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log160.神宮派の現れ

 その後、フェンリル二階、高級フードコーナーへとやって来た三人は、ノン食べ放題の焼肉店へと入っていった。


「いらっしゃいませー。奥の個室へどうぞー」


 NPCウェイトレスのお姉さんに案内され、個室に入ったリュージはバンの返事を待たずにがんがん高いお肉を注文し始める。


「アルフワイン牛の上ロース五皿、ヴァナツボ貝が四皿、ニダ岩塩牛のタンを六皿に、アルフサラダの詰め合わせを四皿、あと――」

「な、なるべく……手加減してもらえると……その……」


 次から次へとイノセント・ワールドでも名立たるブランド肉を注文しまくるリュージ。プレイヤーが丹精込めて育てたレア肉も注文し始め、いよいよバンの顔色は青くなってゆく。

 いくらゲーム内とは言え、バン自身の資金繰りはそこまで潤沢でもない。場合によっては、GMあたりに金を無心する事になるだろう。

 もちろん、リュージはそんなバンの事情は完全無視だ。


「――以上で」

「はーい。全部で五十七種、計185皿のご注文、ありがとうございまーす!」


 リュージの注文は復唱せず、ウェイトレスは元気に返事をして奥へと引っ込む。種類が多すぎて、復唱にも時間がかかるからだろう。

 しばらくすると、大量の肉を載せたサービスワゴンがぞろぞろと個室へと運び込まれていく。

 サービスワゴンを部屋の中に入れながら、ウェイトレスの一人が机の真ん中のコンロに火を入れた。


「火力はいかがなさいますかー?」

「ほどほどで」

「かしこまりましたー! ごゆっくりどうぞー!」


 全てのサービスワゴンが到着したのを確認したウェイトレスは笑顔で一礼すると、個室の扉をそっと閉めた。

 ずらっと並んだ肉の乗ったワゴンを青いのを通り越して真っ白になった顔色で眺めるバン。

 ゲンサイもリュージの注文の勢いにあっけを取られ、呆然となっている。

 当のリュージは黙々と自分のそばに焼きたい肉をそろえ、コンロの上の網に肉を並べながらバンへと問いかけた。


「……で? 話ってなんだよ」

「……え? お、おう。聞いてくれるのか……?」

「ソフィアは帰っちまったし、肉も注文しちまった。食い切る間だったら、話くらい聞いてやるよ」


 不機嫌そうな表情で肉を焼くリュージ。彼はゲンサイにも好きな肉を焼くように声をかけながら、自分の分の肉が焼けるのを待ち始めた。

 恐る恐るといった様子で自分を見上げるゲンサイに、バンは一つ頷いて見せながら当初の目的を果たす事にした。


「……まあ、始まりはなんてことないんだ。こっちのゲンサイが、一人のプレイヤーに挑んで、負けたのがきっかけだ」

「ふーん。どこでもよくある話だな」


 つまらなそうに呟きながら、リュージはタンを噛み千切る。

 新撰×維新のメンバーであれば、他愛のない話だ。彼らはギルドメンバー同士でも、割としょっちゅう決闘(デュエル)を行う。勝ち星の数を競い合うこともあれば、単なる戯れでも決闘(デュエル)するタイプのギルドだ。

