log163.リュージVSソフィア
ミッドガルドの中心部に存在する、シーカーたちの活動のメイン拠点となる建物の名を、フェンリルと呼ぶ。
ここではクエストの受注、レベルに合わせた武器防具の購入、まんぷくゲージの回復など、多種多様なサービスを受けることが出来る。
その多様さは四方に点在する各拠点では受けられないほどであり、ゲーム内に存在するあらゆる機能やシステムを一箇所で受けることが出来る施設は、フェンリル以外に存在しない。
その分、その質自体は四方の街々の専門分野には劣るものであるが、イノセント・ワールドで生活する分にはなんら支障はない。各ギルドの拠点たるギルドハウスの総数が多いのも、その証左といえる。
そんなイノセント・ワールド一の多種機能施設であるフェンリルの中に存在する機能の一つが決闘部屋である。
イノセント・ワールドにおける対人戦の基本となる決闘は、通常は決闘場内で行われるものである。
決闘場は透明のドームであり、そのドーム外に存在するものには、決闘者たちの姿が半透明に見えるという機能を備える。半透明になるのは、決闘中の決闘者たちに他の者たちが干渉できないようにするための措置であるが、決闘場内には自由に出入りできる。普通は困ることではないが、個人的な決闘を第三者に鑑賞されるのを好まない人間も当然いる。
そんな人たちのために用意されているのが、フェンリルなどを始めとする施設に用意されている決闘部屋である。
イノセント・ワールドにおいては珍しく、中に入ったプレイヤーが鍵をかけ、他者の侵入を防ぐことが出来る個室の一つだ。部屋の中の内装はプレイヤーが自由に決めることが出来る。
やはりプライベートを確保できる個室というものは一定の需要があるのか、リュージたちが訪れた時には、フェンリル内の決闘部屋は七割ほど埋まった状態であった。
受付のNPCに目的の決闘部屋の空きを確認すると、ギリギリ一つだけ空きがあるとのことだった。
それを聞いたリュージはさっそくその決闘部屋の利用手続きを取る。
「なにを選んだんだ?」
「フラットルーム。個人的には、障害物とかがない方がやりやすいんで」
「私も、そのほうがやりやすいな。難しく考えずに済む」
料金を払い、エントランスで鍵を受け取った二人は、目的の部屋へと向かう。
フラットルームへ向かう道すがら、ソフィアはリュージへと尋ねる。
「それにしても、私に話をしたいことなんて、お前にも珍しいことがあるものだな?」
「まあねー。私事じゃあるんだけれど、言っておいたほうがいいと思ったし」
「そうか。なんなら、ここで聞くが?」
「割とプライベートに踏み込むんで、ここじゃなー」
リュージの言葉に、ソフィアは少し顔をしかめる。
なんとなく、彼の声色が帯びる真剣味にいやな感じを覚えたのだ。
「……なにをやらかしたのだ? あるいは、何があったんだ」
「何もやらかしてないし、何もないよー。強いて言うならー……」
目的の部屋の鍵を開けつつ、リュージはポツリと呟く。
「起こるかもしれないこと、かね。起きて欲しいとは思わないけど」
「……そうか」
リュージの言葉に、一先ず追求をやめるソフィア。
彼が話すといった以上、今追及しても意味はない。
決闘が終われば、話してくれるだろう。それを待てばよい。
リュージが鍵を開け、二人が決闘部屋の中に入ってみると、どことなく近未来的な個室が目に入ってきた。
部屋の中は真っ白であり、側面の壁には休憩用のスペースなのか、ベンチが何組かと給水ポットのようなものが見える。
リュージの言う通り部屋の中には障害物のようなものは一つもなく、大理石なのかプラスチックの類なのかまったくわからない素材の床には、凹みの一つも見られなかった。
リュージに続いて部屋の中に入ったソフィアは、呆れたように一つ呟く。
「……なんというか、このゲームは時折中世ファンタジー系であるということをかなぐり捨てているよな?」
「そもそも、イノセント・ワールドの興りが、科学の発達した先史文明の崩壊、ってんだからなー。この部屋も、一応先史文明の遺産の一つだったはずだよ」
リュージの説明に合わせるように、部屋の扉はひとりでに閉じ、そのまま壁の一部と化し見えなくなってしまう。
ソフィアはそれを見て、感心したような呆れたようなため息をつく。
「……なるほど。発達した科学は魔法と同義とも聞く。そういう意味では、十分ファンタジーだな」
「うん? 今の……」
リュージは一瞬訝しげな表情になるが、すぐに気を取り直したように一つ頷く。
「まあいいや。んじゃ、さくっとはじめる?」
「ああ」
