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log162.あくる日、二人きりで

 神宮派形象剣術の使い手がイノセント・ワールドにやって来た知らせを、リュージが受け取って数日が経過した。

 あれ以降バンからの続報は特にない。いや、あってもらっても困るわけなのだが。

 そもそも、神宮派形象剣術の使い手がイノセント・ワールドにやって来たからといって、リュージとの遭遇が目的とも限らない。単なる偶然である可能性の方が高いのだ。

 リュージ本人としては、神宮派の動向がなんであれ、特別気にしてはいない。なにをするにしても、自分には関係のない話だと思っているからだ。

 確かに幼い頃、苦い思い出を一つ増やされた相手ではあるが、それが理由で幼い頃からずっと交流がなかった相手でもある。許婚にされかけた相手の顔すら思い出せない有様だ。

 向こうとしても、ほぼ絶縁状態の相手に今更固執などするまい。仮にまだ固執しているようであれば、今度こそ弁護士軍団によって御家解体に処されるだろう。

 そんなわけで、いつものようにイノセント・ワールドにログインしたリュージは、他の皆がログインするまでギルドハウスの応接室でゴロゴロと自堕落に過ごしているのであった。


「うぁー……」

「……何をしているんだ、お前は」

「あー、ソフィたーん」


 ナマケモノかなにかのように、応接室の畳の上で全身をだらけさせているリュージを見て呆れるソフィア。

 一番最初にやって来た彼女は、ため息をつきながらしゃがみ込み、リュージの頭を軽く叩く。


「誰がソフィたんだ。さっさと起きろ、バカタレ」

「あうち」


 リュージはソフィアに叩かれ、しぶしぶといった様子で体を起こし上げる。

 そのままソフィアの対面に回り込みながら、ちゃぶ台の上に乗せてある冷水ポットを手に取った。


「ソフィたんなに飲む? 今は水しかないけど」

「御茶じゃないのか……?」

「サンシターがいないと、御茶も沸かせません。あんな道具どう使えと」

「……まあ、料理関係は彼専用でまとめてしまったからなぁ」


 現在、異界探検隊が保有している調理器具類は、全て料理スキルを持っていることが前提となる道具ばかりだ。こうした、基本スキルの保持が前提となっている道具というのは結構多く、基本スキルのレベルが高ければ高いほど、その効果効能が高くなるものがほとんどだ。

 おかげで異界探検隊は料理方面では何一つ不自由のない生活を遅れているが、彼が不在の場合は据え置きの保存食に頼らねばならない。保存食の一つ一つがサンシターの御手製であるため味は保証されているのだが、それでも出来立てには劣るものだ。