 リュージもそれを知っているが故の反応だったが、バンは緩やかに首を振った。


「まあな。だが、戦った相手が少し引っかかったんだ」

「誰とやったんだ?」

「名前は知らない。聞く前に、相手が逃げた」

「逃げたんじゃなくて、いなくなったんだろ」


 ゲンサイの見得をズバッと斬り捨て、バンは要点を告げる。


「対戦相手は女。神宮派形象剣術の使い手だ」


 神宮派の名を聞き、リュージの箸が一瞬ピクリと動く。

 それから凄まじくいやそうな表情になりながら、リュージは新たに焼けたロース肉を引き上げた。


「ソフィたんと会えなかった上に、神宮派の人間の話とか……お前はアレか、疫病神かなにかかよ」

「わ、悪かったって! というか、リュージ。お前は本家筋の人間じゃなかったのか? 前、そんなこと言ってたろう」


 バンの言葉に、リュージは軽く首を振って否定する。


「お袋が、元師範だったってだけだよ。俺は本家の人間のことはほとんど知らないし、真面目に剣を学んだコトだってねぇよ」

「それって割と重大なことだと思うんだが……。気を悪くしたらすまない」


 バンは真摯に頭を下げ、それから恐る恐る問いかける。


「……本家との仲が悪いのか?」

「まあ、俺は向こうの連中に良い思い出はねぇよ。小学校の頃、連中に誘拐された上、略式で未来の師範とやらと婚約までさせられそうになるし」

「なんだそりゃ!? 誘拐って……犯罪じゃねぇか!?」


 思わず叫ぶバン。未成年者略取・誘拐は十年の刑罰を喰らう可能性のある重大な犯罪行為である。彼でなくとも声は上ずるというものだ。

 だが、当のリュージは飄々としたものだ。特選カルビに舌鼓を打ちながら、あっけらかんと答えた。


「それが、俺と連中が親戚筋だってことで、お咎めはなしになっちまったんだよ。親族であれば、まあいたずらで済むだろうって」

「……それは警察の怠慢じゃないのか? それで、お前が無事ですまなかったらどうするつもりだったんだ……」


 リュージの言葉にバンは呆れ果てた様子である。

 親戚であれば当然許される、という話ではないはずだ。自由意志を持たぬ小学生を無理やり連れ去り、なおかつ強引に婚約まで結ばせようなどと……。

 当然、法的に拘束力があるわけではない。小学生に婚約(そんなもの)が適用されるわけもない。

 だが、事実があればごり押すつもりで神宮派の本家も決行したのだろう。それだけ注目されたリュージの手腕も気になるが、話の結末の方が気になった。


「……その後は、どうなったんだ?」

「その後? まずお袋がぶち切れて、当時の本家の本拠地に殴りこみかけたね。鍛錬自体は欠かしてなかったとかで、その場にいた神宮派の連中は全員ぶちのめされてたわ」


 リュージは当時を思い出したのか、おかしそうに笑いながら続きを告げる。


「んで、その後は事後処理とかっつって、親父がどこからともなく最強弁護士・十三人衆とか連れてきてなー。裁判起こして、神宮派本家周りをぼこぼこにして、二度と俺の周辺を動き回らないように、雁字搦めにしてたぜ。今でもその誓約書が、うちの神棚に飾ってあるぜ」

「お、おう……? それは、よかった……な?」


 想像していたのとはまったく異なる決着に、バンは思わず首を傾げてしまう。

 神宮派形象剣術の師範を母に持つだけでもすごい話だが、父親の方もだいぶおかしいようだ。十三人も弁護士をどこからかき集めたのだろうか。

 まあ、そんな与太話は置いておこう。重要なのは、リュージの周りは現在安全である、ということだろう。


「ま、まあ、何であれ、今は大丈夫ってことなんだな……」

「まあな。俺が今使ってる、神宮派系の技のほとんどは、そん時にお袋が振り回してたもんを見て覚えた奴だよ。獅子奮迅、ってのはあんな感じなんだろうなぁー」

「……見取り稽古……」


 リュージの話を聞いて、ゲンサイが悔しそうに呟く。何か、思うところがあるのかもしれない。

 バンはゲンサイの呟きをそばで聞きながらもそれには触れず、リュージに引き続き問いかける。


「まあ、聞きたかったのは、神宮派の女剣士に覚えがあるかってことだったんだ。ちょっと剣呑な雰囲気だったんで、気になってな。ちょうど、お前さんと同じくらいの年頃で……ひょっとしたら、先の話に出た婚約の相手かもしれないな」

「あー、それはスゲェありそう。俺が誘拐くらったのも、その前に何度か会ったそいつが、俺に妙に惚れ込んだのがきっかけだったらしいし」


 誘拐以前は、数こそ少なかったが本家との交流自体はあったとリュージは語る。


「まあ、お袋も神宮派を捨てた負い目があったのか、あまり戻りたがらなかったけどな。親父なんかは、姿を見かけるだけでも石投げる勢いだったし。跡取り持ってかれたって話だから、当然っちゃ当然かもだけどなー」

