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log173.足りないもの

 その後、ゆっくりと塩ケーキを堪能したソフィアは、頃合を見てギルドハウスへと戻る事にした。

 そのまま自分もソロで狩りにいくという選択肢はあったが、いまいち気は乗らなかった。


「悩んでいる、かぁ……」


 スノーにいわれた言葉を思い返し、ソフィアはうぅんと唸り声をあげる。

 彼の言うとおり、実際悩んでいたのは確かだ。とりあえず、スノーをくだらない一計に巻き込んでしまった事に対しては、申し訳なさ過ぎて色々と頭を抱えそうに放っている。

 じゃあそれだけなのかと言われると、それも違うだろう。リュージのことで日々悩んでいるのは間違いない。

 では、何を悩んでいるのか?


「……うーん」


 スノーの去り際に見せた、大人の余裕や落ち着きと言うのを見て、あれがリュージにもあればと思った。あの大人しさの少しでもあれば、こんなに悩む必要はないのになぁ、と。

 だが、大人しかろうともリュージはリュージだ。たったそれだけのことで、悩みがすっきり消えるようであれば彼に強くお願いすればそれで済む話だろう。多分恐らく、こちらの言うことを聞き入れてくれれば表面上は大人しくなってくれるはずだ……きっと。

 ならばそれを実行してみれば、マコの作戦に乗ることなくこれから幸せに暮らしていけるのか?とも考えてみるが、それは何かが違うのではないか?とも思う。

 リュージにそのお願いをすると言うことは、彼に演技をして過ごせということだ。リュージはそんなお願いでも真剣にすれば受け入れてくれるとは思うが、そもそもそんな、彼の人間性を丸ごと否定するような願いをしなければならないほど切羽詰っているのだろうか?


「……それはないな」


 ソフィアは歩きながら首を横に振る。確かに人目も憚らず太ももに飛びつきたがるリュージの行動は迷惑千万であるし、誰にも構わず人を嫁と呼ばわるのは恥ずかしすぎて何度死にたくなったかわからない。

 だが、その裏にあるのが真摯な想いだと言うのは、しっかり理解している。ソフィアだって一人の女だ。心の底から愛を叫ばれて嬉しくない筈がない。その状況や方法はともかく。

 なら、ソフィアはどうしたらいいのだろうか? リュージの行動に問題は多々あれど、それを封じるほどではないだろう、と考える自分がいる。

 ならば、変えるのは自分のほうだろう。マコだって、それを期待しているが故にスノーに会いにいけなどといったはずだ。

 人気のない路地裏を抜け、異界探検隊の拠点たるアパートの前まで戻ってきたソフィアは、いくつか転がっている空ダルの縁へと腰掛ける。

 そして軽く俯き、ため息を吐きながら考える。


「……変えるのだとして、私はどうすればいいんだ……?」


 今までの自分の生き方に、疑問を覚えたことはなかった。いや、そこまで大それた話ではないのだろうが、それでも自分を変えるなんて事は考えたことはなかった。

 それも、リュージとの関係のために、だ。彼との関係を一歩進めるにせよ引くにせよ、自分を変える必要があるとは思いもしなかった。

 だが、それは必要なことだろう。リュージの周りにはカレンとアマテルがやってくる。見たこともない許婚とやらもいる。気をつけて探せば、もっともっとたくさんいるかもしれない。

 ソフィアの中に、チリッとした焦燥感が生まれる。

 本来は、急ぐ必要などないのかもしれない。だが、微かに生まれた焦燥感は、驚くほどに大きな声でソフィアを急かす。

 はやく、はやくと。なんとかしないと、と。


「早く早く急がねばソフィたんが待っているのだぁー!!」

「ちょ、まってリュージ! ステータス全力で発揮しないでぇー……!!」

「……む?」


 心の声に合わせるように聞こえてきた、いつも通りの彼の声に顔を上げると、想像通りに全力疾走でこちらに駆け寄るリュージの姿が見えた。腰の辺りからぶら下がっているぼろ切れのようなものはコータだろうか。恐らくリュージを止めようとしたのだが、それは敵わなかったのだろう。


