチンへと向かい、アマテルの分の御茶を用意し始めるが、彼女はそれを待たずに口を開いた。


「昨日、リュージの許婚らしい人物に会った」

「「「…………」」」


 開口一番のアマテルの言葉に、マコたちは思わず顔を見合わせる。

 そんなマコたちの様子を見て、アマテルは切り出しを誤ったと感じたのか申し訳なさそうな顔になって一つ頭を下げた。


「……ごめん、性急に過ぎたね。皆は、リュージに許婚がいたことを知ってる?」

「一応は。それらしい存在がいたらしいってことくらいは」


 一応、ソフィアからそのことを聞いていたマコは皆を代表して一つ頷く。

 アマテルはそれを確認し、頷き返すと昨日の出来事を語り始めた。


「昨日……みんながソフィア抜きでカレンと遊んでいた頃かな。私の前に、清姫というプレイヤーが現れたんだ」

「あ、それ知ってるんだ……ごめんね、アマテルさん。次に呼ぶつもりだから……」

「うん、それは、今はいいよ。今はリュージの許婚らしかった人物の……清姫の話をしよう」


 アマテルはレミを遮り、話を続けた。


「その清姫は、ソフィアを探しているようで、彼女を探し出して何かするといっていたね。よからぬことをするつもりなのは、なんとなく察したから挑発して決闘したんだけれど……見事に返り討ちにあってね。簡単に語れば、こんなことが昨日あったんだ」

「ふむ……? 清姫とやらの目的は聞き出せなかったのよね?」

「ああ。けれど、リュージに対する執心を隠そうともしていなかったから、目的は十中八九リュージだろう。ソフィアのことを羽虫と呼んで、叩き潰すとも言っていた」

「……つまり、目的はソフィアさんを痛めつけること?」


 話の中に漂う剣呑さに、コータは眉を潜める。

 イノセント・ワールドはVRMMO。どれだけリアルであっても、ここでの出来事は仮想体験の出来事なのだ……良くも、悪くも。

 故に、時折現実に存在するはずのタガを外して行動するものが現れる。リュージの激しすぎる求愛行動も、ある意味その一つといえるだろう。彼の場合は、リアルでもそれを行っていることが問題なのだが。

 清姫の目的も、あるいはそうしたタガの外れた行為である可能性が高いかもしれない。リュージが彼女の最終目的であるならば、ソフィアを過剰に痛めつけることで無理やりに手を引かせるつもりなのかもしれない。

 アマテルは自らの考えを肯定してくれたコータに頷く。


「……奴の実力はリュージ並だ。恐らく、その気になればいくらでも――」

「ちょい待ち。リュージ並み? あんな化け物がまだいるっていうの?」


 アマテルの言葉に待ったをかけるマコ。リュージ並みの実力という聞き捨てならない単語を、アマテルは頷きだけで肯定した。

 マコはしばし絶句し、それから腕を組んで唸り始める。


「……むーん。今のソフィアじゃ、リュージの相手なんて出来ないわよね……? 最悪、あたしら全員で纏まって掛かればいけるかしら?」

「戦うの前提なのはどうなのかな、マコちゃん……。いや、その可能性は高そうだけれど」

「……多分、全員でかかっても、リュージには勝てないよ。そもそも発揮できる地力が違いすぎるんだ。こっちが1アクションを起こす間に、向こうは三回行動するんだよ?」


 険しい顔のコータの言葉に、アマテルも頷いた。


「何よりも問題なのは、やっぱりそこだね。スキルそのものの速度が勝っていても、こちらの行動速度をあっさり上回る……。さらに言えば、清姫の使う剣技が問題だと思う」

「剣技? リュージの実家ってーと……」

「確か、神宮派形象剣術? だったよね」


 アマテルは戦いのことを思い出し、ぞっとしたような表情で体を震わせる。


「ええ。その流派の、どの剣術なのかはわからないけれど、地面を高速で這って動く体術があるんだ。まるで、蛇みたいに……」

「……なにそれ。リュージの実家の剣術だけあって、意味不明ね」


 蛇のように地面を這う、と聞いてマコは呆れたように呟く。

 だが、アマテルの言いたいこともわかる。確かにそんな風に動かれると、こちらも冷静に対応、とはいかないだろう。意表を突かれるどころの話ではない。そんな異様な動きをする相手、積極的に関わりたいとは思えない。


「まともじゃないわね……。その清姫とやらの、風体は? 何か、スクショとか残ってる?」

「そういうのはあまり……。けれど、ソフィアのところに直接向かわず、まず私のところに来たってことは……」

「……次は、まさか?」


 コータは、今ここにいない弓使いのことを思い出す。

 アマテルも同じ姿を思い浮かべながら、険しい表情で頷いた。


「次は、カレンの元に向かうかもしれない……」




なお、コータは許婚に関して聞いていなかったが、空気を読んで頷いた模様。

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