表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/193

log159.新撰×維新

「おっしゃー! なんとかソフィたんがいるうちにインできたぞー!!」


 ミッドガルドで一人遠吠えをあげる男、リュージ。現在のログイン初期位置がギルドハウス前であったのが幸いした。天下の往来で叫ぼうものなら、他プレイヤーから白い眼差しを向けられることとなるだろう。

 今日は隣町に住む一人暮らしのおばあちゃんがぎっくり腰をきっかけに老人ホームに入るということで、その引越しのためのお手伝いに借り出されていたところだ。

 ちなみにリュージの血縁ではない。彼の父が知り合いに安請け合いしたために発生したイベントであった。


「くそぅ、親父め……! まあ、ばあちゃんのお手製お饅頭はうまかったので差し引き0としておこう……それより、ソフィたんはいずこに!?」


 リュージは急ぎ、クルソルを取り出しソフィアの現在位置を検索する。

 もちろん詳細な場所が表示されるわけではない。大まかにどのフィールドにいるのかがわかる程度だ。

 だが、それだけわかればリュージとしては十分である。後は勘と勢いだけで何とかできる。


「よぉし! 今ソフィたんはアルフヘイム地方にいるんだな!? 待っていてくれソフィたん! 時間的にはもうログアウトのタイミングだけど、今からそっちに会いにいくからなぁー!!」


 声高に叫びながら、駆け出そうとするリュージ。

 だが、その前に一人の少女が現れる。

 陣羽織の袖に手は通さず、肩から羽織るように纏った少女は、リュージを睨みながら口を開く。


「おい、お前! お前がリュー……」

「うぉぉぉぉぉ!! ソフィたぁぁぁぁぁぁぁんんんん!!」


 少女はリュージの名を呼ぼうとするが、リュージは彼女のことが目に入らぬ様子で、一気にその隣を駆け抜けようとする。


「っ!? お前ぇ!!」


 リュージに無視されたのがよほど腹に据えかねたのか、少女は額に青筋を立てながら、鍔元をぐっと親指で押さえながら、スキルを発動。


「斬り捨てぇぇぇぇ!! ゴメンッ!!」


 まったく意味にそわぬ勢いでそう叫びながら、少女は一方的に決闘宣言(コール)を行う。

 柄に手をかけ、少女は一息に抜き払おうとする。

 だが、その動きよりも早くリュージの掌が伸びる。


「ん」

「っ!?」


 五指を開いた掌が、少女が握りしめる柄を上から押さえ込んでしまう。

 親指を離し、溜め込んだ力を放とうとした瞬間を押さえられ、少女の動きが一瞬止まる。

 その瞬間を逃さず、リュージはそのまま刀の柄をぐっと握りしめてしまった。

 そして、焦るようにリュージの顔と手を見比べる少女を見て、怪訝そうな表情を浮かべた。


「……なんだお前。見慣れない顔だな」

「く、くそぉ!? 離せ!!」


 自分の刀を握ったまま離さないリュージを睨みあげながら、少女は必死にリュージの手から刀を奪い返そうとする。

 だが、STR特化のステータスを持つリュージの握力は、もはや人間のそれではない。がっちり柄を掴んで離さず動かぬ、巌のようなリュージの力を前に少女は無駄な努力を続けるばかりだ。


「離せといわれて離すかよ。人斬りか通り魔か知らんが、そんなの放置できるわけないだろう」

「人斬りでも通り魔でもない!! クソ、離せぇ!!」


 呆れたようなリュージの言葉に返しながらも、なおも暴れる少女。

 彼女は何がしたいのかまったくわからず、リュージは思わず首を傾げる。

 と、その時だ。


「おま!? なにしてんだお前はぁ!!」

「ん?」

「うぐっ……!?」


 聞き覚えのある男の叫び声を聞き、リュージは声のしたほうに顔を向ける。

 少女はぎくりと体を震わせ、なおもリュージの手の中から刀を取り戻そうとするが、今更それが為しえるわけもなく。

 路地裏アパートの目の前までやってきた、胴着姿の男が彼女の頭を上から押さえ込んだ。


「何でお前がリュージに斬りかかってるんだ!? サイトーの奴がリュージの居場所を教えたとか抜かすからいやな予感しかしなかったけどなぁ!!」

「頭を押さえるな!? 私が謝ってるみたいじゃないか!?」

「謝らせてるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「……忙しそうだし、俺も忙しいし。後は任せて良いかな、バン・ブー?」