「も、もうだめ……! ギャフンッ」


 情けない声で呟くと同時に振り落とされたコータを無視して、リュージは暴走列車と見紛う速度でソフィアの元へと駆け寄ってくる。


「ソフィたーん! 待ってたかい、我が嫁よぉー!!」


 満面の笑みで叫びながら、リュージは勢い良く飛び上がる。

 ……いや、上がると言うには高度が低い。まるで、ソフィアの元にヘッドスライディングを決めようとしているかのような、そんな高度だ。


「――フ」


 なんとなくリュージの狙いを察したソフィアは、ゆっくり立ち上がり、リュージの到来を待つ。

 リュージは満面の笑みのままゆっくりと降下し、そのまま白く輝くソフィアの絶対領域へとその頭を突っ込もうとする。

 だが、それよりもソフィアの方が幾分か速い。どこからともなく取り出した花瓶を、素早くリュージの頭へと被せてしまう。


「ふぁッ!? ヤメテクライヨコワイヨナンダカオチツクヨー!?」


 リュージはわけのわからないことを叫びながら仰向けに倒れこみ、ゴロゴロと転がり始める。

 反響音で愉快な声色になっているリュージ。転がり続ける彼へとゆっくり近づくソフィア。

 ゴロゴロ転がる彼の頭が、自分のちょうど足元辺りに来たところで、ソフィアは一つ深呼吸。


「……フンッ!!」


 そして呼気を鋭く吐きながら繰り出したのは、一流のプロキックボクサーも真っ青な速度と威力を持ったローキックだ。

 風切り音を鳴り響かせながら放たれたソフィアのローキックは狙い違わずリュージの頭を捉え、クッキーかなにかのように花瓶を砕き、彼の体を頭ごと跳ね上げる。

 その威力と衝撃は、システム上ダメージなぞ与えられないはずなのに、リュージに声をあげる余裕を一切許さない勢いだった。

 容赦なく蹴り上げられたリュージはそのまま壁に叩きつけられ、バウンドしながら地面へと転がる。

 首があらぬ方向へ曲がっている気がするが……まあ、VRだ。死んではいないだろう。多分。

 静かに鼻を鳴らしたソフィアが顔を上げると、それまでの一連の流れを見ていたらしい仲間たちが呆然とした様子でこちらを見ていた。


「……いや、まあ、飛び込んでったリュージが悪いんだろうけど、あんた……」

「何か文句が?」

「い、いやないよ!? いや、うん、ないけどさ……」


 カレンはソフィアの怒気を誤魔化すように笑いながら、ピクリともしないリュージを指差し軽く宥めるようにソフィアの肩を叩く。


「リュージだって悪意はないんだから、さ……悪気はあると思うんだけど」

「悪気のある人間が、人の太ももに滑空するのか?」

「………………………」


 カレンはしばし黙り込み、一つ頷くときっぱりと言う。


「それにしても今日はどうしたんだい? 皆と一緒に行動しないなんて、珍しいじゃないかい?」

「全力で話逸らしにいったわね」

「まあ、返す言葉もなかったし……コータ君、大丈夫?」

「なんとか……アイテテ」


 情けないカレンの背中を見て野次を飛ばすマコたち。

 ソフィアはそちらの方をちらりと睨むが、一つため息を吐きつつカレンの方へと向き直った。


「たまにはそういうこともあるさ……。私だけってわけじゃない」

「へー。コータたちも、そういう時あるのかい?」

「あ、うん。この間のイベントで仲良くなった人とかと、たまに遊びにいくよ」

「へー……」

「リュージとマコくらいだな。常にこのチームでのみ活動するのは。これがMMORPGだというのを考えれば、そちらの方が珍しいくらいだろうが」


 ソフィアは肩をすくめる。

 彼女の言葉に違いないと笑いながら、カレンは楽しそうな笑みを浮かべる。


「じゃあさ、じゃあさ。みんなの穴埋めに、あたいがたまにお邪魔してもいいんだよね?」

「断る理由はないだろう? カレンの弓の腕は私も知っているし。……いいんだろう、リュージ?」

「ぐ、ぐぐ……! もちろん、構わない、んが!?」


 リュージは変な方向に曲がった首を何とか元に戻し、悲鳴を上げながらも不思議そうにカレンの方を見る。


「ってぇ……。と、それはそれとして、そっちのギルドはどうなんだよ? 最近、新人が入ったって聞いたけど?」

「そっちの教育はひと段落さ。あたいのポジションには、結構優秀な子が入ったから、今は実戦経験積んでる最中でね。あたいも暇になってきた感じなんだよー」

「ふーん」


 しなのようなものを作りながら近づいてくるカレンの額を押さえ込みながら、リュージもソフィアの方を見てくる。


「そういやソフィたん。約束の方は間に合ったん?」

「――っ!」


 ソフィアの心臓が一瞬跳ね上がる。リュージのほうから話を振ってくるとは思わなかった。

 ソフィアはしばしリュージの顔色を窺う。


「………」


 黙ったままこちらをジッと見つめてくるリュージ。

 彼の顔色はいつもどおりであり、瞳の中にも疑念のようなものは見えない。純粋に、ソフィアの言葉を信じているようだ。

 数瞬の空白の後、ソフィアは静かに答えた。


「あ……ああ。問題なかったよ。少し遅れはしたが、許してくれたよ」

「そっか。よかったね、ソフィたん」

「あ、ああ……」


 にこっと笑って労ってくれるリュージの言葉に、ソフィアの罪悪感が強まる。

 ソフィアが関わる事柄に関しては、素直すぎる感じすらあるリュージの言葉。どこまでもまっすぐに、こちらの中に潜り込んで来る彼の言葉は、ソフィアの心を深く抉り……。


「………ぁ?」


 そして、なんとなく気が付く。

 自分の、今の自分に足りていないものを。


「おっしゃー野郎ども! せっかくまだ三十分くらい時間あるわけだし、宴じゃー!」

「今日サンシターいないわよ。誰が作るのよ」

「あ。バーベキュー的な感じでよけりゃ、あたいが作るけど」

「私も手伝うよー」

「僕も手伝うよ」

「……私も、多少なら手を貸すぞ」


 ギルドハウスへと入り、ささやかなパーティーの準備を始める仲間たちに混ざりながら、ソフィアは一人考える。

 自分に足りないものを、学ぶ方法を。




なお、結局はサンシターの作り置きを暖めて食べた模様。

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