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log161.神宮派形象剣術・蛇道

 ムスペルヘイム・霧葉樹林。

 ムスペルヘイム周辺でも特に霧の濃いフィールドマップで狩りを行うパーティーがあった。

 一人は長身痩躯の大男。さながら、枯れ木か針金を連想させる様相だ。

 もう一人は岩を連想させる、筋肉だるまの小男。背は低いが、到底小柄とは言いがたい質量の筋肉は、並大抵の攻撃ではびくともしそうにない。

 両者は揃いの仮面を顔に付け、似た様相の刀を腰に帯びているが、どちらも刀の柄に手をかけていない。両手は胸の前で組み、微動だにしていない。

 両者の視線の先には、数体のゾンビがうめき声を上げながら周囲を警戒していた。

 理性を持たないゾンビたちであるが、瞳には明確な敵意を宿し、必死にあたりを見回している。さして遠くない場所に立っている男たちの姿は目に入らない様子だ。

 その理由は、ゾンビたちの周辺を動き回る影だろう。

 ずるり、ずるりと音を立てながら、木々の間を這うようになにかの影が動き回っているのだ。

 その動きは、さながら蛇のごとく。ずるりと言う重たい音に反し、影の動きは異様なほどに機敏であった。

 木々の表面を、その肢体を這わせるように動き回る影は、ずるりとうねるような軌道を描く不可思議な斬撃を放つ。

 剣の軌道にあるまじき歪みを持つ斬撃は、ゾンビの首を容易く刈り取る。

 首をはねられ、ゾンビの体は元の死体へと戻り、その場に崩れ落ちる。その隣に立っていたゾンビは、超速反応で腕に生えた鋭い爪を振るう。

 影の主は肢体を翻しながら、振るわれた爪に刀を打ち合わせてゾンビの一撃を凌ぐ。

 そのまま背中を霧葉樹へと貼り付けると、再び蛇のように木々に体を這わせ、そのまま上へと昇っていく。

 ゾンビたちは視線で影の姿を追うが、視線の動きよりも、影の動きの方がはるかに早い。

 細く長く伸びた枝の上に足をかけ、影は勢い良く真下に立っていたゾンビの体を刀の切っ先で射抜く。

 そのまま影は体を捻りながら地面に着地し、刀を両手で構えて残ったゾンビへと踊りかかる。

 ゾンビたちは感情の篭らない瞳で影のほうへと目を向けるが、即座にその視線は反転することとなった。

 瞬く間にバラバラにしたゾンビの背後で影……美しい肢体を持つ少女は、全てのゾンビの討伐を終えたことを確認し、つまらなさそうに刀にこびり付いた汚い体液をゾンビの纏っていたボロ布でこそげ落とした。


