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log174.素直になりたい

「素直になるには、一体どうしたらいいのだろうか」


 ソフィアがスノーに会いにいき、リュージたちがカレンと狩りに出向いた翌日。

 今日は仮想敵としてサッカー部へと助っ人に呼び出されたリュージを除いた全員がログインしている。

 そんな中、ソフィアが不意に零した一言を聞いたマコたちは、例外なく我が耳を疑った。

 素直になる? ソフィアが? 一体誰に?

 疑問は数瞬。そんな相手など一人しかいないことは、全員が良く理解している。

 故に、確かめねばならない。皆を代表し、レミがソフィアへと問いかけた。


「……えっと、誰に? あるいはなんに対して素直になるの?」

「リュージ」


 ソフィアは恥ずかしさを誤魔化すように、ぶっきらぼうにそう言い捨てた。

 疑惑は確信へと変わり、気付かぬ内にマコとレミはハイタッチを決めた。


「マコちゃん!」

「やった……! 少なくとも一歩前進したのね……!」

「なんなのだ、己らその態度は」


 端から見るとバカにしか見えない友人たちの態度を、半目で睨み付けるソフィア。

 少女たちの様子をそばで眺めて苦笑しながら、サンシターはソフィアの前に淹れたてのコーヒーを置いた。


「マコもレミも、色々と気を揉んでいるのでありますよ。それにしても、突然どうしたのでありますか?」

「ああ、いえ……。たった一日ですけれど、リュージと離れて遊んでみて、思うところは少々ありまして……」


 ソフィアは一つため息を吐き、昨日感じたことを素直に吐露した。


「リュージと比べて、私はどうにもそういうのは苦手な性分なようで……。というより、リュージのあの素直さはどこから来るんでしょうか? 私に対してノーガード過ぎませんかね?」

「まあ、リュージだからね……」


 コータは親友のあられもない姿を思い出しながら、小さく苦笑する。


「ただ、あれはソフィアさん限定だと思うよ? ソフィアさんが絡まない事柄に関しては、割とシニカルっていうか、リアリストな部分は強いと思うよ?」

「まあ、確かに」


 コータの言葉に、ソフィアも同意する。

 ソフィアに対してはだだ甘なリュージであるが、その態度が他の者に適応されることはまずない。実の妹に対してすら、コータたちと同レベルの対応と言って、伝わるものだろうか。

 さらにこれが見も知らぬ他人となると、セメント対応と言うのがぴったりのレベルとなる。コータやレミが積極的に関わっていかねば、誰かとの交流を自ら持つことはまずないだろう。


「カレンちゃんも言ってたけど、リュージ君の今のフレンドって、ほとんどが相手側から持ちかけたものなんだってね」

「それでも数えるのに苦労しない程度の人数しかフレンドしてないあたり、MMORPGって奴をなめてるとしか思えないわね」


 マコはそれなりの賑わいを見せている自身のフレンドリストを眺めながら、一つため息を吐く。

 イノセント・ワールドのフレンドの設定上限は三百人となる。これが多いか少ないかはそのプレイヤーの社交性によるところだろうが、リュージの場合は二十人分となる一ページ目すら埋まっていない。これは、他者との交流を重点に置いたMMORPGのプレイヤーとしては致命的に少ない方だろう。

 別にそれで困るわけではないし、必ずフレンドを結んでいかねばならないわけでもないが、リュージと言う人物の人間性がどんなものかを物語っているとは言えるだろう。


「多分、あんたに出会ってなってなかったら、眉間にしわ寄せて他人を寄せ付けないような、そんな一匹狼になってたんじゃない?」

「ああ、ありそう……」


 現時点でも、学校内ではコータたち以外との交流関係は持っていない。ソフィアに対する対応のおかげで、避けられているようなことはないが。

 コータが同意するように頷くが、ソフィアは眉根を寄せながら首を横に振った。


「……そんなリュージは想像できないな……」

「私も……」

「え、そう?」


 女性陣の反応を見て、コータは不思議そうに首を傾げる。

 そんなコータを見て、サンシターはさもありなんといった様子で頷く。


「ソフィア殿のことを除いても、女性と相対した時と、男性と相対した時では明確に態度も違うでありましょう。そういう意味ではコータと接する時のリュージは、割合中間の立ち位置にいるのかもしれませぬな」

「うーん……それは喜んでいいんですかね?」

「どちらもリュージの素でありましょうから、両方見れる分にはお徳でありましょう」


 自身の分のコーヒーを啜るサンシター。

 彼は微笑みながら、ソフィアに語りかける。


「ソフィア殿と接するリュージ。コータと接するリュージ。どちらも素直なリュージでありますが、ソフィア殿は今のリュージに対して素直に接していないと考えているでありますか?」

