log17.どうステを振る?
コータの咆哮を聞いてか、今までリュージに狙いを定めていたコボルトたちの視線が一斉にコータへと集中する。
コータはその視線に怯むことなく、ロングソードを青眼に構え、コボルトの群れに突撃してゆく。
「ヤァァァァ!!」
そのまま横薙ぎの一閃で、最も近いコボルトを一匹斬り倒し、さらに返す刀でもう一匹始末する。
二匹の仲間が倒されてしまっている間に、コボルトたちはわさわさと動きながらコータを包囲しようと動き出す。
だが、コボルトの一団の一翼を、マコのファイアボールが吹き飛ばした。
「MPはまだ回復しきってないけど、カットすればコボルトを吹き飛ばす程度の威力は出るわよ?」
彼女の言うとおり、吹き飛ばされたコボルトたちは毛皮についた火を消そうと必死に転げまわっている。まだまだHPにも余裕があるところを見るに、ほとんどダメージは通っていないようだ。
だが、それでもコボルトたちはコータの足を止められるくらいに陣を展開してしまう。
後ろに控えていた弓兵たちが、コータの動きが止まった瞬間を狙って矢を解き放った。
バラバラと雨のように降り注ぐ矢を、コータはロングソードで払うが数が多すぎる。何発かはロングソードの斬撃を抜け、一発はコータの頭に突き刺さった。
「あいったぁ!?」
思わずといった様子で間抜けな悲鳴を上げるコータ。全快に近かった彼のHPは、あっという間に三分の一ほど削れてしまう。
だが、素早く駆け寄ったレミが彼の背中に手にした杖を向ける。
「ヒール!」
杖の先から放たれた暖かな光の玉がコータの背中に当たると、減っていたコータのHPは一瞬で全快まで回復してしまった。
コータは急いで頭に刺さった矢を抜き、それから振り返らずにレミに礼を言った。
「ありがとう、レミちゃん!」
「どういたしまし……ひゃっ!」
レミはコータへと礼を返そうとするが、彼女を狙ってコボルトが何体か近寄ってくる。
振り回されるナイフの動きにレミは危うく翻弄されかけるが、マコが抜いたクロスボウによってコボルトたちは眉間に穴を開けられてしまう。
「マコちゃん!」
「はい、さっさと下がるー。コータの邪魔になんでしょーが」
「う、うん!」
作業的な動きで澱みなくボルトを再装填しながら、マコはレミに近いコボルトを始末してゆく。
レミは急いでコボルトの攻撃範囲から逃れ、コータはまだ群れているコボルトたちの一団を切り崩してゆく。
その光景を遠くから眺めながら、出遅れたソフィアが驚いたように呟いた。
「……レベルが三つ上がるだけで、こうも違うのか……」
「澱みなく敵の大群を斬り倒してんのはコータのリアルスペックのおかげだろうけどな。まあ、それを抜きにしても即死の場面がかなり減るから戦闘中のレベルアップってのはかなり有効な戦術なんだよなー」
ソフィアの隣で自身もクルソルを弄ってレベルアップを行いながら、リュージがソフィアに答える。
「STRとCON上げれば接近戦が楽になるし、INTとPOWを上げりゃ魔法の威力が上がるわけだし。まあ、レベルアップの効果が強力すぎるっつって禁じ手扱いするプレイヤーも多いけど、使える場面じゃ使ってかないとねー」
「そういうものか……ところで、リュージはどういう風にステータスを上げるんだ?」
「俺? ひとまずSTRを優先的に上げつつ、CONとDEXに2:1の割合でステ振りするのが好きかなー」
さっそくSTRに成長限界まで経験値を注ぎ込むリュージ。
「いわゆる脳筋ってステ振りだけど、色々試してこれが一番安定するようになったからなー。重い素材の武器が扱えるようになるから火力が安定するんよね」
「脳筋か……やはり前衛を勤めるからにはSTRは必須だろうか」
思い悩むようなソフィアの言葉に、リュージは首を振る。
「人によると思うよ? 武器屋でも話したけど、ステヘキの形で装備できる武器が決まるし。基本は使いたい武器に合わせてステを割り振る感じかなぁ。中にゃSTRとDEXを均等に振っとかないと使えない変な武器もあるし」
「そうか……」
己の手の中のレイピアを見つめるソフィア。
彼女にとってレイピアは最も手に馴染んだ武器だが、最も使いたい武器かといわれると疑問が残る。
せっかく、ファンタジーな世界にいるのだ。この世界にしかないような武器を試して見たいという気持ちは、ソフィアにもあった。
彼女の横顔からなんとなくそれを察したリュージは、軽く笑ってクルソルを振ってみせる。
「まあ、初めは特に悩まず適当にステ振っても、後から直せるから気にしなくて良いと思うよ? さっきも言ったけど、俺もこの形に落ち着くまで色々試したし。それに、武器じゃなくて何がしたいかでステを振る人もいるし」
「何がしたいか?」
「おう。戦うばかりじゃなくて、武具を作るとか、野菜を作るとか。歌いたいだの踊りたいだのは当然あって、変わった奴になると釣りがしたいとか、最高の昼寝スポットを探したいとかってのもいたね」