「ああ、つまらない……。気の入らないデク人形をいくら斬っても、物足りないわね……」

「心中お察しいたします、師範代」

「いくら出来が良かろうとも、所詮は玩具。立ち木に向かって素振りをするようなものでしょう」


 ジッと立っていた男たちは、少女のことを師範代と呼びながら恭しく彼女の足元に跪く。

 長身の男は少女を見上げながら、惚れ惚れとした様子で先の戦いに言及する。


「しかし、すでに純粋技量をものとされておりますな……。リアルにも劣らぬ剣捌きとお見受けいたします」

「まあ、お上手。……けれど、純粋技量というのは素晴らしいわね」


 男の世辞につまらなそうに反応した少女であるが、純粋技量に関してはご満悦な様子だ。汚れを拭った刀をうっとりとした様子で眺めている。


「自らのイメージしたとおりに体が動く……。現実では、どうしても追いつかない理想に、追いつくことが出来るという、夢のような世界がここにあったとは……」

「素人では、ステータスの数字の三割も引き出すことは叶いません。たゆまぬ鍛錬を積んだものだけが、この世界の能力を十全に使いこなすことが出来るのです」


 岩のような小男の言葉に、少女は面白そうにくすくすと微笑んだ。


「ウフフ、フフフ……。あの方は、それを天性の才だけで引き出して見せているわけですね……」

「「………」」


 少女の言葉に、男たちは黙り込むがその雰囲気は面白くなさそうである。

 だが、少女はそれを無視して言葉を重ねる。


竜斬兵アサルト・ストライカー……。ああ、素晴らしい二つ名……竜すら断ち斬る(つわもの)であらせられるとは……。あの方らしい、素晴らしい二つ名です」


 うっとりとリュージの二つ名を呟く少女。その声には強い憧憬と艶が込められている。少女が、リュージに抱いている感情は、目の前の男たちにもよく察することが出来た。

 それが面白くないのだろうか。男はなるたけ感情を抑えた声で少女の話題を変えようと試みる。


「神宮派形象剣術・蛇道……継承を終えられたと窺っておりましたが、想像以上の御技でありました」

「自らの体を、剣筋を蛇に見立てて敵を襲う不可視の斬撃……あのような技が、実現可能とは」

「ああ、あなたたちは蛇道を知らなかったかしら……? どこまで知っているの?」


 少女がこてんと首を傾げながら問いかけると、男たちはそれぞれに答える。


「私は猿道を」

「私は熊道を」

「あら、そう。じゃあ、六道の話は、どこまで聞いているかしら?」

「……我々に継承権はございませんゆえ、あとは鼠道までです」

「そうだったわね」


 少女は長身の男の言葉に一つ頷き、霧葉樹に背中を預け、神宮派形象剣術について語り始める。


「貴方たちも、名前くらいは聞いたことがあるでしょう。鳥・狼・蛇・熊・猿・鼠の六種の剣術……通称・六道。その秘道とされる三道の一つ、蛇道。音の聞こえのとおり、邪道ともされる外法の剣術であり、その斬撃は不可避とされるもの」

「蛇の動きのように、斬撃の軌道が歪んでいる、と聞きましたが……」

「ええ、そうね。生来、斬撃は直線を描くもの。刀は摩擦で敵を斬る武器。当然、まっすぐ線を引くように斬る必要があるわけだけれど」


 少女は言いながら、手にした刀を軽く振るう。

 瞬間、少女の腕の関節はありえない方向に曲がり、手にした刃の軌道が不可解に歪む。


「……このように人体の構造を理解し、自在に操ることで、その斬撃を強制的に歪める技。不可避と呼ばれるのも、腕が通常ではありえない動きをするが故よ」

「……失礼ですが、人の腕はそのように曲がらないのでは……?」


 当然といえば当然の岩のような男の言葉に、少女はあっさりと頷く。


「ええ、そうね。人の腕はこんな風には曲がらないわ。刃を振るうタイミングで間接を外すのよ」

「間接を……!? 大丈夫なのですか!?」

「大丈夫よ。痛みは慣れで散らせるし、慣れれば関節は容易く外れるわ。……だからこその邪道なのよ。これは人体改造の領域、徒人が為せるような……いいえ、為してよい技ではないのよ」


 少女は淡々と自らの技について語る。

 その瞳の中に渦巻く感情を、男たちは読み取ることは出来なかったが、光を映さぬその眼差しに底知れぬものを感じ、彼らは体を震わせる。

 少女は一端目を伏せ……そして目を見開いた時にはキラキラと瞳を輝かせながらどこか遠くを見上げる。


「けれど、あの方は狼道を修められています……! 狼はかつて、神の化身とも呼びなわされた神聖な生物……! さらに、狼道は極限まで鍛え上げた身体で放たれる、純粋な形象剣術……! あの方こそ、神宮派形象剣術の今を担うに相応しい方なのです!」

「狼道……ですか」


 岩のような男が不満そうな声をあげる。

 流派の継承権を与えられる者にのみ伝えられるとする、秘道の一つ、狼道。

 かつての筆頭師範候補であった、神宮香澄が修めていたとされる剣術だ。確かにその息子であるリュージが修めている可能性は低くはない。


「ですが、あの男……いえ、あの一家は神宮派を捨てた身分です。今もまだ、狼道を修めているとは」

「なにか?」


 男の言葉を聞きとがめた少女が、うっそりと男を見下ろす。

 輝いていた瞳は一瞬にして曇り、ドロドロに濁った負の感情を強く湛えた、おぞましいものへと変貌する。


「っ!?」

「何か、言ったかしら? 今」


 少女は重ねて問う。

 声からは色をなくし、底冷えのするような冷気が辺りに漂い始める。

 少女の取得属性は水ではないし、そもそも彼女はスキルを発してすらいない。

 だというのに、事実として感じる凍てつくような気配を前に、男は心臓を掴まれたような感覚を覚えながらも、慌てて首を横に振った。


「い、いいえ!?」

「……あの方は捨てられたのではない。捨てさせられたのよ」


 少女は吐き捨てるように呟き、怨嗟のうめきを発する。


「そうよ、捨てさせられたのよ……そうに決まっているわ。そうでなければ、あの方が、アレだけの才をお持ちの方が、神宮派形象剣術をお捨てになるはずがないわ……! あの泥棒猫に余計なことを吹き込まれ、捨てさせられたに違いないわ……!」


 少女はしばしブツブツと恨み言を呟いていたが、ひとしきり吐き出し終えると、空を見上げ一息つきながら、ぼそりと呟く。


「……あの方のレベルは?」

「今は。39とのことです」

「あと、7レベルね……。このまま、レベル上げを続行し、あの方にレベルが並んだら、会いにまいりましょう」


 少女は男たちの方へと振り返り、凄惨な笑みを浮かべた。


「私の大事なあの方を奪った、泥棒猫の元に、ね……」




なお、鳥道が儀式剣術、狼道が実戦剣術、蛇道が暗殺剣術としての側面をそれぞれ持っていた模様。

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