「……少なくとも自分では、そう感じていません」


 サンシターの言葉に、ソフィアは首を振って答えた。

 リュージの行動に対して、怒りを覚えて反撃するという点では素直に感情を発露できていると言える。

 だが、自身の想いを発するという点ではまったく駄目だ。リュージのように、まっすぐに心の内をぶつけていくことは出来ない。

 懊悩するソフィアを見て、マコとレミが歓声を上げかけるが、サンシターが片手を挙げてそれを制する。

 女の子たちが声を飲み込むのを確認してから、サンシターはソフィアに問いかける。


「ふむ。今のままでは不十分だと思っているでありますか?」

「はい」


 ソフィアは素直に頷き、顔を上げてサンシターに問いかける。


「私はどうしたら、リュージに素直になることが出来ると思いますか?」

「……自分も、そういう方面には疎いので正しく答えられる自身はないでありますが」


 サンシターは一言断りを入れてから、こう答えた。


「素直になれないというのは、照れたり恥ずかしいという気持ちがあるからでありますよね? ならば羞恥心を超えられるくらい、強い気持ちを持つのが第一でありましょう」

「強い気持ち……ですか……」


 自信なさげに頷くソフィア。まだ、自分の想いが絶対と言えるほどの自信がないのだろう。

 それを見て開きかかるマコの口の中に向かってクッキーを投げてやりながら、サンシターは諭すように答える。


「フゴッ」

「無論、それが第一とはいえ、一番難しいのは事実であります。こういうときは、まず自分の気持ちを整理してみるのがよいでありますよ」

「そんな簡単に言いますが」

「いいからいいから。ではまず、リュージが素直に愛していると言ったところを想像してみるであります」

「む……むぅ」


 珍しく押し気味のサンシターに圧倒されつつ、ソフィアは素直に瞳を閉じて、リュージが愛しているといってくれている場面を想像してみる。

 真面目な顔をして、自分を見つめながら静かに愛している、と囁くリュージ。そんな彼の姿を想像すると頬が熱くなるのを自覚するが、その感覚は一瞬で冷めてしまう。

 なんというか、違和感が強すぎるのだ。真面目な顔つきをするリュージの幻影の向こう側から、満面の笑みで「嫁ー!」とか叫びながらリュージが特攻してくる姿が浮かんできてしまう。

 目を開け、首を振るソフィアを見てサンシターが問いかける。


「どうしたでありますか?」

「いえ、なんか、私に愛の告白をするリュージに違和感が」


 素直にそう呟くソフィアの言葉にサンシターは一つ頷き、問いかけを重ねる。


「それは何故であります?」

「何故って……」


 ソフィアはサンシターの問いに顔をしかめながら答えた。


「どちらかといえば、砕けた感じでこちらを嫁と呼ぶ姿の方が想像しやすいからと……」

「ふむ。ではそのままリュージが愛の告白をしたらどうであります?」

「なんというか、受け流したくなりますね。はいはい、って感じで」

「ふむふむ。それは何故?」

「何故って……なんというか、馬鹿にしてる感じがして。そうですね……真っ向から受け止めるのが悔しいからですかね」

「それが原因では?」

「え?」


 唐突過ぎるサンシターの指摘。思わずポカンとするソフィアに、サンシターは改めて己の答えを告げた。


「今のリュージに対して素直になるのは、負けたような気分になるからではないでありますか? 向こうがふざけた感じなのに、こちらが真面目に応対しては悔しいと感じているのでありますよ」

「あー。なんか良くあるツンデレ的な」

「マコちゃん、黙ろう?」

「フゴー!」


 茶々を入れかけるマコの口を、レミが物理的に塞ぎにかかる。

 それを横目に眺めながら、サンシターは力の入らない温和な笑みでソフィアに語りかけた。


「まあ、これは素直になれない原因でありますから、どうしたらという部分の解決にはならないであります。自分ではどうしたら、の部分はわからぬであります故、後は自分で考えて見て欲しいでありますよ」

「……ありがとうございます」


 ソフィアはサンシターの言葉に礼をいい、頭を下げる。

 彼の言うとおり、自分の知りたいことを知れなかったが、足がかりは得られた。

 後はここからどうするかであるが……自分だけではすぐに行き詰ってしまいそうだ。

 後、相談できそうなのは……。


「……ちょっと出てきます」

「いってらっしゃいでありますよ」


 ソフィアはそう呟くと、ふらりと立ち上がりそのままギルドハウスの外へ出る。

 サンシターはその背中を静かに見送り、コーヒーを啜る。


「……一番良いのは、リュージにソフィア殿から告白してみるというのでありますがね。いささか力技過ぎるでありますからな」

「そんなのが本当に効くんですか?」


 レミの思わぬ妨害にカチンと来たのか、珍しく拳を振り上げてレミに襲い掛かるマコ。

 それを真っ向から受け流すレミの背中を見つめながら呟くコータに、サンシターは一つ頷いてみせた。


「これが存外良く効くであります。愛の告白には、想像できないほどの莫大なエネルギーが込められるものでありますからな……特に、素直になれないタイプの方々は。自分の知り合いも、学校の屋上から愛の告白をしてみたら、次の日からは憑き物が落ちたかのように素直になれるようになったという方がいるでありますよ」

「そんなものなんですね……」


 キャットファイトに熱が入り始めるのを見て、それを止めに掛るコータ。

 サンシターはしばらく三人の好きにさせてやりながら、ソフィアの想いの行く先に幸せがあるように祈りながら。




なお、実際にレミとマコが戦った場合、接近戦でレミが圧勝する模様。

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