リュージは焔王を。ソフィアはクノッヘンを。
己の遺物兵装を手に取り、二人は部屋の真ん中で相対する。
クノッヘンを顔の前で立てながら、ソフィアは軽く微笑んだ。
「……フフ。そういえば、こうしてお前となにかの形で競い合うのは、久しぶりになるのか?」
「あー、そういえばそうだっけ? あれから、テストの点比べも、やってないしねぇ」
いつものように焔王を肩に担ぎながら、リュージも笑う。
「俺はもう目的達成しちゃったから別にいいんだけど、ソフィたんはそれでよかった? ソフィたんがやりたいなら、点比べも再開するよ?」
「いや、構わん。私としては、お前の変態行為のけん制が出来ればそれでよかったのだ。イノセント・ワールドのプレイを開始する辺りから……そういえば、過剰なスキンシップがないな?」
「ソフィアリンをこちらでも摂取できるようになりましたゆえ、過接触が不要となりました! とってもエコロジー!」
「なにが? なにがエコロジーなのかな?」
リュージのバカ発言にソフィアは凄絶な笑みを浮かべるが、リュージは柳に風といった様子で笑って受け流す。
「HAHAHA。それはもちろん、俺の生きる糧の話さ! ソフィたんと過ごす毎日が、俺に生きる気力を与えるのSA……」
「良いこといったつもりかもしれんが、そのために太ももに飛びつかれ続けた私は、生きる気力を削られていたからな? 覚えとけよコンチクショウ」
ソフィアは思わずといった様子でリュージを罵りながら、クノッヘンをまっすぐに構え直す。
白い刃をリュージへと向け、彼の顔をまっすぐ貫くような形に。
「――合図は?」
「先手をどうぞ。レディーファーストって奴?」
静かに問いかけるソフィアに、リュージはおどけて答える。
余裕にも見えるその態度を前に、ソフィアは笑みを強めた。
「良かろう……ソニックボディ!」
ちらりと犬歯がのぞく笑みから一転、鋭い気勢と共に発動したスキルを纏い、ソフィアは一瞬でリュージとの間合いをつめる。
目にも留まらぬ速度でリュージを貫こうとするソフィアに対し、リュージは横に動いて回避する。
必要最低限の動作でソフィアの一撃を回避したリュージは、それを見送りながら焔王を構える。
「んじゃ、後手に回った一撃、イキマース」
「チッ!」
ソフィアは足を踏ん張りブレーキをかけながら、リュージへと振り返る。
彼我の距離は、十メートル程度か。加速が付きすぎて、結構な距離を離れてしまった。
だが、リュージはその距離をたったの一歩で詰め寄った。
「よいしょぉ!!」
「っ!?」
振り返った瞬間、目に入ったのは焔王の切っ先。
ソフィアの頭蓋を真っ二つにする勢いで振り下ろされたそれを、彼女は慌てて下がって回避する。
焔王の切っ先は地面に激突すると、鋭い斬撃音と衝撃波を周囲に撒き散らす。
ソフィアはクノッヘンを振るい、衝撃波を相殺しながら、次の一撃を構える。
「チィ!! ストームブレード!」
大きめに作ってあるクノッヘンの柄を両手で握りしめ、渦巻く風を刀身に纏う。
風で大きく形作った刀身を、ソフィアはそのままリュージへと叩き付けた。
「デヤァァァァァ!!」
「ドラァ!!」
対し、リュージは焔王を片手で振るう。
右手で握りしめた焔王を大きく振るい、ソフィアのクノッヘンを真っ向から受け止めるように下から一撃を見舞う。
轟音と共に激突する二人の刃。微かな拮抗の後、大きく体をはじかれたのはソフィアのほうであった。
「っつ!?」
「ッラァ!!」
クノッヘンを覆っていた竜巻の刃は、リュージの振り上げた焔王の刃にかき消され、竜巻が粉砕された衝撃が彼女の体を吹き飛ばす。
おかげで振り上げられた焔王の刃は避けられたが、中空で体勢を整えながらソフィアは内心の冷や汗を止めることが出来ないでいた。
(リュージの技量……理解していたつもりだった……!)
たった数度の打ち合い。それだけで、理解してしまう。
今までの勘違い、そして、リュージとの力の差。
(レベルは僅差、ステータスの合計値もほぼ同じ……! STR特化とDEX特化の差はあれ、ゲーム上の差は僅かのはずなのに……!)
純粋技量にて、引き出せる力。それが、絶対の壁となってソフィアの前に立ちはだかる。
リュージは片手で焔王を振るい、静かに切っ先をソフィアへと突きつける。
「さて、続きだ、ソフィたん。今更、まいったは聞かないからな?」
リュージは静かにそう呟くと、にやりと笑う。
ソフィアは、その笑みに答えるだけの余裕を持てなかった。
ちなみに、決闘部屋は部屋の鍵が掛らないと個室として完成しないため、そのタイムラグに他のプレイヤーが侵入することは可能である模様。