 そんなわけで、満足に御茶すら入れられないリュージは、ソフィアのコップに水を注いで彼女の前に差し出した。


「というわけで、はいお水。井戸から汲んできたばっかりから、冷たいよ?」

「ありがとう。まあ、料理スキルを捨てたのは自分だしな」


 ソフィアは差し出された水を受け取り、礼を言いながら喉を潤す。

 リュージは自分のコップに水を注ぎ、満足げに息を吐きながらぼやく。


「あー。……しかし、他の連中はいつになったら来るのかね? 学校が終わって、そろそろ一時間超えるはずなんですが」

「………」


 ソフィアはしばらく水をおとなしく飲んでいたが、リュージに注いでもらった分を飲み終えるとポツリと呟いた。


「今日は、来ないよ」

「うん? なんだって?」

「今日は、他の皆は来ない。私が、そうお願いしたんだ」


 ソフィアはそう静かに呟くと、そっと花瓶を取り出した。

 リュージは無言で取り出された花瓶を前に、防御体勢を取りながらジリジリと後退を始める。


「……何故花瓶を取り出されたのでせう?」

「いや。二人きりと聞いたら興奮して襲い掛かってくるんじゃないか?と、マコがいっていたのでな」


 ソフィアはしれっとした様子でそう言いながら、自分の隣に花瓶を置く。

 一先ずソフィアに攻撃の意思がないのを確認したリュージは、防御体勢のままジリジリとちゃぶ台の方へと戻っていった。


「いや、確かにソフィたんと二人きりってのはご褒美ですが……。さすがに何の裏もなく、この幸せを甘受できるほど俺も純粋じゃありませんよ?」

「ドロドロに濁りきっているという意味では同意だな。まあ、聞いてくれ、リュージ」


 ソフィアは居住まいを正すと、真面目な表情でリュージへとこう言った。


「リュージ。私と決闘(デュエル)をしてもらえないだろうか?」

「ふむ?」


 リュージはソフィアと対するように座りなおしながら、軽く首を傾げた。


「そういえば、仲間内で決闘(デュエル)をしたことはなかったっけか? それにしたってなんだって急に……しかも二人きりで?」

「急なのは認める。まあ、私の気まぐれなわがままとでも思ってくれ」


 ソフィアは軽く視線を逸らしながらもそう言い、付け加えるように呟く。


「二人きりなのは、まあ、色々あるんだ」

「色々あるんですか」

「色々だ」


 ソフィアはそう言いながら、顔を上げる。

 その頬に微かな朱が差して見えるのは、気のせいだろうか。


「……まあ、私とてそういうたまにはそういうアピールくらいは……な」

「うん?」

「なんでもない」


 小声で呟くソフィア。リュージの追求を咳払いで追い払いながら、ソフィアは真面目な表情で彼を見つめる。


「以前から純粋技量の練習をしてはいるが、まだお前のような一撃必殺とはいかない。それが、どうにも歯がゆいんだ」

「純粋技量に関しちゃ、イメージ力が物を言うからなぁ。俺だって、初めて半年でパワークロスが使えたわけじゃないよ?」

「だとしても、だ。お前という手本が目の前にいながら、なかなかうまく扱えるようにならんのは、私としては納得がいかん。こう見えて、私は習い事の類は三ヶ月で修められるんだぞ?」

「ああ、割と教えることが本気でなくなって、家庭教師が泣いて謝るって言ってたっけか」

「待て。誰がそんなことを」

「ソフィたんのいとこを名乗るチンチクリン。あのなりで大学を飛び級で卒業してるって怖いね」

「アイツか……」


 恐らく今日もニダベリル辺りでゴーレムを触って喜んでいるドワーフ少女の姿を思い浮かべながらソフィアは歯軋りをする。

 だが、今、それは重要ではない。気を落ち着けるように深呼吸をすると、ソフィアは話を続けた。


「……ともかく。始めてそろそろ半年は過ぎようかというのに、まだ純粋技量の入り口付近をうろうろしているような気がする。正直に言えば、今の自分が気に食わない」

「少なくとも、マンイーターの頭上強襲を無事に切り抜けた人間の言う台詞じゃないと思うわー。あれはやろうと思って出来ることじゃないっしょ?」

「あれは特殊例だろう……。正直、頭に血が上っていて自分でも良く覚えていない部分がある」


 リュージの言葉に、ソフィアは恥ずかしそうに視線を逸らす。

 槍の穂先を掴み、相手の一撃が放たれる前にその間合いの内側に体を入れる。言葉にすれば単純だろうが、自分に向かって突き進む槍衾を前にそれを実現できる人間が、どれほどいるのかと彼も言いたいのだろう。

 だが、ソフィアとしてはその結果だけに満足はしたくない、というのが気持ちの半分だ。


「おほん。……ともあれ、私は今の自分に満足していない。そんな折、いい話を聞いたのだ」

「いい話?」

「うむ。純粋技量に長けるものとの決闘(デュエル)だよ。自身よりレベルの高いものと戦うことで、相対的に自分のレベルが引き上げられるという逸話を聞いたのだ」


 スノーから聞いた話を若干脚色しつつ、ソフィアは楽しそうにリュージを見つめる。


「私もそろそろ対人戦を本格的にこなしてみたいという気持ちもある。この間の勢力戦は、到底対人戦闘とは言えんだろう?」

「その辺は感覚次第かなー。まあ、言いたいことはわかるよ? 一対一か多対多かって話でしょ?」

「そうとも。イノセント・ワールドにおける対人戦闘……決闘(デュエル)は、他のVRMMOとは趣が異なるとも聞いている。それをぜひ、体験したいんだ!」


 ソフィアの目がキラキラと輝き始めるのを見て、リュージは思わず苦笑する。

 普段は楚々とした雰囲気のある、静かな少女なのだが、気の強さと負けず嫌いが相まって、こうした互いに競い合う系の分野を前にすると時折このように暴走を始める。

 そんな彼女もかわいらしいと思いながら、リュージは一つ頷く。


「OK。そういうことなら、御付き合いしましょ」

「本当か!?」

「もちろん。俺も出来れば二人きりで話がしたかったから、都合がいいし」


 リュージはそう言いながら、小さく苦笑する。


「ただ、まあ……ソフィたんにこれ言って良いのかわかんないけど……」

「あ。もちろん、いきなり本気を出せ、などと無理は言わん。お前の本気の純粋技量を前に、勝ちを拾えると甘えられるほど私もボケていないさ」


 ソフィアはそう言いながらも悔しそうに頬を膨らませる。


「……手加減はして良い。ただし、本気で戦え。それで許す」

「ふふん? リュージさんの本気はすごいですよ? 特に手加減した時なんかは」


 なかなかに難しい矛盾を突きつけるソフィアであるが、リュージは得意げに笑いながらそれを請け負う。

 決闘(デュエル)の同意を互いに得た二人は、一つ頷きながら立ち上がる。


「さて、では出ようか。場所はどうする?」

「気にしないんなら、フェンリルの闘技場借りようよ。無料で使えるし、鍵をかけたら誰も入ってこないし」

「ではそこへ行くか」


 武器を手にする二人は、並んで外へと出る。

 物騒な姿の二人であるが、並んで歩くその様は仲のよいカップルのようでもあったという。




なお、そんな二人を見つけて、あとをつけ始める二人がいたとかいないとか。

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