「……どうして、あんたのお母さんは神宮派を捨てたの? 流派に誇りを持っていなかったの?」


 剣呑な眼差しで問いかけるゲンサイ。

 腹も膨れて、多少は気分が良くなってきたリュージは、彼女の視線もさして気にせず首を傾げた。


「さーな。剣を握って三年程度のド素人に、真剣勝負で負けたのがそんだけ悔しかったんじゃねーの?」

「負けた? 神宮派の本家をブランクありで潰した女傑が? 一体誰に?」

「俺の親父。死に物狂いで特訓して、振り向いてもらうために勝ったはずなのに、全部捨てちゃったのは予想外だったって、当の本人は笑ってたけど」


 バンとゲンサイは、思わず渋い顔つきになる。

 話を聞けば聞くほど、おかしな家庭である。漫画かアニメのような人生を歩んでいるというのが、しっくり来る表現だ。

 とはいえ、それは他人の家庭の話。しかもプライベートにかなり深く踏み込んでしまっている。

 話した本人はあっけらかんとしたものであるが、やすやすと口にして良い話しではない。


「……ゲンサイ」

「他言無用。それくらい、弁えてる」


 リュージに聞こえぬようにゲンサイに言い含めたバンは、咳払い一つして深々とリュージに頭を下げた。


「すまないな、リュージ。だいぶ、変な話をした。お前さんのプライベートにも、無遠慮に踏み込んじまった」

「いや、いいって。ソフィたんとの交流を邪魔したのは万死に値するけど、要するに本家筋の人間がイノセント・ワールドに来てるって伝えに来てくれたんだろ? そっちはありがたい話だし」


 次々に焼肉を平らげながら、リュージは難しい顔で白米を搔き込む。


「しかしあれだなー……。さすがに最強弁護士・十三人衆も、VRMMOにまで行動制限はつけられねぇよなぁ。っつか、アレから結構経ってるから、また揃うかどうかも怪しいし」

「……横からすまないが、彼女はまだ何もしていない。お前にも会っていない以上、現時点で干渉することは不可能じゃないか?」

「迂闊に踏み込めば、そこから食い破られるかもしれないわ。あの女、蛇みたいだったし」

「蛇かー。っつことは、蛇系の使い手かー。めんどくさいんだよなー、あれ」


 リュージは渋面になりながらも、何かを決めたように一つ頷いた。


「けど、そういうことなら対応は早いほうが良いかね」

「ん? まさか、会いにいくのか?」

「まーさーかー。何でこっちから、わざわざ神宮派の本家っぽい奴に会いにいかなきゃならんのよ」


 リュージはいやそうな顔で言いながら、その先を告げた。


「俺が言ってんのは、ソフィたんのほう。誤解しない内に、今回の話をしておこうと思ってなー」

「ソフィたんとやらに? なんで?」

「いや、向こうが勝手に許婚とか語りだしたら、色々とまずいじゃん? 俺は気にしないけど、ソフィたんに誤解して欲しいとは思わないし」

「それは……確かに」


 何が目的かはわからないが、そういう勝手がまかり通ってしまうのも、こうしたVRMMOの怖いところだ。

 言ったもん勝ちなところがある故、そうした発言一つですれ違いが起こってしまうものなのだ。


「なるべく、早い方が良いだろうな。向こうがそうしたつもりがなくとも、誤解の芽は早めに積むべきだろう」

「おう。毎日会ってるから話自体はいつでも出来るけど……どうするかなー」


 リュージは悩みながらも骨付き肉をつまみ上げ、骨ごとバリバリ噛み砕く。

 積みあがった肉の皿を片付ける間、彼の眉根は困ったようなしわがずっと取れないでいるのであった。




なお、リュージの母が神宮派を捨てた理由は、リュージの父が我流で身に着けた剣術の方が美しい、と感じたからである。

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