「ああ、待って!! 待ってくれ、リュージ!! お前に聞きたいことがあるんだよ!!」


 胴着の男……バン・ブーは立ち去ろうとするリュージの背中を引っ張り、何とか押し止めようとする。

 おしゃれで装備していたマントを引かれ、今度装備から除外することを考えつつ、リュージはいやそうにバンへと振り返った。


「……バンさんや。俺はこれから、もうすぐログアウトになってしまう嫁に会わねばならんのだ。ソフィアリン欠乏症で俺が死んだらどうする!?」

「いや、そんなマジ顔で、変なこと言われても……。いやいや、ホントに申し訳なく思ってる! けど、話がしたいだけなんだ! すこしだけでいい! 聞いてくれないか!?」


 バンは必死に頭を下げ、さらに少女の頭も地面にこすり付ける勢いで押さえ込みながらリュージへと頼み込む。


「お前も! お前も、へたくそな辻斬りの真似事を謝って! リュージにお願いしなさい!」

「い、いやだ! 何で、私が……! こいつが私を無視したのが先だ! 謝るなら、こいつの方が先だぁ!」

「無視とか言われても、会ったことのない奴の事なんか、一ヨクトも興味ないし」


 ちなみにヨクトとは、10の-24乗の単位である。


「こ、こいつ……!」

「こういう奴なんだって……。大体、お前だって無駄に敵意振りまいて近づいたんだろ? 睨みながら大上段でお前呼ばわりしたとか」

「うぐっ……!」


 図星を真っ向から突かれ、少女はうめき声と共に黙り込む。

 バンは彼女の様子から全てを察し、ため息と共にリュージにもう一度頭を下げた。


「本当にすまん、リュージ……。こいつの横暴は教育係の俺にも責任がある」

「誰が誰の教育係だ!?」

「大変だなー、新撰×維新の教育制度は……。新人一人に付き必ず一人、付きっ切りで世話を焼いてやらないといかんってのは」


 叫ぶ少女を無視して、しみじみと頷くリュージ。

 彼の言葉に苦笑しながら、バンは改めて少女を紹介し始めた。


「まあ、ロールプレイ重視のギルドだからな。ギルドのしきたりは、しっかり教えていかないと。……んで、この子はゲンサイ。陣羽織を羽織っちゃいるが、維新側のプレイヤーだよ」

「フンッ」


 バンに紹介されたゲンサイは、それに答えず、そっぽを向いてしまう。

 彼女の紹介の中に不可解なものを覚えたリュージは、バンに問いかける。


「陣羽織、羽織ってんのに維新側なのか? 珍しいな」


 イノセント・ワールドに存在するギルド、新撰×維新はロールプレイギルドとも呼ばれるギルド。その名の通り、ギルドに所属するプレイヤーは、それぞれに新撰組隊士か維新志士のいずれかに別れ、それぞれに適したロールプレイを行う決まりとなっている。

 新撰組と維新派閥は、言わずと知れた敵同士。新撰×維新は、ロールプレイを重視するギルドの中では珍しい、ギルド内での対立構造を採用しているギルドである。

 もちろん、本気で敵対しているわけではない。あくまで、そういうロールプレイを楽しんでいるというだけだ。攘夷と称してギルド内のお菓子からういろうを初めとする和菓子を廃し、ようかんだけにしようとした新撰組の一部を、どら焼きの導入を検討していた維新派の人間が討伐する程度には平和なギルドである。

 そんなギルドである新撰×維新であるが、一応派閥ごとのユニフォームは定められている。新撰組側は言わずもがな、維新側も薩摩藩の家紋を象った維新マークというものを衣装のどこかに刻む決まりになっている。

 その慣例に従えば、新撰組の陣羽織を羽織っているゲンサイは新撰組側になるのだが。


「いや、ゲンサイの着てるこの羽織、ギルドに入るときの御前試合で打ち勝った隊士から奪ったもんで……ほら」

「うわっ!?」


 バンは言うが早いか、ゲンサイの体を持ち上げ、陣羽織の背中側が良く見えるようにしてやる。

 すると、背中にかかれているはずの誠の文字は大きく黒色のばってんが刻まれ、その上から維新マークが刻まれていた。


「なるほど。戦利品をそのまま使ってる、と」

「そういうわけでな……。お近の奴も、笑って許してるもんだから、着替えさせるわけにもなぁ……」

「勝って奪って何が悪い!? 負けたあいつが悪いんだ!」

「その理屈なら、それからずっと負け通しのお前は、今頃身包みどころか臓物すら奪われつくしても、文句は言えないぞ?」

「うぐぅ……!」


 バンの言葉に返答を窮すゲンサイ。出来の悪い生徒をしかる、熱血教師の構図である。

 リュージとしては、さっさと話を切り上げてソフィアの元に向かいたいのだ。軽く手を叩き、バンの注意を自分のほうに向けさせる。


「あー、バン? 聞いた俺がいうのもあれだが、話ってのはなんだよ? 俺はさっさとソフィたんのとこに行きたいんだ」

「あ! あー、すまん! 実は――」


 そうしてバンが話を始めようとしたとき、リュージのクルソルから明るいメール着信音が流れてくる。

 ソフィアのメールが到着したことを告げるそれを聞き、リュージはバンを手で制してメールを開く。


「ちょいまち。ソフィたんからだ」

「あ、ああ」


 バンの返事を待たずに開いたメールの内容は、以下の通りだった。


『リュージ、すまない! せっかくログインしてくれたが、今日はもう上がる事にするよ。また明日、学校で会おう』

「 … … … … … … … 」


 リュージは無言でクルソルをしまい、光の映らない目でバンを見た。

 その目を見たバンは、背筋に怖気を走らせながら全てを察し、何とか笑顔をつくろってリュージに謝罪した。


「す、すまないリュージ……。せめて、ミッドガルドの二階で何かおごらせてくれ。な?」

「 … … … … … … … 」


 リュージはその言葉に応えないまま、ゆらりと足を進め始める。


「お、おい、リュージ? すまなかったって! 謝らせてくれよ!!」


 バンはリュージの目を見て硬直するゲンサイを小脇に抱えながら、慌ててその背中を追いかけた。




なお、新撰×維新は、対人系ギルドの性質を持つ模様。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