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log164.純粋技量の倒し方

 純粋技量で勝る相手と戦う時、どうすれば勝てるか?

 これは、イノセント・ワールドにおける対人戦、決闘(デュエル)における難題の一つであるといわれている。

 純粋技量とは、ゲーム内の数字どおりにステータスを発揮するプレイヤーの技のこと。言葉だけであればたいしたことがなさそうな技であるが、その真価を発揮できるものが扱うと相当えぐい技術となる。

 具体的に言えば、一般人であればスキルを発動しなければ発揮できない体術を、MPの消費もクールタイムも無しに連発できる。しかもイノセント・ワールドには体力の概念も存在しないため、ほぼ無限に繰り出される。目にも留まらぬ速さで制限時間も無しに動き回るプレイヤーキャラなど、悪夢かチートに他ならない。だが、純粋技量の担い手たちがBAN対象にならない以上、制限時間の無い高速移動もゲームの仕様となる。純粋技量の出来ない者たちは口を揃えて理不尽だ、と呟く。

 ソフィアはスノーとの会話で得た情報を反芻しながら、目の前に立ち塞がるリュージを見て唾を飲み込む。


(今は本気ではないとはいえ、これに勝つ……。確かに、そんなヴィジョンが浮かんでこないな)

「よいっしょぉ!!」


 ソフィアが悩んでいる間に、リュージは彼女に向かって駆け出す。

 大剣を担いだまま軽快に駆け、瞬く間にソフィアに接近したリュージは、そのまま焔王を振り下ろす。

 リュージが駆け出した瞬間には横に向かってローリング回避を試みたソフィアの背後で、轟音と共に地面が一瞬抉れる。地面を転がりながら体勢を整え、ソフィアはスノーが教えてくれた純粋技量対策を思い出す。


(まず、純粋技量の担い手の力量を測る……。純粋技量にもピンキリはある。相手のレベルを見極める)


 ソフィアの視線の先で、リュージは焔王を肩に担ぎ直す。

 片手で、ちょっと長めの長剣を振り回しているかのような気軽さであるが、焔王の刀身はリュージの身長ほどもある。“重さ”ステータスを考えないとしても、イノセント・ワールドの武器にも重量は存在する。あれだけの大質量ともなれば、当然相当な負荷・負担が掛かる。

 それすら感じさせないリュージの挙動。彼の純粋技量のレベルは……ソフィアなんて足元も及ばないほどだろう。


(……これは当然であるか。では、次だな)


 ソフィアは意を決したように立ち上がり、改めてクノッヘンを構え直す。

 ソフィアのやる気がまだ尽きていないのを見て、リュージは嬉しそうに笑いながら、焔王を肩に担いだまま、前傾姿勢をとる。


「決闘は久しぶりだからなー。まだ終わらないよな!?」

「当然」


 そのまま駆け出すリュージを前に、ソフィアは不敵な笑みを浮かべる。


「ただ負けるだけではすまんよ。いくらでも、喰らい付いてやろう!!」


 ソフィアは大きく体を翻し、クノッヘンの切っ先で風を切る。

 弧を描いた切っ先は白く長い尾を引きながら風を纏い、ソフィアが大きく腕を薙ぎ払った瞬間に巨大な風の刃を形成する。


「ソニック・セイバー!!」


 三日月型の風の刃が解き放たれ、リュージに向かってまっすぐ突き進む。

 唸りを挙げる刃の大きさはリュージの胴体など容易く輪切りに出来る大きさである。刃の分厚さなど、そのあたりの刀剣では太刀打ちできぬほどだ。


「ほっ!」


 だが、リュージはそれを容易く打ち砕く。

 まっすぐに振り下ろされた焔王の刃は、風の刃を真っ向から叩き割り、ガラスの砕けたような音を周囲に撒き散らす。

 逆巻いた風にリュージは目を眇め、風が過ぎ去った後にソフィアの方を見るが、彼女の姿はすでにそこには無く。


「ソニック・ランスッ!!」

「っと!」


 横合いから聞こえてきたソフィアの声に、リュージは焔王を盾のように構える。

 一瞬遅れ、焔王の腹に勢い良く風の大槍がぶつかる。

 焔王の刀身を這うように撒き散らされた風に視界を塞がれるリュージは、再びソフィアの姿を見失う。


「……ふむ?」


 ソフィアにしては珍しい戦術を前に、リュージは不思議そうな呟きを漏らす。

 真っ向勝負を好む彼女にしては、回りくどい戦い方である。らしくない。

 ――体に風を纏いながら移動するソフィアは、リュージの死角に回り込みながら次のスキルを準備する。


(純粋技量で圧倒的に勝る敵を相手にする場合は、まずは距離と手数で勝るべし。とにかく、連射の効くスキルで相手が動く前にその動きを止める!)


 制圧射撃という行動がある。狙いをつけずに敵に向かって発砲し、敵の動きを制限し味方の行動を支援する、火力支援行動の一つだ。

 これは現実における軍事行動の一種であるが、この概念はイノセント・ワールドにおいても通用する。素早く回避されたり、あっさり無効化される場合はあるが、敵の攻撃を完全に無視する輩はほとんどいない。MPさえあれば発動可能であるスキルには、大きく視界を制限したり、その長い持続時間で敵をその場に止め続けるものも少なくない。

 純粋技量は強力無比な技術であるが、それは純粋な体術の結晶だ。どこまで素早く動けても、間合いは手にした武器の長さが限界であるし、離れているのであれば移動に時間はかかるはずだ。

 ギアや属性スキルであれば、それらに対して圧倒的に優位な間合いで立ち回れる。


(力や技術で勝る相手に、同じ土俵で戦うことは出来ない。ならば……!)


