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log167.別行動

 あくる日。いつものように、ギルドハウスへと集まったリュージたちは、ヴァル大陸のマップをちゃぶ台の上に広げながら今日の予定を話し合う。


「さーて、今日はどこ行くよ?」

「うーん、そうだなー……」


 リュージとコータが机の上のマップを睨み唸っていると、不意にソフィアが席を立ち、申し訳なさそうな表情でギルドハウスの出口へと歩き始めた。

 それに気付いたリュージは、彼女の背中へと声をかけた。


「ソフィたん? どったの?」

「あ、いや……その……」


 ソフィアはリュージの声にびくりと背中を震わせるが、振り返らないまま、消え入りそうな声でリュージへと答えた。


「……ゆ、友人と約束していたのを思い出したんだ……。だからその、今日は……私抜きで、皆で楽しんでくれ……」

「約束が?」

「あ、ああ……それじゃあ……!」


 ソフィアはリュージのそれ以上の追求を拒むようにギルドハウスの扉を開けると、そのまま外へと飛び出していってしまう。

 予想だにしない出来事に、リュージの隣に座っていたコータはポカンと口を開け、それからリュージの方を不審の眼差しでにらみつけた。


「リュージ、今度は一体なにをしたのさ?」

「え? いや、特に何も?」


 リュージは本当に心当たりがないのか、首を横に振り、それから軽く傾げる。


「ソフィたんにしちゃ珍しいよな。なんか約束があるんなら、学校で先に言うだろうに」

「うーん、そうだね……。レミちゃんは、何か知ってる?」

「え? ううん? 何も?」


 レミはコータの質問に首を振って答える。


「ソフィアちゃん、本当に珍しいよねー……。あんな風に一人だけで出かけるなんて」

「そうねー。何つーか、後ろ暗さのある感じ……ひょっとしたら、隠し事かしら?」


 まるで煽るかのような口調で話すマコ。

 彼女の口調に何かを察し、コータはリュージの様子を窺いながらマコを諌める。


「そんな。ソフィアさんに限って、そういうことはないでしょ? ねえ、リュージ?」


 コータの振りに対し、リュージは首を傾げながらも、マップの方へと視線を落とした。


「そりゃ、ソフィたんだって秘密の一つ二つはあるだろうさよ。俺だってそうだし?」

「ふーん? 気にならない?」

「気にして教えてくれるんなら。いい女のプライベートに、無遠慮に踏み込まないのも、いい男の条件だろ?」


 そう嘯くリュージ。特別動揺している様子も見られないし、平素どおりの彼とも言える。

 こっそりマコに近づいたコータは、ウィスパーチャットで彼女へと問いかける。


(……ねえ、マコちゃん。今日のこれは、マコちゃんの仕込みなんでしょ?)

(一応ね。一先ずソフィアとリュージの距離を離して、様子見してみましょってね)


 マコはクルソルを取り出し、カレンのアドレスを呼び出しながらメールを打つ。


「じゃあ、一先ず穴埋めにカレンに声をかけてみるわよ? いいわね?」

「おう。じゃー、行き先はヴァナヘイムの方がいいかねー」


 マコの言葉に一つ頷き、リュージは思案するように天井を見上げる。

 その顔には、ソフィアが今何をしているのかを気にしている様子は、窺えなかった。






 一方その頃、ギルドハウスを飛び出したソフィアはクルソルでこの間知り合ったスノーにメールを送りながら、陰鬱なため息を一つ吐いた。


「はぁ……。こんなの、本当にいいのか……?」


 脳裏に浮かぶのは、昨日のマコの言葉だ。




「いい? 嫉妬心ってのは独占欲の現れよ? それは愛情表現の一つとして受け取ることの出来る重要なファクター。漫画でもよく見るでしょう?」

「あ、ああ……だが、それをリュージに抱かせる意味がわからんぞ?」


 レミが持っている漫画の一場面を思い出しながら頷くソフィアに、マコは呆れたような表情を見せる。


「あんた、未だにアイツのアプローチに真っ当に答えようとしないじゃない。いやなら断る、好きなら受け入れる。どっちがあんたの本心なのよ!?」

「そ、そんなの! い、今この場で言うことじゃないだろう!?」


 友人とはいえ踏み込みすぎなマコの言葉に怒りを覚えるソフィアだが、マコはさして気にした様子もなく一つ頷く。


「そうね、その通りね。けれど、アイツに位ははっきり言うべきじゃないの? あいつは確かに付き合って欲しいとか、そういうのを出会い頭の一回こっきりで辞めている。なら、その一回の返答はきちんとした!?」

「な、なんで私こんなに追い詰められてるんだ……?」


 怒り心頭といった様子のマコ。

 さすがに不審を覚えずにはいられないソフィアだが、マコは勢いを落とさずに彼女へと噛み付いた。


「見てて腹立たしいからよ。で、私なりにその原因を考えてみたんだけど……あんたはリュージの優しさに甘えてるんじゃないの?」

「や、優しさ? ど、どういう意味だ?」

「リュージの懐の広さに甘えて、都合のいいキープ君扱いしてるんじゃないかってことよ」

「そ、そんなわけあるか!? 私がそんな、いい加減な女だというのか!?」


 マコの言葉にソフィアは咆える。

 だが、頭の片隅に小さな疑問が沸いてしまう。マコの言うとおり、今の自分はリュージの気持ちに対して全うに向き合おうとしない卑怯な女ではないのか?と。

 その懊悩はごく小さなものだったが、マコはソフィアの変化に気付き、それが過ぎ去らぬ内に畳み掛けていく。


「じゃあ、リュージの想いにきっちり答えて、もっと素直になってもいいんじゃないの? 現実はともかく、こっちくらいではさ。そうすりゃリュージだってもっと落ち着くかもしれないじゃないの。アイツの過剰なスキンシップには、あんたが全うな返答をよこさない部分だってあるかもしれないわよ?」

