log158.特訓
その後も、ポップするモンスターを討伐し続けた二人は、三十分ほどで空になったまんぷくゲージを回復するために巨大葦の根元に腰掛け、弁当を広げていた。
ミッドガルドに出店しているヴァナヘイムの出張サンドイッチ店のサンドイッチで、しっかり火を通した魚の肉と新鮮な野菜を挟んだ定番の軽食だ。少し塩を強めに効かせてあるらしいソースの香りが、鼻腔を軽くくすぐる。
「いやぁ、うまそうだ! このゲームの楽しみの一つだねぇ」
「そうですね……」
いかな秘術か、メットを被ったままサンドイッチにかぶりつくスノーに対し、ソフィアは少ししょげたような表情でもそもそとサンドイッチを齧っている。
しばらくサンドイッチに舌鼓を打っていたスノーであったが、ソフィアの様子が気になったのか半分ほどサンドイッチを食べた所で彼女へと問いかけた。
「……どうかしたのかい、ソフィアちゃん? なんだか、元気がないようだけれど」
「ああ、いえ……自分はまだまだだなぁ、と思いまして」
ソフィアはスノーの呼びかけに軽く首を振ると、一口サンドイッチを齧る。
「んぐ。……さっきまででも、私はスノーさんの半分もモンスターを倒せていません。狩りに誘っておきながら、この体たらくというのが、どうにも歯がゆいです」
先ほどまでの狩りの際、スノーは積極的に魔物寄せの香を使用し、モンスターたちのヘイトを自身へと稼ぎ続けていた。そして積極的にモンスターの群れへと攻撃を仕掛け、常に敵の視線を自らに集中し続けていた。
おかげでソフィアはほとんど敵の注意を浴びずに行動でき、スキルなども万全の体勢で使用することができた。
しかし、それだけの好条件を得られながらも、ソフィアのモンスター撃破数はスノーの三分の一程度であった。
スノーのレベルに引き上げられた結果、出てくるモンスターのレベルが50前後であったため、ソフィアの火力では一撃で倒しきれなかったというのはあるだろう。だが、それを差し引いてもこちらに注目していない棒立ちのモンスターを倒しきれないという事実がソフィアにはショックであった。
竜骨はコアのレア度もあり、レベル37のソフィアの持つ武器としては破格の性能を持つ。素の火力だけなら多少レベルが上のモンスターとは対等にやり合えるだけのものとなっている。
だが、先のレイダーウルフに対してクリティカル以降、一撃でモンスターを倒せるシュチュエーションはなかった。普通に武器を振るっただけならともかく、スキル込みの一撃で倒しきれなかった時もあった。
「私はDEX中心のステヘキを組んでいるんですけれど、STR特化のリュージや、平均的なステヘキでも魔法とスキルを私よりも連発できるコータよりも火力が出しにくいんですよね。前から自覚はしていたんですが……」
「DEX特化型は、積極的にクリティカルを狙っていくスタイルだからね。立ち回りからの一撃必殺だから、普通に攻撃すると火力はどうしても他のステヘキキャラと差ができてしまうよ」
「わかってはいるんですが……」
ソフィアは一つため息を吐き、サンドイッチを口の中へと放り込む。
「……実際にモンスターと立ち会うと、やはり体が言う事を聞きません。敵の攻撃を掻い潜るにも、うまく体を動かせない。結果、狙うべき箇所を外して攻撃するしかなくなるんですよね」
「ああ、それは確かに。いくら素早く動けるようになるといっても、モンスターたちの攻撃をしっかり回避できるかどうかは別の話だものね」
ソフィアの言葉に納得したように頷くスノー。リュージやセードーのような例外を除き、イノセント・ワールドをプレイするのは普通の人間ばかり。敵の攻撃を寸前で回避し、ピンポイントで急所を突くなどという、暗殺者染みた動きができるプレイヤーはそうはいない。
ソフィアも多少は純粋技量を使えるようにはなってきたが、それでも漫画のような高速機動で敵の攻撃を回避するといった芸当は出来ない。
そのため、どうしても敵の攻撃は大振りに回避し、急所以外をスキルなども込みで攻撃するような形になってしまう。
「リュージを見ていると疑問が浮かぶんですが、どうしてあいつはあんな素早く動けるんですかね? ゴーレムの拳の前を移動しながら避けるなんて、正気の沙汰じゃありませんよ」
崩始界でたびたび見たリュージの回避行動を思い出し、呆れたようなため息を吐くソフィア。
スノーはおおらかに笑いながら、ソフィアを慰めるように新しいサンドイッチを彼女に手渡した。
「はっはっはっ。リュージは色々と常識外れではあるけれど、その動き自体は誰でも取得できるようになるはずだよ。実際、私だってこんななりだが機敏に動いてみせているだろう?」
「それは……確かに」
スノーの動きを思い出し、ソフィアは小さく頷いた。
スノーは全身を覆う丸い鎧の見た目に反し、実に機敏に動き回っていた。
飛び掛る狼たちは紙一重で避け、迫るオオトカゲの牙は寸前で跳び退り、ゴブリンたちの剣舞の間を潜り抜けてみせた。