「昼寝……?」
「なんかぽかぽか陽気と気持ちのよい春風の割合が最高なスポットを探すんだとか。まあ、そこまで変態極める必要はないけど、やりたいことに合わせてステ振りするのもありってこと。武具の例えで言えば、金属の加工のためにSTR・DEX・CONの三点極振りが必要だし、歌を歌うならMPの回復速度が重要だからINTがいるとかね」
リュージはソフィアの顔を見つめながら、彼女の願いを問いかける。
「で? ソフィアは何がしたい?」
「なに……と言われてもな。何ができるか――」
「何でもできるさ。世界そのものを遊び場にするのが、このゲームだからな。人によっちゃ、空を飛ぶなんてプレイも――」
「空!? 飛べるのか!?」
「ぬぉー!?」
空を飛ぶ、の一言を聞いた途端にソフィアが興奮したようにリュージに詰め寄った。
思わず仰け反るリュージは危うくクルソルを取り落としかけるが何とか支え、ソフィアの体をゆっくり押し戻す。
「ソフィたん近い近いいい匂いがするありがとうございます!!」
「あ、すまない! ……それで、飛べるのか?」
「危うく理性が吹っ切れるところだった……それはともかく、空も飛べるよ? 飛ぶだけなら魔法があるけど、自由自在となると専用ステが必要になるかね? 確かジャッキーさんが詳しかったっけか。あの人、相方が空を飛ぶのにあわせてステを振りなおしたって言うし」
「ジャッキーさんが……そうか……!」
分かりやすいくらいに輝きだすソフィアの瞳。
どうやらピンポイントで彼女の願いを言い当てることとが出来たらしい。
また彼女の新しい一面を知ることが出来たリュージは、顔を綻ばせる。
「したら、ひとまずDEX中心に上げてみたら? DEXを上げるだけで、体感でわかるくらいに体がかるk」
「ふぁいあぼー」
「ふれんどりっ!?」
そこに叩き込まれるカットファイアボール。
いちゃつくリア充(仮)に叩き込まれたそれはダメージこそ入らなかったが、リュージを変なポーズで吹き飛ばすには十分な威力を持っていた。
ボス戦の最中に、楽しそうに未来絵図を語り合っていた二人を冷徹な眼差しで見つめているマコは、冷ややかに吐き捨てる。
「やる気ないなら帰れば?」
「い、いや、ある! あるぞ! なあ、リュージ!?」
マコから放たれる殺気に怯えたソフィアは大急ぎで頷きながらリュージの方を窺う。
ソフィアのプチファイアボールで吹き飛ばされたリュージは体を焦がされながら、クルソルを片手で上げてみせる。
「さっきの一撃でレベルアップがリセットされたのでもう少し時間がかかります」
「オイィ!? あ、待てマコ! 二撃目は待て! 私はもう行けるから!!」
膨れ上がるマコの殺気に怯えながらも、残っていた経験値をDEXにガン振りして消費し終えたソフィアは、急いでレイピアを片手に立ち上がる。
「リュージ! お前の分も何とかするから、すぐに立てよ!?」
「おー。……ところで寝そべってるこのアングルだと、ソフィたんの太ももと見えそで見えないおパンツとの相乗効果でなかなか興奮できることに今気が付きました」
「何を見とるか貴様はぁー!!」
いらんことをのたまうリュージの頭をサッカーボールのように蹴り上げてやるソフィア。
その衝撃で今度こそリュージの手からクルソルが零れ落ちるが、それに構わずソフィアは戦線に参加した。
コータが維持している前衛。未だ手つかずの後衛。そしてこちらを睨んでいるボスの三か所を見て、ソフィアはマコに助言を求める。
「マコ! どこに手を付ける!?」
「動けんなら、後ろを潰して。無理せず、できる範囲でいいから」
「わかった!」
マコの指示を受け、ソフィアはコボルトの前衛を迂回するように後衛の方へと向かう。
コータへ降り注ぐ矢の雨を少しでも減らすために、ソフィアは急くように足を動かす。
「………?」
その時に、気が付く。
普段の自分よりも、速く動けることに。
「これは……!?」
驚く間に弓兵を一人斬り倒すソフィア。
彼女の動きを見て醜い悲鳴を上げるホブゴブリン。その指示を受けて前衛のコボルトが弓兵の護衛に何匹か戻ろうとする間に、ソフィアのレイピアはさらに二人の弓兵を斬り伏せていた。
己のイメージのままに動く、自分の体とレイピアを見下ろし、ソフィアはリュージが先ほど言いかけていた言葉を思い出す。
「体感でわかる位に体が軽くなる、か……」
まさに彼の言うとおりだ。普段よりもはるかに軽い身体。
なるほど、これならば確かに空も飛べるかもしれない。
こちらに近寄ってきたコボルトも瞬く間に斬り捨てたソフィアは、力強い笑みと共にホブゴブリンにレイピアを突き付ける。
「さて、待たせたな。疾くという間に終わらせてやろう!」
「ピッ!? ギィィィィ!!!」
それを挑発だと理解したホブゴブリンは、甲高い鳴き声でそれに応えた。
なお、空を飛ぶプレイヤーは割りと一般的な模様。