 視界の中でクールタイムとなっているスキルのマークが消えたのを確認し、ソフィアはクノッヘンを大きく振るった。


「ソニック・セイバー!!」

「ほっ!」


 再びソニック・セイバーをリュージに向かって放つソフィア。

 リュージはそれを焔王で打ち砕きながら、ソフィアに向かって再び駆け出す。


「スキル連打はイノセント・ワールドじゃ王道戦術だけど、MPは持つのかなー?」

「くっ……!」


 おどけたように呟くリュージの一言に、ソフィアは悔しそうに歯を食いしばる。

 彼の言うとおり、ソフィアの視界の端に映る残りMP量は、後数発のスキル発動で底をつく程度であった。

 スキルの連射による制圧射撃。定石ともされるイノセント・ワールドの戦術は、その強力さによって一瞬で決着をつける短期決戦、あるいはその後の決闘の流れを得るための先制攻撃として用いられるものだ。

 リュージのように、高い純粋技量やあるいはスキルに対する対応策を持っているプレイヤーに対しては、当然効果は薄い。

 確かに動きの制限は可能かもしれないが、その後に続かないのだ。スキルが決定打にならないのでは、それを連発する意味はない。こちらが無駄に消耗するだけだ。

 ソフィアはそれを自覚しながらも、まだ諦めていない眼差しでリュージを睨む。


(確かに不利はこちらの方……! だが!)


 素早く腰のポーチに手を突っ込み、あらかじめそこに登録してあったアイテムを引っ張り出し、リュージに向かって投げつけた。


「シッ!」

「ん!?」


 ソフィアがアイテムポーチに手を突っ込むのを見て、MPを回復するのだと思っていたリュージは、自身に向かって投げつけられた何かを見て一瞬狼狽し、反射的に焔王で叩き斬る。

 火属性である焔王はあっさりと投げつけられたアイテム――ソフィアがキッチンから拝借していた料理酒を真っ二つにしてしまう。

 それなりのアルコール度数を持つアイテムは、火属性の攻撃アイテムと組み合わせることで、その攻撃力を増加させるという効果を持つ。この効果は攻撃アイテムばかりではなく、当然属性を持つ武器にも通用する。

 火の攻撃力が増加すれば、当然大きな炎が上がる。……自身の目の前すら覆いつくすような、巨大な炎が

 火属性の刃が料理酒の瓶と接触した事によって散った火花は、料理酒のアルコールを飲み込み瞬く間に巨大な炎へと成長した。


「ぬぉぉぉぉぉ!?」


 思わず叫ぶリュージ。いくらリュージでも、目の前で爆発したかのような炎が、いきなり出現すればビビりもする。

 その間にMP回復ポーションでMPを回復しながら、ソフィアは効果の切れかけていたソニックボディを重ね掛けし、一気にリュージへと接近してゆく。


(隙は強引に作るもの……! スキル連打から相手の不意をつき、一気に懐に飛び込んで勝負をかける!!)


 スノーが授けた、純粋技量使用者に対する決め手がこれだ。

 強力な純粋技量の持ち主ほど、攻撃スキルは通じづらい。ならば決めてはクリティカル。硬い鎧を身に纏っていても、つける急所はいくつかある。そこを突いて、一撃で相手を倒すしかない。

 一気に近づいてくるソフィアを察知し、爆炎を慌てて払いながら、リュージは焔王を振りかぶる。


「来るかっ!?」


 リュージは一歩だけ下がり、ソフィアとの間合いを調整する。

 焔王を振るうまでに一瞬き。ソフィアがさらに一歩踏み込みきるまでには、遠い距離。

 それが、リュージが引いた時の二人の距離だった。


「残念、っと!」


 リュージは笑ってそう言いながら、右腕で焔王を振るう。

 ソフィアもまた、小さく笑いながら。


「そう、残念……だったな!」


 焔王が振るわれた瞬間、ソフィアも、一歩下がる。

 リュージが、あ、と呟いた瞬間には焔王の切っ先がソフィアの着ている鎧をかする。

 ソフィアは勝利を確信し、一気に間合いを詰める。


(いくらリュージでも斬り返しには一呼吸かかる! これで――!!)


 勝利を確信し、ソフィアはクノッヘンを引きリュージの急所……顔面に狙いを付ける。

 最もわかりやすい急所の一つ。この状況で、狙わない道理はない。

 ソフィアはさらに一歩踏み込み、クノッヘンをリュージの顔面に叩き込む――。


「シッ!!」

「っ!?」


 だが、それよりも僅かに早く。焔王の斬撃がソフィアの胴体を襲った。

 まったく予想だにしなかった一撃を受け、思わず声をつまらせながらもんどりを打つ。

 地面に体を叩きつけられる寸前、彼女が目にしたのは、逆手握りで焔王を握るリュージの左腕。

 あの一瞬。斬りつけた焔王を右手から左手に握り替え、斬り返しのタイミングを僅かに加速させたというのだろうか?


(馬鹿な……!?)


 まさに妙技というしかないリュージの技を前に、信じられない思いを抱きながらもHPを一気に九割以上削られたソフィアは、そのまま気絶してしまうのであった。




「あれは……?」

「あたいも知らない……。多分、神宮派、って流派の技だけど……」

「……ソフィア、ずるい……」

「いや、ずるいって……」

「あんなリュージ、私、知らない……」

「あたいだって知らないよ……ちくしょう」

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