「そ、そうなのか……? いや、だが……」


 マコの言葉に、ソフィアの中の懊悩は少しずつ大きくなってゆく。

 リュージへの想い。カレンたちといるリュージを見たときに抱く感情の正体。

 それに蓋をし続けてきたソフィアは、悪魔のささやきのようなマコの言葉に思考を溶かされてゆく。


「そして、あんたが全うな返事を返さない理由は、あんた自身、自分の気持ちを持て余してるからじゃないの? どうなのよ、何か確たる想いがあるの? リュージがあんたを嫁と呼ぶような、そんなハッキリした、アイツとの関係性の呼び方が、あんたの中に存在するの?」

「それは……アイツと、私は……」

「ない? ないわね? そうした確固たる想いが抱けない理由の一端が、リュージの独占欲のなさよ。あいつはあんたを束縛しようとしない。あんたに対して抱いている想いをまったく隠さない代わりに、あんたをそれで縛るようなことをしない。だから、あんたはあいつとの関係性を明確に出来ない。あいつがその理由を、真心以外で寄越してくれないから」


 反論できず、沈黙するソフィアに、マコは言葉を重ねてゆく。


「だからこその嫉妬心なのよ。リュージがそういうのを覚えて、あんたを縛ろうとするんなら、そっからあんたもあいつとの関係性を明確に出来るかもしれないでしょう? 必要なのは、きっかけよ。リュージが、テストの点取り合戦をイノセント・ワールドへ誘う口実にしたように、あんたも自分の気持ちをハッキリさせるきっかけを作りなさい」


 リュージは、ソフィアと一緒にいる時間をもっと長く取りたいという理由だけで、テストの点取り合戦というきっかけを続けていた。

 では、自分は? 彼の言葉に応えないまま、ずるずると彼の優しさに甘え続けるのか?

 そんな不安を抱いてしまうソフィアに、マコは優しく、悪魔のように囁いていく。


「……でなきゃ、一生このままよ? うだうだとリュージが愛を叫び、ずるずると今のまま続いて……勢いで結婚。あんたは、そんな関係でいいの?」

「い……いいわけ、ない……だが……!」

「嫉妬心を煽るのがリュージの裏切りだと思うんなら、気にしなくていいわ。どうせ、あいつはあんたのやることを全部許すでしょうし。スノーとやらを利用するのが罪悪感覚えるってんなら、名前だけ借りなさい。別に、本当にあってやる必要もないでしょ。重要なのは、あんたがリュージとはなれてこっそりなにかしているという事実だけよ」


 マコは淡々とソフィアに囁き続ける。反論を許さず、彼女が何かを言い出す前に、一気に結論を叩きつける。


「ソフィア。あんたに今必要なのは、小悪魔的な悪女を演じることよ。グダグダな流れでリュージとの関係を続けたくなきゃ、あたしの案にのりなさい。それ以外の妙案があるなら、今、ここで、聞くわよ?」

「………」


 マコの奇妙な迫力に気圧されてしまったソフィアは、沈黙以外に返せなかった。




 ……今から考えると、別にマコの案に乗り、リュージの気持ちを試す必要もない。別に今のままずるずる関係を続けたからといって、何が悪くなるわけでもないはずだ。

 だが、ソフィア自身も今のままでいいのかという思いはあった。カレンやアマテルの行為に嫌な気持ちを抱くこともままある。

 ……カレンとアマテルがリュージに抱く想いには、ソフィアも気が付いている。だが、その想いの成就を良しとしない自分がいる。

 しかし、二人の思いの成就を自分が邪魔するのは、筋違いというものだろう。彼のアプローチに対しはっきりと答えず、曖昧なままにしているのはソフィア自身なのだ。リュージに言い寄られているだけの自分が、二人の邪魔をするのはまったくもって正しくない。

 だから、自分の気持ちにはっきりと名前を付ける必要があるのだ。今すぐにではなくとも、いずれは。

 マコの案に乗ったのは、そのきっかけになりうると思ったからだ。彼女自身も言っていた。なにかきっかけがあれば、自分の気持ちに名前がつくかもしれない。


「……そのために、この間出会ったばかりの知人を利用するのはどうかと思うが、な……」


 スノー宛にメールを送ると、程なく返事が返ってくる。

 あまり長くは時間を取れないが、軽く話をするくらいはできると。

 優れた傭兵である彼の貴重な時間を搾取してしまう事に強い罪悪感を覚えながら、ソフィアは会って話がしたいとメールを送る。

 なんであれ、名を利用するのであれば会って謝罪をせねばなるまい。黙ったままその名前を勝手に使うなど、ソフィアのプライドが許さない。

 スノーの返事で指定された場所へと、ソフィアは急ぎ足で駆けていった。




なお、スノー自身は息抜き大歓迎なので、こうした友人からのメールには全てを投げ打ってでも応える模様。

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