log169.戦う乙女
「鋭矢、いくよぉ!」
「ほいほいっと。コータ、無理するなよー」
「わかったよ!」
パーティーにカレンを加えた異界探検隊は、ヴァナヘイムの沖にポツリと存在する浮島の一つへとやって来ていた。
ここはヴァナヘイムにおけるランダムダンジョンの一つ。ヴァナヘイムでランダムダンジョンなどで狩りを行う場合は、ここか海底の二択となる。
海底は水の抵抗をダイレクトに受ける関係で、パーティーメンバーの全員に流体を始めとする、水中の活動を可能とする水属性系列の魔法やスキルがないと面倒くさいということで、満場一致で浮島の一つで狩りを行う事となった。
ヴァナヘイムの浮島は、植生が少なめで、遮蔽物も少ない。射線が通りやすく、カレンとマコの援護が活かしやすい地形なのだ。
カレンの放った鋭矢が巨大ヤドカリの頭部に突き立ち、その動きを止める。
その隙にリュージとコータがヤドカリの足元にもぐりこみ、ヤドカリの両脚へと刃を叩きつける。
「火斬ッ!」
リュージの焔王が炎を纏い、ヤドカリの脚の関節を焼き断つ。
香ばしい香りと共にヤドカリの苦悶の悲鳴が上がり、じたばたともがくように脚を動かそうとする。
だが、それより早く逆側の脚の関節にコータの手にした、逆十字架剣が叩きつけられた。
「スピリット・オース! ライトニングブレェード!!」
コータのスキル発動と同時に、白銀に輝くスピリット・オースと呼ばれた逆十字の剣が、光の刃を纏う。短い十字架の部分から放たれたエネルギーは、長い十字架の部分を真に極光の大剣を形成し、ヤドカリの脚をその甲殻ごと斬り裂いてしまう。
両足を一本ずつ断ち切られたヤドカリは、そのまま前のめりに倒れこむ。砂浜に顔面から潜り込んだヤドカリから一歩飛び退きずつ、コータとリュージは剣を手にしていない方の手でハイタッチを決める。
「イエーイ」
「やったね!」
「なんだい、あの武器は。見たことないけど……あれがコータの遺物兵装かい?」
「そうね。コータの遺物兵装、名前はスピリット・オース。属性拡大を初めから備えている、そこそこ強力な遺物兵装よ」
「はじめっから属性拡大って……そこそこってレベルの強力さじゃないよ、それ」
あっさりとしたマコの紹介に、カレンは呆れたように呟く。
属性拡大とは、遺物兵装に存在するレアスキルの一種で、次に放つ通常攻撃が一度、プレイヤーのレベルに応じた倍率で強化されるというスキルである。
属性拡大の名がついてはいるが、これは属性による攻撃ではなく、通常攻撃に分類される。そのため、MPの消費は0として計算される、きわめて強力な強化タイプのスキルとなる。
ただし弱点も存在しており、このスキルを連続で使用すると、乗算式にクールタイムが伸びてゆくのだ。はじめは二秒。次は四秒。この辺りまでは良いが、この次は十六秒。そしてこの次は二百五十六秒、つまり四分超のクールタイムが必要となる。この乗算式クールタイムを解除するには、そのクールタイムの倍の時間、スキルを使用しない必要がある。実戦で使用するのであれば、三連撃までが現実的だろう。
属性拡大のもう一つの特徴として、このスキルを使用すると、プレイヤーのメイン属性がさながら拡大されたかのように武器に纏わりつき、大きな刃を形成する。拡大の名称は、ここから取られているのだろう。そのため、このスキルを運よく取得できた場合は、その辺りも考慮に入れて武器を作ると良い。
コータの持つ逆十字の剣など、良い例だろう。先ほど見たように、短い十字辺から光の刃が放たれるような形になり、巨大な光剣を形作った。シンプルな形であっても、このスキル一つあれば、十二分に見栄えのする戦いが行えるのである。
「運がいいとは聞いてたけれど、ここまでとはねぇ……ひょっとして、レミもそうなのかい?」
「私? 私はどうなんだろう?」
レミは首を傾げながら、手に持っていた逆手のハンドベルを鳴らしてみる。黄金で彩られた鐘の中の振り子が、心地の良い音を鳴らし始める。
ハンドベルの音色が広がるたびに、パーティーメンバーに身体強化系のバフが掛かって行く。レミは魔法の詠唱を行ったわけではなく、ただハンドベルを鳴らしただけだ。それでも、強化効果はしっかりとパーティー全員に現れている。
「あ、レミちゃんありがとう!」
「雑魚が出てきたな。蹴散らすとしますか」
強化バフを受けたリュージとコータは、巨大ヤドカリのやられた気配を察した、小ヤドカリ……といっても大きなイヌくらいの体躯を持つヤドカリがワラワラと現れ始めた。