重量の概念はイノセント・ワールドでも多少動きに影響を及ぼすはずだが、それでも彼の動きはそれを感じさせるものではない。
スノーは、その動きの秘密はリュージとの特訓にあるといった。
「私は現実では、運動が得意な方ではないが、それでもリュージと戦い続けることで、彼の動きというか、彼の持つ純粋技量を少しずつ学び取ることはできたんだよ」
「リュージと? それは、並んで戦うということですか?」
「いいや、違うよ。リュージと決闘を続けるという意味さ」
「リュージと、決闘を?」
イノセント・ワールドにおける対人戦である、決闘。
スノーはそれを、純粋技量のための練習として嗜んでいたと告白した。
「見取り稽古、というものがあるだろう? 自分よりも腕の立つ人間の動きを見て、その動きを真似ていくことで修練を重ねるものだが、多分それに近い方法だよ。純粋技量で私より早く動けるリュージを、ひたすら追いかけるんだ」
「追いかける……」
「そう。始めは攻撃が当たらずとも、それを当てるつもりでね。目はリュージから離さない。武器はリュージに向かって振るう。それを決闘の中で繰り返す内に、自然と切っ先がリュージに当たるようになるんだよ」
スノーはその修練方法によほど自信があるのか、ぐっと拳を握りながら力説した。
「自分の攻撃を当てるイメージ……! それをひたすら鍛えるんだ! イノセント・ワールドはVRだから、自分の体に限界はない。イメージが強ければ強いほど、体の動きはそのとおりになっていく。そして、実際に体を動かし続けることで、イメージを練る力は強くなっていくんだ」
「……なるほど、そういうものですか」
ソフィアはスノーの力説を興味深そうに聞いている。
イメージするだけでも、体を動かすだけでも駄目。
体を動かすイメージを、実践する事により、より明確に、そしてより強くイメージをできるようにするわけだ。
いくら自由に体を動かせるとはいえ、その動きにはどうしても限界が付いて回る。その限界こそが、想像力の限界とも言えるのだろう。
スノーはリュージと直接戦う事により、イメージの限界を超える事に成功したのだろう。
そして、イメージの限界を超えるということこそ、純粋技量と呼ばれる技術なのだろう。
「なら、私もリュージと決闘してみれば、純粋技量……というか、もっと素早く体を動かすイメージが身につくんでしょうか?」
「それは間違いないとも! 私が知る限り、リュージほど純粋技量の通じてる人間は、そうはいない。すぐそばに優れた手本がいるんだから、その胸を借りるくらいはやってみるべきさ」
「そうですね……」
ソフィアは光明が見えた気分で、何度か頷いた。
「そういえば、ふざけてひっぱたくことはあっても、決闘をやったことはなかったですね。身内ということで、争ってみるという発想は出てきませんでした」
「ギルドであれば、そんなものかもしれないね。けれど、たまにはぶつかり合ってみるのも悪くはないさ」
「うん、そうですね……。今度、リュージに決闘を挑んでみます」
ソフィアは笑顔で頷き、それから不思議そうな表情で首を傾げた。
「しかし、あのリュージが人の特訓に付き合う光景というのが、想像できませんね……。あいつは、そういうのを良くやっていたんですか?」
「いや。私が頼み込んだんだよ。だいぶ無理を言ったものだが、それでもリュージが折れてくれてね。彼とフレンドを結ぶきっかけでもあるんだけれどね」
「そうだったんですね」
意外な話だ。
リュージが人の頼みに折れたというのもそうだし、スノーが必死にリュージに特訓を請うたのも。
以前見かけたスノーの姿は、まさに正統派でスマートなイケメンだった。周りに人だかりが出来上がり、女性たちの黄色い声が上がるのも納得だった。
それだけに、特訓とは縁遠いと思っていた。特訓というのは、自身の出す結果に満足できない人間が、より高みに上るために行うものだ。そういう意味では、スノー……いや、レイ・ノーフェリアは満たされた立場の人間だったように見受けられた。
だが、あの光景は彼の望んだものではないのだろう。少し違うのかもしれないが、ソフィアも知っている超人、アレックス・タイガーのように。
(……まあ、一番意外なのは、リュージのような不遜な人間が、他人に手を貸すというシチュエーションだがな)
ソフィアはサンドイッチの残りを一気に頬張り、まんぷくゲージを満たすとすぐに立ち上がった。
「っはぁ……。じゃあ、スノーさん! 狩りを続けましょうか!」
「ああ、その勢いだよ! リュージに負けないくらい、強くなろうじゃないか!」
「はい!」
ソフィアは力強く頷き、スノーと共に渡りの草原を駆け出す。
次にインした時には、リュージと決闘することを考えながら。
なお、結局ソフィアはスノーの三分の一以上の撃破数をもつことが出来なかった模様。