「リング・ラングって名前付けたんだけれど、歌唱詠唱ってスキルが初めから入ってたよ。このベルを鳴らすたび、設定した順番で魔法が発動するってスキル。これってレアなの?」
「笑顔で喋ってるトコ悪いけど、レアだからね? しかも、アンノウンクラスのレアだからね?」
顔を引きつらせながら説明するカレン。
歌唱詠唱とは、歌を呪文に見立てて魔法を発動する……のではなく、歌を歌うように順番に呪文を詠唱するスキルであり、魔法の短縮発動及び連続発動を可能とする、魔術師系プレイヤー垂涎のスキルである。
魔法スキルは、発動に際し一定の詠唱時間とスキル名の呼称が必要となる。だが、歌唱詠唱のスキルを持つ楽器を使えば、その一鳴らしで魔法の発動条件を満たしきることが出来るようになる。一つ鳴らせば強化魔法が。二つ鳴らせば回復魔法が。三つ鳴らせば攻撃魔法が、という輪唱のごとき魔法発動が可能になるのだ。
もちろんその分MPは消費するため連発は難しいし、スキルそのものの発動条件の都合上、入手した遺物兵装を楽器以外に指定できないのは難点だろう。楽器はそのままではギアの影響を受けることの出来ないのもマイナスポイントだろう。
だが、後方支援に徹するのであれば、ギアの影響を受けられないのはさほど大きなデメリットにはなりえないし、遺物兵装も後から改造は可能だ。
カレンは羨ましそうに、レアなスキルを引き当てた二人を見比べる。
どちらのスキルも、一応膨大な時間と経験値をかければ、最終的には取得可能なスキルではある。だが、やはり遺物兵装の入手段階で手に入るというのは、嫉妬を覚えざるをえないほど羨ましいものだ。
「あたいも遺物兵装を持ってはいるけど、純粋に強力な武器狙いだったから、スキルはまだまだなんだよねぇ……。威力倍率はいいんだけれどね」
「へぇ。どんな遺物兵装なのよ?」
「こういうのだよ」
マコの問いかけに、カレンはインベントリから大弓を取り出してみる。
大きな木の枝を、少し削ってそのまま使用しているようにも見える、素朴な感じのする大弓だ。張られた弦は、薄い色をした細い糸だ。大弓を張るにはいささか頼りなさげな風貌であったが、その張力は実に力強いものであった。
「樹弓・ケルビムって言ってね。確殺攻撃くらいしか、目立ったスキルのない普通の遺物兵装だよ」
「うわー! かっこいいー!」
「お? なんだ、カレン。でっかい獲物でも見つけたんか?」
男衆が、カレンの遺物兵装披露にあわせて戻ってくる。雑魚はすでに全滅。砂に埋もれていた巨大ヤドカリにも、しっかり止めを刺している。
カレンはケルビムを背負うように装備しながら、首を横に振ってみせる。
「んにゃ。遺物兵装自慢に取り出しただけだよ。まあ、あたいの遺物兵装が一番地味だけどね」
「地味ってお前、それで鋭矢発動されたら、大抵のプレイヤーが即死するんだけど?」
「鋭矢撃てるんだ、それで……」
リュージの言葉に驚いたように呟くコータ。
イノセント・ワールドのシステムを考えれば、どれだけ武器が大きかろうともステータスさえ発揮できれば問題なく使用可能だ。リュージの発言とて、そう気にするほどのものではないが、やはり細腕の少女が巨大な弓矢を素早く連射できるというのは、想像し難いものだ。
リュージは軽く笑いながら焔王を肩に担いで浮島の探索を続行する。
「機会があれば、見せて貰えるぜ。いろんな意味でシュールだからな」
「シュールって言うんじゃないよ! あたいが火力出すにゃ、これしかないじゃないかい!」
リュージの言い草に、怒ったような声をあげながら、カレンがその背中を追いかける。
先を進む二人を追うようにマコたちは歩きながら、注意深くリュージを観察する。
カレンと軽口を叩き合うリュージは、とてもくつろいだ様子に見える。ソフィアのことを気にしているようには見えない。
「……まあ、一回程度では効果薄いわよね」
マコはそう呟きながら、唸り声をあげる。
「とはいえ、この図太い神経の持ち主を動揺させるだけの何かってのは思いつかないのが……!」
「リュージだしねー……。動揺するところって、見たことないよ」
「ソフィアちゃんがらみで怒ることはあるけどねー」
レミは一つ頷きながら、遠くで誰かと会っているはずのソフィアの事を考える。
(ソフィアちゃん、今どうしてるかな?)
突き抜けるような青空は、向こうが透けそうなくらいであった。
「私、呼ばれてない……。リュージ、今からそっちにいくから!」